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ガラスの靴

 何だったんだ。何故最期に別れの言葉なぞ吐いたんだ? 俺達は敵同士じゃないのか?

 敵ならば何故、彼女はあんな悲しそうな眼を俺に向けていたんだ。

 それに何だ、この胸の、

「⋯⋯損傷はない」

 胸に手を当てるも、穴など開いてはいない。

 当たり前だ。あの瞬間、攻撃などもらっていない。


 ならばこの胸の空虚さは何なのだ。

 知らない相手の筈だ。なのに⋯⋯。

 まるで大穴でも開いているような気分だ。最悪な気分。

 何も分からないことに対する深い苛立ち。

 相手は俺を知っていたようだ。というか幻覚体に明確な意識があるのか?

 そういえば、店主殿の猫はしっかりとした自我がありそうだったな。てっきりそういう風に造ったとばかり思っていたが。


 苛つくのはそれだけではない。あの場面、確実に俺は手加減されていた。

 俺は実力で勝ったのでは無い。何故かわからないが幻覚体に勝ちを譲られた。

 あそこまでの技量の相手に、カウンターとはいえ俺の攻撃を躱せない訳はない筈。

 まるで俺に殺して欲しかったかのような⋯⋯。


「⋯⋯採取するか。帰ったら店主に尋ねてみよう」

 今考えてもどうしようも無い。ノイズ混じりの思考に溺れそうだ。

 

 幻覚体を倒したからか、ミセタイ茸に再び触れるようになった。

 十株ほど獲ればいいのだったな。

 腰のポーチに適当に摘んで入れていく。


 何本か摘んでいると、視界の端に薄ぼんやり光るものがあった。

 全体の薄緑の光と違う、紫の輝き。

「何だ? 一株だけ色が違う」

 ここに生えてるという事はこれも同じくミセタイ茸なんだろう。


 おれが採取してくるよう頼まれてるのは通常のミセタイ茸だ。あんな妖しげに光るキノコでは無い。

 だが、何故か惹かれるものがある。

 俺はあれを持って帰らなければいけない。


「⋯⋯明らかに思考が誘導されているな。持ち帰るべきでは無いかもしれないが⋯⋯」

 次元を跨ぐという尋常ならざる平行菌糸類のさらなる変種。


「⋯⋯抗えない」

 取り敢えず持って帰ろう。その後の判断は店主殿に丸投げしよう。

 専門家なんだし、構わないだろう。あまりごちゃごちゃ考える気にならない。

 俺は紫のミセタイ茸もポーチに突っ込んだ。


「さて、これくらい持って帰れば店主も文句はないだろう」

 目的も果たしたし、ここにもう用はない。

 アームデバイスで時間を確認すれば、だいたい出発から一日経ったくらいだ。

 休まず走ってきた甲斐があったな。全体で二日ほどで終れる。


 帰りも特に問題はなかった。

 行きと違い、羽根犬も襲って来なかったから更に時間を短縮できた。

 途中、エンジュから連絡があり使いたい武器をある程度絞り込めたようだ。帰ったら詳しく聞くか。


                   ◇


「店主殿、帰ったぞ」

 店の扉を開けて入ると、店主が暇そうにカウンターに肘をついてぼぉっとしていた。

「ん? だいぶ早いね。もう採ってきたのかい?」

「俺に休みは要らないからな」


 店主には俺が人間でない事はバレてるみたいだから、特に隠し立てはしない。

「あぁ、君はそうだったね。つい失念してしまうね。それで、無事採取できたかな。⋯⋯あまり浮かない顔だが何かあったのかい?」


 浮かない⋯⋯。もう切り替えたつもりだったのだがな。

「⋯⋯ミセタイ茸を採る時、店主の言う通り幻覚体が出たんだ」

「だろうね。⋯⋯単純に苦戦したってだけじゃなさそうだ」

 苦戦、確かに苦戦はした。だが店主が察するように、俺が悩んでいるのはそこじゃない。


 俺は店主に何が起きたか、全部話した。

「⋯⋯テミス様に似た幻覚体が出現したと。君が敗北を意識するほどの強さで、最期に言葉もかけてきたか。———ありえないと言いたいが、君が嘘を吐くとは思っていないよ。流石、平行菌糸類だね、まだまだ驚かせてくれる」

 

 店主がひどく驚いた顔をしている。俺が遭遇したテミス様似の幻覚体は、店主の知っているそれとは大きく違っていたようだ。

「店主の時は違ったのか?」


「そうだね。私の時は厄介ではあったが自我など無かったし、強さも死を意識するほどではなかった。私が手を加えて造る守護獣と違って、ミセタイ茸が作り出す幻覚体は表層意識を読み取ったものに過ぎない。苦手だな、厄介だな。ぐらいのものしか出ない筈なんだ」


 あれはちょっと厄介では済まない存在だった。

 通常と違うと聞いて思い出した。

「これが採ってきたミセタイ茸だ。⋯⋯ただ、一株だけ色が違うのが生えていてな。採らなければいけないよう思考が誘導されたみたいなんだ。取り敢えず採ってきたんだが⋯⋯」


 カウンターの上に採取してきたミセタイ茸を取り出す。紫色のも。⋯⋯何だかガラス質に変化しているな。採った時は色以外は他と変わらなかった筈だが?

「⋯⋯変種か。それも紫色の。これ程の強度で残ってる。存在するとは知っていたけどこの眼で直接見れるとはね。これが生えていたのなら、君の話に素直に頷けるよ。これはそれ程のモノなんだよ」

 少し興奮したような店主。

「これは通常とどう違うんだ?」


 明らかに俺に採取するよう促してきたからな。この色違いは。店主の興奮ぶりからもよほどのモノなのだろう。

「このミセタイ茸の色違いは、簡単に言ってしまえばミセタイ茸が頑張り過ぎた結果生まれてくるイレギュラーなんだ。普通の人間の厄介だった敵なんてそう大したものではないだろう? 精々ちょっと強い機獣ぐらいのモノだ。——だが、君みたいに少しヒトと違う存在の記憶を読み取ろうとする時、ミセタイ茸はやり過ぎてしまうのさ。足りない能力を補うため、次元を越えてエネルギーを持ち込もうとする。この色違いはその残滓さ」

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