第98話 同じものを食べる
「今回は、こちらから聞く前に全部出ましたね」
探索者組合の担当者が、千代の記録を見ながら言った。
「前回、怒られたから」
「怒られなくてもお願いします」
「はい」
少しだけ褒められた気がしたが、違ったらしい。
俺たちは、ナーヴァとリゼが三回目の狩りで何をしたのか、順番に伝えた。
前回と同じ範囲から出ていない。
前に倒したものと同じ種類に見える大型魔獣が一体。
大きな炎は使っていない。
石の床が一か所割れた。
血と死骸が残った。
角と骨、皮の一部はその場に残し、肉と皮と角の一部を持ち帰った。
グールには会っていない。
持ち帰ったものは、普段の食料とは分けてある。
「倒した場所は、前回の痕跡からどの辺りですか?」
担当者の質問に、リゼが答える。
千代は用意してきた簡単な図へ印を付けた。
「前回より壊した範囲は狭いです。石床が割れたのはここ。死骸はその先です」
「現場に危険なものは残っていますか?」
「血と死骸はある。すぐに動き出しそうな魔物や、消えていない火はない」
「分かりました。巡回する者へ伝えます」
今回は、何かが起きたらしい跡だけを残して帰ってはいない。
何を倒し、どこを壊し、何を残したか。
俺たちが知っている範囲では、最初から伝えられた。
「持ち帰った肉と素材は、こちらへ持ってきましたか?」
「持ってきてない。勝手に窓口へ持ち込まない方がいいと思って」
「その判断で結構です」
今度こそ、少し褒められた。
「隔離した後、包みは開けていませんね?」
「ファステが外から状態を見ただけ。誰も触ってないし、食べてもない」
「では、指定する場所へそのまま運んでください。食材や魔獣素材を確認できる者へ回します」
「組合で調べるんじゃないんだ」
「組合だけで、すべてを確認できるわけではありません」
汚水の時にも聞いた話だ。
相談を受けた者が、全部を自分で処理するわけではない。
何をどこへ回すか判断するのも、仕事のうちらしい。
「何が分かる?」
「既知の魔獣と特徴が一致するか。過去に食用例があるか。知られている毒や危険な部位があるか。腐敗や目立つ汚染がないか。その辺りからです」
「食べた人がいたら、安全ってこと?」
「食用例があることと、あなた方が食べても安全なことは別です」
「前に食べた人がいるのに?」
担当者は、不思議そうに俺を見た。
「この世界には、身体のつくりも食性も異なる種族が暮らしています。同じ物を食べても、平気な種族と害が出る種族がいます」
「種族で違うんだ」
「違うことがあります。記録に食べた者の種族や状態が残っていなければ、食用例があるというだけでは判断できません」
この世界には魔法がある。
人の姿になれる竜もいる。
それなら、人間とは違う種族がほかにいても不思議ではない。
街へ来るようになってからも、俺は見た目だけで相手の種族を確かめたことはなかった。
人に見えたから人間だと、勝手に決めていた可能性もある。
「じゃあ、先に食べたやつが平気だったことも?」
「参考にはなります。ただ、その方がどの種族なのかも、どのような耐性を持つのかも、こちらは知りません」
担当者は、ナーヴァが竜だとは知らない。
人の姿で大型魔獣を倒し、その場で食べたことだけを伝えてある。
「少なくとも、その方が食べて平気だったことだけで、あなた方の安全を証明することはできません」
「分かった」
ナーヴァと俺たちが違うだけではない。
この世界では、誰が食べたかまで分からないと、同じ食用例として使えないことがある。
俺たちは、指定された受け渡し方を聞いてから組合を出た。
◇
「いつ戻る」
肉と素材を引き渡した日の夕食で、ナーヴァが聞いた。
「まだ分からない」
「肉一つを見るのに時間がかかりすぎではないか」
「今日渡したばかりだぞ」
「我が見れば、食えるかどうかなどすぐに分かる」
「ナーヴァ様がお召し上がりになれることは、もう分かっています」
ファステが、いつもの食事をナーヴァの前へ置く。
「私たちが食べられるかを確かめていただいているのです」
「我はすでに食った」
「お前と俺たちは違う」
俺が言うと、リゼと千代も頷いた。
レイナまで当然のように頷いている。
「そなたらは脆すぎる」
「そうかもしれないけど、今は待つしかない」
ナーヴァは不満そうに食事を始めた。
別に、今夜の料理が嫌いなわけではない。
ファステが用意した皿は、きれいになくなった。
翌日、俺が外へ出る支度をしていると、ナーヴァが近づいてきた。
「今日は肉の話か」
「買い物」
「そうか」
それだけ言って離れていく。
次の日にも、組合へ行くと知ったナーヴァが聞いた。
「今日は肉の話か」
「汚水の受け渡しについて確認する方」
「そうか」
「気になってる?」
「我の獲物がどう扱われるかを確認しておるだけだ」
「食べられるかじゃなくて?」
