第89話 課題より濃い
「昨日は持っていかないのが正解で、今日は持っていくの?」
朝の共用部屋で、ヴィオラが首を傾げた。
卓上には、昨日千代がまとめた質問と、レイナが選んだ小さな容器が置かれている。
街で見つけた相談先。
魔法学校へ持っていくための物だ。
「相談先が分かったからな。たぶん」
「“たぶん”で危険物を運ぶでない」
千代に即座に止められた。
「じゃあ持っていかない?」
「そうは言っておらぬ。持っていくなら、持っていける状態にせよと言っておる」
「昨日より難しくなってない?」
「相談先が分かっただけで、汚水が安全になったわけではないからな」
リゼが壁際を見る。
生活用品から離して置かれた、汚水の容器。
地下でグールらしき魔物を倒した後、装備を洗った水だ。
捨て方が分からないから、今も残っている。
「容器ごと持っていった方が、向こうも分かりやすくない?」
「相談へ行くのに、保管している物を全部動かす必要はない」
「容器が破損すれば、残っている分まで失敗しますわ」
リゼとレイナから続けて否定された。
「じゃあ、やっぱり少しだけ分ける?」
「その方がよいと思います。ただ……」
ファステが、用意された小型容器と汚水を交互に見る。
「少しだけ分ける方が、かえって近くで扱うことになります」
「持っていく量を減らすために、今ここで危険が増えるのか」
「そうなります」
小さい方が安全だと思っていた。
でも、大きな容器から小さな容器へ移すには、蓋を開けなければならない。
直接触れないようにする。
飛ばさない。こぼさない。使った道具を生活用品へ戻さない。
考えることが増えていく。
「全部持っていくのも駄目。少し分けるのも危ない」
ヴィオラが指を一本ずつ立てる。
「持っていかないのは?」
「昨日それをやっただろ」
「安全だったよ?」
「何も進まなかったけどな」
いや、相談先が分かったのだから、何も進まなかったわけではない。
ただ、今日はもう一歩進めたい。
俺たちは隔離場所の周りを空け、使う物を一つずつ決めた。
ファステとレイナが近くで扱い方を確認する。リゼは容器が倒れないよう支えられる位置に立ち、千代は触れた物を記録していく。
俺とヴィオラは離れたところから見ていた。
「俺、何もしてないな」
「近づいて邪魔するよりいいんじゃない?」
「ヴィオラも何もしてないだろ」
「私は夜斗が近づかないよう見てる」
「必要な役?」
「今できた」
たぶん必要ない。
少量の汚水が、小型容器へ移される。
蓋を固定し、外側へ汚れが付いていないことを確認する。それを別の容器へ入れ、さらに厚い布で包んだ。
食べ物や飲み水と間違えないよう、俺たちにだけ分かる印も付ける。
「その程度の量を、随分と大事に包むのだな」
ナーヴァが、少し離れた場所から眺めていた。
「お前が飲んでも平気かどうかの話じゃないから」
「飲まぬ」
「そこは迷わないんだ」
「我を何だと思っている」
「何でも食べる竜」
「食う物は選ぶ」
「グールは食べなかったしな」
「あれを食うくらいなら空腹を選ぶ」
かなり嫌だったらしい。
試料を包み終えると、今度は千代が記録を読み上げた。
「グール系と思われる魔物の体液が付着した装備を、水で洗浄した。薬剤は使用しておらぬ。発生後は生活用水と食料から離し、容器へ入れて保管。今のところ、触れた者に目立った異常はない」
「そこまでは話す」
「量と発生場所は?」
レイナが尋ねる。
「正確な量は、最初から全部言わなくていいと思う。場所も、まずは伏せたい」
「聞かれれば?」
「答える必要がある理由を聞く。それで必要なら……」
俺は少し止まった。
「その場で、話していいか決める」
「今日は夜斗も行くのじゃな」
千代が確認する。
「うん」
昨日は、リゼ、レイナ、ヴィオラの三人へ任せた。
相談先を探すだけなら、俺が行く必要はなかった。
でも今日は、どうやってこの水ができたのかを聞かれる可能性が高い。
俺は洗浄した時のことを直接見ている。《淫獄》へ関わる質問が出た場合、どこまで話すか最後に決めるのも俺だ。
