群生地に到着
一匹、羽根犬を倒しただけだが他の個体が寄り付かなくなった。
周りを見ると、遠くの橋の影や頭上の高い所を旋回している様なのだが、遠巻きに伺うのみで襲いかかってこない。
「急いでいるからありがたいことだ」
快適に橋を走ること数時間、ようやく橋の終着点が見えてきた。
いくつもの橋が接続されたターミナル。
いつのかは分からないが、何かしらの文明の遺構だろう。崩れかかった建造物があちこちに林立している。
「対岸には無かったのにな」
何があって滅びたのか、対岸に何も無かったのは何故か。俺は特に興味はないからアームデバイスに保存した群生地へのマップを確かめる。
「⋯⋯モノクルで印を確認しながら進めと」
本来はこの遺構の何処かで休憩するよう言われているが、俺に疲れは無いので印を辿って行く。
かなり栄えた都市だったようだ。背の高いビルの廃墟を縫うように進んでいく。
色鮮やかに明滅する読めない看板。蒸気を噴出している破断したパイプ。曲がっては進み、ビルを登っては降りて。
正直、印がなければ俺は早々に迷っていたと思う。
「これは店主殿が面倒がるのもわかるな。よく見つけたもんだ」
ようやく指示されたポイントに辿り着いた。
恐らくかつての植物園だった施設なのだろう。
枯れて残骸でしか無い植物たちの成れの果てが、在りし日の優美さを俺に魅せつけるように立ち往生している。
黴臭い施設を奥まで進み、地下へ。
未だ生きた照明が淡く照らす廊下の突き当たり。そこにミセタイ茸の群生地があるようだ。
店主殿の説明によると、この植物園で平行菌糸類の研究をしていたらしい。
対象は今回の依頼であるミセタイ茸。
研究の成果はあったのか、無かったのか。川のような時の奔流に、人の成果物はあっさり呑み込まれる。
残ったのは次元を跨ぐ平行菌糸類。
「⋯⋯確かその者にとって一番厄介だった者が幻覚体として出現するのだったな」
誰が厄介だったかなど記憶にないが、それでも幻覚体は再現されるのだろうか。
案外あっさり採取できてすぐ帰れるやも知れない。
重い厳重な扉を開く。鍵は壊れていた。
扉の先には、淡く緑に光を発しているキノコの群れ。
光の粒子淡く広がり、波のように揺れていて幻想的な光景だ。
大きめの運動場のような開けた場所を埋め尽くすように生えている。採取しようと手を伸ばそうとすると、
「⋯⋯テミス様?」
俺の淡い期待など軽く破って、出て来ないわけないだろうと光の粒子が集まり、中心から幻覚体が出現する。幻覚体が出ると同時にキノコに触れられなくなった。見えるのに触れない。幻覚体を倒さなければ採取は無理と。
現れた幻覚体に目を向ける。一瞬テミス様かと思ってしまったが、どうも細部が違う。
この世の者とは思えない美貌は同じでも、目の形、鼻の形その他諸々が微妙に違う。テミス様より凛々しい雰囲気だ。目元が鋭い。
無表情に此方を見つめる黒髪ドレスの美女。
「⋯⋯この女が俺にとって厄介だった存在?」
全く記憶にないな。
「———,————」
⋯⋯一瞬脳裏にノイズが奔った気がするが、やはり知らない人物の筈だ。
相対する彼女は存在の圧も、強者特有の雰囲気も感じない。武器も無いようだが、どう戦うつもりだ?
「————っ!!」
俺は様子を窺っていた。次の刹那には腹部に強い衝撃、吹き飛ばされ辛うじて倒れないようバランスをとる。
一体、俺は何をされた!? 何の起こりも見えなかった。何より、
『身体内部、損傷軽微。修復を開始』
頭に響く久しく聞かなかったシステム音声。
この俺に僅かとは言え、損傷を与えただと?
本当に俺が見ている幻覚なのか!? 実際に攻撃を受けたとしか思えない。
俺の驚愕を他所に、幻覚体は腰を落とし肘を顔の前に挙げた姿勢で止まっている。
どうも俺は肘撃を受けたようだ。
衝撃に戸惑う俺に、幻覚体は居住まいを正し不敵な笑みを浮かべ手招きする。
「⋯⋯かかってこいと言いたいのか」
随分と芸の細かい幻覚だ。
再び目覚めてから今まで、感じることの無かった高揚感。
飢えていた強者との対峙。出せるかも知れない俺の全力。
相変わらず圧は感じないが、逆にそこに名状し難い緊迫感がある。
「⋯⋯悪いな、獣挽き」
この戦いに武器は不粋だ。床に突き立てる。墓標のように。どちらのだろうか。
俺に武術の心得はない。その必要がなかった。
ただ立つ。ただ見詰める。言葉は不要。
幻覚体も左前の半身。腰を落とし優美な獣のように構える。
さぁ、楽しもうじゃないか。




