エンジュの守護獣
店主の肩に乗るニタニタ笑いの猫を凝視して固まるエンジュ。
刺激が強すぎたか? 空間から滲み出るような現れ方はあまりに現実離れし過ぎてる。
「⋯⋯⋯⋯かっ」
「か⋯⋯?」
「可愛い—————っ!!!」
心境を思うがまま叫んでエンジュは店主に突進していった。正確に言うと三日月猫にだ。白く長い髪が揺れる様は、大型犬が嬉しそうに尻尾を揺らすのに似ているな。
「わぁ! エンジュちゃん!? 強く触り過ぎないようにね? 一応危ない存在でもあるからね?」
エンジュの勢いに、いつも余裕な雰囲気を崩さない店主がたじたじになっている。
「優しくだね! 可愛いもんね!! ———あぁ! ふわふわぁ〜〜!」
可愛いからではないが、あんまりにも嬉しそうにもふもふしてるのを見ると注意するのも野暮だと思えてくる。
ニタニタ笑いの猫も戸惑いを見せるがされるがまま撫でさせている。どことなく仕方ないなぁという表情にも見える。
ひとしきりもふって満足したのか、ツヤツヤの笑顔で問うエンジュ。
「で、急に現れたこの仔は何なの?」
「そ、それを今から説明しようとしてたところなんだけどね⋯⋯。雰囲気も何もあったもんじゃないね」
どこか疲れを感じさせる店主の言葉。
「もしかして! その丸薬を飲むと猫ちゃんが出てくるとか?」
「流石にこの仔は出てこないかなぁ⋯⋯まぁいいや、詳しく知りたくなったらイオド君が知ってるから聞いてね。簡単に言うとこの丸薬を飲むと君を守ってくれる存在が一定時間現れるようになる」
詳しい説明は俺に丸投げされた。まぁ、後で教えておくか。そうぽんぽん使っていいものでもないだろうしな。
「特別な素材でできた丸薬さ、ここぞというときに飲むといい。連続使用はお勧めしない。連続で使わなければならない様な相手なら、素直に逃げることだね。⋯⋯はい、イオド君に感謝しな。本来は自分以外に渡さない代物さ。彼が素材を定期的に採ってきてくれるからエンジュちゃんに譲る事ができるんだ」
「⋯⋯⋯⋯」
店主に渡された丸薬ケースをじっと見つめるエンジュ。
「ありがとうイオド。何だか凄いものなんだってことくらいしかわからないけど、これの素材を採るのが大変だったのは知ってる。あの時のイオド、そんな顔するんだってビックリするぐらい落ち込んでて。何か出来たらいいなって思ってたんだ。これがあればイオドと一緒に何処までも行けるね! もう一人で背負い込まないでね? これからは一緒に頑張ろうね!」
「あぁ。⋯⋯あの時は情けないところを見せてしまったな。その丸薬は力になってくれる筈だ。⋯⋯で、店主殿。試してみるんだろ?」
「そうだね。ぶっつけ本番はやめておく事を勧めるよ」
「ただ飲めばいいんですか?」
「そう。ただ飲むときに強く願うんだ。自分の心の奥のさらに奥、護ってほしいとね」
無意識領域の誰かに守られているという記憶を呼び覚ますのだったな。それをミセタイダケが周囲の存在に幻覚として共有化すると。
「店主はエンジュの守護獣はどんなのが出てくるか予想はつくのか? エンジュの言う事を聞かない様なのは出てこないだろうな」
無いとは思うが三日月猫の様に俺では対処が難しい存在が出てきても困る。
「何事も絶対はないけど少なくとも呼び出した者、召喚者とでも言っておこうか。召喚者には危害を加えることはあり得ないと言っておこう。自身の無意識の反映だからね。それが主人に反逆してくるなら、エンジュちゃんのメンタルケアを勧めるね」
エンジュに自傷癖でもない限りは襲いかかってくる事は無いと。
「⋯⋯それはメンタルが最悪な状態、例えば死にたいと思ってしまう様な精神状態で呼び出したら殺しにかかってくると言うことか?」
「無意識レベルで死にたいと思ってればそうかも知れないね」
「あたしは大丈夫よ! 何が何でも長生きしてみせるから!」
まぁ、生きるために行動してるエンジュの守護獣が危ない存在なわけはないか。
「⋯⋯じゃあ飲むね」
ケースを開け、丸薬を一粒細いたおやかな指で摘み上げる。
「初回だからね。しっかり集中してイメージするんだ」
「⋯⋯っん。苦っ!」
丸薬が余程苦かったのか、ギュッと目を瞑って顰めっ面になってしまうエンジュ。
次に目を開いたときには深い紫だった瞳が、眩いばかりの金眼に変わっていた。それと同時にエンジュの横の空間から、世界を侵蝕するような禍々しい闇が溢れ出てくる。
それは次第に収束し始め、黒い人型に結実した。出現の仕方がどう見ても善性を感じなかったが、問題はそれだけじゃない。見た目もだ。
「⋯⋯こいつは俺か?」




