第96話 食べるだけじゃない
「受け取り方が決まりました」
探索者組合の担当者は、机の上へ一枚の紙を置いた。
そこには日時と、俺たちが来た入口とは別の場所が書かれている。
「ここへ持っていけばいい?」
「指定した時刻に、容器を開けずに持ってきてください。運搬中も、使用済みの布とは分けたままでお願いします」
「運ぶのは俺たち?」
「途中までは。こちらからも人を出します。詳しい受け渡し方は、当日にその者の指示へ従ってください」
処理をする場所へ、俺たちだけで直接持ち込むわけではないらしい。
どこで、誰が、どうやって処理するのかまでは教えられなかった。
それでも、いつ、どこへ運べばいいかは分かった。
「学校へ持っていった試料も一緒?」
「はい。開けていないのであれば、元の汚水から分けた試料として扱います」
「何も混ぜてない。ミネットも外から見ただけ」
「そのことも記録に入っています」
今回は、あとから新しい話を出さずに済んだ。
担当者も怒っていない。
少しだけ胸を張ってもいい気がしたが、昨日までがひどかっただけなのでやめた。
「それと、次に地下へ入る話なんですけど」
俺が切り出すと、担当者が別の紙を出した。
「前回と同じ範囲で、同じ種類と思われる大型魔獣を狙う予定でしたね」
「いるかどうかは、まだ分からないけど」
「それで構いません」
「行っていい?」
「狩りに行くこと自体は構いません。現在の入口は最低危険度で、資源価値も低いですから」
「じゃあ、自由に入っていいんだ」
「基本的には。ただし、前回のような跡を残して何も知らせないのはやめてください」
「そこなんだ」
「そこです」
問題は狩りそのものではなく、大きな痕跡を残して知らせなかったことだった。
「この入口は、あまり人気がないんですか?」
「現在はグール系が多いですからね」
「弱いんじゃないの?」
「強い弱いだけで狩場を選ぶわけではありません。汚れますし、装備の処理も面倒です。資源価値も高くない。わざわざ好んで入る探索者は多くありません」
俺たちが散々困っている汚水問題を考えれば、納得できる。
「大型魔獣は?」
「使える部位はあります」
「価値ある?」
「状態次第です。ただ、この入口へそれを目当てに通うほど重要な資源というわけではありません」
「じゃあ、前回置いてきた角とかも」
「使えた可能性はあります。ただ、グールの汚れが付いていれば、落としたうえで安全も確かめなければなりません」
「じゃあ、価値は下がる?」
「この入口で取れる素材なら、そこまでして回収する価値はほとんどありません」
少し安心した。
「でも、残していいわけじゃない?」
「残すなら知らせてください。別の魔物を寄せる可能性もありますし、巡回する側が何の跡か分からなくなります」
「次に狩るなら、前回と同じ範囲を越えないつもりです」
「それなら、その範囲で構いません。ただ、同じものがいると決めつけないでください。見つからなければ、無理に奥へ探しに行かないこと」
「分かった」
「それと、前回と同じ規模の戦闘になりそうなら、入る前に一言ください」
「許可を取るため?」
「こちらが把握しておくためです」
「何が違うの?」
「あなた方が狩りをすることを止めたいわけではありません。あとから異常な痕跡だけを見つけて、何が起きたのか分からなくなるのを避けたいんです」
俺たちには狩りの跡だと分かっても、あとから現場を見る者には分からない。
「帰った後には、何を倒して、何を残したかを知らせてください」
「倒し方まで言わないと駄目?」
「話せない事情があるなら、無理に聞き出しません。ただし、残る危険は知らせてください」
「分かった」
狩りは禁止されなかった。ただ、管理側が正体を判断できない状態を残してはいけない。
今回も狩りへ行くのはナーヴァとリゼを予定している。
そのことは、同行者が二人だとだけ伝えた。
片方が竜であることも、大型魔獣をほとんど一人で倒せることも話していない。
「前回と同じ種類を狙うなら、食べる前に確認したい部位があります」
「食べる前?」
「全部食べられたら、こちらも何だったのか確認できませんから」
言われてみれば、そのとおりだ。
前回は、ナーヴァが食べられる部分を食べ、角や皮や骨を残してきた。
組合の人は巡回でそれを見つけたが、俺たちは何を倒したのか報告していなかった。
使える素材ではあったらしい。
ただし、グールの汚れが付けば、落として安全を確かめる手間がかかる。
この入口で取れる素材は、そこまでして回収するほど価値が高いものではなかった。
「何を残せばいい?」
「肉の一部と、状態のよい皮や角があれば確認しやすいでしょう。骨、爪、歯も、状態によっては参考になります」
「全部?」
「全部必要とは言っていません。倒した後の状態を見て判断します」
「また帰ってから聞く?」
「はい。勝手に全部持ち帰るより、その方が安全です」
