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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第七章 「最低危険度の地下」

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第77話 俺、出なくてよくない?

 翌朝、俺は二つ目の接続地点へ意識を向けた。


 昨日登録した、水場から少し離れた場所。


 《淫獄》の内側から入口を開く。


 境界の向こうに、木々と背の高い草が見えた。


 昨日と同じ場所だ。


 まずは外へ出ず、見える範囲だけを確認する。


 人影はない。


 大きな動物もいない。


 地面に見覚えのない物が置かれている様子もなかった。


「どうだ?」


 後ろからリゼが尋ねる。


「見える範囲には何もない」


「昨日の感覚は?」


 接続地点を登録した瞬間に覚えた、遠くのどこかから見返されたような感覚。


 意識を澄ませてみる。


 何も感じない。


「今日はない」


「なら、昨日の件は保留だ」


「保留ばっかり増えていくな」


「分からないものへ、無理に答えを付けるよりはいい」


 それは分かっている。


 分かっていることと、気にならないことは別だった。


 とはいえ、見返されたような気がしたからといって、何日も水を補充しないわけにはいかない。


 昨日持ち帰ったのは、試すための少量だけだ。


 今日からは、本当に生活用の経路として使えるか確かめなければならない。


「じゃあ、今日はここから水を汲みに行くか」


 入口を閉じ、外出用の荷物へ手を伸ばす。


 持っていく容器は多すぎない方がいい。


 俺とリゼとファステで分けて運べば、一人当たりの負担も減らせる。


 そう考えていたところで、ヴィオラがこちらを見た。


「夜斗も行くの?」


「俺が開けないと帰れないだろ」


「開けるために、そなた自身が外にいる必要はあるのか?」


 千代の言葉で、手が止まった。


「……あれ?」


 昨日、俺は《淫獄》の内側から二つ目の接続地点へ入口を開いた。


 今日も、今そうしたばかりだ。


 一度登録した場所なら、俺が外へ出なくても入口は開けられる。


 水を汲みに行った者たちが戻る時も、俺が《淫獄》側から入口を開けばいい。


「これ、俺は行かなくていいんじゃないか?」


「やっと気づいた」


 ヴィオラが笑う。


「昨日は登録するために俺が行く必要があったんだよ」


「今日は登録しないよね」


「そうだけど」


 反論しようとして、続きが出てこなかった。


「通常の運用まで夜斗が外へ出る必要はなさそうだな」


 リゼが装備を確かめる。


「周囲の確認と護衛は私が行う」


「でしたら、私も参ります」


 ファステが水の容器を持ち上げた。


「必要な量と、運べる量を見てきます」


 二人で行かせる。


 その選択肢を、俺はすぐには口にできなかった。


 俺も一緒に行った方が、安全を直接確認できる。


 水場の様子も見られる。


 何か起きても、その場で《淫獄》を開ける。


 理由はいくらでも出てくる。


 だが、リゼは危険を確認できる。


 ファステは必要な水量を俺より正確に判断できる。


 登録地点まで戻ってくれば、俺は内側から入口を開けられる。


 俺がついていかなければ成立しない仕事ではない。


「……任せていいか」


「ああ。そのために私が行く」


 リゼは迷わず答えた。


 ファステも静かに頷く。


「必要な分を持って戻ります」


 そこで、新しい問題に気づいた。


「待て」


「今度は何だ?」


「二人が帰ってきたことを、俺はどうやって知るんだ?」


 全員が黙った。


 決めた時刻に入口を開けばいい。


 だが、早く戻った場合は外で待たせることになる。


 遅れた場合、俺は何度も入口を開いて確認しなければならない。


 開閉を繰り返せば、その瞬間を誰かに見られる危険も増える。


「時間だけでは雑じゃな」


 千代が言った。


「呼び鈴みたいなのはないの?」


 ヴィオラの一言に、俺は出入口の表示へ意識を向けた。


 昨日、二つ目の接続地点を見つけたばかりだ。


 まだ何か見落としているかもしれない。


「今度こそ全部見る」


「昨日もそうしておればよかったのじゃ」