「昨日は任せるべき仕事。今日は、そなたが答えるべき可能性のある仕事ということじゃな」
「街へ行きたいわけじゃないけど」
「誰もそこは疑ってないよ」
ヴィオラが笑った。
今回、街へ行くのは俺、リゼ、レイナ、ヴィオラ。
試料はリゼが持つ。レイナは容器や処理の条件を確認し、ヴィオラは最初の話をする。
俺は、必要になった時に答える。
千代が前日と同じ開示規則を示すと、リゼは記録を畳んだ。
「想定外の条件が出たら、一度戻る」
「それでいい」
昨日、三人が持ち帰った判断を、今日は俺も使う。
今日は俺の番だった。
◇
魔法学校は、昨日三人が確認した場所にあった。
門には、杖と翼のある小動物を組み合わせたような印が掲げられている。
何の印なのかは分からない。
学校そのものを示しているのか、使い魔に関係するものなのか。それとも、この世界ではよくある飾りなのかもしれない。
「ここ」
ヴィオラが門の向こうを指した。
杖を持った人がいる。
小さな生き物を連れて歩く人もいた。箱を抱えた人や、紙の束を見ながら急いでいる人もいる。
魔法学校と聞いて、俺はもっと派手なものを想像していた。
空を飛んでいるとか、火の玉が飛び交っているとか。
実際に見える範囲では、荷物を持って忙しそうに歩いている人の方が多い。
「普通の学校っぽい」
「夜斗のいた場所では、学校に魔法がなかったのでしょう?」
「なかったけど、荷物が多そうなところは同じ」
「何を期待していたの?」
ヴィオラに聞かれた。
「もっとこう……魔法が飛んでる感じ」
「危ないだろう」
リゼに真顔で返された。
その通りだ。
俺たちは門の近くにいた案内役へ声をかけた。
最初に話すのはヴィオラだ。
「魔物の汚れが付いた装備を洗った水について、相談したいんだけど」
「負傷者はいますか?」
返ってきたのは、相談内容より先に怪我の確認だった。
「いない。少なくとも、今のところ体調を崩した人もいないよ」
「洗浄した水は、今どこにありますか?」
「保管してる。今日は少しだけ持ってきた」
案内役の視線が、リゼの持つ荷物へ動く。
「ここでは開けないでください」
「開けるつもりはない」
リゼが答えた。
「容器から漏れてはいませんか?」
「出る前と、街へ入る前に確認した。外側に異常はない」
「持ち運んでいる間に、臭いや熱、色の変化は?」
「包みは開けていない。外まで伝わる変化はなかった」
リゼが淀みなく答えていく。
案内役は、すぐに中へ通さなかった。
何人かと言葉を交わし、俺たちにも同じことを聞き直す。
面倒ではあった。
でも、汚水を持ってきたと言っただけで簡単に入れられるよりは安心できる。
「グール系の可能性があるのですね」
「見た目と、近くで聞いた情報からは」
俺が答える。
「正確な種類までは分からない」
「分かりました。現在、似た汚染を扱う課題があります。担当者へ確認しますが、ここで処理できるとは限りません」
「話だけでも聞ける?」
「確認します」
また少し待つ。
やがて案内役が戻り、その後ろから一人の女性がこちらへ来た。
「ミネット・ノルンです。魔法士見習いです」
「見習い?」
思わず聞き返してしまった。
ミネットは嫌そうな顔をするでもなく、小さく頷く。
「はい。私はまだ使い魔を持っていません」
「使い魔がいないと、魔法士じゃない?」
「魔法が使えないわけではありません。ただ、私は使い魔と共に魔法を扱う者を目指しているので、そう名乗っています」
使い魔がいないから、何もできないという意味ではないらしい。
「私だけで処分を許可したり、安全だと証明したりはできません。試料の状態を確認して、誰へ回すべきかを判断するところまでなら」
できることより先に、できないことを言われた。
専門家へ相談しに来たつもりだったので、少し不安になる。
でも、分からないのにできると言われるよりはいい。
「それでお願いします」
俺が答えると、ミネットは千代が用意した記録へ視線を落とした。
◇
