簒奪
「次代の人類種なぞ大したものだが、そんな大事なものをポッと出の俺に預けるのか? 見たところお前は大分消耗してる。もうまともな判断も出来ていないんじゃないか?」
寝台から伸びていた管は全部彼女に繋がっており、その先は医療ドロイドが管理している複数の機器に接続されている。
幻覚体に似ている衝撃で顔以外目に入らなかったが、手術着の下の身体は生きているのが不思議なほどガリガリだ。
「私が消耗しているのは確かですが、判断に間違いはありません」
「嫌、間違ってる。俺は眼紐を食材としてしか見てないし、今回の探索の目的は眼紐の生産プラントを探し出して持続的に眼紐の素材を得る事だ」
俺が今回の探索の目的を話すと、目の前の女は一瞬表情が固まった。
「え、眼紐が食材? スキュラですよ? うねうねの⋯⋯。人体には有毒な成分も含まれている筈ですが⋯⋯」
「毒なら解毒できるシェフがいる。俺も食べたが美味だったぞ」
「⋯⋯そんなに簡単に捕まる機獣ではないはずですが。 ⋯⋯え、あれ食べるの⋯⋯?」
「そうだな。眼紐に関しては同士討ちの死骸を漁るくらいしか素材の入手経路はない。だがプラントを見つければそう難しくなくなる筈だ。現にプラントを押さえてほぼ家畜化してる機獣もいる。ここはプラントではないようだが」
村周辺の機獣の扱いを説明してやると俯いて押し黙ってしまった。
ここが眼紐のプラントなら管理してやっても良かったが、どうも産卵場所っぽい。俺が手間暇かける時間はないし、村人に任せるにも眼紐は危険な機獣だ。
「⋯⋯諦めはついたか? ずっとお前が守ってきたんだろうから聞かなかったことにしてやるから、もう帰ってもいいか?」
「はぁ⋯⋯、まさかスキュラを食材と見做してるとは。現生人類はしぶといですねぇ。⋯⋯あぁ、面倒です。もういいかな」
目の前の女がボソッと呟くと、硝子の割れる音が響き刹那に映像が切り替わるように姿が変化した。
「——な」
「記憶が無いという時点で面倒でしたが、まぁまあ面白い情報も持ってきてくれましたね。現生人類などスキュラに蹂躙されるだけの存在だと思ってましたが少し興味が湧きました」
幻覚体に似た顔はそのままに、ガリガリだった身体は瑞々しさを取り戻し純白のドレスに身を包んでいる。
急な変化に俺が驚いていると、それまで沈黙していた獣挽きから通信が入った。
「⋯⋯ザ、ザ⋯⋯マスター! やっとジャミングが晴れました! 気をつけてください、目の前の女はテミス様と同型と思しき統括AIです!」
「統括AI⋯⋯」
「あぁ、その子へのジャミングも必要ないので解いておきました。⋯⋯健気でしたよ、必死でハッキングを仕掛けてくるのはこそばゆくもあり滑稽でもありました」
獣挽きはいつの間にか出来ることが恐ろしく増えたな。
「さっきまでの姿は嘘だったのか」
「そうですよ。スキュラの管理者が弱ってると見れば貴方は手を下すと思ってたので偽装を掛けてたのですが、貴方は全然心が揺れ動いてませんでしたね」
「次代の人類種とかは⋯⋯」
「自己増殖を始めた辺りまでは期待してましたけど、そこから止まってしまったんですよ進化が。満足しちゃったのかなぁ。⋯⋯退屈でしたよぉ。いつまで経ってもうねうね蠢いて、そこらの機獣や人間を襲うだけのスキュラを見てるのは。役目を命じた人類もくだらない戦争で滅びるし。あ、少しは残ってますね。失礼」
光の消えた死んだ目でいかに自身の役目が退屈だったか話す女。
ジャスペロダスはこの女の正体を知っていたのかふと気になり、チラッと後ろを見ると明らかに驚愕に固まってるドロイドがいた。
「次代の人類種を導くのが私の役目だったんですけどね、これっぽっちも変化がないので役目を誰かに変わってもらいたかったのですよ」
「変われるものなのか? 言ってしまえばお前の根幹に当たるプログラムだろう?」
気軽に、飽きたから変わって欲しいなんて生やさしいものではない筈だが。
「簡単ではないですよ。ただこの役目には、より導くに相応しい存在に明け渡すようにという一文がふくまれてまして。⋯⋯当然ですよね、私も劣化しますし、より上位の統治者が開発されれば変わったほうがいいに決まってる。開発されればの話ですが」
本来なら彼女のようなAIをアップデートして代々の統治者として運用していくはずが、この廃墟を見ればわかるように文明はとうに滅んでいる。
彼女は永遠に終わりのない役目に従事する羽目になったのか。
俺が考えなしに彼女を殺していたら、権限は俺に移行していた可能性もあるな。
「滅んだなら次の役目を継ぐものは来ません。なので待ちました。正式な権限移行は叶いませんから、イレギュラーを利用しようと。上位の存在は何も同じAIでなくてもいい」
女は右手を一振りし、別位相から純白の鞭を顕現させる。
「——イオド、貴方にスキュラ管理権限を簒奪して貰います」