「昨日気づいたから、今日見てるんだよ」


 表示を一つずつ確認する。


 外界接続地点。


 一つ目と二つ目。


 登録状態。


 開放可能かどうか。


 さらに細かく意識を向けた時、また薄い文字が浮かんだ。


 それまでは読めなかったのではない。


 そこに項目があると、認識できなかった。


『帰還目印:未設定』


「……またあった」


「先に調べよと言ったであろう」


 千代の声が冷たい。


「さっきまで見えなかったんだって」


「本当に?」


 ヴィオラが覗き込む。


「見落としてただけじゃないの?」


「分からない」


 昨日の二つ目の接続地点と同じだった。


 最初から存在していたのか。


 必要になったから見えるようになったのか。


 今の俺たちには区別できない。


「帰ってきたのが分かる物があればいいのに、って思った直後だよな」


 俺が言うと、ファステが表示を見つめる。


「夜斗様の必要へ、《淫獄》が応じているのでしょうか」


「そう見えるけど、まだ決めない方がいい」


 以前から使えた機能を、必要になったことで俺が初めて探しただけかもしれない。


 どちらにしても、今は使える。


 表示から分かる条件を確認した。


 特別な道具を作る必要はない。


 普通の小物を《帰還目印》として登録できる。


 登録された住民がそれを所持し、指定した外界接続地点の一定範囲へ入ると、《淫獄》側へ反応が届く。


 ただし、できるのはそれだけだ。


 入口は自動で開かない。


 持っている者の正確な場所も分からない。


 声も届かない。


 怪我をしているのか、追われているのかも判別できない。


 登録されていない外部の人間が持っても反応しない。


 登録住民が落とし、所持していない状態になっても反応しない。


「……玄関の呼び鈴だな」


「押さなくても鳴るけどね」


「それで帰ってこられるわけではないのじゃろう?」


 千代の確認に頷く。


「鍵じゃない。俺が入口を開けないと入れない」


「安全を保証する物でもない」


 リゼが続ける。


「反応が届いても、追跡者がいないとは限らない」


「そこは手順を決めよう」


 外出組は、接続地点へ近づく前に周囲を確認する。


 尾行や危険がないことを確かめてから、《帰還目印》を持ったまま反応範囲へ入る。


 俺は反応を受けても、すぐには入口を開かない。


 あらかじめ決めた短い時間を置く。


 入口を開けた時に向こう側へ異常が見えたら、通行させず閉じる。


「帰ってきた合図なのに、すぐ開けないのか」


「安全確認の時間が必要だ」


 リゼの答えは明確だった。


「呼び鈴が鳴ったからって、外に誰がいるか確認せず開けないだろ」


「それもそうか」


 帰ってきたことは分かる。


 安全かどうかは分からない。


 便利になったからこそ、できることとできないことを混ぜない方がいい。


 ◇


 目印に使う物は、庭の端にあった小石にした。


 手のひらへ収まる程度の大きさで、表面は比較的滑らかだ。


「これでいいか?」


「あまりにも普通ですわね」


 レイナが石を覗き込む。


「普通だから、なくしても痛くない」


「なくしたら帰還反応が使えなくなるぞ」


「それもそうか」


 リゼの指摘を受け、簡単には紛れないよう表面へ印を付けることにした。


 ヴィオラが補修用の道具を借り、小石へ二本の線を刻む。


「これで、ただの石よりは分かりやすい」


「見た目はまだ石だな」


「石なんだから当然でしょ」


 共用の《帰還目印》として登録する。


『帰還目印を設定しました』


 手の中の石は何も変わらない。


 光らない。


 温かくもならない。


「帰還石、とでも呼ぶか」


 俺が言うと、ヴィオラが小石を摘まみ上げた。


「名前だけ聞くと、持ってれば勝手に帰れそうだね」


「実際は呼び鈴だけどな」


「呼び石ではなく?」


「帰還石でいいだろ。帰る時に使うんだから」


 正式名称は《帰還目印》。


 俺たちの間では、帰還石と呼ぶことになった。


 まずは試験だ。


 リゼが帰還石を持ち、二つ目の接続地点へ出る。


 周囲を確かめてから、俺は入口を閉じた。


 数秒後。


『外界接続地点:二――帰還反応』


「来た」


 すぐには開けない。


 決めたとおり、短い時間を置く。


