第97話 我の分ではない
「前回と同じくらいの戦いになるかもしれません」
俺が伝えると、探索者組合の担当者は頷いた。
「場所も同じですか?」
「前に行った範囲からは出ない予定です」
「分かりました。利用を止める理由はありません」
「許可をもらいに来たわけじゃないんだよな」
「はい。こちらが痕跡の理由を把握するための連絡です」
分かっていたつもりだが、もう一度確かめておく。
今つながっている場所は、最低危険度で、資源価値も低い。
入ることも、狩りをすることも、それ自体は禁止されていない。
大きな跡を残すなら先に知らせる。
帰ってきたら、何を倒し、何を残したか報告する。
今回は、先に言えた。
「戻ったら、また来ます」
「お願いします。無理に範囲を広げないでください」
「それも伝えます」
誰に、とは言わなかった。
組合は今も、狩りをする者が竜だとは知らない。
◇
「前回と同じ範囲を越えない」
千代が記録を読み上げる。
「分かっておる」
「前回と同じ種類と判断できぬ獲物は食べぬ」
「分かっておる」
「戦った場所を覚える」
「それはリゼがやる」
「おい」
装備を確認していたリゼが顔を上げた。
「我より、そなたの方が細かな場所を見るのであろう」
「やらないとは言ってない。最初から全部こっちに投げるな」
「我は獲物を倒す」
「私は周囲と帰り道を見る。戦った場所と、残したものも記録する」
「役目は分かれておるではないか」
「食う前に、こっちへ見せろよ」
「我の食事を監視するな」
「持ち帰る分まで食うなって言ってる」
言い合っているが、どちらも相手を外そうとはしない。
前より、役割を決めるのが早くなっていた。
「肉、皮、角、骨。必要なら爪と歯もじゃ」
千代が続きを読む。
「全部を持ち帰る必要はない。倒した場所と、何を残したかを報告する」
「食えぬ物を数えるのは面倒だ」
「二度待たされるよりはよかろう」
「それもそうだ」
納得するところが、ナーヴァらしい。
「こちらをお使いください」
ファステが、布と容器をリゼへ渡した。
普段の食料に使っているものとは分けてある。
「こちらは種類を確かめていただく分です。こちらは、私たちも食べられるか確認していただく分に」
「まだ食えるとは決まっておらぬ」
「ですから、確かめていただくための分です」
ファステは普通に答えた。
「必要なら持ち帰る」
「お願いします」
ナーヴァは、皆のためとは言わなかった。
だが、持ち帰らないとも言わなかった。
「《帰還石》は?」
俺が聞くと、ナーヴァが自分の石を見せた。
「持っておる」
「リゼも」
「ある」
「何も見つからなくても、範囲を広げないで戻ってきて」
「分かっておる。同じことでまた待たされるのは面倒だ」
俺は入口を開いた。
リゼが先に周囲を確かめる。
ナーヴァは、その横を当然のように通っていった。
「行ってくる」
リゼが言う。
「遅ければ先に食っておるぞ」
ナーヴァが続けた。
「持ち帰る分を先に分けてからな」
「分かっておる!」
二人の姿が見えなくなる。
俺は入口を閉じた。
◇
待っている間、ファステは空いている場所を布で区切った。
持ち帰った肉を、普段の食材と混ぜないためだ。
「まだ食べられると決まっていませんから、調理場へは運びません」
「安全だと分かったら、どのように調理するのかしら」
レイナが区切られた場所を見ながら言った。
「まず安全だと分かってからです」
「考えるだけでもいけませんの?」
「通常のお肉と同じものかも分かりません」
「焼けばよいのではない?」
「それをナーヴァが言って、すぐに生で食べるって話になった」
「私たちは焼きますわ」
レイナも即答した。
千代は帰還後に確認する項目を並べている。
戦った場所。
獲物の数と特徴。
壊した場所。
残した血や死骸。
持ち帰った部位。
「一番うまいところを、本当に残すと思う?」
ヴィオラが聞いた。
「分からない」
「賭ける?」
「何を?」
「残すか、全部食べるか」
「誰と賭けるんだよ」
「夜斗」
「どっちに賭けても、外した方が嫌だな」
残さなければ、ナーヴァの食料になっただけだ。
残せば、俺たちも食べられる可能性が生まれる。
どちらが正しいと、俺たちが決めることではない。
それでも、少し期待している自分はいた。
◇
《帰還石》の反応が来た。
俺は皆へ声をかけ、入口の向こうを確かめてから開く。
最初にリゼが入ってきた。
その後ろから、人の姿のナーヴァが大きな包みを抱えて戻る。
二人とも無事だった。
グールの血や体液を浴びた様子もない。
ただ、ナーヴァの髪には埃が付き、頬には汗が残っていた。戦装束も少し乱れている。
