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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第八章 「戦場を焼き尽くした竜」

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第81話 URって、そういう意味じゃないだろ



 朝から、全員が少し落ち着かなかった。


 誰も早く召喚しろとは言わない。


 ファステはいつもどおり朝食を用意している。


 リゼは土間で装備を確認している。


 レイナは共用部屋に出したままだった布を片づけている。


 千代は昨日までの記録を見直している。


 ヴィオラは自分のカップを指先で回していた。


 ただ、全員がときどき俺を見る。


「で?」


 最初に口を開いたのは、やはりヴィオラだった。


「何が」


「引かないの?」


「引くよ」


「いつ?」


「……今から」


「やっと言った」


 昨日、あれだけ我慢した。


 夜になってからも、何度も表示を確認した。


 今朝起きて、数字が減っていないことも確認した。


『所持《淫獄石》:10,000』


『通常《住民召喚》を実行可能です』


 もう待つ理由はない。


 いや、待つと決めたのは俺だ。


 全員が落ち着いている時に、きちんと新しい住民を迎えるため。


 だから今度こそ、本当に引く。


「その前に、準備を終わらせるぞ」


 リゼが立ち上がった。


「まだあるの?」


「昨日決めただろう」


 召喚場所の周囲は、すでに片づけてある。


 壊れやすい器は壁際から移動させた。


 水と簡単な食事も用意した。


 負傷者が来た場合に備えて、横になれる場所も空けている。


 混乱して逃げようとした場合の通路も塞いでいない。


 縁は召喚場所から離れたところにいる。


 何が始まるのか分かっていないようで、ファステの近くに座っていた。


「武器は持つ」


 リゼが剣の位置を確かめる。


「最初から敵扱いはしないぞ」


「敵扱いではない。何が来るか分からないだけだ」


「今まで、いきなり襲ってきた人はいなかっただろ」


「今までいなかったことは、次もいない保証にならん」


「正しいけど、不安になる言い方だな」


 リゼは俺より召喚地点へ近い位置に立った。


 俺を守れる距離。


 同時に、召喚された相手を刺激しすぎない距離だ。


 千代は全員の退避経路を確認する。


 レイナは縁が通れる場所から物をどけた。


 ファステは縁を抱こうとはせず、声で少し離れた場所へ誘導する。


 ヴィオラだけは、妙に楽しそうだった。


「今度は何が来ると思う?」


「人」


「それは分かってる」


「俺には何も選べないんだから、考えても仕方ないだろ」


「考えるだけなら無料だよ」


「ガチャの前に無料って言葉を使うな。一万個が重く感じる」


 改めて召喚表示を見る。


『通常《住民召喚》』


『必要《淫獄石》:10,000』


『実行可能』


「……本当に全部なくなるんだよな」


「今さら?」


 ヴィオラが呆れる。


「一万だぞ」


「使うために貯めておったのではないか」


 千代まで冷たい。


「使う直前になると惜しくなるんだよ」


「なら、やめるか?」


 リゼに聞かれ、表示を見る。


 一万個。


 長かった。


 いろいろなことがあった。


 戦った。


 逃げた。


 街へ行った。


 地下へ入った。


 汚れた装備を洗った。


 水を運んだ。


 紅茶を飲んだ。


 縁が家の中を自由に歩くようになった。


 誰かへ石を稼ぐための行動を要求したわけではない。


 みんなで暮らした結果として、ここまで貯まった。


「やめない」


「では、覚悟を決めよ」


「ガチャを引く時に覚悟って必要か?」


「何が来ても、意思を持った者を迎えるのであろう?」


 千代の言葉に、少しだけ姿勢を正す。


 召喚されるのは景品ではない。


 俺たちに都合よく働く人でもない。


 ここに残るとも限らない。


 そのことは、セリナから教わった。


「……引くぞ」


 表示へ意識を向ける。


『通常《住民召喚》を実行しますか?』


 ほんの一瞬だけ迷い、それから実行を選んだ。


『《淫獄石》10,000個を消費します』


