群生地で円舞曲を
俺も幻覚体も動かない。
互いの眼から視線を逸らさない。恋人のようにと言うには、殺気立ちが過ぎるか。
⋯⋯何故、俺は恋人など俺らしくもない言葉を選んだんだ? いや、余計な事は考えるな。
「———っ」
神速で突き込まれた縦拳を何とか捌く。
警戒度合いを上げていたから、捌けた。音をすら置き去りにする疾い突き。だが縦拳は前菜でしかなかった。
俺が捌くのも利用した拳、肘膝。流れる様に繰り出される瀑布の如き連打。
まるで暴風の只中に放り出されたかと錯覚しそうになる暴力の嵐に、捌くので精一杯になってしまう。何なら捌けずに何発か被弾してしまっている。
頭の中で鳴り響く損傷を告げるシステム音声。
幻覚と闘ってるはずだというのに、現実に確実に損傷が拡大していく異常。
恐らくはかつて地球という惑星の大陸に存在した拳法と思われる。
それを極めて高いレベルで扱う目の前の女。
俺にとって厄介だった存在の顕現らしいが、どう言う事だ? 知らないぞ!? こんな危ない女は!
「——っ、いい加減にしろ!!!」
打撃を何発ももらいながら、無理矢理一発を叩き込む。
「⋯⋯」
顔を狙った俺の拳だが、柔らかな頬に当たった筈の感触がおかしい。
距離を取った幻覚体が殆どダメージの何さそうな様子で佇んでいる。
「かすり傷だけだと⋯⋯」
俺は全力で殴った筈だ。機獣だろうと何だろうと消し飛ばせるくらいの一撃だった筈だ。
「いなしたのか!」
あのレベルの一撃をいなせるとは。恐らく俺の拳の速度に合わせて首を振ったのだ。無力化された拳の衝撃。積み重ねた技術の極み。
「厄介な⋯⋯。ただ攻撃を当てるだけでは倒せないというわけか」
正に俺の天敵だな。
確かにこの幻覚体は厄介だ。下手したら一番厄介な相手ではないか?
俺の全力をいなせる相手など想定していない。
「⋯⋯考えるだけ無駄か」
相手の技量は俺とは隔絶している。赤ん坊が大人に挑む様なものだ。
幸い、相手の打撃の威力はそこまででもない。損傷はあるが軽微。ナノマシンによる修復が充分間に合っている。
だが時間をかければどんな攻撃が来るかわからない。下手をすれば俺の命に届き得る一撃を持ってるかもしれない相手だ。
まぐれでもいい兎に角此方の攻撃をクリーンヒットさせる。
無表情に佇む幻覚体に俺の方から突っ込んでいく。
「⋯⋯」
前蹴りを放つもあっさり横に回転しながら逸らされる。ついでと言わんばかりの肘打ちが俺の後頭部を襲う。
「——来ると思ったよ!」
ただいなすだけでこの相手が終わるわけないという嫌な信頼。
後ろ手で肘は防いだ。さぁ、ここからだ。また嵐のような拳打の猛攻が来る。
まともに貰うのは避けたい。幻覚体の移動した方向に向き直り備える。
「⋯⋯距離を取るだと?」
この場面で距離を取ることに何の意味がある?
ほぼ完璧に逸らされた俺の前蹴り。
後頭部への肘撃は防いだが、それでもあの場面は相手にとって猛攻が最善手の筈だ。
俺は無理矢理しか打開手段が現状無いのだから。
⋯⋯完全な希望的観測でしかないが、彼方にとっても俺の拳をいなしたのはかなりギリギリだったのではないか?
何度でも簡単に捌けるなら、俺の一撃を警戒する必要などない。
先ほどの俺の攻撃は無理矢理打ちに行った、かなり乱暴な一発だった。言ってしまえばこれから打つ箇所を教えているかの如き児戯に等しい拳撃。
相手の技量なら簡単に捌ける筈だった。
事実、捌けはしたものの俺が思うより与えた損傷は大きかったのかも知れない。
でなければ説明のつかない消極な攻撃。
チャンスだと思っていいのか?
消極的な姿勢はブラフで、俺に決定的な一撃を叩き込むための罠かもしれない。
あの女は侮れない。下手したらここで俺は終わるかもしれない。
いや、チャンスだろうと罠だろうと攻撃を躊躇う理由にはならない。
エンジュに丸薬を渡すためには幻覚体を何とかして撃破し、ミセタイ茸を採取しなければならない。
獣挽きを使うことも頭にチラついたが、あの猛攻に差し込む隙は無いだろうと判断。
俺の方から再び距離を縮め、拳打を愚直に叩き込む。
淡く光るキノコの群れと、漂う光の粒子の中交わされる打撃の応酬。
距離は取らせない。何度でも詰め、何度でも殴る。
「⋯⋯」
幻覚体も距離を取らせない俺の意図に気づいたか、あまり此方に付き合わず俺の拳の合間合間に距離を取ろうとする。
俺の右拳を外側に回るようにいなし、距離を取ろうとする。何度も繰り返した。
そして今、幻覚体は何度目かの俺の拳の外に回る動きを見せた。
「それはもう覚えたぞ⋯⋯!」
幻覚体にいなされる俺の動きを逆に使わせて貰う!
前方に引き込まれるように捌かれる身体を回転させ、横に移動している幻覚体に肘を叩き込む。
俺の初めてと言えるただ膂力に任せるだけの打撃では無い、敵から学んだとも言える技術を乗せた一撃。
黒髪の女の首を刎ねるように吸い込まれていく肘撃の刹那。加速する思考が捉えた囁く様な言の葉。
「⋯⋯じゃあね」
女は微笑んでいた。嬉しいような切ないような俺の知らない、忘却の彼方の感情を湛えた瞳。俺の眼は捉えてしまった。聴こえてしまった。惜しむような別れを。
だがもう止められない。
「あぁ⋯⋯」
首は刎ねられ、粒子となって消えていく身体。消えゆく僅かな時間。伸ばされた女のたおやかな手が、俺の頬をそっと撫でる。
柔らかな暖かさは、残ることなく光に消えた。
◇
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