「覚えてます」
「助かります」
少しだけ褒められた。
ナーヴァが、腹の内側に近い肉を気に入っていたことを思い出す。
柔らかくて、脂も悪くなかったと言っていた。
「肉って、人間も食べられるか調べられる?」
「可能性はあります。ただ、その方が食べて平気だったことと、あなた方にも安全なことは別です」
ナーヴァと俺たちでは、身体が違いすぎる。
ナーヴァにとって普通の肉でも、人間には毒かもしれない。
同じ種類に見えても、本当に同じ魔獣かどうかも分からない。
「組合で調べるんじゃないんだ」
「すべてを組合でできるわけではありません」
確実に調べてもらえるとは、まだ決まっていない。
それでも、今までにはなかった道だ。
ナーヴァだけでなく、俺たちも食べられるかもしれない。
「角や皮も、やっぱり素材になる?」
「状態がよければ、その可能性はあります。骨、爪、歯を扱う者もいます」
「売れる?」
「種類も状態も分からないものに、今ここで値段は付けられません」
「ですよね」
低価値の入口だからといって、中にあるものすべてが無価値なわけではない。
ただ、価値があるかもしれない物を見つけたからといって、すぐに全部持ち帰っていいわけでもない。
俺たちは、狩る範囲、持ち帰る部位、帰還後に報告する内容を一枚へまとめた。
ナーヴァへ伝えたら、嫌な顔をするだろう。
でも、何を聞けばいいかは分かっている。
前よりは説明しやすい。
◇
「我の獲物だぞ」
やはり、ナーヴァは嫌な顔をした。
「食べるなとは言われてない」
「では何が問題だ」
「全部食べたら、何の魔獣だったか確認できない」
「我が見れば分かる」
「組合の人は、お前が見たことを知らない」
「そなたが伝えればよい」
「俺は見ても分からない」
ナーヴァは面倒そうに腕を組んだ。
千代が、組合で聞いた内容を記録に書き足している。
前回と同じように、紙はナーヴァからも見える向きに置かれていた。
「角や骨なら残る」
「肉も少し必要かもしれないって」
「なぜ食える部分を残さねばならぬ」
「人間も食べられるか、確認するため」
ナーヴァの眉が、わずかに動いた。
「そなたらが食うのか」
「安全だと分かったら」
「まだ安全ではないのですわね」
レイナが念を押す。
「うん。ナーヴァが食べられても、俺たちが食べられるとは限らない」
「我より脆いからな」
「否定できない」
リゼも頷いた。
「確認が終わるまでは、誰も食べない。似ているだけで別の魔獣だった場合も同じだ」
「面倒だな」
「でも、食べられるって分かったら、同じものを一緒に食べられるかもしれません」
ファステが言った。
ナーヴァは、すぐには答えなかった。
元の世界で、どんなふうに狩りをしていたのか。
誰かと獲物を分けたことがあるのか。
俺は知らない。
ただ、ナーヴァの話を聞く限り、誰かと食卓を囲むような暮らしではなかったはずだ。
ここでは毎日、ナーヴァの分の皿がある。
俺たちとは量も中身も違うことがあるが、置かれる場所は同じだ。
もしあの肉を俺たちも食べられるなら、初めて同じ獲物が全員の皿へ載るかもしれない。
「……どのくらい残せばよい」
ナーヴァが尋ねた。
「まだ分からない」
「聞いてきたのであろう」
「何が必要かは、倒した個体の状態でも変わるって」
「また聞くのか」
「今度は、お前が食べる量を減らしすぎないためにも聞く」
「我は足りぬ量で我慢せぬぞ」
「だから勝手に半分残せとか決めない」
ナーヴァの食料を、俺たちの都合だけで取り上げるつもりはない。
食べられるかもしれないからといって、俺たちの分を先に確保するのも違う。
「確認に必要な分。素材として残す分。人間が食べられるか確かめる分」
千代が記録を三つに分けた。
「同じ部位で兼ねられるものもあろう。必要な量は、改めて聞くべきじゃな」
「安全だと分かれば、調理も考えられます」
ファステが紙を見ながら言う。
「まだ焼くなって言われた」
「安全が確認された後のお話です」
「焼かずに食えばよい」
「私たちは焼きます」
ファステは即答した。
「前に、一番うまかったのはどこだっけ」
「腹の内側に近い肉だ。柔らかく、脂も悪くなかった」
「そこも残せる?」
ナーヴァは黙った。
さっき、どのくらい残せばよいとは聞いた。
だが、一番気に入った部分まで渡すとは言っていない。
「全部じゃなくていい」
「当然だ」
「少しだけ、確認用に」
「余るほど狩れたならな」
断られなかった。
千代が、その返事も記録へ加える。
ナーヴァは紙を覗き込み、何を残すのかを一つずつ確認し始めた。
肉。
皮。
角。
骨。
必要なら爪や歯。
前回なら、食べられるところを食べ、残りはその場へ置いて終わっていた。
今度は、食べる前から残すものを考えている。
次の獲物は、まだナーヴァの食事だった。
でも初めて、それだけではなくなるかもしれなかった。




