依頼の受諾
店主が丸薬を口に含むと、空間から滲み出るようにニヤニヤした笑みを浮かべた猫が出現した。
店主の肩に乗る猫はふわふわの毛並みの縞猫で、幻覚とは思えない程リアルだ。
「その猫は店主の見てる幻覚という事か?」
「そうだよ。実際に触れるよ。驚かさないようゆっくりね。ずらされるよ」
ずらされるというのがどういう意味か分からないが、この猫からは得体の知れない圧を感じる。慎重にいこう。
そっと猫の頬を撫でるとスッと目を細めて気持ちよさそうだ。
息遣いや体温すら感じる。薄目で此方を伺う視線には寒気を覚えるが。
「幻覚とは思えん⋯⋯。俺は一体何を体験してるんだ?」
「信じて貰えたかな?」
「流石にこれは信じざるを得ない。⋯⋯素材を採ってくれば、エンジュにも丸薬を分けてくれるのだったな」
「そう。誰にでも頼めるわけじゃないからね。今までは自分で行くしかなかったけれど、君が現れたからね。楽したいのさ」
願ってもない話だ。
どうしても俺の手が届かない場面というのは今後出てくるだろう。
その時幻覚だろうとエンジュを守れるなら手に入れておくべきだと思う。
だが少し気になる事がある。
「その丸薬で出現する幻覚の守護者が有効なのはどの範囲までだ? 機獣にも効くのか?」
人間相手ならまず間違いなく効くのだろう。ただ人間でない危険な原生生物や機獣にも効くのかどうか。
「脳みそを持ってる相手なら機獣だろうと何だろうと効くよ。極端な話、視覚を持たない存在にもミセタイ茸の丸薬による幻覚の共有は効果を発揮していたよ。⋯⋯言っただろ、次元が違う平行菌糸類なんだよ」
「一度に幻覚を共有できる人数は?」
「共有範囲が有るだけで、人数に制限はないよ」
「効果時間は」
「私の方で調整できるけど、五分迄にしとくのが無難だと思うな。それ以上の濃度にすると此岸に戻れなくなる」
空恐ろしい話だ。店主の肩の猫がどんな能力か分からないが、決して悪戯に刺激していい存在とは思えない。そこまでの効能を持ったキノコなどもはや現実の改変をしているようにしか思えん。
次元を跨いだ存在か。
「⋯⋯幻覚のようでいて、案外本当に異次元の存在を呼び出してるのかもな」
ミセタイ茸はあくまで触媒で、幻覚だと思い込まされてるとかな。
「平行菌糸類は謎が多すぎるからね。君も探索の途中で見かけたら不用意に近づかないようにね。君やエンジュが君たちのままでいたいなら、私が依頼するキノコ以外は触らないことだ」
「⋯⋯心得た」
「依頼を受けてもらうというのでいいのかな」
むしろこんな凄い素材を俺に採取させていいのか、自分で少し不安に思う。
「俺としては依頼を是非受けたいと思ってるが、本当に俺でいいのか? 荒事は自信があるが、こういう繊細そうなことは自信なんてないぞ」
店主は肩の猫を愛おしそうに撫でながら、心配する事はないと微笑む。
「ミセタイ茸は採取するまでの難易度は高いけど、採取自体は難しくないんだ」
「どういう事だ?」
「ミセタイ茸は採取しようとする者に幻覚を見せる。出現した幻覚体をどうにかしない限り採取はできない」
戦闘になるという事か。それなら俺の領分だな。
「出現した幻覚体を倒したら、後は適当に捥ぎ採ってくればいいよ。移送も何か袋にでも入れてけばいい。袋も此方で用意しとくよ」
もの凄い適当だな。
「面倒なのは幻覚体を倒す迄で、それ以降は普通のキノコ採取だな。⋯⋯店主はどう対処していたんだ? その猫で対処を?」
正直、店主自体はあまり強そうには思えない。立ち振る舞いが武に慣れ親しんだ者の佇まいとは程遠い。
「丸薬の素材を採るのに丸薬は使わないよ。⋯⋯乙女の企業秘密さ」
むぅ、少し気になるが乙女と言われたら引き下がらなければな。ただ思うに何かしら強力な遺物でも所持してるのかも知れないな。
「乙女の秘密は無理矢理は聞けないな。依頼を受けようと思う。詳細を教えてくれ」




