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このスキル、やばスギル ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第一章「逃げ場所から始まる生活」

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第10話 守られるだけでは終われない



「私も、外へ連れていってくださらない?」


 レイナがそう言った瞬間、リゼは迷わなかった。


「却下だ」


「まだ理由もお話ししておりませんわ」


「聞かなくても分かる。昨日見つけた素材を、自分の目で確かめたいんだろ」


「よくお分かりですこと」


「分かったうえで却下してる」


 朝から二人の意見は綺麗に衝突していた。


 場所は《淫獄》の作業区画。


 昨日できたばかりの低い灰色の台には、状態別に分けられた食材が並んでいる。


 ファステとレイナが共同で整理した成果だ。


 そして、その台を作ったことで、別の不足が目立つようになった。


 容器が足りない。


 敷物もない。


 寝床もない。


 四人になっても、俺たちは相変わらず灰色の床で眠っている。


 安全ではある。


 しかし快適とは、口が裂けても言えない。


「外には、敷物や寝床へ使える素材があるかもしれませんわ」


 レイナが続ける。


「見た目だけでは判断できなくても、手に取れば、状態や加工に向くかどうかは分かると思います」


「外は品評会じゃない」


「承知しています」


「獣が出る。足場も悪い。水袋一つでふらついてた奴を連れていけるか」


「だから、一人で行かせていただこうとは申し上げておりませんわ」


「私についてくるつもりなら、守る手間が増えるって言ってるんだ」


 リゼの言い方は荒い。


 だが、内容は正しい。


 戦えるのはリゼだけだ。


 俺は外界では凡人以下。


 ファステも戦闘要員ではない。


 レイナに至っては、つい昨日まで水の重さすら知らなかった。


 連れていく人数が増えれば、リゼの負担も増える。


 一方で、レイナの目が役立つ可能性もある。


 俺たちはこれまで、使えそうなものを見つけても、本当に使えるか分からなかった。


 全部持って帰る体力などない。


 なら、現地で価値を判断できる人間は貴重だ。


「条件つきなら、試してもいいんじゃないか」


 俺が言うと、リゼが睨んできた。


「戦えない奴が二人になるんだぞ」


「俺を迷わず頭数に入れるな」


「戦えるのか?」


「入れてください」


 悲しいが、事実である。


「短時間、近距離。危険があったら、拾ったものは全部捨てる」


 俺は指を一本ずつ立てながら条件を並べた。


「リゼが下がれと言ったら質問は後だ。勝手に動かない。俺は入口を開く準備と撤退判断。レイナは素材を見る。それならどうだ?」


「私は?」


 ファステが尋ねる。


「今回は《淫獄》に残ってほしい。火と食料を見てもらって、何かあったときに帰ってこられる状態を保ってくれると助かる」


 ファステは一瞬、自分も行くべきではないかという顔をした。


 だが、昨日レイナと交わした言葉を思い出したのか、小さくうなずく。


「分かりました。帰られたら、すぐ休めるようにしておきます」


 役割を任せる。


 任せられた側が、それを自分で引き受ける。


 少しずつだが、俺たちはその形を覚え始めていた。


「レイナ」


 リゼが呼ぶ。


「外では私の指示に従え。理由を聞くのは戻ってからだ」


「承知しましたわ」


「返事だけは一流だな」


「令嬢ですもの」


 胸を張るところなのだろうか。


     ◇


「そのまま行く気か?」


 出口へ向かいかけたレイナを、リゼが止めた。


「昨日、ファステさんに動きやすくしていただきましたけれど」


「《淫獄》の中で作業するならな。外じゃまだ邪魔だ」


 レイナのドレスは、裾をまとめ、袖をまくり、髪も高い位置で束ね直してある。


 晩餐会にいたときの完璧な姿からは、だいぶ生活寄りになっていた。


 それでも布の量は多い。


 枝や突起へ引っかければ危険だ。


「そこ、ほどけかけてる」


 リゼはレイナの前へしゃがみ、裾を留めた布へ手を伸ばした。


 結び目を解き、余った布を迷いなく折り込み、別の位置で固定する。


「少しきつくありませんこと?」


「走って落ちるよりマシだ。こっちの布も出すな」


「なるほど。実用的ですわね」


「感心してないで、自分でも結べ」


 リゼは一度ほどき、今度はレイナ自身に結び直させた。


 レイナは嫌がるどころか、リゼの指先を真剣に見つめている。


 強気な傭兵が、豪華な令嬢のドレスを遠慮なく探索用へ変えていく。


 令嬢のほうも、扱いの雑さを気にせず技術へ興味津々。


 うん。


 これは非常にいい。


『《淫獄石》を10個獲得しました』


『所持《淫獄石》:115』


「やっぱり増えるのか……」


「何がだ?」


 リゼが振り返る。


「何でもない。身支度は終わったか?」


「誤魔化すのが下手になってないか、お前」


 否定できない。