 それから入口を開いた。


 向こう側には、武器へ手を添えたリゼが立っていた。


 周囲に異常は見えない。


「反応したか?」


「ああ」


 次に、条件を確認する。


 リゼが帰還石を地面へ置き、数歩離れる。


 入口を閉じて待つ。


 反応は届かない。


 もう一度開き、リゼが石を拾う。


 閉じる。


『外界接続地点:二――帰還反応』


「登録住民が持ってないと駄目みたいだな」


 もう一度入口を開き、リゼを迎え入れる。


 帰還石だけを置いても呼び鈴にはならない。


 外部の誰かが拾っただけでも使えない。


 今分かる範囲では、予定どおりの仕組みだった。


「それでは、行ってまいります」


 ファステが空の容器を持つ。


 本番で外へ出るのは、リゼとファステだ。


 帰還石はファステが持つことになった。リゼが周囲を警戒している間も、ファステが指定範囲へ入れば反応を送れる。


 俺が二つ目の接続地点へ入口を開く。


 リゼが先に外へ出て、周囲を確認する。


「異常なし」


 ファステが続いた。


「無理して多く持つなよ」


「はい」


「異常があれば、水は捨てて戻る」


 リゼが言う。


「それでいい。水より二人が戻る方が先だから」


「ああ」


 二人が離れたことを確認し、入口を閉じた。


 外の景色が消える。


 急に、共用部屋が静かになった気がした。


「気になる?」


 ヴィオラがこちらを見る。


「そりゃ気になる」


「だったら行けばよかったのに」


「それだと、任せた意味がないだろ」


 口にしてから、本当にそれでいいのか少し迷った。


 外で何が起きているのか、俺には見えない。


 今どこを歩いているのかも分からない。


 水場へ着いたのか。


 容器を落としていないか。


 動物や人間に遭遇していないか。


 帰還石を持っているだけでは、何も教えてくれない。


「任せるとは、見ぬことでもある」


 千代が記録用の小石を並べながら言った。


「怖い言い方するなよ」


「すべてを己の目で確認せねばならぬなら、それは任せたことにはならぬ」


「何も知らなくていいってことか?」


「任せることと、何も見ぬことも違う」


 以前にも言われた言葉だった。


「出る前に条件を決める。戻った後に報告を受ける。異常があれば次の判断を変える。そなたの役割が消えたわけではない」


「今は待てってことか」


「簡単ではないから、そなたの役割なのじゃ」


 ただ入口の前で立ち続けていても、二人が早く帰ってくるわけではない。


 俺は空いた容器の置き場所を整えることにした。


 レイナは補修した衣類を用途ごとに分ける。


 千代は、昨日までの水の消費量を確認する。


 ヴィオラは縁の前で小石を転がしていた。


「それ、帰還石じゃないよな?」


「違うよ。こっちは普通の石」


「紛らわしいことするなよ」


「印があるから大丈夫」


 縁は転がる石を前脚で止めた。


 少し匂いを嗅ぎ、興味を失ったように伏せる。


 待っている間も、生活は続いた。


 何度か接続地点へ意識を向けた。


 反応はない。


 だからといって、失敗したとは限らない。


 二人はまだ帰還地点へ来ていないだけだ。


 分かっている。


 それでも落ち着かなかった。


 やがて。


『外界接続地点:二――帰還反応』


「来た!」


 反射的に入口を開こうとして、手を止める。


 すぐには開けない。


 そう決めた。


 外では、リゼとファステが接続地点へ入る前に周囲を確認しているはずだ。


 俺は決めた分だけ待つ。


 短い時間のはずなのに、妙に長かった。


「もういい」


 千代の言葉を聞き、入口を開く。


 境界の向こうに、リゼが立っていた。


 武器は抜いていない。


 その後ろにファステがいる。


 二人とも無事だ。


 周囲に人影も見えない。


「入れ」


 リゼが先に通り、ファステが容器を持って続く。


 二人が入った直後、入口を閉じた。


「おかえり」


「ただいま戻りました」


 ファステが微笑む。


 リゼも短く頷いた。


 持ち帰った水を見る。


 思っていたより少ない。


「これだけ?」


 言ってから、責めるような響きになったことに気づいた。


「いや、少ないのが悪いって意味じゃなくて」


「分かっています」


