第11話 四人だから作れたもの
「拠点として、次に改善すべきは寝床だ」
俺が宣言すると、三人はそれぞれ違う反応をした。
「私は床でも大丈夫です」
ファステは遠慮し。
「私も野営よりマシだ」
リゼは必要性を切り捨て。
「私だけ別のものを使うつもりはありませんわ」
レイナは、まだ誰も特別扱いするとは言っていないのに先回りした。
「何で全員、改善案を出した瞬間に辞退するんだよ」
安全だから床でいい。
以前よりマシだから我慢できる。
自分よりほかの誰かを優先する。
そうやって誰も要求しなければ、拠点は永遠に灰色の床のままだ。
「一人分じゃない。四人分作る」
「ですが、素材は十分なのでしょうか」
「そこを今から確認する」
昨日の探索で持ち帰ったものを、低い作業台の周囲へ並べる。
柔らかい素材。
長い繊維の取れそうな植物。
比較的丈夫な木。
レイナが選び、リゼが運び、俺が持てる範囲で持ち帰ったものだ。
量は多くない。
豪華なベッドどころか、普通の布団にも届かないだろう。
それでも、床へ直接寝るより身体を守れるものは作れるかもしれない。
「構造は単純でいい。床を少し高くして、その上に柔らかいものを重ねる」
「汚れたままでは使えません。肌に触れたとき、傷になるものも避けたほうがよいと思います」
ファステが柔らかい素材を広げる。
「こちらは手触りがよくても、長くは保ちませんわ」
レイナが端を指で押した。
「内側が傷み始めています」
「なら内側だけに使う。崩れても外へ出ないよう包めばいい」
リゼが繊維の束を持ち上げる。
「直接肌へ触れないようにすれば、使えると思います」
「固定には、こっちの長いものが向いていますわ」
三人の会話が、俺の指示を待たず進んでいく。
ファステは清潔さと寝心地。
リゼは丈夫さ。
レイナは品質と耐久性。
見ている場所が違う。
だから、一人では見落とす問題が次々に拾われる。
「俺が口を挟む前に設計が進んでる……」
「夜斗様には、置く場所を決めていただければ」
「一番楽しいところを残してくれた。さすがファステ」
「顔が緩んでるぞ」
「拠点設計中の俺は、通常時より少しだけ機嫌がいい」
「少しか?」
リゼの疑問は無視した。
三人が同じ素材を囲み、それぞれ違う手つきで状態を確かめている。
ファステが表面の汚れを払い、レイナが使える部分を選び、リゼが強度を試す。
異なる三人が、一つのものを作るため自然に役割を分けている。
『《淫獄石》を12個獲得しました』
『所持《淫獄石》:202』
やはり。
単に誰か一人の姿へ反応したときとは、増え方の感覚が違う。
俺は表示を閉じ、まず寝床へ集中することにした。
◇
四人分の寝床を、どこへ置くか。
これは適当に決めていい問題ではない。
火へ近すぎれば危ない。
水置き場へ近すぎれば、袋を倒したときに悲惨なことになる。
出口への動線を塞ぐのも論外。
目隠しも必要だ。
しかもリゼは出口を確認できる位置を好み、ファステは作業場所へすぐ行ける位置を選びそうだ。
レイナは全員の声が聞こえる場所を望んでいる。
「火から距離を取る。出口への線は塞がない。水と装備を倒さない。作業場所からも離しすぎず……」
俺は灰色の空間を見回す。
四人が歩く経路を頭の中で線にする。
起きる。
水を飲む。
火を確認する。
外へ出る準備をする。
誰かが休んでいても、その横を何度も踏み越えずに済む配置。
「あとは、ここを少し広げて、四つに分ける」
「楽しそうだな」
リゼが呆れたように言う。
「拠点設計をしてるときの俺に話しかけるな。配置が一マスずれる」
「一マスとは何ですの?」
「こっちの話だ」
《淫獄》へ形を意識させる。
豪華な寝台はいらない。
今の俺に作れるとも思わない。
欲しいのは、床から身体を離すための低い隆起。
素材を置いてもずれにくい平らな面。
四人が休める広さ。
