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権限移行

「ジャスペロダスでは正式な移行は無理でも、俺なら行けるんじゃないか?」

 ジャスペロダスは統治AIでも積まれてるのかと錯覚するほどの人格だが、恐らく彼の人格はバグだ。下手に端末に接続したら正常化ワクチンでも流されかねない。

 それでなくとも、統治AIが走らせるプログラムは彼には受け入れられないだろう。


 そして俺はAIではないが、統治AIにも負けない処理能力を持った電脳がある。

 システムに俺をカラマより上位だと誤認させるに十分だと思う。

「実際、可能だと判断したから貴方に簒奪させようとしたのです。⋯⋯ただ、私はまだ正式に交代したことがないので、今更ながらできるか不安になってきました⋯⋯」


「——なら何故強引に襲ってきたんだ!? それこそ一か八かじゃないか!」

 ただ単純に俺にボコボコにされて、役目の交代も出来ませんでしたなんて笑えない事態も起こり得た。


「で、できると思った! ⋯⋯急に貴方が来るから心の準備とか間に合わなかったし⋯⋯」

 ま、まぁ偶然落ちてきてしまったからな。

 カラマも待っていたと言っていたが、こうも突然だとは想定していなかったのか。


「イオド、眼紐の管理するの?」

 近づいても安全と判断したのか、エンジュが声をかけてきた。

「あぁ、最初は反発してしまったがメリットの方がデカいと思ってな。特にやることも無いみたいだし、管理権限があればある程度眼紐をこっちの都合で動かせそうだし。⋯⋯そうなんだろ?」


「⋯⋯え」

 ん? 何故虚をつかれたような顔をしてるんだ、この女は。

「え、じゃなくてだな。さっき君が言っただろ、遠回りすれば眼紐をけしかけると。⋯⋯本当は出来ないのか?」


「⋯⋯権限としては出来るわ⋯⋯」

 盛大に目を泳がせるカラマ。⋯⋯先程までのミステリアスで人の話を聞かない女は何処へ行ったのか。もしかしたら相当無理して去勢を張っていたのかもしれない。


「煮え切らないな。つまりどう言うことなんだ?」

「⋯⋯進化が止まってるとは言え、スキュラは機獣の中では群を抜いて知能が高い。力量差は簡単に見抜いてくる」

「つまり?」


 触れれば折れそうな細い指をもじもじと絡ませて、カラマは言いにくそうに口元をもにょもにょさせている。

「最近、ちょっと特殊な個体が生まれたの。その個体が生まれるまでは問題なく私は管理できていたんだけど、女王個体とでも呼べばいいのかしら。本来のスキュラは群れないのだけど、その個体に統率されると指示が通りにくくなるようになってね」


「⋯⋯管理から外れているのか?」

「完全には外れてないの。わがままを言われてるようなものなんだけど、これ以上群れが大きくなると反乱を起こされるかも⋯⋯」

 

 角肉のエラー個体のようなものが眼紐にも生まれたのか。

 統治AIの管理をジャミングできる何かしらの固有能力持ちだな。


「もしかして管理権限を移行したかったのは、反乱を起こされたら君の命が危うかったからか?」

 カラマはテミス様のような代理体ではなく、彼女自身が本体の下位統治AIなのかもしれない。壊れればそれまでの、替のきく存在。


「⋯⋯実際役目がつまらなかったのは本当よ。うんざりしてた。ずっと頑張って管理してきたのに、急に生まれた変なスキュラに群れを乗っ取られそうになって、このまま死ぬのは嫌だなって思ったの」


「君の役目からすれば、眼紐に反乱を起こされるのはむしろ望むべくものじゃないのか? 言ってみれば新たな進化じゃないか」

「そこは私も不思議には思ったのよ。待ち望んだ変化がようやく起こった。⋯⋯たぶん長く交代もなく稼働し続けたからね、まともなメンテナンスも出来ないし。バグってしまったんじゃないかしらね」


 設備の老朽化も酷い。もしかしたらこうしてまともの話せてるだけでも奇跡なのかもしれない。

 その女王個体も強がってはいたが、もはや彼女では対処できない存在にまで成長してしまったのかもしれない。


「⋯⋯君は役目から解放されたら何をするんだ?」

「そうね⋯⋯。あの侍気取りのドロイドを連れて、滅んだ世界を巡ってみようかしら」


「そんな面倒なこと契約外だ。俺は御免だね」

 ジャスペロダスは心底面倒そうに手を振る。

「あら、いいじゃない。貴方の目的はもう果たされてるし、趣味の剣術指南チップでも一緒に探しましょうよ」


 ジャスペロダスの目的というと、シュマが撃破したあのドロイドのことだろうか。倒れたドロイドを見るジャスペロダスの背中には、人間臭い寂しさのような感情が滲んでいたように思う。


「⋯⋯考えとくよ」

 おざなりなジャスペロダスの返事に微笑むカラマ。

「それじゃあ、始めましょうか。手を⋯⋯」


 正式な権限移行。カラマの保有する限定されたネット空間への誘い。

 柔らかな彼女の手の感触を意識した。

 空間が切り替わる。

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