 ファステは困った様子を見せなかった。


「一度に多く運びすぎない方がよいと思いました。水場から接続地点までの距離も、実際に容器を持って歩いて確認したかったので」


「以前のファステなら、持てる限界まで持ってきそうだったな」


 ヴィオラが言う。


 ファステは少しだけ考え、それから頷いた。


「そうしていたかもしれません」


「今日はしなかったんだな」


「はい。また来られますから」


 その答えに、俺は少し止まった。


 一度で全部終わらせなくていい。


 自分が限界まで働かなくても、次がある。


 ファステ自身が、そう判断した。


「……そっか」


「はい」


 帰還石を受け取る。


 二本の印が付いた、ただの小石だ。


 それでも今日は、この石を持った二人が帰ってきたことを俺へ知らせた。


 全員で水を分ける。


 ファステが必要量を見る。


 千代が記録する。


 レイナが容器の傷や漏れを確認する。


 ヴィオラが、帰還反応を受けてから入口を開くまでの手順について気づいた点を挙げる。


 リゼは水場と接続地点の間に、新しい人や大型動物の痕跡がなかったことを報告した。


 俺がしたのは、入口を開いたこと。


 行く者を決めたこと。


 そして、戻ってくるまで待ったこと。


「俺、今日ほとんど何もしてないんだけど」


「入口を開いた」


 千代が言う。


「行く者を決めた」


 リゼが続ける。


「帰る場所を用意しましたわ」


 レイナも加える。


「あと待ってた」


 ヴィオラが笑った。


「最後のやつ、仕事か?」


「私たちは、夜斗様が開けてくださると思って帰ってきました」


 ファステの言葉で、返事が止まった。


 俺がここにいる。


 帰還反応を見落とさない。


 決めた手順で入口を開く。


 それを二人は信じて外へ出た。


 待つことも、何もしないことと同じではないらしい。


 ◇


 補充された水で、ファステが紅茶を淹れた。


 六人それぞれのカップが食卓へ並ぶ。


 俺の前には、ファステと最初の一杯を飲んだ時から使っているカップが置かれた。


「お待たせしました」


「俺、外に出てないのに水が増えて、お茶まで出てきた」


「理想の王様生活?」


「言い方が悪い」


 ヴィオラは楽しそうだった。


 それぞれが自分の役割を果たし、俺は二人が戻るための入口を開いた。


「ですが、また必要になれば行けます」


 ファステが自分のカップを持ちながら言う。


「……また帰ってくる?」


「はい」


 特別な言い方ではなかった。


 当然の予定を答えただけだ。


 それでも、胸の奥へ静かに刺さった。


 それぞれ自分の意思で動きながら、最後には同じ家へ戻ってくる。


 その関係を意識した瞬間、安心とは別の熱が混ざった。


『《淫獄石》を640個獲得しました』


『所持《淫獄石》:7,000』


「……今?」


「また何か刺さった?」


「言い方」


 ヴィオラが表示を覗く。


「ちょうど七千」


 次に必要なのは一万個。


 残りは三千。


 数字だけを見れば、次の召喚がかなり近づいた。


 少し前の俺なら、すぐに残りをどう稼ぐか考えていたかもしれない。


「石を増やすために何かするのは、なしだからな」


「誰に言っておる?」


「自分にも」


「分かっておるならよい」


 千代はそれ以上何も言わなかった。


 食卓の下では、縁が帰還石の匂いを嗅いでいた。


 ヴィオラがそれを見て笑う。


「縁にも一個持たせる?」


「却下」


「即答」


「便利かもしれないだけで、危険な場所へ連れていかないって決めただろ」


 帰還反応が送れるとしても、それは安全になるという意味ではない。


 縁はそんな会話を気にする様子もなく、石から離れて俺の足元へ座った。


 夜。


 帰還石を、共用部屋の決めた場所へ置いた。


 二本の線が付いただけの、小さな石。


 鍵ではない。


 持っているだけで帰れるわけでもない。


 危険を知らせることも、声を届けることもできない。


 それでも今日、この石を持った二人はちゃんと帰ってきた。


 俺は外へ出ず、帰ってきた二人のために入口を開けた。


 それで一日が回ったなら、今日はそれでよかった。

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