灰色の床が、低い音とともに動き始めた。
休息区画がわずかに広がる。
床の四か所が、ほんの少しだけ持ち上がった。
高さは大したことがない。
見た目も灰色のまま。
だが、直接床へ寝るより冷たさと硬さを和らげられる。
「これを寝床の土台にする」
リゼが一つへ体重をかけ、端を踏む。
「崩れそうにはないな」
レイナは表面を指でなぞった。
「凹凸もほとんどありません。素材を置くには十分ですわ」
ファステは火と水までの距離を確認する。
「夜中に歩いても、物へぶつかりにくそうです」
三者の審査を通過。
俺の拠点設計も、少しは上達しているらしい。
◇
寝床作りは、思っていた以上に手間がかかった。
ファステが素材の汚れを落とす。
レイナが傷んだ部分を取り除く。
リゼが繊維を固定する。
俺は量を四人分へ分け、偏りが出ないよう調整する。
「こちらを押さえていただけますか?」
ファステがリゼへ頼む。
「任せろ。レイナ、そっちの素材は使えるか?」
「外側なら問題ありませんわ。ですが、こちらの端は避けたほうがよいです」
「印をつけとけ」
「何で印を?」
俺が聞く。
「切り落とす場所を間違えないためだ」
「なるほど」
「夜斗、お前はそっちを持ってろ」
「俺も作業へ参加してる感を出したいんだが」
「出さなくていいから持て」
仕方なく繊維の端を押さえる。
リゼが力をかけて結ぶと、俺の腕まで引っ張られた。
「ちょ、強い! 腕が抜ける!」
「その程度で抜けるか」
「俺の身体能力を高く見積もるな!」
「威張ることではありませんわ」
レイナの指摘が冷静でつらい。
一つ目は、詰め物が片側へ寄った。
二つ目は、外側の繊維が緩んだ。
三つ目でようやく形になる。
失敗するたび、誰か一人を責めるのではなく原因を探した。
ファステが包み方を変える。
レイナが素材の組み合わせを変える。
リゼが固定位置をずらす。
俺が土台の幅を微調整する。
「……ちゃんと共同作業になってるな」
思わず口にすると、三人がこちらを見た。
「今さら何を言ってる」
「そうですわ。夜斗さんも端を持っていらっしゃるでしょう?」
「役割の評価が最低限すぎる」
それでも、仲間外れではないらしい。
◇
完成したものをベッドと呼ぶには、勇気が必要だった。
低く盛り上がった床。
その上に、包んだ柔らかい素材を敷いたもの。
枕もなければ、厚い布もない。
だが、灰色の床へ直接横になるよりは間違いなくいい。
「試してみてくれ」
「私がですか?」
ファステが戸惑う。
「寝心地を見るのはファステの担当だろ」
「ですが、最初に使うのは……」
「検査。仕事として頼んでる」
仕事という言葉を使うのは少し迷った。
だが今回は、自分を後回しにさせないための方便である。
ファステはおそるおそる寝床へ腰を下ろし、手をついた。
そのまま身体を横たえる。
「どうだ?」
「床より、ずっと柔らかいです。身体も冷えにくいと思います」
「よし」
「ですが、端が少し硬いかもしれません」
ファステが起きると、レイナが硬い部分を確認する。
「こちらの素材が偏っていますわ」
リゼが結び目をほどき、位置を直す。
「これでどうだ」
今度はリゼ自身が腰を下ろす。
「丈夫さは問題ない」
「リゼさん、そのまま横になられては?」
「何で私が」
「休めるか確認するためですわ」
「座って分かる」
「自分の無理には気づかない方が、以前にも同じことをおっしゃっていました」
ファステの静かな一撃が入った。
リゼは何も言い返せず、渋々横になる。
「……悪くない」
「百倍くらいいいか?」
「数字が適当すぎる」
「ベッドと呼ぶには厳しいけど、床よりは百倍いい」
「百倍かは分かりませんが、身体は楽になりそうです」
「ファステ、そこで急に冷静な評価を入れないでくれ」
笑いが小さく広がった。
《淫獄》に、初めてまともに休むためのものができた。
安全なだけの逃げ場所が、少しだけ回復できる場所へ近づいた。
