↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第七章 「最低危険度の地下」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/189

第79話 俺が何もしなくても、家は回る?

 朝、目を覚まして共用部屋へ出ると、もう一日の予定が決まっていた。


「本日は、私とレイナさんで水を補充してまいります」


 ファステが言った。


「リゼさんには、こちらに残っていただきます」


「……もう決まってる?」


「はい。昨日の水運びで、接続地点から水場までの状態は確認できましたから」


 食卓には、二本の線を刻んだ帰還石が置かれている。


 ファステはすでに外出用の服へ着替え、空の容器も必要な分だけまとめていた。


 その横では、レイナが容器の蓋や持ち手を確認している。


「なぜレイナ?」


「昨日持ち帰った容器の一つに、小さな傷がありましたの。水を入れた状態で問題がないか、実際に確認しておきたいと思いましたわ」


「水場へ行く必要ある?」


「水を入れて歩かなければ、持ち運びに耐えるか分かりませんでしょう?」


 それはそうだ。


「リゼが行かなくて大丈夫か?」


「昨日の経路に危険な痕跡はなかった」


 リゼは土間で武器の手入れを続けながら答えた。


「もちろん、今日も安全だという保証にはならない。だが、接続地点から水場までの短い範囲なら、二人でも確認できる」


「何かあったら?」


「水は捨てて戻る。人や大型の獣を確認した場合は近づかない。接続地点へ直接戻らず、一度離れて尾行を確認する」


 昨日決めた手順が、そのまま返ってきた。


 俺が口を挟むところがない。


「帰還石は、わたくしが持ちますわ」


 レイナが石を小さな袋へ入れた。


「落とさない場所へ固定しました。反応範囲へ入る前には、ファステと二人で周囲を確認します」


「帰還反応が来ても、俺はすぐに開けない」


「分かっていますわ。その間に、こちらでもう一度確認します」


「入口を開けて、何か変だったら――」


「夜斗様の判断で閉じてください」


 ファステが穏やかに言った。


 全部、分かっている。


「俺、何か言うことある?」


「お気をつけて、でよいのではないか?」


 千代が自分の席から言った。


「それ、王の仕事じゃなくない?」


「そなたが必要な時だけ王らしく振る舞えばよい」


「必要な時が来ない方がいいんだけど」


「その通りじゃ」


 妙にあっさり同意された。


 俺は二つ目の接続地点へ意識を向ける。


 昨日感じた、遠くから見返されたような感覚はない。


 入口を開く前に、リゼが装備を確認する。


 今日は同行しないが、出発前の安全確認だけは行うらしい。


「刃物は持ったか?」


「はい」


 ファステが答える。


「戦うために使うな。必要なら荷物を捨て、距離を取れ」


「承知しています」


「レイナ。靴の留め具が少し緩い」


「今、直しますわ」


 リゼが見つけた箇所を、レイナが自分で締め直す。


 以前なら、リゼが同行しなければ不安だった。


 今も、不安がないわけではない。


 それでも、昨日と同じ組み合わせでなければ何もできない状態の方が危うい。


 誰か一人が休んだだけで生活が止まるなら、それは役割分担とは言えない。


「開けるぞ」


 《淫獄》の内側から、第二接続地点へ入口を開く。


 木々に囲まれた外界が見えた。


 人影はない。


 大きな動物もいない。


 地面にも、昨日なかった物は見当たらない。


 リゼが入口越しにしばらく観察する。


「見える範囲に異常なし」


 ファステが先に外へ出た。


 続いてレイナ。


「無理に多く持つなよ」


「はい。また来られますから」


 ファステが昨日と同じ言葉を返す。


 レイナも頷いた。


「一度で全てを済ませようとはいたしませんわ」


「気をつけて」


「行ってまいります」


 二人が接続地点から離れたことを確認し、入口を閉じた。


 外の景色が消える。


 やはり、少し落ち着かない。


