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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第九章 「このスキル、やばスギル」

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第94話 いつ増えた?



「容器の数」


 千代が言った。


「書いた」


「おおよその量」


「書いた」


「何を洗った水であるか」


「書いた」


「血や体液の付着した布を、別に保管しておること」


「それも書いた」


 俺は千代の前に置かれた紙を覗き込んだ。


 昨日、探索者組合で言われたことを、今度は最初から全部伝えるための紙だ。


 汚水を入れた容器がいくつあるか。


 中身がどれくらい入っているか。


 地下でグールの血や体液を浴びた装備を洗った水であること。


 洗う時に使った布も、まだ別にして残してあること。


 魔法学校へ持っていった少量の試料があること。


 その試料は、学校では開けていない。何も混ぜていない。


 思いつく限り、全部書いた。


「ほかに、あとから言ったら怒られそうなことある?」


「それが最初から分かるなら、怒られてないんじゃない?」


 ヴィオラが笑いながら言った。


「それを今、分かるようにしようとしてるんだよ」


「じゃあ、怒った人に見せるのが一番早いね」


「持っていく前に、足りないことがないか確認してるの」


「確認する相手も、同じことを知らない人たちだけど」


「そうなんだよな……」


 俺たちの中に、ダンジョンから出た汚染物を引き渡した経験のある者はいない。


 何を伝えるべきか分かっていない者同士で、伝え忘れがないか考えている。


 昨日よりはましだと思いたい。


「使用した水の量と、洗浄した装備の数も分けて書いた方がよいのではありませんか?」


 ファステが言った。


「水の量とは別に?」


「はい。同じ量の水でも、何をどれほど洗ったかで違うかもしれません」


「分かった。書こう」


 千代が新しい行を足す。


 分からないことを、分からないまま全部持っていく。


 そのための準備だけで、紙がかなり埋まってきた。


「いつまで、あの水を置いておくのだ」


 少し離れた場所にいたナーヴァが、隔離区画の方を見た。


「受け取り方が決まるまで」


「扱える者がいるのであろう?」


「いるらしい。でも、まだ持っていっていいとは言われてない」


「ならば、今から持っていって聞けばよい」


「危ない物を、いきなり窓口へ持ってくるなって怒られる気がする」


「まだ怒られておらぬではないか」


「怒られる前に考えるようになったんだよ」


 たぶん、少しは進歩している。


 ファステも、受け取り方が決まるまでは容器を動かさないと言った。


 使用済みの布も、そのまま分けておく。


 処理できる場所へ回すと言ってもらえただけで、中身が安全になったわけではない。


 隔離区画は、まだ必要だ。


「外へ伝えることは、このほどでよかろう」


 千代が筆を置いた。


「次は、こちらで確かめておくものじゃな」


「まだあるの?」


「食料の残り、空いておる保管場所、持ち出した《帰還石》の数。次に外へ出る者も決めねばならぬ」


「狩りなら我が出る」


「次の狩りをしてよいか、先に組合へ聞く」


「昨日も聞いたぞ」


「相談しろって答えだっただろ」


「ならば、相談すればよい」


「そのための準備を今してる」


 ナーヴァが、面倒そうに息を吐いた。


 面倒なのは分かる。


 俺も昨日までは、入口を使うだけでここまで確認が必要だとは思っていなかった。


 食料と保管場所を確認する。


 《帰還石》も、持ち出したままになっている物がないか数えた。


 千代が順番に記録へ足していく。


 ほかに、しばらく確認していないもの。


「そういえば、最近見てなかった」


「何をですの?」


 レイナが俺を見た。


「《淫獄石》」


 最後に見た数字は覚えている。


880。


 それ以降、獲得した表示を見た記憶はない。


 ミネットへ汚水を見せに行き、もう一度学校へ行き、組合で怒られた。


 その間、石を確認しようと思うような余裕もなかった。