◇
「では、誰がどこを使うか決めよう」
四つの寝床は、完全に同じ条件ではない。
作業場所に近いもの。
出口を確認しやすいもの。
目隠しの内側にあるもの。
少し端へ寄り、通路が狭いもの。
「私はこちらで十分です」
ファステが迷わず、最も端の寝床を示した。
「いや、そこが一番使いにくい」
「ですが、皆さまには広い場所を――」
「出口側は私が使う」
今度はリゼだ。
「何かあれば、すぐ動ける」
「それだと、またリゼだけ休めないだろ」
「私は慣れてる」
「その言葉、信用しないことにした」
「でしたら、私は残った場所で構いませんわ」
レイナまで続く。
「私だけ良い場所をいただく理由はありませんもの」
「何で全員、自分だけ条件悪くしようとするんだよ」
三人が黙った。
理由はそれぞれ違う。
ファステは、自分より他人を優先する。
リゼは、危険に近い場所を自分の役割だと考える。
レイナは、令嬢だからと特別扱いされたくない。
違う理由で、同じように自分を後回しにしている。
「今から全員、自分が本当に寝たい場所を言え。譲るのは禁止」
「しかし――」
「禁止」
「命令するつもりはないのでは?」
レイナが目を細めた。
「痛いところを突くな。じゃあ、提案だ。全員が自分の希望を言ってから調整する」
「最初からそう言え」
リゼに呆れられた。
話し合いは、思ったより長引いた。
ファステは作業場所へ行きやすい位置を望んだ。
リゼは出口が見える位置を譲らなかったが、入口の真横である必要はないと認めた。
レイナは、以前選んだとおり、全員の話し声が聞こえる位置を希望した。
俺は夜中に全体を見渡せて、誰かが動いても通路を塞がない場所を選ぶ。
希望を並べると、意外にも大きく競合しなかった。
「では、こちらで」
ファステが、端ではなく作業場所へ近い寝床を選ぶ。
「私はここだ」
リゼは出口を見られるが、入口から少し離れた場所へ座った。
「私は、やはりこちらがよいですわ」
レイナは三人の声が聞こえる中央寄り。
「皆さまのお話が聞こえるのは、やはりこちらですわね」
「寝るときくらい静かなほうがいいと思うぞ」
「ですが、少し分かる気がします」
ファステが言うと、レイナが嬉しそうに笑った。
「自然に共感が発生してる……」
「何が不満なんだ」
「不満じゃない。むしろ非常にいい」
ファステとレイナが寝床の素材を整える。
リゼが二人の置き方を見て、文句を言いながらずれを直す。
『《淫獄石》を18個獲得しました』
『所持《淫獄石》:220』
それぞれの性格が出ている。
しかも三人の選択が、互いの存在を前提にしている。
さらにファステがレイナの寝床へ不足分を足そうとすると、レイナが止め、自分の余った素材をファステへ戻した。
リゼは二人のやり取りへ口を出し、結局、全員の量がほぼ同じになるよう分け直す。
「これで文句ないだろ」
「リゼさんの分が少なくありませんか?」
「同じだ」
「端の固定に多く使っていますわ」
「細かいな、お前」
「良いものを見分ける目がありますので」
「自分で言うな」
三人が譲り、頼り、指摘し合う。
『《淫獄石》を20個獲得しました』
『所持《淫獄石》:240』
もう偶然と言い張るには、少し無理がある。
◇
その日の食事は、完成祝いを兼ねることになった。
祝いといっても、食材が豪華になるわけではない。
焼いた根。
処理した野草。
木の実。
相変わらず原始的で、量も多くない。
ただ、ファステとレイナが食材の状態を確認し、リゼが火を調整し、俺が作業台の周囲を食事用に空けた。
正式な机も椅子もない。
四人で低い台を囲み、床へ座る。
「自分で関わった食事は、味が違って感じられますのね」
レイナが、自分で処理した食材を口にして言った。
「腹が減ってるだけじゃないか?」
リゼが答える。
「リゼさん、先ほどより食べるのが早いです」
