薬師の依頼
メギスの家を後にし、プルナとも別れた俺はさてこの後はどうするかと適当に歩きながら物思いに耽る。
そう言えば、薬屋の店主がエラー個体の討伐が終わったら顔を出すようにと言っていたな。
「エンジュからの連絡もまだだし、顔でも出しとくか」
正直、あの店主は苦手なのだが依頼があるらしいからな。ちょうど今は何もすることがない。どんな依頼なのかも個人的に興味があるし。
適当に歩いてた進路を薬屋方向に修正。
◇
「店主殿いるか?」
ドアを開け、ベルの鳴る音を聞き流し店主がいないか声をかける。相変わらず、どこで採取するのかキノコや薬草らしき乾物が至る所にぶら下がっている店内の奥。
正体不明の乾燥した薬草を片手に店主が立っていた。品質をチェックしているようだ。
「あぁ、君か。討伐は無事済んだようだね。よく顔を出してくれた。依頼したいことがあったんだ」
深いフードの奥から機嫌の良さそうな店主の声。
「特に問題はなかった」
「あれを相手に問題ないと言えるのは君くらいのものさ⋯⋯まぁ、あの隊長殿も言いそうかな」
隊長⋯⋯ミゼーアか。彼は言いそうだな。実際そう言えるだけの実力も間違いなくありそうだ。
それにしても店主殿は何者なのだろうな。エラー個体の詳細も知ってそうな雰囲気だし。実力が知れないというか、色々な面で底が知れなくて判断が難しい。
「それで? 依頼とは何だ。今は何もやる事がなくてな。俺でよければ受けるが。⋯⋯報酬は良い出汁の出るキノコを多めに貰いたい」
「⋯⋯依頼内容を聞く前に報酬を指定してくる奴は君が初めてだよ。出汁の出るキノコなら依頼じゃなくても見繕っておくよ。君に依頼したいのはとある平行菌糸類の採取さ」
平行菌糸類。お隣さんのプルナも言及していたな
「確か、毒抜きに使うのだったか?」
「プルナと知り合いかい? そう彼女に提供したキノコみたいなのもあるけど、今回依頼したいのはもっと特殊なキノコさ」
色んなキノコがあるものだな。
「どんなキノコ何だ? というか平行菌糸類とは何だ。普通のキノコとは違うのか?」
「そうだね。平行菌糸類は通常のキノコとは次元が違うキノコさ。次元が違うというのもあまり正確ではないがね。わたしらのいるこの次元、わたしらの認識できない別次元。それらを跨いで同時に存在する⋯⋯簡単に言えば異次元キノコだ」
俺が理解できなかったのを察したのか、店主が簡単にまとめてくれた。
「採ってきて欲しいのは『ミセタイ茸』という平行菌糸類さ。私が行ってもいいんだけど、準備が面倒でね。君なら大した準備も要らないだろうから頼みたいなぁと」
ふむ、採りに行っても構わないがあまり時間はかけたくないな。
「時間はどれくらい掛かりそうなんだ? やるべき事も色々あるから短いなら受けるが」
「転移装置も無い場所だからね。行きに二日採取に一日、帰りも二日で五日は掛かるかな」
結構掛かるな。エンジュの装備造りを早めに終わらせたいし今回は無しか。
「想定より掛かるな。今回は見送らせてもらいたい」
「まぁ、そう言うなって。君やエンジュにも利のある依頼だと思うよ」
「利とは何だ?」
「ミセタイ茸は摂取した者に極めてリアルな幻覚を見せるキノコなんだ。ここ迄は普通のキノコでもよくある症状なんだが、ミセタイ茸の驚くべきところは幻覚を他者と共有するところにある」
「共有?」
「そう。例えば私がミセタイ茸を食べて、猫の幻覚を見るとしよう。無論この場には実際に猫はいない。幻覚だからね。だがミセタイ茸の幻覚効果は君にも波及する。居もしない猫を君も目撃し、引っ掻かれれば傷もできる」
居もしない幻覚の猫に引っ掻かれて怪我をするだと? 意味がわからない。幻覚に何をされようと存在しないなら何も出来ないだろうに。それに他者の幻覚が共有とは、尋常のものでは無さそうだな。
「何故幻覚に引っ掻かれて怪我をするかわからないって顔だね。難しく考える事はない。ミセタイ茸の見せる幻覚は極めて現実的で、それが幻覚だと脳が認識できない。故に幻想の猫に引っ掻かれたら脳が傷を作り出す。脳にとってそれが現実に即した状態だからね」
引っ掻かれたのならば傷がある筈だと、脳が認識する事で勝手に傷を作ってしまうという理解でいいのか?
「何とも珍妙なキノコだが、それを採取すると俺やエンジュに何の利があるんだ? 危険な物にしか聞こえないが」
「単純にミセタイ茸を食べればランダムな幻覚を見るだけだが、私がちょっと手を加えれば守護者を召喚する薬にする事ができる」
「どう言う事だ?」
あまりに突拍子過ぎて理解がおいつかない。
「ランダムな幻覚に指向性を与えてやるのさ。人間の幼い頃、父や母に守られていたという深層心理に刻まれた感覚を呼び覚まし、象を与えてやる。そうすれば個人によって能力に差はあるが、守護者を呼び出せるようになる。一時的だがね。普段は販売せず私の個人的な護身用何だが、原材料を採ってきてくれたら譲ってあげようと思ったのさ」
あまりに現実味がなさ過ぎる。揶揄われてるいるのだろうか?
「あ、疑ってるな。しょうがない、在庫は少ないんだけどね。見せてあげようじゃないか」
店主はそう言うと、腰のポーチから丸薬を取り出すと一つ口に含んだ。
「紹介しよう。私の守護獣『三日月猫さ』




