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このスキル、やばスギル ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風


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第9話 全部やるのではなく、一緒に



 住民が一人増える。


 ゲームなら、それはだいたい喜ばしいことだ。


 働き手が増える。できることが増える。画面の隅に並ぶ顔アイコンが一つ増えて、拠点が賑やかになる。


 だが、現実ではそれだけじゃない。


「……水、減るの早くないか?」


 俺は壁際に置いた水袋を持ち上げ、その軽さに顔をしかめた。


「昨日よりお一人増えましたので」


 ファステが申し訳なさそうに答える。


 いや、ファステが謝ることではない。


 人間が増えれば水を飲む。食事もする。当然だ。


 当然なのだが、ガチャを回したときの俺は、そこまで具体的に考えていただろうか。


 たぶん考えていない。


 いや、考えはした。ファステにも指摘された。


 そのうえで回した。


 つまり、考えたけれど欲望に負けたという、より悪い結論になる。


「ガチャ一回で、必要な食料だけじゃなく作業量まで増えるのか……」


「人が増えたのですから、当然かと」


「ファステ、正論が日に日に強くなってないか?」


「も、申し訳ありません」


「褒めたんだ。たぶん」


 ファステは困ったように目を伏せた。


 その向こうでは、昨日召喚されたばかりのレイナが、壁際に並べられた食材を興味深そうに眺めている。


 木の実。野草。食べられる根。水辺で手に入れた小さな食材。


 名前もよく分からないものが多い。


 見た目も豪華とは程遠かった。


 晩餐会の席から来た令嬢が見れば、落胆しても不思議ではない。


 ところがレイナは、しゃがみ込んだまま木の実を一つ手に取り、光へ透かすように眺めていた。


「こちらは、先に使ったほうがよさそうですわ」


「分かるのか?」


「表面の張りが落ちています。それに、わずかですが香りも変わっていますわ」


 そう言って、別の木の実と並べる。


 俺には、どちらも同じ茶色い木の実にしか見えない。


「昨日も思ったけど、お嬢様の見る目って食材にも使えるんだな」


「食卓へ出されるものの状態を知ることも、教養の一つでしたから」


 レイナはそこで少しだけ表情を曇らせた。


「もっとも、実際に自分で扱ったことはありませんけれど」


「でしたら、レイナ様はどうかお休みください」


 ファステがすぐに言った。


「こちらは私がいたします」


     ◇


 ファステの動きは早かった。


 レイナが返事をするより先に、食材を種類ごとに分け、水の残量を確かめ、火を使う準備まで始めている。


 一人でだ。


「ファステさん」


「はい」


「私にも、何かさせてくださる?」


「お気遣いありがとうございます。ですが、慣れておりますので」


「そうではありませんの」


 レイナが首を横へ振った。


「私は、自分でやってみたいのです」


「ですが、そのようなことをレイナ様にしていただくわけには……」


 ファステの返答は、あまりにも自然だった。


 考えて選んだというより、身体へ染みついた答えが勝手に出たように聞こえた。


 レイナはしばらくファステを見つめる。


 怒ってはいない。


 ただ、本当に理由が分からないという顔をしていた。


「私がやりたいと申し上げているのに、なぜファステさんがなさるの?」


 ファステの手が止まった。


「それは……私が、こうした仕事をする者だからです」


「今も?」


「え?」


「以前はそうだったと伺いました。ですが、今のファステさんは、私に仕えているわけではありませんでしょう?」


「それは……」