「同じことであろう」
「違う気がするけど」
「ならば、好きに分けておれ」
ナーヴァは腕を組んで顔を背けた。
近くで聞いていたヴィオラが、笑いをこらえている。
「何だ」
「別に。早く戻るといいね、肉」
「我は待っておらぬ」
待っている人の言い方だった。
◇
結果を聞けたのは、それから数日後だった。
「持ち込まれた部位は、過去に確認されている大型魔獣と共通する特徴が多かったそうです」
担当者が、戻ってきた記録を見ながら説明する。
「同じ魔獣?」
「その可能性が高い、というところまでです」
角の形。
皮の特徴。
肉の色や筋の入り方。
いくつかの特徴が、残っている記録と合ったらしい。
「食べられる?」
「人間を含む種族が食べた記録はあります」
「含む」
「人間以外の記録もあったということです」
誰が食べたか分からない記録だけではない。
少なくとも、人間が食べた例も確認できた。
「持ち込まれた部分には、目立つ腐敗や、グール由来と思われる汚れも確認されなかったそうです」
「じゃあ、食べていい?」
「条件があります」
やはり、すぐに好きなだけ食べていいとはならなかった。
生では食べない。
中まで十分に火を通す。
最初はごく少量。
一度に全員で試さない。
食べた後は体調の変化を見る。
異常があれば、それ以上は食べない。
「それを守れば安全?」
「確認できた記録と、持ち込まれた部位の状態から、試せる可能性があるという判断です。絶対に安全だとは言えません」
「そこまでは言えないんだ」
「食べ慣れた物でも、体質や体調によって合わない者はいます」
絶対に安全な食べ物を探す方が難しいのかもしれない。
今分かったのは、何も知らずに食べる段階から、条件を守って少量を試せる段階へ進んだことだ。
「皮と角は?」
「そちらは別に確認中です。食べませんよね?」
「俺たちは食べない」
ナーヴァなら食べる可能性が少しだけありそうだったので、全員とは言わなかった。
◇
「ならば、焼いて食えばよい」
《淫獄》へ戻って説明すると、ナーヴァが真っ先に言った。
「最初は一人だけ、ごく少量」
千代が記録を見せる。
「皆で食えばよかろう」
「何かあった時、全員が同時に動けなくなったら困る」
リゼの言葉に、ナーヴァが眉を寄せた。
「その程度の肉で動けなくなるのか」
「だから、お前と私たちは違うんだ」
「誰が最初にいただきますの?」
レイナが皆を見る。
「俺が食べる」
考えるより先に言っていた。
「夜斗様でなくても」
ファステが心配そうに俺を見る。
「誰かに頼んで、自分だけ食べないのも嫌だし」
「おぬしに何かあれば、《淫獄》の出入りにも関わるぞ」
「分かってる。だから、本当に少しだけにする」
俺にしかできないことがあるから、危険なことを全部避ける。
それも違う気がした。
何が起こる可能性があるかは聞いた。
食べる量も、加熱の条件も分かっている。
それでも試すと、自分で決めた。
「異常を感じたら、すぐに言ってください」
「うん」
ファステは普段の食材を片づけ、調理に使う場所と道具を分けた。
戻ってきた肉から、さらに小さな一切れを取る。
「薄すぎぬか」
横から見ていたナーヴァが言う。
「中まで火が通ったことを確かめますので」
「それでは硬くなる」
「今回は味の確認より、安全の確認が先」
「別にする必要が多すぎる」
「混ぜると、分からなくなるから」
どこかで似た話を聞いた気がする。
ファステは表面だけでなく、中まで火が通っていることを確かめた。
味付けもほとんどしない。
小さな肉が、皿の中央へ置かれた。
「少ないな」
「試す分だから」
「一口にも足りぬ」
「俺には一口だよ」
皆が見ている。
特にナーヴァが見ている。
興味がないような顔をしているのに、俺が肉を持ち上げると、その目も一緒に動いた。
「そんなに見るなよ」
「我の獲物だぞ」
口へ入れる。
十分に焼いた分、少し硬い。
それでも噛むと、脂の味が広がった。
獣臭さは思ったより弱い。
「……うまい」
「当然だ」
ナーヴァの返事だけが、誰より早かった。
◇
「何も起きておらぬ」
「まだ食べたばかりじゃ」
千代が俺の様子を記録する。
吐き気はない。
腹も痛くない。
手足の痺れも、熱っぽさもない。
意識も普通だと思う。
「指は何本に見える?」
ヴィオラが指を三本立てた。
「三本」
「本当に?」
「そこで賭けにしないで」
「残念」
リゼは、俺が普通に歩けるかを確かめた。
レイナは顔色を見ている。
ファステは水を用意し、何か変だと思ったらすぐに飲むのもやめて伝えるよう言った。
ナーヴァは、少し離れた場所で腕を組んでいる。
「人間は待つことが好きだな」
「死ぬよりはよかろう」
「この肉で死ぬものか」
「ナーヴァが死ななくても、俺が平気とは限らない」
「分かっておる」
口では面倒そうにしているのに、ナーヴァはどこにも行かなかった。