 久しぶりに表示へ意識を向ける。


『所持《淫獄石》:1,240』


 表示を閉じた。


3秒待つ。


 もう一度開く。


『所持《淫獄石》:1,240』


「……増えてる?」


「どれほどじゃ」


「1,240」


「以前はいくつでしたの?」


「880」


 千代が記録を戻って確かめる。


「880で相違ない」


「じゃあ、360増えてる」


「880から1,240。増えた数は360。されど、いつ増えたかは分からぬ」


「俺、表示を見落とした?」


「それをわらわに聞かれても分からぬ」


「だよな」


 増えた時には、獲得数が表示される。


 今までは、それで気づいていた。


 だが、ずっと表示を開いて生活しているわけではない。


 何かに集中している時なら、見落とした可能性もある。


一度に360個増えたのか。


 何度かに分かれて増えたのか。


 それすら分からない。


「その石は、何であったか」


 ナーヴァが尋ねた。


「召喚に使う石」


「それは知っておる。何をすれば増える」


「それは……」


 どう説明するか迷っていると、ヴィオラが先に口を開いた。


「夜斗が、女の人を見て変な欲を出すと増える石」


「間違ってないけど、言い方」


「分かりやすいでしょ?」


「では、我らを見ながら360ほど欲を出したのか」


「数え方が分からないんだよ」


 全員の視線が俺へ集まった。


 待ってほしい。


 今までだって、俺が何を好んだ時に増えるかは完全には分かっていない。


 露出が多ければ増える、という単純なものではない。


 本人が自分で選んだ服装。


 普段とは違う役割。


 誰かと並んだ時の関係。


 俺との距離。


 そういうものが重なった時に増えることがある。


 ここ数日だけでも、思い当たりそうな場面はいくつもあった。


 外へ出るために服や装備を整えていた姿。


 汚れた物を扱うために、袖や髪をまとめた姿。


 自分たちで役割を決め、俺の知らない場所へ行き、それでも帰ってきた姿。


 人の姿で暮らし始めたナーヴァが、文句を言いながらも皆と同じ場所にいること。


 だが、どれだ。


 どの時に、何個増えた。


 考えても、表示を見ていない以上は分からない。


「皆が無事に帰ってきて、安心したから……」


 言いかけて、やめた。


「それだけではないのでしょう?」


 レイナに先を言われる。


「たぶん。無事でよかったって思っただけなら、増えないはずだから」


「では、それだけではない何かも感じていたのですわね」


「言い方を変えても逃げ道がない」


 安心した。


 関係が続いてほしいとも思った。


 それと同時に、本人が自分で選んだ役目や、前とは違う姿が俺の好みに刺さっていた可能性はある。


 否定はできない。


 だからといって、誰の何が原因だったのかは決められない。


「増えたことに、まったくお気づきにならなかったのですか?」


 ファステが尋ねる。


「強い時は分かる。今までは、その場で表示を見てたから。でも今回は覚えてない」


「一度に増えたとは限らぬな」


 千代が言った。


「うん。少しずつ増えたのを、今まとめて見ただけかもしれない」


「分からぬものを、一つの出来事へ勝手に結びつけぬ方がよかろう」


「最近、そればっかり言われてる気がする」


「必要なことなのであろう?」


「そうなんだけど」


 汚水も、地下の規則も、石が増えた理由も。


 勝手に答えを作らない方がいいことばかり増えている。


「同じことを、もう一度してもらえば分かるかもね」


 ヴィオラが楽しそうに言った。


「同じことって何?」


「それを夜斗が考えるの」


「分からないから困ってるんだけど」


「一人ずつ、違う服を着てみるとか」


「原因を調べるために?」


「うん」


「それは違うだろ」


 石を増やすために服を着てもらう。


 反応を確かめるために、前と同じ態度を取ってもらう。


 頼めば応じる者もいるかもしれない。


 だからこそ、違う。


「本人が自分で選んだことに反応してるかもしれないのに、俺が再現させたら同じにならない。それに、石のためにやらせるのは嫌だ」


「真面目だねえ」


「ヴィオラが面白がりすぎなんだよ」


「でも、誰だったかは気になるでしょ?」


