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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第八章 「戦場を焼き尽くした竜」

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第93話 それを先に言え



「どのくらい保管しています?」


 探索者組合の男は、信じられないものを見るような目のまま尋ねた。


「どのくらいって、量?」


「量も、期間もです」


「量は、容器がいくつか。期間は……」


 すぐに答えられず、千代を見る。


 千代は持ってきた記録を開いた。


「最初に発生したのは、グール系と思われる魔物と戦った日じゃ。容器ごとの量は外から確認できる範囲で記録しておる。正確に量ったわけではない」


「容器はいくつです?」


 千代が答える。


「何でできた容器です?」


「すべて同じではない。元は別の用途へ使うつもりだった物もある」


「蓋は?」


「閉じてある。少なくとも、外から見て漏れは確認しておらぬ」


「膨らんだり、熱を持ったり、臭いが外へ出たりは?」


「今のところ気づいてない」


「生活用の水や食料とは離していますか?」


「離してる。人が普段通る場所からも外してる」


「使用した布は?」


「ある」


「それも一緒に?」


「水とは分けてる。昨日、新しく使った布も別にした」


 答えるたびに、男の表情が変わっていく。


 少し安心したように見えた直後、また何かに気づいて険しくなる。


「なぜそれを先に言わない!」


 とうとう声を上げた。


「勝手に捨てるよりはいいだろ!」


「それは正しい! だからこそ相談してください!」


「今してる!」


「遅いんです!」


 言い返せなかった。


 汚水は川へ流さなかった。


 土にも捨てなかった。


 普通のゴミへ混ぜず、生活用品から離して、蓋をした容器へ入れた。


 触れないようにもした。


「正体の分からない物を、勝手に捨てなかった判断は間違いとは言いません」


 男は、少し声を抑えた。


「ですが、保管している間も安全だと決まったわけではない。容器が中身に耐えられるか分からない。時間が経てば状態が変わる可能性もある。誰かが誤って触れるかもしれない。応急の隔離を、最終的な処理の代わりにはできません」


「分からないから、触らないようにしてた」


「分からないから、分かるところへ相談するんです」


 その相談先が分からなかった。


 だから、街で探した。


「何もしてなかったわけじゃない」


 俺が言うと、男がこちらを見る。


「相談できる相手を探してた。魔法学校にも行った」


「魔法学校?」


「近くの地下が今はグール系の区画だから、学校でも似た汚水の処理を教えてるって聞いた」


 密閉した少量試料を持っていったこと。


 見習いのミネットに、外から状態を確認してもらったこと。


 学校の課題で使う物より濃い可能性があると言われたこと。


 正確な処理を考えるには、発生場所や保管量を含めた現場の情報が必要だと分かったこと。


 入口を管理する側へ相談した方がよい可能性もあると言われたこと。


 話せる範囲で順番に説明する。


「……じゃあ、最初からここへ来ればよかった?」


「そうです!」


「魔法学校まで行ったんだけど」


「なぜ最初に学校へ行くんです?」


「だから、汚水処理を教えてるって聞いたから」


「間違いではありませんが……」


 男はそこで止まった。


「間違いじゃない?」


「汚染物の性質や処理技術について、学校に知識があることはあります。安全が確認された試料や、性質を似せた物を教材にすることもあるでしょう」


「それなら、合ってるだろ」


「学校が分かることと、学校へ持ち込んでよいことは別です」


「また別か」


 ミネットにも何度か言われた。


 できるかもしれないことと、今ここで始めてよいことは別。


 興味があることと、勝手に行ってよいことも別。


「実際にダンジョンから出た大量の汚染物を、学校が無条件に引き取るわけではありません。こちらは管理している入口で発生した物について、状況を確認し、扱える先へ連絡することができます」


