第95話 何を狩ったか
「今日は、これを持っていけばいいんだよな」
俺が紙を持ち上げると、千代が頷いた。
「容器の数、汚水のおおよその量、何を洗ったか、使った布、学校へ分けた試料。今分かっておることは記した」
「現物は持っていかない」
「受け取り方を聞いてからじゃ」
昨日は、聞かれるたびに新しい話を出して怒られた。
今日は最初から全部言う。
少なくとも、俺たちが全部だと思っていることは。
「お食事はこちらへ置いておきます」
ファステが卓上へ皿を並べていた。
俺たちの分と、残る者の分。
端には、明らかにほかより量の多いナーヴァの皿がある。
「足りぬ」
「帰るまでの分です。次の食事については、狩りの相談が終わってから皆で考えます」
「今、考えればよかろう」
「そのために組合へ行くんだよ」
俺が言うと、ナーヴァが立ち上がった。
「狩りの話であろう。我も行く」
「待って。お前は残って」
「なぜだ」
金色の目が細くなる。
リゼは出かける装備を確かめながら、ナーヴァのそばに置かれた《帰還石》も見た。
「持ってるな」
「見れば分かる」
「次に使う時も確認する」
「我の物だ。失うものか」
「失わないやつも確認するんだよ」
リゼはそれだけ言い、自分の装備へ戻った。
千代は次の狩りの確認欄をナーヴァへ向け、レイナは肉以外に残したい部位を尋ねた。
「食えぬ物はいらぬ」
「ですが、角や皮には価値があるかもしれないのでしょう?」
「欲しければ、そなたらが持てばよい」
「持ち帰ってよいかを先に確認するのですわ」
ヴィオラは大きな皿を見て笑う。
「待ってるだけで、その量を食べるんだ」
「そなたの分も食ってやろうか」
「遠慮しとく」
次の食事も狩りも、初めからナーヴァを含めて話していた。本人も、それを不思議には思っていないようだった。
「それで、なぜ我は残る」
「組合には、あの大型魔獣を倒したやつのことを話してないから」
「我が倒したと言えば済む」
「お前が悪いから隠すんじゃない。どこまで話していいか、まだ決めてないんだ」
「我が何者かを知れば、話は早かろう」
「早く終わるとは限らない」
リゼが言った。
帝国が管理する地下で、巨大な竜が無申告で狩りをしていた。
その事実を明かした時、話がどう動くか分からない。
今は汚水の引き渡しと、次に入口を使うための相談に絞る。
「戻ったら説明する」
「我の狩りの話を、我なしで決めるな」
「決めない。聞いてくるだけ」
ナーヴァは不満そうだったが、座り直した。
ファステは何も言わず、その前へ大きな皿を置いた。
◇
「最初から、これだけ分かっていれば助かります」
探索者組合の担当者は、俺たちが持ってきた紙を見て言った。
「昨日、そうしろって怒られたので」
「怒った甲斐はありました」
怒った本人に言われると、褒められた気がしない。
俺たちは、紙に書いたことを順番に説明した。
容器の数と量。
グールの血や体液が付いた装備を洗った水であること。
使用済みの布も分けて保管していること。
魔法学校へ少量の試料を持っていったが、向こうでは開けず、何も混ぜていないこと。
「ほかには?」
「今、分かってるのは全部です」
「あとから思い出した場合は、運ぶ前に知らせてください」
「はい」
担当者は紙へいくつか書き足した。
「受け取り方法はこちらで調整します。それまでは容器を開けず、今の場所から動かさないでください」
「ここへ持ってくるのは?」
「やめてください」
「聞いてからでよかった」
「運ぶ者と日時、受け取る場所が決まり次第伝えます。学校へ分けた試料も、同じ物として扱ってください」
汚水は、まだ《淫獄》に置く。
だが、次に何を待てばいいかは分かった。
「もう一つ、あの入口をまた使う場合なんですけど」
担当者の顔が少し固くなった。
「また、大型魔獣を倒す予定がありますか」
「前と同じくらいのやつを、倒す可能性はあります」
「同じものが、同じ場所にいるとは限りません」
「接続先が変わるから?」
「接続先だけではありません。内部の魔物も移動します。前回安全に戻れた範囲でも、次も同じとは考えないでください」
狩りそのものを禁止されるわけではなかった。
ただし、入る前に相談する。
いつ頃入るのか。
どこまで行くつもりか。
大型魔獣との戦闘を想定しているか。
焼け跡や破砕、死骸を残す可能性があるか。
帰った後には、何を倒し、何を残したかを知らせる。
「倒し方まで言わないと駄目?」
「話せない事情があるなら、無理に聞き出しません」
担当者は、俺とリゼを順番に見た。
「ただし、残る危険は知らせてください」