「気になるけど」


「一人とは限らぬぞ」


 千代が余計な可能性を足した。


 もう一度、全員を見回しそうになってやめる。


「欲しいのであれば、欲しいと言えばよいではないか」


 ナーヴァが言った。


「何を欲しがったのか、俺にも分からないんだよ」


「己の欲すら分からぬのか」


「分かったら苦労してない」


「腹が減ったなら肉を食えばよい。欲しい物があるなら取ればよい」


「お前は分かりやすくていいな」


「ならば、我のようにすればよい」


「その結果、組合に怒られたんだろ」


 ナーヴァが黙った。


 少なくとも、欲しい物をすぐ取りに行けばいいわけではないと、昨日確認したばかりだ。


 俺は通常《住民召喚》の表示へ意識を向けた。


『通常《住民召喚》』


『必要《淫獄石》:10,000』


『所持《淫獄石》:1,240』


残り8,760個。


「増えたけど、まだ全然足りない」


「ちょっと残念そう」


 ヴィオラが俺の顔を覗き込んだ。


「確認しただけ」


「召喚できるかも確認したんでしょ?」


「数字が出るから見ただけ」


「残念ではあるのですわね」


 レイナまで加わった。


「少しは」


 そこは否定しない。


360個増えていたのはうれしい。


 だが、一万には遠い。


 石を増やすために、今の予定を変えるほどの数字でもない。


「現在の数は記しておくぞ」


 千代が紙へ新しい項目を作る。


「《淫獄石》、1,240。以前の確認より360増加。増えた時期は――不明」


「原因も不明」


「次の召喚は行わず」


「できないからね」


「できぬことと、行わぬことは同じではなかろう」


「できるようになったら、そこは改めて考える」


 原因の欄には、不明と書かれた。


 少し前なら、どうにか理由を決めたくなっていたかもしれない。


 今は、分からないなら不明のままでいい。


 忘れないように、分からないと残しておけばいい。


「今後は、毎日お確かめになりますか?」


 ファステが尋ねた。


「毎日は嫌だな」


「なぜですの? 増えた時期が分かりやすくなるのではなくて?」


「数字ばっかり気にして暮らすことになりそうだから」


 一個増えた。


 増えなかった。


 今の何が駄目だった。


 そんなことを毎日考え始めたら、住民たちを見る目まで変わりそうだ。


「しばらく見てなかった時とか、大きなことがあった後に確認するくらいでいい。増やすために暮らしてるわけじゃないし」


「ガチャは好きなのに?」


「好きだから、ずっと数字を見ると危ないんだよ」


 ヴィオラは納得したのかしていないのか、笑っていた。


 《淫獄石》の記録を終える。


 俺たちは、組合へ渡す紙の確認に戻った。


 今やることは変わらない。


 汚水と使用済みの布を、どう受け取ってもらうか確認する。


 地下へもう一度入るなら、先に相談する。


 ナーヴァが狩りをするなら、その条件も聞く。


石が360個増えたからといって、汚水が消えるわけでも、腹を減らした竜が静かになるわけでもない。


「石の数は分かった」


 ナーヴァが言った。


「では、狩りはいつだ」


「その前に組合へ聞く」


「昨日も聞いた」


「今日も同じ答え」


「石が増えても、何も変わらぬではないか」


「一万になったら変わる」


「あといくつだ」


「8,760」


「遠いな」


「俺もそう思う」


もう一度、1,240という数字を見る。


 いつ増えたのか。


 誰の、何を見た時だったのか。


 俺が何を欲した結果なのか。


 結局、何も分からなかった。


 皆はもう、汚水の記録へ戻っている。


 ファステが伝える順番を整え、千代が書き直す。レイナが抜けを探し、ヴィオラは横から余計なことを言う。リゼは少し離れた場所で、次に外へ出る時の装備を確認していた。


 ナーヴァだけが、まだ狩りの日を聞きたそうにこちらを見ている。


 その姿を順番に目で追ってしまい、また数字を確認したくなった。


 俺は表示を閉じた。


 いつ増えたのかは、結局分からなかった。


 ただ、原因を探すために全員を見回した今は、増えていないことを祈った。

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