『所持《淫獄石》:0』


「消えた」


「当たり前じゃ」


 千代の声が聞こえた。


 それ以外は、静かだった。


 いつもなら、ここから召喚の光が現れる。


 そう思った次の瞬間。


 空気が沈んだ。


「――っ」


 重い。


 身体そのものが、上から押し潰されるような感覚。


 床が細かく震える。


 壁際へ移動させた器が、触れてもいないのに鳴り始めた。


 室内の温度が一気に上がる。


「下がれ!」


 リゼが叫んだ。


 召喚地点の中心に、赤黒い光が生まれていた。


 光というより、炎そのものが空間の奥から染み出している。


 火の粉が舞う。


 床へ落ちても燃え移らない。


 それでも熱は本物だった。


 顔を向けているだけで、皮膚がひりつく。


「今回、派手じゃない?」


「俺もそう思ってる!」


 ヴィオラへ答える声が裏返った。


 縁が突然立ち上がった。


 全身の毛が逆立つ。


 耳を伏せ、身体を低くする。


 これまで、《淫獄》の微細な変化へ反応した時とも違う。


 明確に、目の前の何かを警戒している。


「縁、こちらへ」


 ファステが呼ぶ。


 抱き上げようとはしない。


 縁が自分で動けるよう、召喚地点から離れた道を空ける。


 レイナも近くの物をさらに壁側へ寄せた。


 縁は数歩下がった。


 だが、逃げ切らない。


 俺たちの近くに留まり、赤黒い光を睨んでいた。


 そして。


 召喚地点の空間が歪んだ。


「……何だ、これ」


 壁までの距離がおかしい。


 さっきまで数歩だったはずの場所が、急に遠く見える。


 家が広がったわけではない。


 床も壁も変わっていない。


 なのに、召喚地点の周囲だけが、別の広さを持ち始めていた。


 奥行きのない場所へ、無理やり巨大な空間を重ねたような歪み。


 《淫獄》全体が広がったのではない。


 召喚される何かを収めるために、その周囲だけが現実の大きさを無視している。


 赤黒い光の奥に、巨大な影が浮かんだ。


 角。


 翼。


 長い首。


 分厚い脚。


 鋭い尾。


 火と煙の向こうに、焼けた大地が一瞬だけ見えた。


 次の瞬間、影がこちらへ踏み込んだ。


 床が鳴った。


 いや、鳴ったように感じただけかもしれない。


 召喚地点の歪みの中から、巨大な竜が姿を現した。


 赤黒い鱗。


 炎を内側に閉じ込めたような深い色。


 頭部から伸びる大きな角。


 翼を完全に広げれば、この家など一瞬で覆い尽くせそうな巨体。


 爪は一本一本が武器だった。


 身体のあちこちに傷がある。


 鱗には煤がこびり付き、乾いた血が残っている。


 戦いの途中。


 それも、かなり激しい戦場から来たことだけは、一目で分かった。


「……人じゃないじゃん」


 ヴィオラが呟いた。


「俺だって聞いてない!」


 召喚の光が弱くなる。


 だが、巨大な竜を囲む空間の歪みは消えなかった。


 共用部屋が広がったわけではない。


 俺たちの立っている床も、壁の位置も変わっていない。


 竜の周囲だけに、別の大きさが重ねられたままになっている。


 何に反応しているのか。


 いつまで続くのか。


 同じことをもう一度起こせるのか。


 何も分からない。


 少なくとも今は、その歪みが巨体を押し潰さずに収めていた。


 竜の目が開いた。


 金色に近い鋭い瞳。


 まず俺を見たわけではない。


 周囲全部を、一瞬で確認していた。


 壁。


 入口。


 人数。


 リゼの剣。


 千代。


 ファステ。


 レイナ。


 ヴィオラ。


 縁。


 そして最後に、俺。


 巨大な瞳が止まる。


 熱が跳ね上がった。


「伏せろ!」


 リゼの声。


 竜が息を吸う。


 その動作だけで、空気が引かれた。


「待――」


 言い切れなかった。


 音より先に、熱が来た。


 竜の口内で赤黒い光が爆発する。


 次の瞬間。


 世界が炎で埋まった。


 避けられない。


 そう思う時間すらない。


 リゼが俺の前へ出ようとする。


 間に合わない。


 ファステも、レイナも、千代も、ヴィオラも動いている。


 だが、人間の動きより炎の方が圧倒的に速い。


 食らえば死ぬ。


 それだけは理解できた。


 なのに。