 けれど昨日とは違い、その落ち着かなさが何なのかは分かっていた。


 何も見えないからだ。


 任せた相手の行動を、俺が確認できないからだ。


 だからといって、追いかける必要はない。


「さて」


 千代が手を打つ。


「外出組が戻るまでに、こちらの作業を進めるぞ」


「作業?」


「汚染物の保管場所を見直す」


 地下へ行かなくなっても、汚水と使用済みの布は残っている。


 今は生活用品から離して置いているが、量が増えたことで通路が狭くなっていた。


「俺もやる」


「そなたは、帰還反応を見落とすな」


「それだけ?」


「手が空いておるなら、容器を移す前に床を清掃せよ」


 仕事はあった。


 ただし、俺が何をすべきか考える前に、千代が全体の手順を組んでいる。


 リゼは隔離している物の状態を確認する。


 地下へ持っていった装備と、生活用の道具が触れないよう位置を変える。


 ヴィオラは補修に使える布と、もう使わない方がよい布を分けていた。


「ヴィオラが真面目に分けてる」


「私だって必要なら働くよ」


「途中で飽きない?」


「飽きたら別の仕事と交換する」


「それでいいのか?」


「交換相手がいいって言えばね」


 ヴィオラは、リゼへ声をかけた。


「こっちの確認と、容器運びを途中で替わらない?」


「布の区別はできるのか?」


「ファステに印を付けてもらったから大丈夫」


「ならいい」


 勝手に放り出すわけではない。


 相手へ確認してから役割を替える。


 リゼも、それを怠けだとは言わなかった。


「夜斗、そこへ置かないでくださいませ」


 レイナはいないのに、声が聞こえた気がした。


 実際に言ったのは千代だった。


「そこ、駄目?」


「汚染の可能性がある物と、今後も使う容器が近すぎる」


「じゃあ、こっち?」


「そこならよい」


 俺は言われた場所へ容器を置く。


 千代は記録を更新する。


 リゼとヴィオラが途中で役割を替える。


 俺は空いた場所の床を拭く。


 誰か一人がすべてをやっているわけではない。


 作業の途中で問題が見つかれば、その場にいる者が声を上げる。


 答えを持っている者がいれば答える。


 いなければ保留して、記録に残す。


 俺が命令する場面はなかった。


 ◇


 昼前になっても、帰還反応は届かなかった。


「遅くない?」


「予定の範囲内じゃ」


 千代は水の消費記録から顔を上げない。


「まだ早い」


 リゼも落ち着いている。


「でも、昨日より二人の歩く速さは――」


「夜斗」


「何だよ」


「帰還予定を決めた時、多少の差が出ることも含めて考えただろう」


「分かってる」


 分かっていても、気になるものは気になる。


 俺は入口を開かなかった。


 決めた時刻でもない。


 帰還反応もない。


 何度も確認のために開けば、出入口を誰かに見られる危険が増える。


 ヴィオラが、縁の前で短い紐を揺らしていた。


 縁は一度前脚を伸ばしたが、すぐ興味を失って俺の近くへ移動してくる。


「今日は遊ばないみたい」


「追わないんだな」


「昨日も見たでしょ」


 ヴィオラは縁を呼び戻そうとせず、紐を片づけた。


「相手が毎日同じことをしたいとは限らないよ」


「昨日うまくいったからって、今日も同じとは限らないか」


「水運びの話?」


「両方」


 昨日はリゼとファステだった。


 今日はファステとレイナだ。


 人が変われば、歩く速さも、気づくことも変わる。


 それでも、決めた条件の中で自分たちが判断する。


 同じ結果を出すために、全員が同じ動きをする必要はない。


 縁は俺の足へ身体を軽く寄せ、その場で伏せた。


 俺も待つ。


 今度は、入口の前へ立ち続けなかった。


 ◇


『外界接続地点:二――帰還反応』


「来た」


 立ち上がりかけ、止まる。


 すぐには開けない。


 決めた分だけ待つ。


 その間、リゼが入口の近くへ移動した。


 もし向こう側に異常があれば、すぐ対応できる位置だ。


 千代が時間を見る。