 ファステが答えに詰まる。


 俺も口を挟むべきか迷った。


 二人とも相手を困らせようとしているわけではない。


 ファステはレイナを休ませようとしている。


 レイナはファステの仕事を奪いたいわけではなく、自分で経験したいだけだ。


 レイナはファステの姿をまねるように、自分の袖を作業向けにまくった。豪華な令嬢服の隣で、元家政婦のファステも同じように袖を整えている。


 二人が並んだだけだ。それなのに、設定と状況の組み合わせが妙に俺の好みへ刺さった。


『《淫獄石》を7個獲得しました』


『所持《淫獄石》:49』


 善意と善意が、綺麗にすれ違っている。


「できないのであれば、教わりたいのです」


 レイナは手にしていた木の実を、そっと元の場所へ戻した。


「失敗するかもしれません。時間もかかるでしょう。それでも、最初から何もさせていただけないのは、少し違いますわ」


「ですが、私はそのために……」


「その『そのため』を、レイナが頼んだわけじゃないんだよな」


 結局、俺は口を挟んだ。


 ファステの肩が小さく揺れる。


「責めてるわけじゃない。ファステが気を遣ってるのは分かる。でも、レイナにとっては、自分でやることも休むのと同じくらい必要なんじゃないか?」


「自分でやることが……」


「必要、というより、やってみたいのですわ」


 レイナが訂正する。


「誰かに必要だと言われたからではなく、私が」


 その言葉に、ファステはすぐ返事をしなかった。


     ◇


「では、これは先に使うべきなのですね」


 沈黙を破ったのは、ファステだった。


 レイナが先ほど分けた木の実を指している。


「ええ。こちらはまだ大丈夫ですが、そちらは今日中に使ったほうがよいと思います」


「私には、ほとんど同じに見えます」


「色がわずかに違いますわ。それから、ここを触ってみてくださる?」


 ファステが木の実を受け取り、慎重に表面へ触れる。


「……少し柔らかい、でしょうか」


「はい。保存するなら張りのあるほうを。こちらは、食べられるうちに使うべきですわ」


 レイナには、何を使う価値があるかが分かる。


 だが、どう処理すれば食べられるのかまでは分からない。


 ファステは食材の細かな状態を見落とすことがあっても、洗い方や火の通し方を知っている。


 二人の能力は被っていない。


 前後で綺麗につながっている。


「私は見分けます」


 レイナはファステへ木の実を差し出した。


「ファステさんは、どう使うか教えてくださる?」


「私が、ですか?」


「ええ。私には分かりませんもの」


 分からないことを、レイナは恥じなかった。


 知ったふりもしない。


 自分にできることを伝え、できないことは教えてほしいと頼む。


 その態度に、ファステは戸惑いながらも木の実を受け取った。


「まず、土や汚れを落とします。そのあと、この部分を取り除いて……」


「このくらい?」


「はい。ですが、あまり深く取ると食べられる部分まで減ってしまいます」


 ファステが手本を見せる。


 レイナは隣へしゃがみ、その指先を真剣に追った。


 二人の髪が作業の邪魔にならないようまとめられている。


 袖も同じようにまくられていた。


 元家政婦が、豪華なドレスを着た令嬢へ庶民の生活作業を教えている。


 何だろう。


 この、設定だけで一つのイベントCGが成立しそうな感じ。


『《淫獄石》を14個獲得しました』


『所持《淫獄石》:63』


「……十四?」


 思わず声が出た。


「どうかなさいましたか、夜斗様?」


「いや。何でもない」


 何でもなくはない。


 少し前にも、二人が並んで袖と髪を整えたときに七個増えている。


 これで合計二十一個。


 もちろん、ファステにもレイナにもそれぞれ魅力がある。


 だが、二人が一緒にいると妙に増え方が大きい気がする。


 気のせいか?