     ◇


 外へ出ると、《淫獄》の安定した空気が一瞬で遠ざかった。


 草の匂い。


 湿った土。


 どこから聞こえるのか分からない獣の声。


 俺の身体は、まだ何も起きていないのに緊張する。


「私の足跡を踏むつもりで歩け」


 先頭のリゼが言う。


「レイナ、足元ばかり見るな。前も見ろ」


「ですが、こちらの植物は繊維が長そうですわ」


「今は道を見ろ」


「はい」


 注意されると、レイナは素直に視線を上げた。


 好奇心で勝手に離れないだけ、思っていたより危なっかしくない。


 俺は最後尾を歩きながら、戻る方角と距離を頭へ入れる。


 運搬も役割の一つだが、無理をして荷物を増やす気はない。


 少し歩いただけで、もう足が重い。


 リゼの護衛対象は、実質二人。


 むしろ俺のほうが先に倒れる可能性すらある。


「止まれ」


 リゼが片手を上げた。


 俺とレイナが足を止める。


 リゼは地面へ残った痕跡を見てから、周囲へ視線を走らせた。


「古い。近くにはいない」


「何の跡ですの?」


「分からない。分からないものには近づかない。それでいい」


「覚えておきますわ」


 リゼが見るのは足跡、折れた枝、風向き、逃げ道。


 レイナが見るのは植物の繊維、木の表面、素材の傷み。


 同じ場所を歩いているのに、二人が拾っている情報はまるで違う。


「こちらを見てくださる?」


 レイナが、地面へ落ちた二本の枝を示した。


「片方は見た目が滑らかですけれど、内側に細かな割れがありますわ。力をかければ裂けると思います」


 リゼが両方を曲げて確かめる。


 レイナの指摘した枝だけが、乾いた音を立てて折れた。


「長く使うなら、地味なほうです」


「見た目に騙されるお嬢様じゃないらしいな」


「褒めてくださった?」


「事実を言っただけだ」


 レイナは満足そうだった。


 その直後、別の植物を確かめようと身をかがめる。


 リゼも背後から同じ方向をのぞき込み、二人の顔が思いのほか近づいた。


「これは?」


「繊維は取れそうです。ただ、表面が荒いため、肌へ直接触れるものには向きませんわ」


「外側へ使えばいい」


「用途によって価値が変わるのですね」


「当たり前だろ」


 荒い口調で教えるリゼと、楽しそうに吸収するレイナ。


『《淫獄石》を18個獲得しました』


『所持《淫獄石》:133』


 やはり増えた。


 リゼ一人を見たときとも、レイナ一人を見たときとも、何かが違う。


 だが今は外だ。


 考察は帰ってからにする。


     ◇


 俺たちは、使えそうな素材をいくつか見つけた。


 丈夫そうな木。


 繊維へ加工できそうな植物。


 敷物の中身へ使えそうな柔らかいもの。


 容器へ加工できるかもしれない硬い素材。


 もちろん、具体的な名前は何一つ分からない。


 異世界の素材図鑑が欲しい。


「これも持ち帰るか?」


 俺が比較的見栄えのいい枝を持ち上げると、レイナが首を横へ振った。


「そちらは中が乾きすぎています。軽いですが、長くは保たないでしょう」


「じゃあ、こっちか」


「ええ。ただし重いので、必要な分だけにするべきですわ」


 レイナは候補を次々に分けていく。


 見栄えがよくても脆いもの。


 柔らかいが傷み始めているもの。


 地味でも加工しやすいもの。


 持ち帰る価値があるものだけを残す。


「全部持ち帰る必要はありませんわ」


「全部拾って帰るよりはマシだな」


 リゼが言う。


「それはお褒めいただいたと思ってよろしいの?」


「半分だけな」


「昨日より増えましたわね」


「何がだ」


「褒めてくださる割合が」


「増えてない」


 相性がいい。


 本人たちは認めないだろうが、少なくとも会話の相性はいい。


 俺が余計なことを言えば二人同時に否定されそうなので、黙っておいた。


     ◇


 異変に最初に気づいたのは、やはりリゼだった。


「静かに」


 低い声と同時に、空気が変わる。


 少し離れた草むらが揺れた。


 風とは逆方向だ。


 続いて、腹の底へ響くような鳴き声。


 姿は見えない。


 見えないからこそ怖い。


 俺の選択肢に戦うという文字は、最初から存在しなかった。


「帰るぞ」


 リゼも同じ判断だった。


 腰を落とし、草むらから目を離さないまま指示を出す。


「レイナ、その軽い荷物を持って、後ろの木まで下がれ。道の真ん中には立つな」


「分かりましたわ」


「夜斗、入口を開く準備。間違っても前に出るな」


「言われなくても出ない」


 俺は《淫獄》への入口を意識する。


 レイナは質問しなかった。


 選別した素材を抱え、リゼが指定した位置へまっすぐ下がる。


 余計なものを拾わない。


 勝手に走らない。


 退路を塞がない。


 リゼの指示どおりだ。


 草むらがもう一度揺れた。


 リゼが一歩下がり、俺たちと危険の間へ入る。


 レイナの腕をつかみ、安全な方向へ引く。


「今だ。入れ」


 俺は入口を開いた。


 レイナ、俺、最後にリゼ。


 三人が《淫獄》へ滑り込むように戻った直後、入口を閉じる。