「よいぞ」


 俺は入口を開いた。


 最初に見えたのはファステだった。


 その後ろにレイナ。


 二人とも容器を持っている。


 周囲に人影はない。


 ファステが先に入口を通り、レイナが続く。


 最後の容器が入ったところで、入口を閉じた。


「ただいま戻りました」


「ただいま」


 俺が言うと、レイナが少し笑った。


「迎える側が言う言葉ではありませんわ」


「間違えた。おかえり」


「はい。ただいま戻りました」


 言い直させた形になった。


「異常は?」


 リゼがすぐ確認する。


「人の姿はありませんでした」


 ファステが答える。


「水場には小さな動物の新しい足跡がありましたが、姿は見ていません。水を汲む前に、しばらく周囲を確認しました」


「容器は?」


「一つ、持ち手に問題がありましたわ」


 レイナが該当する容器を示す。


「空の状態では分かりませんでしたが、水を入れて持つと傾きます。今回は量を減らして運びました」


「捨ててこなかったのか?」


「修理できる可能性がありますもの。安全に持ち帰れる量まで減らしましたわ」


 容器の中身は、ほかより少ない。


 その代わり、水をこぼした跡もない。


「予定より時間がかかったのは?」


「一度、接続地点とは別の方向へ進みました」


「何かいた?」


「いいえ。尾行がないことを確かめるためですわ。帰還地点へ直接戻らない手順を、実際に試しました」


 俺たちが心配していた間、二人は決めた手順を実行していた。


 遅れたのではない。


 安全を確認するために、必要な時間を使った。


「問題ない」


 リゼが頷く。


「次からも続けろ」


「はい」


「承知しましたわ」


 帰還石を受け取り、決めた場所へ戻す。


 ファステは持ち帰った水を用途別に分け始めた。


 レイナは問題のあった容器を、補修用品の近くへ運ぶ。


 千代は今日の水量と所要時間を記録する。


 リゼは二人から経路の状態を聞く。


 ヴィオラは、帰還反応から入口開放までの時間に問題がなかったか俺へ尋ねた。


 俺が細かく指示するまでもなく、次の作業が始まっていく。


「俺、今日ほとんど誰にも指示してないな」


 口にすると、全員が一度こちらを見た。


「昨日も大してしていなかっただろう」


 リゼが言う。


「昨日は行く人を決めた」


「今日は私たちで決めましたわ」


 レイナが容器の傷を確認しながら答える。


「駄目だった?」


「駄目じゃない。むしろ、その方がいいのかも」


「何がじゃ?」


「俺が全部やらない方が、みんな動きやすいのかも」


 千代は少し考えた。


「そなたが何も考えぬ方がよい、という意味ではないぞ」


「分かってる」


「判断を手放すことと、責任を捨てることも違う」


「それも分かってる」


 出発前の条件を一緒に確認した。


 俺にしかできない入口の開閉をした。


 帰還反応を待った。


 帰ってきた二人から報告を受けた。


 今後も第二接続地点を使うかどうか、決める材料を得た。


 何もしていないわけではない。


 ただ、何をどれだけ持つか。


 誰がどこを見るか。


 途中で何を試すか。


 そこまで俺が決める必要はなかった。


「そなたがすべてを決めれば、ほかの者はそなたの答えを待つようになる」


 千代が言う。


「自ら判断できる者へ、毎回命令する必要はない」


「王様っぽい話だな」


「王の仕事を、今まで何だと思っておった?」


「椅子に座って命令する?」


「ヴィオラの相手をする役目と勘違いしておらぬか?」


「私の相手も大事だよ」


「それは王の仕事じゃないだろ」


 ヴィオラが笑った。


 ◇


 その日の作業は、俺が予定を決めないまま続いた。


 ファステは水を分け終えると、食事の準備へ移った。


 途中でリゼに声をかけ、重い容器だけ移動を頼む。


 リゼは武器を置き、容器を運び終えると点検へ戻った。


 レイナは傷んだ持ち手を補修できるか試し、難しい部分だけヴィオラへ相談する。