「付着していたのは血液ですか、唾液ですか。それとも別の体液ですか?」
「分からない」
「装備の素材は?」
「金属と、革と、布」
「同じ水で洗いましたか?」
「途中で替えてる」
「持ってきた試料は、どの装備を洗った水ですか?」
「……どれだ?」
俺がレイナを見る。
「リゼの装備を最初に洗った時のものですわ」
「最初というのは、予備洗浄ですか。本洗浄ですか。水だけで落とせる物を先に流した段階ですか?」
「待って。最初からもう一回」
「まだ最初の確認です」
「これから増えるんだ」
ヴィオラが横で楽しそうに言う。
増えた。
洗った時の水温。
汚水ができてから容器へ移すまでの時間。
保管していた期間。
光や熱へさらしたか。
沈殿、泡、臭い、色に変化があったか。
使用済みの布も残してあるか。
ミネットは一つ聞くたびに、俺たちの答えを記録していく。
答えられるものもあった。
でも、答えられないものの方が多い。
「水温は……冷たくはなかったと思う」
「温めましたか?」
「温めてはいない」
「汲んでから時間が経って、周囲と同じくらいになっていた可能性は?」
「たぶん」
ミネットの手が止まった。
「たぶん?」
「正確には覚えてない」
「では、覚えていないと記録します」
「それでいいの?」
「覚えていないなら、覚えていないで構いません」
ミネットは当たり前のように言った。
「推測を記録へ混ぜる方が、あとで困ります」
昨日、三人が街から持って帰ってきたものを思い出した。
答えではない。
答えられなかった質問だ。
分からないことを、もっともらしい言葉で埋めずに持ち帰った。
ミネットも同じだった。
俺たちが覚えていないことを責めない。
でも、都合よく決めてもくれない。
「発生した場所はどこですか?」
ついに来た。
俺たちの間に、一瞬だけ空白ができる。
リゼは黙っている。
レイナもヴィオラも、俺を見なかった。
ここは俺が答えるところだ。
「今は、詳しい場所を話せない」
ミネットが顔を上げる。
「場所を言わないと、何も調べられない?」
「試料そのものを調べることはできます」
少し考えてから、ミネットは答えた。
「ただ、処理方法を決めるには足りません」
「何で?」
「同じ種類の魔物に見えても、生息する場所や死後の状態で、混ざる物が変わる可能性があります。使った水や、周囲の土、別の魔物の体液が入っているかもしれません。発生場所で今も同じ汚水が増えているなら、一容器だけ処理しても終わりません」
「場所を言わないから、怪しいとは思わないの?」
ヴィオラが尋ねた。
「事情があるとは思います」
「その事情が、悪いことかも」
「そうかもしれません」
ミネットは簡単に否定しなかった。
「でも、場所を話せない事情があることと、規則に反していることは同じではありません」
「じゃあ、今は決めない?」
「決められません」
返答は早かった。
信用されたわけではない。
疑われていないわけでもない。
ただ、知らないことを理由に、俺たちをどちらかへ決めなかった。
「管理されている入口で発生した物なら、学校だけで判断できない可能性はあります」
「入口って、ダンジョンの?」
「それも、今は私から決められません」
こちらが場所を話していないからだ。
昨日見つけた、地下入口の相談窓口。
そちらも調べなければ、汚水の処理だけを学校へ頼むことはできないのかもしれない。
◇
試料は、門の近くではない別の場所で確認することになった。
ただし、すぐに開けるわけではない。
ミネットは包みの外側から順番に見ていく。
「外側に濡れたところはありません。臭いも、ここまでは出ていません」
「二重にした方がいいって聞いたわけじゃないけど、合ってた?」
「少なくとも、一つ破損した時にすぐ広がりにくくなります。飲み水と分けたのも正しいと思います」
「安全?」
「安全だとは言っていません」
レイナの質問へ、ミネットはすぐに答えた。
「今回漏れていないことと、長く保管できることは別です。内側の容器が何でできているか、汚水で変質しないかも確認が要ります」