ファステが静かに指摘した。
「見てるところが細かいんだよ」
「美味しいということでしょうか?」
「食べられると言ってる」
「昨日より評価が上がっていますわ」
「お前は何でも割合で数えるな」
レイナが笑う。
ファステも小さく笑った。
リゼは不満そうな顔をしているが、食べる手は止めない。
「……こういうの、いいな」
俺の口から、自然に言葉が出た。
「食事がですか?」
「それもあるけど」
俺は周囲を見る。
第1話で、ここには何もなかった。
灰色の床と壁。
食料も、水も、家具もない。
俺は安全だから、ここへ一人で引きこもれれば勝ちだと思った。
今は四人で食卓を囲んでいる。
ファステがレイナへ食べ方を教える。
レイナがリゼへ次の探索について尋ねる。
リゼが文句を言いながら、二人の食材を火へ近い場所から遠ざける。
三人とも、俺へ自動的な忠誠を持っているわけではない。
性格も、過去も、得意なことも違う。
それでも今、同じ場所で同じ食事を囲んでいる。
俺は、その光景そのものに強く惹かれていた。
『《淫獄石》を30個獲得しました』
『所持《淫獄石》:270』
「……待て」
一人の姿を見ていたわけではない。
ファステだけでも、リゼだけでも、レイナだけでもない。
三人が話し、教え、からかい、世話を焼く。
その関係を見ていた。
「これ、誰か一人に反応してるんじゃない」
「夜斗様?」
「キャラ同士の関係まで、俺の好みに刺さるのか?」
「また始まったぞ」
リゼが呆れた声を出す。
「重要な仮説だ。今までは人物単体、職業、背景、シチュエーション、俺との関係が主な条件だと思ってた」
「何の話ですの?」
「レイナは知らなくていい」
「そう言われると知りたくなりますわ」
「絶対に説明するなよ」
リゼに釘を刺された。
もちろん、まだ正式な法則は分からない。
誰と誰なら何倍、などという計算式もない。
だが少なくとも、俺の欲望は一人の女性だけへ向くとは限らない。
人物同士の組み合わせ。
掛け合い。
関係が変わる瞬間。
それ自体が俺の好みへ刺されば、《淫獄石》は増える。
たぶん。
◇
食事を終え、片づけが始まる。
ファステが全部を持とうとする前に、レイナが半分を引き受ける。
リゼは火を確認しながら、二人へ置き場所を指示する。
俺は四人の寝床と作業場所を見回した。
火を扱う場所。
水と食料を置く場所。
共同作業をする台。
素材と装備の置き場。
探索準備をする場所。
そして、四人分の簡単な寝床。
まだ灰色だ。
豪華な家具もない。
完成した個室も、本格的な厨房も、保存設備も、風呂もない。
それでも、ただの何もない空間ではなくなった。
粗末だが、拠点と呼べる。
空間全体が、低く震えた。
寝床の周囲と作業区画の境目が、わずかに整っていく。
目隠しの位置も、四人の動線を邪魔しない形へ少し動いた。
『共同生活の定着を確認』
『生活区画を微細調整しました』
「また反応した」
人数が増えたときだけではない。
四人で一つの生活課題を解決したあと、《淫獄》はこれまでより少し強く動いた。
共同体としての成熟も成長へ関係するのか。
そう考えかけて、やめる。
まだ一度だけだ。
それに、《淫獄》の成長と《淫獄石》は別物だ。
石が二百七十個になったから空間が動いたわけではない。
おそらくこれは、四人の生活が一段進んだことへの反応。
今はそれだけ覚えておけばいい。
◇
休む前に、俺は召喚画面を開いた。
『所持《淫獄石》:270』
『次回必要《淫獄石》:300』
あと三十個。
当然のように計算した。
ファステは自分で選んだ寝床の状態を確かめている。
レイナはその隣で、明日は何を教わろうかと尋ねていた。
リゼは文句を言いながら、二人の寝床の端を直している。
今までどおりなら、何かの拍子に三十個くらい増える可能性はある。
いや。
何かの拍子を待つ必要があるのか?