 今のところは、まだ材料が足りない。


 これは検証ではない。


 断じて。


     ◇


「もう少し薄くしたほうが、火が通りやすいです」


「このくらいでしょうか?」


「はい。次は、その大きさに揃えてみてください」


「分かりましたわ」


 レイナの手つきは、決して器用ではなかった。


 慣れていないので当然だ。


 最初の一つは厚すぎた。


 二つ目は形が歪んだ。


 だが、一度指摘された失敗は繰り返さない。


 三つ目からは、少なくとも火の通り方を揃えられる程度には厚さが近くなっていた。


「覚えるのが早いですね」


 ファステが感心したように言う。


「教え方が分かりやすいからですわ」


「そ、そうでしょうか」


「ええ。なぜそうするのかも説明してくださいますもの」


 ファステの表情が、ほんの少し緩んだ。


 褒められることに慣れていないのか、それとも教える立場に慣れていないのか。


 たぶん両方だ。


 レイナが食材を押さえ、ファステが切り方を示す。


 ファステが火へ入れる順番を説明し、レイナが並べ直す。


 近い距離で相談しながら、二人の作業が少しずつ噛み合っていく。


『《淫獄石》を18個獲得しました』


『所持《淫獄石》:81』


 また増えた。


 しかも十八個。


 俺は表示を見なかったことにした。


 今は生活改善中だ。


 石の増え方ばかり気にしていたら、リゼに何を言われるか分からない。


「さっきから、妙に静かだな」


 少し離れた場所で火を見ていたリゼが、こちらをにらんだ。


「二人の作業を邪魔しないようにしてるんだ」


「顔が怪しい」


「生まれつきだ」


「開き直るな」


     ◇


 共同作業は順調だった。


 順調だったのだが、別の問題が見つかった。


「腰が痛くならないか?」


 俺が聞くと、ファステは反射的に「大丈夫です」と答えた。


 その隣でレイナが、ゆっくり背筋を伸ばす。


「正直に申し上げると、少し」


「レイナ様」


「ファステさんも、先ほどから何度か腰へ手を当てていますわ」


「見られていましたか……」


 食材を床へ直接置かないよう布を敷いているとはいえ、作業位置は低い。


 衛生面でも姿勢の面でも、いつまでもこのままというわけにはいかない。


「作業台が欲しいな」


「作業台?」


 レイナが首をかしげる。


「物を置いて、立つか座るかして作業できる台だ。ちゃんとした家具は無理でも……」


 俺は灰色の床を見る。


 《淫獄》はこれまで、住民が増え、生活の必要が生じるたびに少しずつ変化してきた。


 大きなものは作れない。


 だが、低い仕切りや、用途ごとの配置なら調整できる。


 なら、床の一部を持ち上げる程度はどうだ。


「ここを、少し高く。四人で囲む必要はない。二人が並んで作業できる幅で……火からは離して、水置き場からは近く」


 頭の中で動線を組む。


 食材を取る。


 水で洗う。


 下処理する。


 火へ運ぶ。


 拠点建築ゲームなら、作業場同士を無意味に離すのは初心者のやることだ。


 床がかすかに震えた。


「夜斗様」


「動くから少し離れて」


 灰色の床の一部が、ゆっくりと盛り上がっていく。


 高さは膝より少し下。


 表面は平らで、飾りも脚もない。


 家具というより、四角く隆起した床だ。


「……作業台」


 俺は完成したものを見てから、首をひねった。


「と呼ぶには、かなり灰色で愛想がないけどな」


「床よりは、ずっと使いやすそうです」


「ファステの評価基準、優しいな」


 レイナは台の周囲を回り、表面と高さを確かめている。


「華美ではありませんが、汚れを拭き取りやすそうですわ。用途には合っていると思います」


「お嬢様の品質審査も通った」


「なら使えるな」


 リゼの確認だけが極端に短い。


 ともかく、《淫獄》に初めて共同作業をするための場所ができた。


 本格的な厨房には程遠い。


 それでも、灰色の床へ直接しゃがみ込んでいた昨日までよりは、確実な進歩だった。


     ◇


 新しい台の上で、食事の準備を再開する。


 状態の悪いものから今日使う。


 比較的保ちそうなものは、離れた仮置き場へ分ける。


 レイナが選び、ファステが使い方を決める。


 二人で処理し、火のそばにいるリゼへ渡す。


 俺は水と食材を運ぶ。


 戦闘能力はなくても、運搬くらいはできる。


 何往復かすると普通に疲れるが。


 凡人以下を舐めないでほしい。


 最後に残った根を前に、ファステが手を伸ばした。


「あとは私が――」


 そこまで言って、止まる。


 レイナは道具を置かなかった。


 次に何を教えてもらえるのか、待っている。


 ファステはその顔と、自分の手を交互に見た。


「では……一緒にやりましょう」


 小さな声だった。


 だが、確かにそう言った。


 レイナの顔が明るくなる。


「ええ。次は何をすればよろしいの?」


「こちらを押さえてください。私が切り込みを入れますので、そのあと同じように……」


「分かりましたわ」


 二人が台の前へ並ぶ。


 ファステが手本を見せ、レイナが続く。


 同時に手を伸ばしてしまい、互いに譲る。


 それから、小さく笑った。


『《淫獄石》を24個獲得しました』


『所持《淫獄石》:105』


 大きい。


 今回、肌が見えたわけではない。


 距離が極端に近かったわけでもない。


 それでも、二十四個。


 俺が今見ていたのは、ファステでもレイナでもなく――二人の間で何かが変わった瞬間だった。


「二人一緒だと、妙に増える気がする……」


「何がですか?」


「何でもない!」


 ファステに聞かれ、俺は即座にごまかした。


 まだ断定はできない。


 できないが、気になる。


 キャラクター単体。


 外見。


 職業。


 背景。


 シチュエーション。


 そこへ、キャラクター同士の組み合わせまで加わるのか?