「では、次回以降はどのような容器が適していますの?」
「中身が分からないので、まだ決められません」
また、決められない。
でも、話が進んでいない感じはしなかった。
決めてはいけないところが、一つずつ分かっていく。
ミネットは、内側の容器を勝手に開けなかった。
外から見える色や、底に溜まっている物を確認する。
それから目を凝らすように、しばらく容器を見た。
「これ、課題で使っているものより濃いです」
「濃いって、何が?」
「まだ分かりません」
「分からないのに濃いの?」
「外から見える沈殿も多いですし、私に分かる範囲でも、魔力の残り方が教材とは違います。でも、腐敗した物が多いのか、体液の割合が高いのか、魔力の残りが強いのか。それを分けて確認する必要があります」
「学校で、同じものを扱ってるんじゃないの?」
「同じではありません」
ミネットは、今度ははっきり言った。
「課題で扱うのは、安全が確認された少量の試料か、一定の範囲まで薄められた物です。状態を似せた物を使うこともあります」
「本物じゃない?」
「本物を使う場合もあります。でも、何が入っているか分からない物を、見習いがそのまま扱う課題ではありません」
見習い。
さっきは、その言葉を聞いて少し不安になった。
今は、自分で見習いと言った理由が少し分かる気がした。
「似た汚れを扱うことと、同じ物を扱えることは別です」
ミネットは容器から目を離さない。
「じゃあ、今日は処理できない?」
「できるかもしれません」
「できるの?」
「できるかもしれないことと、今ここで始めてよいことは別です」
「別が多いな」
「混ぜると危険ですから」
迷いのない返答だった。
学校の課題には、水と汚れを分ける工程や、熱を使う工程があるらしい。
なら、少量だけでも試せないのか。
俺がそう聞くと、ミネットは必要な条件を並べ始めた。
「開封する場所。飛沫や臭気が出た場合の隔離。使う器具。分けた物を保管する容器。加熱するなら、周囲へ影響が出ない範囲。処理後の水に何が残っているか確認する方法。それから、私がこの試料を扱ってよいかの確認も必要です」
「分けた後の汚い方は?」
「残ります」
「消えないの?」
「分ける魔法なので、消えません」
当然のように言われた。
「水から離しただけで、汚染物そのものがなくなるわけではありません。量は減らせても、濃く集まった物をどこへ置くか、どう処分するかは別に考える必要があります」
汚水を処理すれば終わると思っていた。
でも、汚い物を水から別の場所へ動かしただけなら、確かに消えてはいない。
「処理した水は使える?」
レイナが尋ねる。
「確認するまでは使えません。見た目がきれいになっても、安全とは限りませんから」
「飲むのは?」
「やめてください」
そこだけは即答だった。
「飲まないよ。確認」
「確認でも、今はやめてください」
少し強く言われた。
真面目なだけではなく、俺たちが本当に飲みかねないと思われたのかもしれない。
「次に、何が分かればいい?」
俺が聞くと、ミネットは新しい紙へ項目を書き始めた。
汚水ができた正確な手順。
発生した量と、今も保管している量。
できてから何日経っているか。
今後も同じ物が増える可能性。
発生場所の環境。
使える水、熱、容器、隔離できる場所。
分けた汚染物を、最終的にどこへ渡せるか。
「多い」
「必要です」
「全部答えないと駄目?」
「分からない項目は、分からないままで構いません。ただ、話せない項目と、確認していない項目は分けてください」
「違うの?」
「違います」
発生場所は知っているが、今は話せない。
水温は確認していない。
どちらも答えがないように見える。でも、同じではない。
「この試料、置いていった方がいい?」
俺が尋ねると、ミネットは少しだけ容器を見つめた。
さっきから、話している時より試料を見ている時間の方が長い。
「調べたいです」
初めて、答えが質問への説明ではなく、本人の希望に聞こえた。