どんな状況で石が増えるか、俺は少しずつ分かり始めている。
なら。
「……あと三十個くらいなら」
石が増えそうな状況を、こちらから――。
そこまで考えて、俺は表示を閉じた。
「いや。今日は寝よう」
「珍しく正しい判断だな」
「毎回正しい判断をしてる」
「それはない」
リゼの即答が早い。
俺は自分の寝床へ腰を下ろした。
柔らかい、とは言いづらい。
それでも昨日までの床とは違う。
一人では作れなかった。
ファステだけでも、リゼだけでも、レイナだけでも完成しなかった。
四人だから作れたものだ。
俺だけの逃げ場所だった《淫獄》は、粗末ながら四人の拠点になり始めていた。
そして俺は、次のガチャまであと三十個という数字を、目を閉じても忘れられなかった。# 第11話 四人だから作れたもの
「拠点として、次に改善すべきは寝床だ」
俺が宣言すると、三人はそれぞれ違う反応をした。
「私は床でも大丈夫です」
ファステは遠慮し。
「私も野営よりマシだ」
リゼは必要性を切り捨て。
「私だけ別のものを使うつもりはありませんわ」
レイナは、まだ誰も特別扱いするとは言っていないのに先回りした。
「何で全員、改善案を出した瞬間に辞退するんだよ」
安全だから床でいい。
以前よりマシだから我慢できる。
自分よりほかの誰かを優先する。
そうやって誰も要求しなければ、拠点は永遠に灰色の床のままだ。
「一人分じゃない。四人分作る」
「ですが、素材は十分なのでしょうか」
「そこを今から確認する」
昨日の探索で持ち帰ったものを、低い作業台の周囲へ並べる。
柔らかい素材。
長い繊維の取れそうな植物。
比較的丈夫な木。
レイナが選び、リゼが運び、俺が持てる範囲で持ち帰ったものだ。
量は多くない。
豪華なベッドどころか、普通の布団にも届かないだろう。
それでも、床へ直接寝るより身体を守れるものは作れるかもしれない。
「構造は単純でいい。床を少し高くして、その上に柔らかいものを重ねる」
「汚れたままでは使えません。肌に触れたとき、傷になるものも避けたほうがよいと思います」
ファステが柔らかい素材を広げる。
「こちらは手触りがよくても、長くは保ちませんわ」
レイナが端を指で押した。
「内側が傷み始めています」
「なら内側だけに使う。崩れても外へ出ないよう包めばいい」
リゼが繊維の束を持ち上げる。
「直接肌へ触れないようにすれば、使えると思います」
「固定には、こっちの長いものが向いていますわ」
三人の会話が、俺の指示を待たず進んでいく。
ファステは清潔さと寝心地。
リゼは丈夫さ。
レイナは品質と耐久性。
見ている場所が違う。
だから、一人では見落とす問題が次々に拾われる。
「俺が口を挟む前に設計が進んでる……」
「夜斗様には、置く場所を決めていただければ」
「一番楽しいところを残してくれた。さすがファステ」
「顔が緩んでるぞ」
「拠点設計中の俺は、通常時より少しだけ機嫌がいい」
「少しか?」
リゼの疑問は無視した。
三人が同じ素材を囲み、それぞれ違う手つきで状態を確かめている。
ファステが表面の汚れを払い、レイナが使える部分を選び、リゼが強度を試す。
異なる三人が、一つのものを作るため自然に役割を分けている。
『《淫獄石》を12個獲得しました』
『所持《淫獄石》:202』
やはり。
単に誰か一人の姿へ反応したときとは、増え方の感覚が違う。
俺は表示を閉じ、まず寝床へ集中することにした。
◇
四人分の寝床を、どこへ置くか。
これは適当に決めていい問題ではない。
火へ近すぎれば危ない。
水置き場へ近すぎれば、袋を倒したときに悲惨なことになる。
出口への動線を塞ぐのも論外。
目隠しも必要だ。
しかもリゼは出口を確認できる位置を好み、ファステは作業場所へすぐ行ける位置を選びそうだ。
レイナは全員の声が聞こえる場所を望んでいる。
「火から距離を取る。出口への線は塞がない。水と装備を倒さない。作業場所からも離しすぎず……」
俺は灰色の空間を見回す。
四人が歩く経路を頭の中で線にする。
起きる。
水を飲む。
火を確認する。
外へ出る準備をする。
誰かが休んでいても、その横を何度も踏み越えずに済む配置。
「あとは、ここを少し広げて、四つに分ける」
「楽しそうだな」
リゼが呆れたように言う。