 ヴィオラは自分にできる箇所を引き受け、飽きる前に終わる範囲だけ作業した。


 千代は水の消費量から、次に補充すべき時期を決める。


 誰かが働きすぎれば、別の誰かが止める。


 分からないことがあれば、全員で考える。


 俺は必要な時に呼ばれた。


「夜斗様、こちらの容器を今後も洗浄用として使用してよろしいでしょうか」


「生活用と間違えないなら」


「印を増やします」


「夜斗、この置き方だと入口を開く時に邪魔になる?」


 ヴィオラに聞かれ、接続地点の表示を開く。


「そこなら大丈夫」


「では、ここへ置きますわ」


 レイナが容器の位置を決める。


 俺が指示しなくても進む。


 それでも、俺の判断が必要な部分ではきちんと聞かれる。


 全部を手放したわけではない。


 必要なところだけ持っている。


 その状態は、思っていたより落ち着いた。


 何もしなくていいのではない。自分がやる必要のないことを任せ、相手が選んだ方法を受け入れられるようになっただけだ。


 ◇


 夕食後、六人分のカップへ紅茶が注がれた。


 ファステが自分のカップを持って席に着く。


 リゼは今日の外出について、気づいた点をもう一度短く報告した。


 レイナは補修した容器について、次回は半量から試すと言った。


 千代は水場への外出を同じ二人へ固定せず、体調と作業に応じて組み合わせを変える案を出した。


 ヴィオラは、自分が行く時には帰還石の袋をもっと取り出しやすくしたいと言った。


 それぞれが、自分で考えたことを話している。誰も俺の答えを待たず、それぞれのやり方で生活を動かしていた。


 任せれば、俺の知らないところで考える。


 戻れば、俺の知らなかったことを教えてくれる。


 その関係が、五人それぞれの魅力と一緒に胸へ刺さった。


 任せた相手が自分の意思で動き、最後にはここへ帰ってくる。その関係を意識すると、安心だけではない熱が生まれた。


『《淫獄石》を950個獲得しました』


『所持《淫獄石》:9,200』


「……増えた」


 表示を見たヴィオラが、すぐ計算する。


「あと八百」


「分かってる」


「次、近いね」


「だからって何かする気はないぞ」


「まだ何も言ってないよ」


「顔が言ってる」


 ヴィオラは否定せず、自分のカップへ口を付けた。


 九千二百個。


 残り八百。


 意識しない方が難しい数字だ。


 けれど、今日の俺は石を増やすために何かをしたわけではない。


 むしろ、自分がやることを減らした。


 それでも生活は進んだ。


 水が増えた。


 容器の問題が見つかった。


 次の改善方法も決まった。


 全員が無事に同じ食卓へ戻った。


「石を増やすために、明日から俺が何もしないというのは?」


「それはただの怠慢じゃ」


 千代が即座に切り捨てた。


「今の話の流れなら、少しくらい認めてくれてもよくない?」


「必要な判断まで手放せとは誰も言っておらぬ」


「やっぱり楽にはならないな」


「楽になるための役割分担ではある」


 リゼが言う。


「だが、何もしなくてよくなるわけではない」


「知ってる」


 俺にしかできないことはある。


 俺がしなくていいこともある。


 その区別が、前より少し分かるようになった。


 ◇


 夜。


 帰還石は、共用部屋の決めた場所へ置かれていた。


 明日は誰が持つのか、まだ決まっていない。


 毎日水を汲みに行くとも限らない。


 必要になった時、その日に動ける者が相談して決めればいい。


 縁が俺の足元へ来る。


 身体を軽く寄せ、そのまま丸くなった。


 俺が指示したわけではない。


 呼んだわけでもない。


 縁が自分でここを選んだ。


 この家にいる五人も同じだ、とまで考えるつもりはない。


 人と動物は違う。


 それでも、命令しなくても近くにいるという点だけは、少し似ていた。


 俺が予定を決めなくても、一日は回った。今日増えたのは水と、彼女たちへ任せても大丈夫だと思える理由だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。