だが、すぐに続く。
「でも、私が持ち帰っていい物ではありません」
「興味があるのに?」
ヴィオラが聞く。
「興味があれば、許可のない物を預かってよいのですか?」
「駄目だと思う」
「私もそう思います」
ミネットは、少し残念そうに容器から視線を外した。
興味がないから止まれるわけではない。
調べたいのに、勝手に受け取らない。
その方が、何も感じず規則を守るより難しい気がした。
「学校で扱えるかは、こちらでも確認します。学校の外へ相談する必要がある物かもしれません。次に来るまでに、答えられる範囲で発生状況を整理してください」
「次も、ミネットに聞けばいい?」
「私が答えられることなら。ただ、別の方へ回すことになるかもしれません」
「それでもいい」
何でも自分で解決できるとは言わない。
自分が次も担当できるとも約束しない。
それでも、何を確認すればいいかは教えてくれた。
試料をもう一度包み直す。
結局、持ってきた汚水は減らなかった。
でも、持って帰る質問は増えていた。
◇
「あれだけ詳しいのに、見習いなんだね」
魔法学校を離れてから、ヴィオラが言った。
「見習いという言葉が、知識がないという意味とは限りませんわ」
レイナが、リゼの持つ包みを確認しながら答える。
「自分で処分を許可できないとも言っていた」
リゼは周囲から目を離さない。
「できないことまで引き受ける者よりは信用できる」
「見習いだから心配だったけど、見習いだって自分で言える方が安心なのかもな」
俺が言うと、ヴィオラがこちらを見る。
「夜斗も見習う?」
「何を?」
「分からないってすぐ言うところ」
「今日は言ってただろ」
「水温、たぶんって答えようとした」
「覚えてる範囲で答えようとしただけ」
「それを推測って言うんじゃない?」
言い返せなかった。
帰還地点へ着き、周囲に人がいないことを確認する。
俺は《淫獄》への入口を開いた。
中へ戻ると、千代が最初に試料の状態を確認した。
ファステは、持ち帰った包みを生活用品から離して置けるよう準備している。
「結局、処理できなかったのか」
ナーヴァが言った。
「今すぐ処理しない方がいいってことは分かった」
「汚水は減っておらぬではないか」
「問題は増えた」
俺はミネットから受け取った質問を卓上へ広げる。
「必要な条件が分かったのじゃ」
千代は一つずつ目を通した。
「問題が増えたのではなく、見えておらなんだ問題が見えた」
「見えないままの方が楽だった」
「捨てられぬことに変わりはないぞ」
「そうだけど」
持ち帰った試料は、元の汚水へ戻さず別に置くことになった。
街まで持ち運んだ。
外から見ただけでも、光や温度の影響を受けたかもしれない。俺たちには分からない変化がある可能性もある。
「随分と細かい見習いだな」
質問を見たナーヴァが言う。
「ナーヴァにも答えてもらうことあるかも」
「なぜ我が」
「今後も同じ汚水が増える可能性」
狩りを再開すれば、ナーヴァの身体や装束へ血や体液が付くかもしれない。
それを洗えば、また水が増える。
「血を浴びねばよい」
「できる?」
「できる」
「絶対?」
「……獲物による」
少し考えてから言い直した。
前よりは、分からないことを分からないと言えるようになっている。
たぶん。
いや、今のも推測か。
◇
夜。
共用部屋の卓上には、魔法学校から持ち帰った質問が残っていた。
処理方法を聞きに行った。
これをどうすれば捨てられるのか。
その答えだけを持って帰るつもりだった。
けれど、持ち帰ったのは、俺たちが記録していなかったことの一覧だった。
分からない物を、分からないまま消す魔法はないらしい。
少なくとも、今日会った見習いは、そんな便利な嘘を言わなかった。
「次は、どこまで話すかを決めねばならぬな」
向かいで記録を整理していた千代が言う。
「またそこから?」
「そこを飛ばすから、答えられぬのじゃ」
反論できない。
俺は、ミネットが並べた質問へもう一度目を戻した。