「拠点設計をしてるときの俺に話しかけるな。配置が一マスずれる」
「一マスとは何ですの?」
「こっちの話だ」
《淫獄》へ形を意識させる。
豪華な寝台はいらない。
今の俺に作れるとも思わない。
欲しいのは、床から身体を離すための低い隆起。
素材を置いてもずれにくい平らな面。
四人が休める広さ。
灰色の床が、低い音とともに動き始めた。
休息区画がわずかに広がる。
床の四か所が、ほんの少しだけ持ち上がった。
高さは大したことがない。
見た目も灰色のまま。
だが、直接床へ寝るより冷たさと硬さを和らげられる。
「これを寝床の土台にする」
リゼが一つへ体重をかけ、端を踏む。
「崩れそうにはないな」
レイナは表面を指でなぞった。
「凹凸もほとんどありません。素材を置くには十分ですわ」
ファステは火と水までの距離を確認する。
「夜中に歩いても、物へぶつかりにくそうです」
三者の審査を通過。
俺の拠点設計も、少しは上達しているらしい。
◇
寝床作りは、思っていた以上に手間がかかった。
ファステが素材の汚れを落とす。
レイナが傷んだ部分を取り除く。
リゼが繊維を固定する。
俺は量を四人分へ分け、偏りが出ないよう調整する。
「こちらを押さえていただけますか?」
ファステがリゼへ頼む。
「任せろ。レイナ、そっちの素材は使えるか?」
「外側なら問題ありませんわ。ですが、こちらの端は避けたほうがよいです」
「印をつけとけ」
「何で印を?」
俺が聞く。
「切り落とす場所を間違えないためだ」
「なるほど」
「夜斗、お前はそっちを持ってろ」
「俺も作業へ参加してる感を出したいんだが」
「出さなくていいから持て」
仕方なく繊維の端を押さえる。
リゼが力をかけて結ぶと、俺の腕まで引っ張られた。
「ちょ、強い! 腕が抜ける!」
「その程度で抜けるか」
「俺の身体能力を高く見積もるな!」
「威張ることではありませんわ」
レイナの指摘が冷静でつらい。
一つ目は、詰め物が片側へ寄った。
二つ目は、外側の繊維が緩んだ。
三つ目でようやく形になる。
失敗するたび、誰か一人を責めるのではなく原因を探した。
ファステが包み方を変える。
レイナが素材の組み合わせを変える。
リゼが固定位置をずらす。
俺が土台の幅を微調整する。
「……ちゃんと共同作業になってるな」
思わず口にすると、三人がこちらを見た。
「今さら何を言ってる」
「そうですわ。夜斗さんも端を持っていらっしゃるでしょう?」
「役割の評価が最低限すぎる」
それでも、仲間外れではないらしい。
◇
完成したものをベッドと呼ぶには、勇気が必要だった。
低く盛り上がった床。
その上に、包んだ柔らかい素材を敷いたもの。
枕もなければ、厚い布もない。
だが、灰色の床へ直接横になるよりは間違いなくいい。
「試してみてくれ」
「私がですか?」
ファステが戸惑う。
「寝心地を見るのはファステの担当だろ」
「ですが、最初に使うのは……」
「検査。仕事として頼んでる」
仕事という言葉を使うのは少し迷った。
だが今回は、自分を後回しにさせないための方便である。
ファステはおそるおそる寝床へ腰を下ろし、手をついた。
そのまま身体を横たえる。
「どうだ?」
「床より、ずっと柔らかいです。身体も冷えにくいと思います」
「よし」
「ですが、端が少し硬いかもしれません」
ファステが起きると、レイナが硬い部分を確認する。
「こちらの素材が偏っていますわ」
リゼが結び目をほどき、位置を直す。
「これでどうだ」
今度はリゼ自身が腰を下ろす。
「丈夫さは問題ない」
「リゼさん、そのまま横になられては?」
「何で私が」
「休めるか確認するためですわ」
「座って分かる」
「自分の無理には気づかない方が、以前にも同じことをおっしゃっていました」
ファステの静かな一撃が入った。
リゼは何も言い返せず、渋々横になる。
「……悪くない」
「百倍くらいいいか?」
「数字が適当すぎる」
「ベッドと呼ぶには厳しいけど、床よりは百倍いい」
「百倍かは分かりませんが、身体は楽になりそうです」
「ファステ、そこで急に冷静な評価を入れないでくれ」
笑いが小さく広がった。
《淫獄》に、初めてまともに休むためのものができた。
安全なだけの逃げ場所が、少しだけ回復できる場所へ近づいた。
