噂
プルナに朝餉をご馳走になった礼を言って家に帰る。と言っても隣なのだが。
プルナに教えて貰った眼紐の情報をエンジュにも送っておく。まだ寝てるだろうから起きたら目を通すだろう。
「⋯⋯おはようございます、マスター」
我が家に入ると、壁際でどことなくしょんぼりした様子の獣挽きが挨拶をくれた。
「おはよう。もうホログラムを出して平気なのか? あまり無理するなよ」
「すみません⋯⋯。今後は夜間にスリープモードに入らせていただきます。マスターに心配をかけるなんて、メイン武器失格です⋯⋯」
笑顔で会話をしていたと思ったら、急に霧散する様に消えられた時は流石に焦ったぞ。すぐスリープモードに入ったとわかったから安心したが。
「まぁ、今後気をつければいい。それより、今日はこれからウルカの店に行って黒のナイフを一旦返してもらう。細かな加工はあれがないと難しいからな。お前も一緒に行くか?」
「是非に! 朝デートですね!」
借りたものを返してもらいに行くだけだからデートではないと思うが、ニコニコと嬉しそうに笑う獣挽きにわざわざ否定しなくてもいいかと出かける準備を始める。
◇
少し来るのが早かったかと思ったが、ウルカの店は開いてる様だ。
「ウルカいるか?」
店に入るとウルカが鎧のディスプレイを変えているところだった。
「おやイオド、いらっしゃい! 相変わらずあんた朝が早いね。こっちは今店開けたとこだよ」
やはり少し早かったか。
「悪いな。準備の邪魔なら少し外をぶらついてくるが」
「いや、大丈夫さ。ちょっと微調整してただけだからさ。何か用があるんだろう? ⋯⋯ていうか横の透き通ったお嬢ちゃんは何なんだい?」
俺の横にいる少女が獣挽きのホログラムだと気づいたウルカが、不思議そうに尋ねてくる。
「初めまして。マスターがお世話になっております。獣挽きと申します」
「———」
武器が意志を持って話しているのが信じられないといった驚愕の表情を浮かべるウルカ。
わかるぞ。俺もビックリした。経緯を説明してやると無理矢理納得していた。
「⋯⋯凄まじい技術者もいたもんだねぇ。武器に魂を入れ込むなんて、あたしは考えたこともなかったよ。でも、武器に魂を入れられるなら鎧にもいけるのかね? そのうち話してみたいね」
「今度紹介しよう。そういう話は好きそうだからな。それで、今日来たのはナイフを一旦返してもらいに来たんだ。ちょっと用があってな」
「お、また何か造る気だね。あんた武器に関してはいいセンスしてるからね。出来たら見せておくれよ」
「勿論だ。防具の専門家の意見も気になるしな」
奥の作業場に引っ込んだウルカは黒のナイフを大事そうに持ってきた。
「はいよ! やっぱりこのナイフは凄いよ。作業効率が半端なく上がるね。また貸しておくれよ!」
ナイフも返して貰ったし、帰るか。
踵を返そうとした俺に、ウルカが思い出したと少し表情を引き締めて最近の噂を教えてくれた。
「あんたはまだ探索に出ないだろうけど、もし何処か行くなら気をつけな」
「まぁ、当分探索には出ないが、何かあったのか?」
「少し前にドジって機獣に襲われそうになった拾い手の娘が言ってたんだよ。もうダメだと悟って目を瞑ったんだって。ただいくら待っても何も起きない。不思議に思って目を開けると何か鋭利な刃物で一刀両断された機獣が横たわってたんだとさ」
ほぉ、どれほどの大きさの機獣かわからないが両断するのは余程の技量の持ち主だし、金属混じりの機獣を断てる得物も相当な業物だな。
「誰がやったか見てはいないのか?」
「怖くて結構な時間目を瞑ってたらしいからね。姿は見てないとさ」
声も掛けずに立ち去ったのか。普通なら声くらい掛けると思うが、姿を見られたくない理由でもあったんだろうか?
まぁ、村の人間でないならコミュニティ外の人間は声を掛けずらいかもしれないしな。
「情報をありがとう。悪意ある者では無いだろうが、腕の立つ存在の様だ。気をつけよう」
◇
我が家に戻った俺は早速作業に入る。取り敢えず投げナイフの形に幽機獣のブレードを切り出す。
「それで、獣挽き。本人登録はどうすればいいんだ?」
「血を一滴垂らせばいいらしいです。ブレードの中のナノマシンがそれで覚えてくれるみたいですね」
黒のナイフで指先に傷をつけ、投げナイフに血を垂らす。俺の血液は人間とは少し違うがいけるだろうか。
垂らした瞬間、淡く光ったがすぐ収まった。
「これで出来たのか?」
「試しに消してみたらどうです? 頭の中で念じればいいみたいです」
言われた通りに念じてみる。
「お、消えたな。ただ見えないが此処に在るとなぜか知覚もできる」
「私にはただ消えた様にしか見えませんし、センサーに反応もありません。物理的には完全に消失してます」
こいつセンサーまで備えてたのか。それとも色々機獣の素材を与えたからそんな機能が生えたのか。
手から離しても消えたままだな。試しに壁に向かって投げてみるか。当たる直前で出ろと念じる。まだ刃を研いでもいないナイフは壁に当たって跳ね返ると予想していた。
「⋯⋯刺さっちゃってますね」
「刺さってるな⋯⋯」
テミス様から借りている我が家の壁に、再出現した根元まで刺さった投げナイフに俺は頭を抱えた。