俺が水へ手を伸ばせば見る。
腹の具合を確かめれば、眉を動かす。
「心配してる?」
「異常が出れば、その肉を食料にできぬ。確認しているだけだ」
「俺じゃなくて、肉の心配?」
「両方を分ける意味があるのか」
ナーヴァは、当たり前のように答えた。
俺に異常が出れば、肉も食料にできない。
肉が危険なら、俺にも異常が出る。
たしかに分けられない。
でも、それだけではない意味に聞こえて、返事に困った。
しばらく待っても、目立った変化はなかった。
「今回の量と調理法では、すぐに出る異常はなかった、としておくぞ」
千代が記録へ書き込む。
「安全だった、ではないんだ」
「まだ一度、少量を食べただけじゃ」
「では、もう一度食えばよい」
「今日は増やさない」
リゼが止める。
「次の食事まで待つ」
「また待つのか」
「今度は、皆様で召し上がれるようにいたします」
ファステが言うと、ナーヴァはそれ以上文句を言わなかった。
◇
その後も目立った異常が出ないことを確かめ、次の食事で肉を使うことになった。
ファステは必要な加熱を減らさず、硬くなりすぎないように肉の厚さと火へかける時間を変えた。
味付けは薄い。
肉そのものの味が分からなくならないためだ。
「縁には?」
ヴィオラが、足元で匂いを嗅いでいる縁を見る。
「あげない」
「即答だね」
「何を食べられるのか分からないだろ」
縁には、いつもの食べ物を用意する。
誰かが食べられたからといって、別の種族にも食べさせていいわけではない。
さっき聞いた話を、すぐに忘れるつもりはなかった。
全員の皿へ、焼いた肉が少しずつ載った。
腹側に近い、ナーヴァが一番うまいと言っていた部分だ。
ナーヴァの皿だけは量が多い。
それでも、載っている料理は俺たちと同じだった。
「では、いただきます」
俺は、前より少し厚い肉を口へ運んだ。
今度は硬すぎない。
噛むと、柔らかな肉から脂が出る。
「……普通にうまい」
「普通以上じゃないか?」
リゼが二口目を食べながら言った。
「思っていたより柔らかいですわ」
レイナも、もう一切れへ手を伸ばす。
「これを一人で全部食べてたの?」
ヴィオラが聞く。
「我の獲物だからな」
ナーヴァは堂々と答えた。
「味付けを変えても合いそうじゃな」
「次に手に入ることがあれば、別のお料理も試せるかもしれません」
千代とファステも、少しずつ食べている。
誰かがうまいと言うたびに、ナーヴァの目元がわずかに緩んだ。
本人は隠しているつもりらしい。
だが、全然隠せていない。
「うれしそうだな」
「我が選んだ獲物がうまいのは当然だ」
「否定はしないんだ」
ヴィオラが笑う。
「事実を否定する必要があるか?」
ナーヴァは、少し顎を上げた。
元の世界では、きっと誰かに獲物の味を褒められることもなかった。
一人で狩り、一人で食べるなら、自分がうまいと思えばそれで終わる。
今は、同じ肉が全員の皿へ載っている。
量は違う。
身体も違う。
それでも、今日は同じ料理を食べていた。
食事が終わる頃、ナーヴァが満足そうに息をついた。
人の姿のまま、皆と同じ卓についている。
軍勢を焼き尽くせる竜。
一人で大型魔獣を倒し、その場で食べられる強者。
そのナーヴァが、自分の獲物を褒められ、普段より柔らかな目で空になった皿を見ている。
強い気配は消えていない。
なのに今は、どこか気が抜けていた。
ここで暮らす成人女性として、食後の満足を隠しきれずにいる。
そんな表情を、俺たちの前では見せるようになった。
強さと、無防備さ。
竜としての迫力と、同じ食卓へ馴染んだ女の姿。
その落差が、はっきりと俺の欲望へ刺さった。
『《淫獄石》を900個獲得しました』
『所持《淫獄石》:2,620』
「また増えた?」
ヴィオラが、すぐに俺の顔を見た。
「増えた」
「今度は何を見た」
ナーヴァまで聞いてくる。
「聞かなくていい」
「我に関係するのであろう」
「かなり関係ある」
「ならば、我にも知る権利がある」
ナーヴァは不快そうにするどころか、少し面白そうに俺を見た。
「その顔で見るの、やめて」
「どの顔だ」
「今の顔」
さらに増えそうな気がして、俺は表示を閉じた。
「次に同じ獲物が手に入るなら、香辛料も合わせてみたいですわ」
レイナが空いた皿を見ながら言う。
「別の料理も考えておきます」
ファステも頷いた。
「その前に、床を割らずに倒す方法を考えろ」
リゼがナーヴァを見る。
「獲物を倒す話と、食う話を混ぜるな」
「どちらも次の狩りの話じゃ」
千代が記録を開く。
ナーヴァは反論しかけたが、その場から離れなかった。
次も同じものを狩れるとは限らない。
同じように食べても、絶対に何も起きないとは言えない。
それでも今日、ナーヴァが持ち帰った肉は、全員の皿へ載った。
そして、それを一番満足そうに見ていたのは、狩った本人だった。