◇
「では、誰がどこを使うか決めよう」
四つの寝床は、完全に同じ条件ではない。
作業場所に近いもの。
出口を確認しやすいもの。
目隠しの内側にあるもの。
少し端へ寄り、通路が狭いもの。
「私はこちらで十分です」
ファステが迷わず、最も端の寝床を示した。
「いや、そこが一番使いにくい」
「ですが、皆さまには広い場所を――」
「出口側は私が使う」
今度はリゼだ。
「何かあれば、すぐ動ける」
「それだと、またリゼだけ休めないだろ」
「私は慣れてる」
「その言葉、信用しないことにした」
「でしたら、私は残った場所で構いませんわ」
レイナまで続く。
「私だけ良い場所をいただく理由はありませんもの」
「何で全員、自分だけ条件悪くしようとするんだよ」
三人が黙った。
理由はそれぞれ違う。
ファステは、自分より他人を優先する。
リゼは、危険に近い場所を自分の役割だと考える。
レイナは、令嬢だからと特別扱いされたくない。
違う理由で、同じように自分を後回しにしている。
「今から全員、自分が本当に寝たい場所を言え。譲るのは禁止」
「しかし――」
「禁止」
「命令するつもりはないのでは?」
レイナが目を細めた。
「痛いところを突くな。じゃあ、提案だ。全員が自分の希望を言ってから調整する」
「最初からそう言え」
リゼに呆れられた。
話し合いは、思ったより長引いた。
ファステは作業場所へ行きやすい位置を望んだ。
リゼは出口が見える位置を譲らなかったが、入口の真横である必要はないと認めた。
レイナは、以前選んだとおり、全員の話し声が聞こえる位置を希望した。
俺は夜中に全体を見渡せて、誰かが動いても通路を塞がない場所を選ぶ。
希望を並べると、意外にも大きく競合しなかった。
「では、こちらで」
ファステが、端ではなく作業場所へ近い寝床を選ぶ。
「私はここだ」
リゼは出口を見られるが、入口から少し離れた場所へ座った。
「私は、やはりこちらがよいですわ」
レイナは三人の声が聞こえる中央寄り。
「皆さまのお話が聞こえるのは、やはりこちらですわね」
「寝るときくらい静かなほうがいいと思うぞ」
「ですが、少し分かる気がします」
ファステが言うと、レイナが嬉しそうに笑った。
「自然に共感が発生してる……」
「何が不満なんだ」
「不満じゃない。むしろ非常にいい」
ファステとレイナが寝床の素材を整える。
リゼが二人の置き方を見て、文句を言いながらずれを直す。
『《淫獄石》を18個獲得しました』
『所持《淫獄石》:220』
それぞれの性格が出ている。
しかも三人の選択が、互いの存在を前提にしている。
さらにファステがレイナの寝床へ不足分を足そうとすると、レイナが止め、自分の余った素材をファステへ戻した。
リゼは二人のやり取りへ口を出し、結局、全員の量がほぼ同じになるよう分け直す。
「これで文句ないだろ」
「リゼさんの分が少なくありませんか?」
「同じだ」
「端の固定に多く使っていますわ」
「細かいな、お前」
「良いものを見分ける目がありますので」
「自分で言うな」
三人が譲り、頼り、指摘し合う。
『《淫獄石》を20個獲得しました』
『所持《淫獄石》:240』
もう偶然と言い張るには、少し無理がある。
◇
その日の食事は、完成祝いを兼ねることになった。
祝いといっても、食材が豪華になるわけではない。
焼いた根。
処理した野草。
木の実。
相変わらず原始的で、量も多くない。
ただ、ファステとレイナが食材の状態を確認し、リゼが火を調整し、俺が作業台の周囲を食事用に空けた。
正式な机も椅子もない。
四人で低い台を囲み、床へ座る。
「自分で関わった食事は、味が違って感じられますのね」
レイナが、自分で処理した食材を口にして言った。
「腹が減ってるだけじゃないか?」
リゼが答える。
「リゼさん、先ほどより食べるのが早いです」
ファステが静かに指摘した。
「見てるところが細かいんだよ」
「美味しいということでしょうか?」
「食べられると言ってる」
「昨日より評価が上がっていますわ」
「お前は何でも割合で数えるな」
レイナが笑う。
ファステも小さく笑った。
リゼは不満そうな顔をしているが、食べる手は止めない。
「……こういうの、いいな」
