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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第八章 「戦場を焼き尽くした竜」

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第86話 全部食べればいいって話じゃない

 朝。


 共用部屋へ出ると、ファステがナーヴァの前に立っていた。


「ご気分はいかがですか?」


「腹が減った」


「それ以外です」


 即座に返され、ナーヴァが少し黙る。


 昨日、ダンジョンで初めて見つけた大型の魔獣。


 ナーヴァはその肉を、本当に小さな一片だけ食べた。


 その場では異常なし。


 帰ってきてからも、吐き気も腹痛もないと言っていた。


 ただ、それで安全だと決めるには早い。


「痛みは?」


「ない」


「吐き気は?」


「ない」


「身体が重い、動きにくいなどは?」


「ない」


「普段と違う熱っぽさは?」


「我の身体は元から熱い」


「では、普段より熱い感じは?」


「ない」


 ファステは一つずつ確認していく。


 ナーヴァは途中から露骨に面倒そうな顔をしていたが、席を立とうとはしなかった。


「鱗の色も変わっていませんね」


 レイナが少し離れたところから、ナーヴァの首元や腕を見る。


「皮膚にも、昨日と違うところはなさそうですわ」


「だから言ったであろう。我は竜だ」


 ナーヴァが胸を張る。


「毒ごときでどうにかなるものか」


「この世界の魔物が、ナーヴァさんの知っている毒と同じとは限りません」


 ファステは静かだった。


「ですので、確認しています」


「……」


 ナーヴァが言い返せなくなった。


 俺は少し笑いそうになったが、見つかると焼くと言われそうなので黙っておく。


「少なくとも」


 千代が記録を見ながら口を開く。


「昨夜から今朝まで、目立った異常はないようじゃな」


「なら食えるな」


 ナーヴァが即答した。


「待て」


「なぜだ、夜斗」


 もう普通に名前で呼ぶ。


 昨日初めて呼ばれた時には少し変な感じがしたが、一晩経つと、それほど違和感はなくなっていた。


「一回ちょっと食べて平気だっただけだろ」


「それで十分だ」


「十分じゃない」


 千代も頷く。


「確認できたのは、そなたが昨日の個体から取った小片を食べても、短期的な異常が出なかったということだけじゃ」


「同じ種類なら問題あるまい」


「本当に同じ種類だと分かるのか?」


 リゼが尋ねる。


 ナーヴァが少し考えた。


「見れば分かる」


「昨日初めて見た生物だぞ」


「……」


 また止まる。


「外見が似ているだけの別種かもしれぬ」


 千代が続ける。


「同じ種と思われる個体についても、大量に食った場合や、何度も食い続けた場合の影響までは分からぬ」


「では、いつまで待てというのだ」


「永遠に待てとは言ってない」


 俺は言った。


「昨日と同じ種類だと判断できる個体なら、ナーヴァが食う分には暫定的に認めてもいいんじゃないか?」


「ナーヴァ本人に限り、じゃな」


 千代が付け足す。


「我だけ?」


「俺たちは食べない」


「なぜだ」


「ナーヴァが平気だったからって、人間も平気とは限らないだろ」


 ファステも頷いた。


「私たちは、まだ食べない方がよいと思います」


「臆病だな」


「知ってる」


 即答すると、ナーヴァが少しだけ口元を動かした。


 笑ったのかもしれない。


 すぐ戻ったので分からなかった。


 その直後。


 ぐう、と低い音が鳴る。


 ナーヴァの腹だ。


 ヴィオラが顔を上げる。


「身体は食べてもいいって言ってるね」


「黙れ」


「朝から元気そうで何より」


「焼くぞ」


「それも元気な証拠?」


「ヴィオラ」


 俺が止める。


 ナーヴァが本当に焼く気はなさそうでも、一応止めておく。


 そういう扱いにも、少し慣れてきた。


 ◇


「食えることは分かったとして」


 朝食後。


 千代が卓上へ記録を広げる。


「問題は昨日の死骸じゃ」


「今日食えばよい」


 ナーヴァは当然のように答えた。


「まだ残ってればな」


 俺が言うと、ナーヴァが眉を寄せる。


「残っておらぬ可能性があると?」


「あるだろ」


 昨日、ナーヴァが倒した大型魔獣。


 試食したのは小片だけ。


