守護獣の名は
「え、イオドが戦うの? ⋯⋯危なくない?」
エンジュが俺と守護獣をわたわたと見比べながら心配そうにしている。
「心外だな。俺がそいつに傷を負わされるとでも?」
エンジュの想像した俺というなら確かに侮れない力を持っているだろうが、まだまだエンジュには俺の全ては見せていない。侮られては困る。
「この丸薬で生み出した幻覚体はオリジナルを超えることはまずないから、イオド君の心配はいらないと思うよ」
そうなると店主の三日月猫のオリジナルは本当の化け物ということになるが、店主は何処であれと出会ったのだろう。今は考えないでおこう。
「そういうことなら⋯⋯。イオド気をつけてね?」
「あぁ、問題ない。軽く一捻りだ」
「いや、捻っちゃいかんだろ」
いかんいかん。店主の鋭いツッコミに我に帰る。これはエンジュの守護獣の腕試しだ。エンジュに要らぬ心配をされて少しムキになっていたな。反省。
「それじゃあエンジュちゃん、守護獣にイオド君に軽く攻撃するよう命令してみて」
「わ、わかりました! ⋯⋯これは練習だからね。軽くあの人にパンチしてみて?」
エンジュに命令というかお願いされた守護獣は、それまで俺たちの会話など関係ない風にぼーっと立っていた。だが命令された途端に赫い双眸の光が強くなり、弾けるように凄まじい瞬発で俺に殴りかかってきた。
「ぬぅっ、これはなかなか!」
店主の話ではオリジナルに及ばないということだったが、想定以上のパワーとスピードだ。受け止めた掌が痺れる感覚を覚える。
相変わらず幻覚とは思えない。ミセタイダケの幻覚共有はこの世界のバグなんじゃないかとさえ思う。
だが⋯⋯そうだな、幻覚体のこの膂力は少し嬉しくもある。エンジュが生み出した幻覚体なのだ、エンジュは俺の拳撃を相当評価しているということだ。
「⋯⋯軽くパンチって感じではないね?」
「⋯⋯何だかすごく張り切ってるのを不思議と感じます」
「あの子を生み出したからね多少の感情は伝わるよ。お互いにね。⋯⋯あれかな自分と戦うっていう状況に興奮してるのかな。⋯⋯やっぱり最初の頃は不安定になるなぁ」
拳撃を受け続ける俺をよそに、エンジュと店主が話してる。軽くパンチと言っていたから単発で終わると思っていたんだが、何故か目の前の守護獣は何度も何度も殴ってくる。
単純な動作だから捌くのはどうということもないが、もうパワーに関する検証はお腹いっぱいだな。
「⋯⋯なぁ、そろそろいいんじゃないか? こいつはエンジュを任せるのに十分な実力を持ってると思うぞ!」
「そうだね。あれだけのパワーで殴られ続けたら並の機獣は粉々だね。⋯⋯エンジュちゃん止めてあげて」
「えーっと、もういいよ! 戻ってきて!」
守護獣は親の仇とばかりにフルパワーで俺を殴り続けていたが、エンジュに呼ばれると嘘のようにスッと彼女の横に戻って行った。
命令を受ける前と変わらずぼーっと突ったている。
「エンジュちゃんのお願いはしっかり聞くね」
「そうか? 軽く攻撃というものじゃなかったがな」
軽く捌けていたが、逆を言えば捌かなければ危ない攻撃だったわけだ。決して軽くではなかった。
「何らかの感情が籠っていそうだったね。⋯⋯で、エンジュちゃんその子の名前は? そろそろ教えてくれるんじゃないかな」
固有名詞は大事だな。いつまでも守護獣呼ばわりはこいつの場合は不満を抱きそうだ。何となくそう思ってしまう。
「へぇ、名前が既にあるんですね。この子に聞けばいいんですか?」
「そうだね。まぁ、聞くというよりその子について知りたいと心の中で思えば浮かんでくる感じかな」
「知りたいと思えばいいんですね」
エンジュは守護獣と向かい合うと目を瞑ってうんうん唸り始めた。
そろそろ丸薬の効果時間が切れるなという頃に、カッと目を見開いて叫んだ。
「ジャバウォック! 貴方、ジャバウォックっていうのね!」
俺っぽい守護獣はジャバウォックというらしい。
名前を叫ばれたと同時、効果時間が切れたのかスゥッと空間に溶けるように消えて行った。