「学校では処理できない?」


「そうは言っていません。学校で分かることと、実物をどこが受け取るかは同じではないと言っています」


「別が増えた」


「最初から分けて考えてください」


 俺が勝手に一つへまとめていただけらしい。


 魔法を教えているなら、汚水も処理してくれる。


 知識があるなら、実物も引き取れる。


 そう思い込んでいた。


「その見習いが、試料を勝手に開けず、個人で預かりもせず、発生場所の確認が必要だと言ったのですね?」


「うん」


「入口の管理側へ相談する可能性も示した」


「そう」


「妥当な判断だと思います」


 ミネットが答えをくれなかったわけではない。


 答えてはいけないことを、勝手に決めなかったのだ。


          ◇


 話は、汚水の状態へ戻った。


 いつ発生したのか。


 何を洗った水なのか。


 何回の洗浄で出たのか。


 薬のような物を混ぜたか。


 容器へ移してから、色や臭いに変化はあったか。


 身体に異常が出た者はいるか。


 聞かれたことへ、千代の記録を見ながら答えていく。


「薬剤は使っておらぬ」


「水温は?」


「正確には記録していない」


「容器へ移すまでの時間は?」


「それも、すべては分からぬ」


「保管中に中身を開けましたか?」


「少量を別の容器へ移した時だけ。学校へ持っていくために、近くへ置く物を減らし、触れた道具も分けた」


 覚えていないことは、覚えていない。


 記録していないことは、記録していない。


 推測で埋めない。


 男は、不明な答えが出るたびに嫌そうな顔をしたが、別の答えを作れとは言わなかった。


「保管場所はどこです?」


 来た。


「今は話せない」


「またですか」


「でも、生活用の水と食べ物からは離してる。人が勝手に触らない場所に置いてある」


「誰が管理しています?」


「俺たちで見てる。容器の状態も確認してる」


「そこへは、外部の人間が入れますか?」


「それも、今は答えられない」


 住民ではない人を《淫獄》へ入れられるか。


 入れた後、確実に出せるか。


 俺たち自身も確認していない。


 場所の秘密以前に、安全だと言えなかった。


「保管場所を話せないなら、こちらから現物を確認しに行くこともできません」


「持ってくればいい?」


「今すぐ持ってこないでください」


 すぐに止められた。


「持ってこいって話じゃなかった?」


「何を、どの容器で、どのくらい運ぶのかも決まっていないでしょう。大量の汚染水を、予告なしに受付へ持ち込まないでください」


「少量なら、もう学校まで運んだ」


「その時に漏れなかったことは、次も安全という意味ではありません」


 それも、ミネットに言われた。


「現物を動かす前に、今ある容器の状態と量を整理してください。こちらも、どのような形なら受け取れるか確認します」


「受け取ってはくれる?」


「実物の状態を確認する必要はあります」


 男はすぐに頷かなかった。


「現在の接続先がグール系である以上、装備へ血や体液が付き、洗浄水が発生すること自体は、まったく想定していないわけではありません」


「じゃあ、普通の汚水?」


「あなた方の物が通常の範囲かは、まだ分かりません。保管期間もあります。正確な魔物の種類も、何が混ざったかも確定していない」


 そこで男は、千代の記録へもう一度目を落とした。


「こちらで状態を確認し、扱えるところへ回します」


「ここで消してくれる?」


「消すとは言っていません」


 汚水を預ければ、なくなる。


 また勝手に一つへまとめかけた。


「誰が処理するかは、状態を見てから?」


「そうです。水から何かを分けるにしても、分けた物が消えるわけではありません。処理後の水も、確認せず安全とは言えない」


 ミネットと同じ説明だった。


「使用済みの布もあると言いましたね」


「水だけじゃなくて、布も見てもらえる?」


「相談の対象にはします。何でもそのまま引き取れるとは約束しません。汚水、布、容器、それぞれ状態を確認します」


「昨日、汚れを拭いた布もある」


「先に全部言ってください」


「今、言った」


「最初にです」


「最初は、何が必要な情報か分からなかったんだよ」


「分からなければ、持っている物を順番に全部話してください」


 次からそうする。


 次がない方がいいけれど。


 最終的に、俺たちは汚水と布の量、容器の状態をもう一度まとめることになった。


 勝手に蓋は開けない。


 予告なしに運ばない。


 まとめた情報を組合へ伝え、受け取り方が決まってから持ってくる。


 どこへ回すのか。


 どうやって処理するのか。


 費用がかかるのか。


 そこまでは、まだ分からない。


 でも、俺たちだけで容器を増やし続ける必要はなくなるかもしれない。


          ◇


 探索者組合を出た後、ヴィオラが俺の隣へ並んだ。


「遠回りした?」


「最初は、ここが相談先だって知らなかったからね」


「でも、魔法学校に行く前に組合へ来てたら、もっと早かっただろ」


「その時は、地下で出たってどこまで話すか決めてなかったよ」


「次から先に聞けばよい」


 千代が後ろから言う。


「次を増やしたくないんだけど」


「すでに、持ち帰った物を先にすべて話せと言われたばかりではないか」


「まだ増えてた?」


「今後増やすなという話じゃ」


 今回の入口は、資源価値が低い。


 帝国へ直接許可を取り、資源の一部を納める運用ではない。


 それでも、探索者組合が日常の状態を見ている。


 次に使う前には、まず相談する。


 同じような大きな戦闘をする可能性があるなら伝える。


 異常な跡や残骸を出したら連絡する。


 分からない物は、扱いを決める前に相談する。


 すべての地下入口に、同じ決まりがあると聞いたわけではない。


 今回、俺たちがやったことについて求められた対応だ。


「学校へ寄る?」


 ヴィオラが尋ねた。


「今日?」


「現場を見られるか、ミネットが学校で確認してるかもしれないよ」