「倒した後なのに?」
「あなた方には、倒した後だと分かっています。痕跡だけを見た巡回者には分かりません」
巨大な焦げ跡。
割れた床。
大きな爪痕と、食い散らされた死骸。
何も知らずに見つければ、もっと危険な何かが今も近くにいると考える。
「事前に分かっていれば、巡回を遅らせるか、人数や装備を変える判断ができます。確認する範囲も絞れます」
「許可を取るためだけじゃないんだ」
「強い者が無事に帰れたことと、次に入る者が安全であることは別です」
俺はその言葉を覚えておくことにした。
素材になりそうな角や皮も、次は勝手に持ち帰るか、置いてくるかを決めない。
倒した後の状態を知らせて、扱いを確認する。
狩りをしてよいと決まったわけではない。
次に何を相談すればいいかが分かっただけだ。
それでも、昨日よりは前へ進んでいた。
◇
「まだ決まってない」
《淫獄》へ戻って最初に聞かれたので、先に答えた。
「また聞いただけか」
「今度は、何を聞けばいいか分かった」
「同じではないか」
「違う」
千代が記録を広げる。
ファステは帰ってきた俺たちへ飲み物を置き、そのままナーヴァの前にも一つ置いた。
ナーヴァの座る場所は、初めから空いている。
「次に入るなら、予定を先に伝える。どこまで行くか、大型魔獣と戦うか、何を残す可能性があるか」
「残さねばよいのであろう」
「残さない方法も、勝手に決めない」
「面倒だな」
「倒した後は、何を倒して、何を残したか知らせる」
「獲物は死んでおる。何を恐れる」
「現場を見ただけじゃ、死んだ獲物が暴れた跡なのか、別の何かが残した跡なのか分からないから」
「恐れるなら、入らねばよかろう」
「入らなければならない仕事の者もいる」
リゼが答えた。
「なぜだ」
「入口を使ったやつが戻らなければ、確認する者がいる。接続先が変わっていないか、危険な魔物が前室へ近づいていないかも見なきゃならない。誰かが変な跡を残せば、それも調べる」
「弱い者を入れる方が悪い」
「強いやつだけで全部回せるほど、人はいない」
ナーヴァは納得していない顔をした。
「我なら、何が残っていようと倒せる」
「お前ならな」
「次に入る人は、お前じゃない」
俺が言うと、ナーヴァは黙った。
ナーヴァが倒せることは疑っていない。
あの大型魔獣を食料にできることも、前回の狩りで分かった。
問題は、ほかの全員がナーヴァではないことだ。
「組合の人に言われた。強い者が無事に帰れたことと、次に入る者が安全なことは別だって」
前回、ナーヴァは条件を守った。
大きな炎も使わなかった。
獲物を倒し、リゼと一緒に帰ってきた。
ナーヴァにとっては成功した狩りだ。
それでも、何も知らずに後から入った者には危険だった。
「我が狩ったことではなく、何を狩り、何を残したかを伝えなかったことが問題なのか」
「たぶん、それが一番近い」
「たぶん?」
「俺も全部分かったわけじゃないから」
ナーヴァは紙の上へ視線を落とした。
「我が問題を起こしたのであろう」
「うん」
「なぜ我も次の狩りの相談へ入れる」
一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。
「次に狩るのはお前だろ」
「当人を外して決めても意味があるまい」
千代が続ける。
「守れないやつなら連れていかない」
リゼが言った。
「お前は守ろうとはしていた」
条件を全部うまく守れたわけではない。
守った結果、問題になったものもある。
それでも、ナーヴァは約束を無視したわけではない。
なら、次は最初から本人を入れて考える。
誰も、それを特別なことだとは言わなかった。
ナーヴァは、しばらく答えなかった。
「次は、狩る前に獲物を伝える」
「見つける前は、何がいるか分からないだろ」
「ならば、何を狩るつもりか伝える。狩った後に、何を残したかも伝える」
「うん。それならいいと思う」
「何も残さぬ方がよいなら、骨まで焼けば――」
「だから、先に相談するんだよ」
「分かっておる。焼いてよいかも先に聞く」
前よりは分かっている。
まだ危ない。
千代が、次に組合へ伝えることを書き終えた。
その紙を、何も言わずナーヴァの座る場所へ向ける。
「我も見るのか」
「そなたの狩りの話じゃ」
「……そうか」
ナーヴァは紙を見下ろした。
「次に行く時は、それを我にも読め」
「覚える気あるの?」
「同じことで二度待たされるのは面倒だ」
人間が面倒でなくなったわけではないらしい。
それでもナーヴァは、面倒の中身を一つだけ覚えることにした。