 帰還時間を優先して、残りはその場へ置いてきた。


 つまり今頃どうなっているかは誰にも分からない。


「血の臭いでグールが集まったかもしれない」


 リゼが言う。


「別の魔物が食った可能性もある」


「巡回者に発見されている可能性も捨てきれぬ」


 千代が続ける。


 固定前室の管理主体も、利用規則も分からない。


 誰かが奥まで確認しているのかも不明だ。


 ただ、もし見つかれば。


 一撃で首を折られた大型魔獣。


 そこから一部だけ食いちぎられている。


 普通の探索者が残した痕跡には見えないかもしれない。


「なら次から、すべて食う」


 ナーヴァが言った。


「全部?」


「肉も食う」


「骨は?」


「食える」


「角は?」


「食えぬことはない」


「皮は?」


「食おうと思えば食える」


「本当に何でもいけるな」


「竜を何だと思っている」


 少し前にも聞かれた気がする。


 だが。


「血は?」


 俺が聞いた。


 ナーヴァが止まった。


「……」


「ほら」


「ならば血を散らさず仕留めればよい」


 返答は早かった。


「どうやって?」


「首を折る」


「昨日と同じ?」


「昨日は最も簡単だったからそうしただけだ」


 ナーヴァが自分の手を見下ろす。


「頭部を潰す。骨を断つ。必要なら内側だけ焼く」


「最後のやつ怖い」


「外へ炎を漏らさねばよいのだろう」


 リゼが少し考える。


「血を減らすなら、昨日の仕留め方は悪くない」


「だろう」


 ナーヴァが少し得意そうになる。


「じゃあ足跡は?」


 俺が言った。


 得意そうな顔が止まる。


「……」


「全部食べれば証拠が消える、ってほど簡単じゃないからな」


「貴様も行けば足跡が増える」


「だから俺は行かない」


「そこだけ判断が速いな」


「帰りの入口開ける役もあるから」


「便利な言い訳だ」


「役割分担と言ってくれ」


 ヴィオラが笑う。


「夜斗らしいね」


「褒めてる?」


「半分」


 残り半分が気になる。


 ◇


 足跡はナーヴァだけではない。


 同行したリゼの分もある。


 毎回同じ場所を通れば、その場所だけ明らかに踏み固められていく。


「同じ経路を使い続けるのも避けた方がよいな」


 千代が言う。


「なら別の道を通ればよい」


 ナーヴァが答える。


「無闇に経路を増やすのも危険だ」


 リゼが止めた。


「知らない分岐へ入れば、帰還経路が複雑になる」


「我は迷わぬ」


「お前だけの話ではない」


 リゼは淡々としている。


「狩りを継続するなら、誰かが同行する可能性もある。帰還方法を共有できる範囲にするべきだ」


「我一人でよい」


「それも今後決める」


 ナーヴァが不満そうに鼻を鳴らす。


 以前ならここで「我が決める」で終わっていた。


 今は、文句を言いながらも会話は続く。


「毎日行けば、食料問題は解決する」


 ナーヴァが言った。


「毎日は駄目じゃ」


 千代が即答した。


「なぜだ」


「痕跡が増える」


「食えば残らぬ」


「今、足跡の話をしていたであろう」


「消せばよい」


「どうやって?」


「……」


 今度はこちらの指摘が通った。


 少しだけ嬉しい。


「それだけではない」


 千代が続ける。


「巡回者に見つかる可能性も上がる。狩り続ければ、魔物の分布が変わるかもしれぬ。同じ種類の大型魔獣を減らし続けて何が起きるかも分からぬ」


「食われるためにいる獣ではないのか」


「自然界にそんな都合のいい配置ある?」


 俺が聞く。


「我のいた世界では、食う側が強ければ食う」


「分かりやすい世界だな」


「何が悪い」


「悪いとは言ってない」


 ただ、この世界で同じ感覚を使えるとは限らない。


「そもそも」


 俺は気になっていたことを聞いた。


「ナーヴァって、毎日大型獣数体食わないと死ぬの?」


「死なぬ」


「……え?」


 全員が止まった。


「昨日、一回で大型獣数体って言ったよな」


「満腹になる量を聞かれたから答えただけだ」


「生きるのに必要な量じゃなかったの?」


「聞かれておらぬ」


「先に言って!」


 思わず立ち上がった。


 ナーヴァが露骨に嫌そうな顔をする。


「我がどれだけ食えるかという話だっただろう」


「食料庫見て絶望してた時点で言ってくれよ!」


「満腹にはならぬから事実だ」


「そうだけど!」