「もう見なくてよくなったんじゃない?」


「それを伝えに行くんでしょ」


 確かに、こちらから頼んでおいて、必要がなくなったことを知らせないのはよくない。


 また、先に言えと怒られるかもしれない。


          ◇


 魔法学校で少し待つと、ミネットが来た。


「今日は試料を持ってきてない」


「はい」


「先に言った」


「前にも聞きましたが、今日は報告ですか?」


「分かるんだ」


「何も持っていないと、先に教えてくださったので」


 そこまで考えて言ったわけではない。


「汚水、入口を管理してる組合で確認してもらえることになった」


「探索者組合ですか?」


「知ってる?」


「入口を管理している方々がいることは知っています。どのような受け取り方になるのですか?」


「まだ決まってない。量と容器の状態をまとめて、勝手に持ってくるなって言われた」


「それなら、その方がよいと思います」


「現場、見なくてよくなったな」


「処理については、ですね」


 ミネットはすぐに答えた。


「処理については?」


「実際にどのような場所で発生し、どう保管していたのかには興味があります。でも、処理を引き受けるところが確認するのであれば、私が先に見る必要はありません」


「見たいけど、来ない?」


「行ってよいと決まっていませんから」


 やっぱり、そこは変わらない。


「組合へ、保管している量と容器の状態は伝えましたか?」


「分かる範囲では」


「学校へ持ってきた試料を、元の汚水と分けていることは?」


「言った」


「使用済みの布は?」


「途中で言った」


「途中?」


「組合でも、先に全部言えって怒られた」


「最初に必要な情報が分からなかったのだと思います」


「慰めてる?」


「原因を分けています」


 慰めてはいないらしい。


「学校では試料を開けていないことも、伝えてください」


「それも必要?」


「学校で何かを混ぜたと思われれば、元の汚水と条件が変わります」


「分かった。次に言う」


「次は、聞かれる前にお願いします」


「ミネットまで同じこと言うの?」


「必要なので」


 俺たちが持ってきた少量試料も、元の汚水と同じ相談へ含める。


 ミネットが預かる必要はない。


 現場へ来てもらう必要も、今はなくなった。


「じゃあ、学校で確認してもらうことは、もうない?」


「今回の処理については、ありません」


「今回の?」


「ほかのことまで、もうないとは決められません」


 ミネットは真面目な顔で言った。


 もう会わないと言われたわけではない。


 でも、ここで無理に次の用事を作る必要もない。


「分かった。何か決まったら、また報告する」


「はい」


 それだけ言って、俺たちは学校を出た。


          ◇


 《淫獄》へ戻ると、ナーヴァが最初にこちらを見た。


「遅かったな」


「怒られてた」


「なぜだ?」


「お前の狩りの跡」


「条件は守ったぞ」


「守ってた」


「ならば問題あるまい」


「守った結果が問題だったんだよ!」


 ナーヴァが納得できないという顔をする。


「石を割った。地面をへこませた。焦げを残した。血と骨と皮と角も置いてきた。何が地下にいるのか分からなくて、組合の人が確認へ入ったらしい」


「戻ったのであろう?」


「戻った。でも、危険がなかったことにはならない」


「面倒だな、人間は」


「あと、食べ残した角とか皮、素材になったかもしれないって」


「食えぬ物に価値があるのか」


「外ではあるらしい」


「ならば、次は持ち帰ればよい」


「次に持ち帰っていいかも、先に聞くんだよ」


「持ち帰らずに残せば怒られ、持ち帰る前にも聞けと言うのか」


「そう」


「やはり面倒だ」


 否定できない。


 でも、その面倒を知らないまま使い続ける方が、あとでもっと面倒になる。


「汚水は、どうなりました?」


 ファステが隔離区画から離れた場所で尋ねた。


「組合で状態を確認して、扱えるところへ回してくれる」


「持っていってくださるのですか?」


「まだ。量と容器をまとめ直して、受け取り方が決まってから運ぶ」


「では、それまでは今の場所で保管を続けます」


「うん。勝手に開けない。布も全部、分けたまま」


 隔離区画は、まだ消えない。


 容器も、使用済みの布も残っている。


 中身が安全になったわけではない。


「捨て方は、まだ分からない」


 俺が言うと、千代が記録を置いた。


「されど、捨て方を知る者へ渡す道は見つかった」


 俺たちだけで、水と汚れを分ける必要はない。


 分けた汚れを、どこへ捨てるか悩む必要もない。


 扱える人へ渡すための相談先が、ようやく分かった。


「では、次の狩りはいつだ」


 ナーヴァが尋ねる。


「まず組合へ相談する」


「次は痕跡を残さねばよいのだな」


「まず相談する」


「ならば、すべて焼けば――」


「それをやめろ」


 汚水の出口は見つかった。


 ナーヴァの問題は、まだ入口に立ったままだった。


 捨て方は、まだ知らない。


 でも、知らない物を渡してよい相手は、ようやく分かった。


 次は、怒られる前に聞こうと思う。


あとがき


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


と思ったら


作品下にある★から、作品の応援お願いいたします。


《pt》をいただけると、大変励みになります。


反応があると嬉しいので


面白くても、つまらなくても、

正直に感じた気持ちを《コメント》していただけると、ありがたいです。



《レビュー》などいただけると、すごく喜びます。



また誤字脱字ありましたら、教えていただけると大変ありがたいです。


《ブックマーク》もいただけると本当にうれしいです。


何卒よろしくお願いいたします。 (*'▽')

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