人の姿をしていても、狩りを終えたばかりの強い気配は消えていない。
「見つかった?」
「当然だ」
ナーヴァは包みを置くより先に、千代の前へ立った。
「前と同じ場所までだ。獲物も前と同じものが一体。大きな炎は使っておらぬ」
「壊した場所は?」
「少しだ」
「こいつの少しだから、あとで説明する」
リゼが補足した。
「前よりは小さい。石床が一か所割れた。血と死骸は残ってる。角と骨、皮を置いた場所は記録した」
「持ち帰ったものは?」
「肉と、皮、角の一部だ」
ナーヴァが答える。
食べ終えてから聞かれたのではない。
自分から、先に報告している。
「範囲は越えておらぬ。食う前にもリゼへ見せた」
「私が見ても種類までは分からないけど、前のやつと同じ特徴だった。持ち帰る分を先に分けたのも本当だ」
「我だけでもできた」
「場所の記録は私がやった」
「それは認める」
リゼが少し驚いた顔をした。
「素直だな」
「事実を言っただけだ」
ナーヴァは包みを持ち上げ、ファステが用意した場所へ運んだ。
ファステが中身へ直接触れないように確かめる。
いくつかに分けられた肉の中に、脂の多い柔らかそうな部位があった。
「そこ、一番うまかったところじゃないの?」
「そうだ」
「食べなかったんだ」
「余るほど狩れた」
ナーヴァは、それ以上説明しなかった。
「こちらは、ナーヴァ様がお召し上がりになる分ですか?」
ファステが一番よい部位の包みを示す。
ナーヴァは、それを見て答えた。
「それは我の分ではない」
「そなたらが食えるか、確かめる分だ」
誰も、すぐには声を出さなかった。
ファステが最初に頷く。
「では、混ざらないように預かります」
「食えると決まるまで、勝手に焼くな」
「はい。決まった後は焼きます」
「なぜ、そこまで焼きたがる」
「私たちは焼きますので」
いつもと同じ調子だった。
レイナは、安全だと分かった後ならどんな味付けが合うかとファステへ尋ねている。
ヴィオラは、一番うまい部分を残す方に賭ければよかったと笑った。
千代は、持ち帰った部位を一つずつ記録する。
リゼは、次に床を割らずに仕留める方法をナーヴァへ聞いていた。
「獲物を浮かせればよい」
「どうやって」
「我が持ち上げる」
「その間に暴れたら、別の跡が増えるだろ」
「ならば、先に首を折る」
「順番が逆じゃないか?」
ナーヴァは、その輪から離れなかった。
狩り帰りで乱れた戦装束。
汗の残った肌と、埃の付いた髪。
大型魔獣を倒してきたばかりの、強い竜の気配。
それだけなら、前にも似た姿を見ている。
今回は、そのナーヴァが、自分で選んで一番うまい肉を食べずに持ち帰った。
自分以外の誰かが、同じものを食べられるか確かめるために。
人の軍勢から恐れられ、一人で狩り、一人で食べてきた竜が、《淫獄》の皆へ渡す包みを抱えて帰ってきた。
狩り直後の強さと、ここでだけ見せた柔らかさ。
命令されたからではなく、本人が選んだという事実。
それらが重なって、はっきりと俺の欲望へ刺さった。
『《淫獄石》を480個獲得しました』
『所持《淫獄石》:1,720』
今度は、見落とさなかった。
「増えた?」
ヴィオラがすぐに気づく。
「増えた」
「今度は、いつ増えたか分かった?」
「分かった」
「誰で増えたかも?」
俺は答えず、ナーヴァから視線を外した。
「我が獲物を持ち帰ったことで、召喚の石が増えたのか」
「だいたい合ってるけど、説明すると違う」
「では、何が違う」
「それは――」
「夜斗が、ナーヴァを見て変な欲を」
「ヴィオラ、言わなくていい」
ナーヴァが俺を見る。
さっきまでとは違う、少し面白そうな目だった。
「肉の価値だけではないらしいな」
「そうだけど」
「ならば、あとで聞く」
「聞かなくていい」
ナーヴァは小さく笑った。
その笑い方まで数へ影響しそうで、表示を閉じる。
「先に、組合へ伝えることを確認しよう」
倒したもの。
戦った場所。
残した血と死骸、角、骨、皮。
持ち帰った肉と素材候補。
安全が確認されるまで、誰も食べない。
普段の食料とも混ぜない。
ナーヴァも千代の記録を覗き込み、不足がないか確かめていた。
ファステが、確認用の肉を隔離した場所へ運ぶ。
ナーヴァは止めなかった。
自分の獲物が運ばれていく先を、黙って目で追っている。
俺は、もう一度だけ表示を確かめた。
『所持《淫獄石》:1,720』
ナーヴァは、自分の獲物を持ち帰った。
食べるためだけではなく、いつか同じ卓へ載せるために。
何が一番刺さったのかまでは分からない。
でも、いつ増えたのかだけは、今度ははっきり分かった。