 いや、まだ仮説にも早い。


 たまたまだ。


 たまたま、俺の好みへ二人同時に刺さっただけかもしれない。


 それを一般に組み合わせが刺さったと言う気もするが、今は考えないことにした。


     ◇


 完成した食事は、相変わらず粗末だった。


 焼いた根と木の実。苦みを減らすため処理した野草。味つけと呼べるほどのものもない。


 だが、以前より無駄は少ない。


 傷みかけたものを先に使い、状態の良いものは残せた。


 火の通り方も揃っている。


 四人で低い作業台を囲み、食事を始める。


「二人で作ると、前より早いな」


「レイナ様が、食材の状態を見てくださいましたので」


「ファステさんが、使い方を教えてくださったからですわ」


「何だ、この綺麗な相互評価」


「いいことじゃないですか?」


「いいことなんだけど、俺たちの拠点にしては眩しすぎる」


「どういう意味だ」


 リゼに聞かれたが、うまく説明できない。


 ファステとレイナは、作業中のまま袖をまくり、髪をまとめている。


 ファステは食材の火の通りを気にし、レイナは自分が処理したものを慎重に口へ運んだ。


「……自分で関わると、同じような食材でも違って感じられますのね」


「美味しくなかった場合は、正直に言ってください」


「いいえ。昨日より食べやすいですわ」


「本当ですか?」


「ええ。それに、次はもっと上手にできると思います」


 ファステが、少しだけ笑う。


「では、次も一緒に作りましょう」


 今度の言葉は、先ほどより自然だった。


 問題が解決したわけではない。


 明日になれば、ファステはまた一人で全部やろうとするかもしれない。


 それでも今日、ファステは「私がやります」ではなく「一緒に」と言えた。


 レイナも、誰かにしてもらうだけではなく、自分で生活へ加わった。


 《淫獄》には、火を使う場所がある。


 水を置く場所がある。


 食材を分ける場所がある。


 そして、二人で作業できる灰色の台ができた。


 豪華さはない。


 食料だって、まだ安定していない。


 それでも少しずつ、ここでの暮らし方が生まれている。


     ◇


 食事が終わったあと、レイナは新しくできた作業台の表面を確かめていた。


「外には、ほかにも生活へ使えるものがあるのでしょうか」


「あるだろうな」


 リゼが答える。


「木も草もある。ただ、見つけたもの全部が使えるわけじゃない」


「良さそうに見えても、実際には脆いものもありますわね」


「外でそこまで見分けられるのか?」


「実際に見なければ分かりません」


 レイナは立ち上がり、リゼへ向き直った。


「でしたら、私が実際に見ればよいのではなくて?」


「外は食材を並べた床とは違うぞ」


「承知しています」


「獣が出る。足場も悪い。お前は水袋一つでふらついてただろ」


「ですから、リゼさんに教えていただきたいのですわ」


 リゼの眉が動いた。


 嫌そうな顔をしている。


 だが、即座に切り捨てる顔でもなかった。


 レイナは守られるだけの生活から来た。


 今度は、自分の目を外で役立てたいと言っている。


 もちろん危険はある。


 俺自身は戦えないし、連れていく人数が増えればリゼの負担も増える。


 それでも、寝床や生活用品へ使える素材が必要なのは事実だ。


 俺は三人の顔を見ながら、外へ出る条件を考え始めた。


 短時間。


 近距離。


 危険があれば即撤退。


 そして、リゼの指示には必ず従う。


 それなら、試す価値はあるかもしれない。


 これはガチャではない。


 次の召喚に必要な石とも関係ない。


 あくまで、生活環境を改善するための合理的な探索計画だ。


『所持《淫獄石》:105』


『次回必要《淫獄石》:300』


 表示していないはずの数字が、なぜか頭の中に浮かんだ。


 残り百九十五個。


「……違う。今考えるのは、探索のほうだ」


「何か言ったか?」


「何でもない」


 俺はリゼから目をそらした。


 明日は、レイナが初めて外界へ出ることになるかもしれない。


 問題は多い。


 だが少なくとも、今日の食事は一人が全部を背負って作ったものではなかった。


 ファステとレイナが、それぞれにできることを持ち寄って作ったものだ。


 全部やるのではなく、一緒にやる。


 俺たちの拠点は、そのやり方を一つ覚えた。

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