 千代が額を押さえる。


「では、一度ある程度食えば、毎日同じ量は必要ではないのか?」


「当然だ」


「当然じゃない!」


 今度はヴィオラまで声を上げた。


「もっと早く聞けばよかったね」


 レイナが冷静に言う。


 その通りだった。


 俺たちは「一度に大型獣数体」を、そのまま毎日の必要量だと思い込んでいた。


「戦場では、食える時に食っていた」


 ナーヴァが説明する。


「次にいつ食えるか分からぬからな」


「じゃあ一度しっかり食べたら、何日か持つ可能性ある?」


「動かなければ」


「戦えば?」


「減る」


「ドラゴン形態は?」


「減る」


「ブレスは?」


「腹が減る」


「燃費悪いじゃん」


 ヴィオラが言う。


「我を乗り物扱いするな!」


 やっぱり怒った。


「満腹になる前に止めるって発想は?」


 俺が聞く。


「なぜ止める」


「人間には腹八分目っていうのがあって」


「我は人間ではない」


「そこ強いね」


 ヴィオラが笑う。


 ナーヴァに腹八分目文化は通じなかった。


 だが、毎日狩る必要がないなら、かなり話は変わる。


「なら、狩る回数は必要量を見ながら決める」


 千代が記録する。


「連日は避ける。巡回の記録も見る。前回の痕跡がどうなったかも確認する。毎回同じ時刻には使わぬ」


「腹が減れば行く」


「それだけで決めるな」


「では、腹が減り、かつ条件が合えば行く」


 ナーヴァが言い直した。


 全員が一瞬止まる。


「……今、自分から条件入れた?」


 俺が聞く。


「何か問題か」


「いや」


 少し驚いただけだ。


 ◇


 次に決めるのは狩る範囲。


「獲物がいなければ奥へ行く」


 ナーヴァが言う。


「無制限には進ませない」


 リゼが返す。


「なぜだ」


「帰れなくなるからだ」


「我は道を覚える」


「地形が変わらない保証があるのか?」


 ナーヴァが黙る。


 ダンジョン入口そのものが接続先を変える場所だ。


 内部がどう変化するかまでは分からない。


「固定前室まで自力で戻れる範囲」


 千代がまとめる。


「距離だけでは決めぬ。分岐、帰還時間、経路の分かりやすさも含める」


 ナーヴァが図を見る。


 前回確認した範囲。


 グールがいた場所。


 大型魔獣が出た位置。


 少し考え。


「ならば、前回の獲物を見つけた場所より先へは行かぬ」


 リゼがナーヴァを見る。


「理由は?」


「食える可能性のある獲物が確認できた場所だ」


 ナーヴァは当然のように答えた。


「先へ行く必要がない」


 俺は思わずナーヴァを見る。


「ちゃんと考えてるじゃん」


「我を馬鹿だと思っていたのか」


「ちょっと」


 空気が少し熱くなる。


「焼くぞ」


「それ、もう禁止ワードみたいになってるぞ」


「ならば言わせるな」


「はいはい」


 こんな返しができるようになった。


 召喚直後なら絶対に無理だった。


「敵が多ければ?」


 リゼが聞く。


「帰る」


「獲物がいなければ?」


「無理に探さぬ」


「巡回者がいれば?」


 ナーヴァが口を開く前に、全員が見る。


「……帰る」


「焼かない?」


「分かっている!」


 先に言われた。


 成長している。


 たぶん。


「そもそも、入口の利用規則をまだ知らないからな」


 俺が言う。


 これが一番大きい。


 管理されている。


 巡回者もいる。


 標識もある。


 でも俺たちは、


- 許可が必要なのか

- 登録制度があるのか

- 一般人でも入れるのか

- 無断侵入が禁止なのか


何も知らない。


「街で優先して調べる必要がある」


 千代が言った。


「無断利用だと分かれば、今のやり方は止めるか、正式な方法を考える」


「許可が必要なら取ればよい」


 ナーヴァが言う。


「俺たちが何者か説明するところから必要なんだけどな」


「面倒だな」


「ようこそ俺たちの世界へ」


「歓迎されている気がせぬ」


「俺もまだ歓迎された感じしない」


 異世界に来てから、いろいろありすぎた。


 ◇


「今日は行かぬのか」


 話がまとまりかけたところで、ナーヴァが言った。


「行かない」


「腹が減っている」


「知ってる」


「なら」


「昨日の痕跡がどうなってるかも分からないし、今日は連日利用を避けるって決めたばっかりだろ」


 ナーヴァが露骨に不満そうな顔をする。