 炎は届かなかった。


 俺たちの手前で、空間そのものが歪んだ。


 壁が出たわけではない。


 盾が受け止めたわけでもない。


 巨大な竜炎だけが、その場所から先へ進めなくなった。


 一瞬。


 炎が空中へ固定された。


 次いで、赤黒い火が細かくほどける。


 光の粒となり、消えていく。


 熱風だけが残った。


 布が激しく揺れる。


 器が鳴る。


 髪が吹き上がる。


 それでも。


 誰も焼けていない。


 床も壁も燃えていない。


「……え?」


 自分の声だけが妙にはっきり聞こえた。


「今、止めた?」


 ヴィオラが言う。


「俺じゃない」


「全員無事か!」


 リゼの声で、全員が互いを確認する。


 ファステ。


 レイナ。


 千代。


 ヴィオラ。


 負傷なし。


 縁も離れた場所で低い姿勢を取っているが、炎は届いていない。


 俺は何もしていない。


 防ごうと意識する時間さえなかった。


 《淫獄》が勝手に拒絶したようにしか見えなかった。


 だが、竜からは違って見えたらしい。


 巨大な瞳が細くなる。


 明らかな動揺。


「……貴様」


 低い声が、部屋全体を震わせた。


「喋れるんだ」


「今そこか!」


 リゼに怒鳴られた。


 竜の視線は俺だけを捉えている。


 俺は避けていない。


 防御動作もしていない。


 炎は俺の前で消えた。


 竜から見れば、俺自身が何事もなく無効化したようにしか見えないのだろう。


「違うからな」


「何がだ」


「今の、俺がやったんじゃない」


 言いながら、何を否定しているのか自分でも分からなくなった。


 竜の喉奥が再び赤く光る。


 第二撃。


「待て待て待て!」


 リゼが俺の前へ立つ。


「刺激するな!」


 千代の声が飛ぶ。


 ファステとレイナは縁と生活用品側へ移動する。


 ヴィオラは逃げずに、竜の視線と呼吸を観察していた。


「召喚しただけだ!」


「何を言っている」


「俺にも説明が必要なんだよ!」


 巨大な頭がわずかに動く。


 意味が分からない、という顔に見えた。


 たぶん当然だ。


 向こうからすれば、戦場の途中で突然知らない閉鎖空間へ引きずり込まれた。


 周囲には複数人。


 目の前には自分の炎を止めた男。


 敵陣と考えてもおかしくない。


「俺たちは、あんたと戦いたいわけじゃない」


「ならば、なぜ我をここへ引きずり込んだ」


「ガチャで――」


「夜斗」


 千代に止められた。


「その言葉から説明しても通じぬ」


「じゃあ何から説明すればいいんだよ」


「まず、敵意がないことじゃ」


 俺は両手を上げた。


 武器はない。


 最初から持っていない。


 竜の目が動く。


 俺。


 リゼの剣。


 ファステたち。


 食卓。


 水。


 六つのカップ。


 布。


 縁。


 どう見ても戦場ではない。


 ただし、警戒が消える様子はない。


「ここはどこだ」


「《淫獄》」


 一瞬。


「……知らぬ」


「俺も最近まで知らなかった」


「説明として最低だね」


 ヴィオラが小声で言った。


「分かってる」


 竜の巨大な瞳が俺へ向く。


「貴様は何者だ」


「黒瀬夜斗」


「名を聞いているのではない」


「ああ、立場?」


 大学生。


 異世界転移者。


 ガチャ好き。


 どれも今求められている答えではない。


「……《淫獄の王》らしい」


 竜の目つきが変わった。


「王」


「自分で名乗り始めたわけじゃないからな」


「我が炎を消した王が、何を企んでいる」


「だから俺じゃない!」


 反射的に否定した。


「でも夜斗の家が止めたなら、だいたい夜斗の力じゃない?」


 ヴィオラが余計なことを言った。


「そういうこと言うな!」


 竜の警戒がさらに強くなった気がする。


「少なくとも、俺は今の炎を止めようとして何かしたわけじゃない」


「無意識に防いだと?」


「もっと悪い方向に解釈された!」


 その時。


 遅れて表示が浮かんだ。


『通常《住民召喚》完了』


『召喚結果:UR』


『《戦場を焼き尽くした竜》』


『ナーヴィナル・ドラゴ・クァトリオム・ナーヴァ』


「……UR?」


「今そこを見るのか?」


 リゼが剣を構えたまま言う。