俺の口から、自然に言葉が出た。
「食事がですか?」
「それもあるけど」
俺は周囲を見る。
第1話で、ここには何もなかった。
灰色の床と壁。
食料も、水も、家具もない。
俺は安全だから、ここへ一人で引きこもれれば勝ちだと思った。
今は四人で食卓を囲んでいる。
ファステがレイナへ食べ方を教える。
レイナがリゼへ次の探索について尋ねる。
リゼが文句を言いながら、二人の食材を火へ近い場所から遠ざける。
三人とも、俺へ自動的な忠誠を持っているわけではない。
性格も、過去も、得意なことも違う。
それでも今、同じ場所で同じ食事を囲んでいる。
俺は、その光景そのものに強く惹かれていた。
『《淫獄石》を30個獲得しました』
『所持《淫獄石》:270』
「……待て」
一人の姿を見ていたわけではない。
ファステだけでも、リゼだけでも、レイナだけでもない。
三人が話し、教え、からかい、世話を焼く。
その関係を見ていた。
「これ、誰か一人に反応してるんじゃない」
「夜斗様?」
「キャラ同士の関係まで、俺の好みに刺さるのか?」
「また始まったぞ」
リゼが呆れた声を出す。
「重要な仮説だ。今までは人物単体、職業、背景、シチュエーション、俺との関係が主な条件だと思ってた」
「何の話ですの?」
「レイナは知らなくていい」
「そう言われると知りたくなりますわ」
「絶対に説明するなよ」
リゼに釘を刺された。
もちろん、まだ正式な法則は分からない。
誰と誰なら何倍、などという計算式もない。
だが少なくとも、俺の欲望は一人の女性だけへ向くとは限らない。
人物同士の組み合わせ。
掛け合い。
関係が変わる瞬間。
それ自体が俺の好みへ刺されば、《淫獄石》は増える。
たぶん。
◇
食事を終え、片づけが始まる。
ファステが全部を持とうとする前に、レイナが半分を引き受ける。
リゼは火を確認しながら、二人へ置き場所を指示する。
俺は四人の寝床と作業場所を見回した。
火を扱う場所。
水と食料を置く場所。
共同作業をする台。
素材と装備の置き場。
探索準備をする場所。
そして、四人分の簡単な寝床。
まだ灰色だ。
豪華な家具もない。
完成した個室も、本格的な厨房も、保存設備も、風呂もない。
それでも、ただの何もない空間ではなくなった。
粗末だが、拠点と呼べる。
空間全体が、低く震えた。
寝床の周囲と作業区画の境目が、わずかに整っていく。
目隠しの位置も、四人の動線を邪魔しない形へ少し動いた。
『共同生活の定着を確認』
『生活区画を微細調整しました』
「また反応した」
人数が増えたときだけではない。
四人で一つの生活課題を解決したあと、《淫獄》はこれまでより少し強く動いた。
共同体としての成熟も成長へ関係するのか。
そう考えかけて、やめる。
まだ一度だけだ。
それに、《淫獄》の成長と《淫獄石》は別物だ。
石が二百七十個になったから空間が動いたわけではない。
おそらくこれは、四人の生活が一段進んだことへの反応。
今はそれだけ覚えておけばいい。
◇
休む前に、俺は召喚画面を開いた。
『所持《淫獄石》:270』
『次回必要《淫獄石》:300』
あと三十個。
当然のように計算した。
ファステは自分で選んだ寝床の状態を確かめている。
レイナはその隣で、明日は何を教わろうかと尋ねていた。
リゼは文句を言いながら、二人の寝床の端を直している。
今までどおりなら、何かの拍子に三十個くらい増える可能性はある。
いや。
何かの拍子を待つ必要があるのか?
どんな状況で石が増えるか、俺は少しずつ分かり始めている。
なら。
「……あと三十個くらいなら」
石が増えそうな状況を、こちらから――。
そこまで考えて、俺は表示を閉じた。
「いや。今日は寝よう」
「珍しく正しい判断だな」
「毎回正しい判断をしてる」
「それはない」
リゼの即答が早い。
俺は自分の寝床へ腰を下ろした。
柔らかい、とは言いづらい。
それでも昨日までの床とは違う。
一人では作れなかった。
ファステだけでも、リゼだけでも、レイナだけでも完成しなかった。
四人だから作れたものだ。
俺だけの逃げ場所だった《淫獄》は、粗末ながら四人の拠点になり始めていた。
そして俺は、次のガチャまであと三十個という数字を、目を閉じても忘れられなかった。