「今日は、こちらで出せる範囲をお出しします」


 ファステが言った。


「昨日より少し多くできます。ただし、皆様の分を削ることはいたしません」


「足りぬ」


「存じています」


 ファステも慣れてきた。


 ナーヴァは少し言葉に詰まる。


「……明日は?」


「条件が合えば」


 俺が答える。


「必ずではない」


「貴様は本当に細かいな」


「今さらだろ」


 ナーヴァはため息を吐いた。


 でも、勝手に入口へ向かったりはしなかった。


 そのまま共用部屋へ残る。


 リゼが装備を手入れしている横を見て。


 千代の記録を覗き込み。


 ヴィオラのコイン捌きに一度視線を向け。


 ファステの調理を、暇そうに眺める。


 レイナはそんなナーヴァを上から下まで見た。


「ところで」


「何だ」


「そのお召し物、修繕できる物なのですの?」


 ナーヴァが自分の戦装束を見る。


 焼け焦げた布。


 傷。


 血。


 普通の衣服なら、かなり傷んでいる。


「戦うには問題ない」


「戦えるかどうかを聞いていませんわ」


「なら何だ」


「縫ってよい物なのか、素材が分かりませんの」


 レイナが少し近づく。


 触れはしない。


「竜の姿になる時、その衣服はどうなるのです?」


「我と共に変わる」


 全員の視線が集まる。


「じゃあ普通の服じゃない?」


 俺が聞く。


「元の世界の物だ」


「直せる?」


「知らぬ」


「本人も分からないんだ」


「壊れたことなど気にしたことがない」


 レイナが小さくため息を吐く。


「勝手に触らない方がよさそうですわね」


「触るな」


「分かりましたわ」


 修繕は保留。


 また保留が増えた。


 最近、この家は保留でできている気がする。


 ◇


 縁が共用部屋を横切った。


 ナーヴァの近く。


 以前なら、もっと大きく距離を取っていた。


 今日は少し近い。


 それでも、すぐそばではない。


 逃げようと思えば逃げられる距離。


 ナーヴァが動こうとする。


「動くと逃げるぞ」


 俺が言う。


 ナーヴァの身体が止まった。


「分かっている」


 縁はナーヴァを見る。


 ナーヴァも見る。


 少しの間。


 縁はそのまま通り過ぎ、千代の近くへ向かった。


「学習したね」


 ヴィオラが言う。


「貴様と一緒にするな」


「私も学習してるよ」


「同列にするな」


 普通の会話だった。


 少し前なら、ナーヴァが部屋にいるだけで全員が警戒していた。


 今は、食事の量で揉め。


 狩りの条件を一緒に決め。


 服が直せるか話し。


 縁が近づいたら動くなと言っている。


 召喚された日のことを考えると、変化が大きすぎる。


 あの日は。


 どうやって焼かれずに済むか。


 それしか考えていなかった。


 今は。


 どうすれば、こいつが継続して飯を食えるか。


 それを一緒に考えている。


 仲間。


 その言葉を使うには、まだ少し早い気がする。


 でも、休戦相手という言い方も、もう違う。


 少なくとも、ナーヴァ本人が自分の狩り方について意見を出し始めた。


 俺たちが決めた条件へ従うだけではない。


 自分が続けるために、自分で制限を選んでいる。


 それは、かなり大きな変化だと思う。


 ◇


 夜。


 千代が、今日決まった条件を一枚にまとめた。ナーヴァは「奥へ進まない」「未知の個体は食わない」「巡回者がいれば中止」の三点を読み上げ、残りへも目を通した。


「まだ多いな」


「半分くらい自分で言っただろ」


「そうだったか」


「忘れるなよ」


「覚えている」


「帰還石は?」


 ナーヴァが俺を見る。


「まだ言うのか」


「確認」


 ナーヴァは腰元へ手を伸ばし、赤黒い小石を見せた。


「持っている」


「よし」


「……本当に細かいな、夜斗」


 名前で呼ばれても、もう固まらなかった。


「そうしないと、俺が安心できないからな」


「臆病者め」


「知ってる」


 ナーヴァが鼻を鳴らす。


 怒っているようには見えなかった。


 最強の竜を、どう戦わせるか。


 そんな話は、まだ一度もしていない。


 今決めているのは。


 何を食べて。


 どこまで行って。


 どう帰ってくるか。


 たぶん。


 先に必要なのは、そっちだった。

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