「だってURだぞ」


「それが何かは知らんが、目の前を見ろ」


「見てる。見てるけど、UR……」


「当たり?」


 ヴィオラが尋ねる。


 巨大な竜は、いまだにこちらを焼ける姿勢を崩していない。


「当たりって言っていい状況か、これ?」


「何の話だ」


 竜――ナーヴィナル・ドラゴ・クァトリオム・ナーヴァが低い声で聞いた。


「いや、こっちの話」


 表示をもう一度見る。


 UR。


 これまでで最も高いレアリティ。


 そして、その下にある二つ名。


「《戦場を焼き尽くした竜》……」


「貴様、何を見ている」


「もっと怖くなった」


「答えろ」


「俺にだけ見える表示があるんだよ。たぶん」


「たぶんで説明するな」


「分かってることが少ないんだよ!」


 縁が低い声を漏らした。


 ナーヴァの視線が、初めて俺から外れる。


 壁際の縁を見る。


 縁は毛を逆立て、耳を伏せたまま動かない。


 ナーヴァの目がわずかに細くなった。


 何かを感じたのか。


 ただ警戒している小さな生き物を見ただけなのか。


 どちらかは分からない。


 ナーヴァはすぐ俺へ視線を戻した。


「リゼ」


「何だ」


「勝てそう?」


「今聞くことか?」


「重要だろ!」


 リゼは巨大な竜から一瞬も目を離さない。


「少なくとも、まともに正面からやり合いたくはない」


「それ、かなり駄目なやつだよな」


「だから刺激するな」


 グール三体を前にしても、リゼは退路を作った。


 そのリゼが、目の前の竜には最初から正面戦闘を避けたいと言っている。


 強さの差を詳しく聞く必要はなかった。


「今すぐ戦う理由は、互いにない」


 千代が一歩だけ前へ出た。


「我をここへ連れ込んだ時点である」


「それについては説明する」


「元へ戻せ」


 短い要求だった。


 俺は答えられなかった。


「戻し方は?」


「……知らない」


 竜の喉奥が、再び赤く光った。


「何?」


「俺が呼んだ。でも、元の場所へ返す方法は知らない」


「ふざけているのか」


「ふざけてない。だから困ってる」


「召喚の直前、どこにいた?」


 千代が尋ねる。


 ナーヴァは警戒したまま短く答えた。


「戦場だ」


「戦闘中だったのか?」


「敵を焼いていた」


「……やっぱり」


 焼け焦げた鱗。


 血。


 炎。


 召喚の向こうに見えた焼けた大地。


 全部つながった。


 この竜にとっては、戦場が突然消え、次の瞬間には見知らぬ王の領域にいたのだ。


「俺たちは敵じゃない」


「それを我に信じろと?」


「すぐ信じなくていい。こっちも、召喚された瞬間に焼き殺そうとしてきた相手をすぐ信用できない」


 ナーヴァの目元がわずかに動いた。


「我が一撃を退けておいて、被害者の顔をするか」


「退けたのは俺じゃないって言ってるだろ」


「貴様の領域なのだろう?」


「そうだけど、俺がどこまでできるかは俺にも分からない」


「己の領域すら把握していない王がいるものか」


「ここにいるんだよ」


 ナーヴァは黙った。


 呆れたのか。


 嘘だと思ったのか。


 少なくとも、すぐに二発目を放つ様子は少し薄れた。


 俺は両手を上げたまま言う。


「一つずつ説明する」


 巨大な瞳が俺を見る。


「俺たちが分かってることだけ。分からないことは、分からないって言う」


「一つでも嘘をつけば、次は焼く」


「さっき焼けなかっただろ」


 一瞬。


 完全な沈黙が落ちた。


「夜斗!」


「夜斗様!」


「そなたはなぜ余計なことを言う!」


 全員から声が飛んできた。


「ごめん!」


 ナーヴァの喉奥に、また赤い光が灯る。


 熱が増えた。


 気のせいであってほしい。


 それでも、炎は放たれなかった。


 俺は召喚結果をもう一度見た。


 UR。


 《戦場を焼き尽くした竜》。


 ナーヴィナル・ドラゴ・クァトリオム・ナーヴァ。


 一万個。


 待って。


 我慢して。


 ようやく引いた第六回。


 その結果が――


 召喚された瞬間に、巨大なドラゴンの姿で俺を焼き殺そうとする相手だった。


 ……URって、そういう意味じゃないだろ。

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