 俺はその場へ座り込んだ。


「こ、怖……」


「何も出てきてないだろ」


「見えないほうが怖いこともあるんだよ」


 強がる意味はない。


 俺は弱い。


 だから、危険を倒すのではなく、危険から帰れるようにする。


「レイナ」


 リゼが振り返る。


「はい」


「荷物は?」


「こちらに」


 選別した素材は、きちんとレイナの腕の中に残っていた。


「途中で余計なものは拾ってないな?」


「捨てることはあっても、増やす場面ではないと思いましたので」


 リゼがわずかに目を細める。


「ならいい」


『《淫獄石》を22個獲得しました』


『所持《淫獄石》:155』


 危険そのものに興奮したわけではない。


 リゼが具体的な役割を与え、レイナが信じて従った。


 その関係に、俺は反応した。


 たぶん。


 仮説を確定するには、まだ少し怖い。


     ◇


「お帰りなさいませ」


 ファステが俺たちを迎えた。


 火は安全な大きさに保たれ、水もすぐ飲めるよう分けてある。


 帰ってきた三人の顔を見て、ファステは最初に俺へ水を渡し、次にレイナの服と手を確認した。


 最後に、リゼへ目を向ける。


「お怪我はありませんか?」


「ない。何も出てくる前に戻った」


「それが一番だ」


 俺は水を飲みながら言った。


 戦わずに帰る。


 成果は少ない。


 だが全員無事で、使える素材も持ち帰った。


 十分な成功だ。


「これ、こちらへ置けばよろしい?」


 レイナが荷物を下ろそうとすると、リゼが近づいた。


「待て。結び目が緩んでる」


 外で動いたせいか、ドレスを留めた布が少し崩れている。


 リゼは文句を言いながら結び直した。


「さっき教えたばかりだろ」


「走ってはいませんが、急いで歩きましたもの」


「次はここを二重にしろ」


「なるほど。次もあるのですね?」


「次も同じように動けるなら、連れていけないことはない」


 レイナが目を輝かせる。


「そこだけ拾うな」


「ですが、褒めてくださったのでしょう?」


「条件つきだ」


 ぶっきらぼうな評価。


 それでもレイナは嬉しそうだった。


 戦えないから、何もできない。


 守られるから、言われた場所で待つだけ。


 少なくともリゼは、もうレイナをそう扱っていない。


 戦えなくても、役割を持って一緒に動ける人物として見始めている。


『《淫獄石》を35個獲得しました』


『所持《淫獄石》:190』


「三十五……」


 さすがに大きい。


 リゼがレイナの服を直したから?


 距離が近かったから?


 それだけでは説明できない。


 たぶん俺は、リゼがレイナを認め始めたことと、それをレイナが喜んでいることに反応した。


 二人の間にできた関係そのものに。


 昨日からの疑いが、また一段強くなる。


     ◇


 持ち帰った素材を、四人で確認する。


 レイナが品質と用途を判断する。


 リゼが引っ張り、曲げ、強度を確かめる。


 ファステが汚れや肌触りを確認し、生活へ使う場合の問題を挙げる。


 俺は置き場所と必要量を考える。


「こちらは寝床の下へ敷くものに使えそうです」


 ファステが柔らかい素材を手に取る。


「そのままでは傷みやすいですわ。内側へ包む必要があります」


「外側はこっちの繊維で固定できる」


 リゼが別の束を示す。


 三人の判断がつながっていく。


 俺は《淫獄》の一角を意識し、素材を置く場所を分けた。


 未確認。


 使用候補。


 装備。


 次回の探索で持ち出すもの。


 床へ線が引かれるわけではない。


 それでも台と短い仕切りの位置を少し動かすだけで、何をどこへ置くかが分かりやすくなった。


「素材置き場。装備置き場。探索準備場所。帰った直後に確認する場所……」


「また始まったな」


 リゼが言う。


「何がだ」


「お前の拠点いじりだ」


「必要な整理だ。動線は重要なんだぞ」


「顔が楽しそうですわ」


「必要だからやってる」


 自分でも説得力がない。


 だが、拠点が少しずつ形になるのは純粋に楽しかった。


 水と食料がある。


 火がある。


 共同作業をする場所がある。


 装備と素材を置く場所がある。


 あとは。


「次は寝床だ」


「ようやく床から卒業できますね」


 ファステが柔らかく笑う。


「ファステ、その言い方だと今までの俺が相当ひどい管理者に聞こえる」


「実際、灰色の床だっただろ」


「リゼまで」


「ですが、皆さまで作るのでしょう?」


 レイナは持ち帰った素材へ手を触れた。


「でしたら、きっと昨日までとは違うものになりますわ」


 その言葉に、三人とも反論しなかった。


『所持《淫獄石》:190』


『次回必要《淫獄石》:300』


 残り百十個。


 また即座に計算した自分へ気づき、俺は表示を閉じる。


 今は三回目の召喚より、今いる四人が床で寝なくていい拠点を作るほうが先だ。


 これは本当に合理的な優先順位である。


 たぶん。

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