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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第七章 「最低危険度の地下」

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第76話 Lv.2って、家が広くなっただけ?



 地下へ行かない朝なのに、俺たちは地下の後始末をしていた。


「今日使う分は足ります。ただ、そろそろ補充した方がよいと思います」


 ファステは並べた容器を一つずつ確認しながら言った。


 飲み水。


 調理に使う水。


 食器を洗う水。


 身体や手を洗う水。


 縁に与える水。


 そして、生活用とは分けて置かれた、地下探索後の装備を洗うための水。


 用途を書き出すだけで、容器がどんどん増える。


 中身は逆に、どんどん減っていた。


「地下へ行かないのに、まだ地下に水を使わされてる……」


「行った事実まで、帰った瞬間に消えるわけではないからの」


 千代は冷静だった。


 その横では、リゼが洗浄済みの武器を改めて確認している。目に見える汚れは落ちていても、安全だと断定できるわけではない。


 隔離した布も、仮保管中の汚水も残っている。


 攻略を保留したからといって、問題まで消えてくれるわけではなかった。


「後始末の方が長いね」


 ヴィオラが水の容器を覗き込む。


「地下へ入ってた時間より長いんじゃないか?」


「比べない方が幸せかも」


 その言い方で、たぶん比べたら不幸になるのだと分かった。


 ファステが残りの水を確認し終え、こちらを向く。


「今日のうちに補充しておけば、生活用には余裕ができます。ただ、洗浄を続けるのでしたら、いつもより多く必要です」


「また運ぶしかないか」


「現状では、そうなります」


 一度に運ぶ量を増やせば、往復回数は減らせる。


 だが、当然重くなる。


 容器を増やすにも金がかかる。水を使う量を減らしすぎれば、今度は衛生面が不安になる。


「運ぶ人数を増やすか」


 俺が言うと、リゼが首を振った。


「人数を増やせば一度の量は増える。だが、全員で毎回外へ出るのも危険だ」


「水場までの道を整えるという手もありますわ」


「それも、勝手に道を作ったと気づかれる可能性がある」


 レイナの案へ、千代が問題を足した。


 何かを楽にしようとすると、別の面倒が増える。


「水場を、もっと近くにできない?」


 ヴィオラが気軽に言った。


「できるなら、俺だってそうしたい」


 答えた瞬間、視界の端で何かが揺れたような気がした。


「ん?」


「どうした?」


 リゼが顔を上げる。


「今、何か出なかった?」


「何も見えなかったが」


「気のせいかな」


 疲れているのかもしれない。


 地下へ行っていないのに。


 いや、後始末をしているのだから、疲れていてもおかしくはない。


「そもそもじゃ」


 千代が俺を見た。


「《淫獄の王》がLv.2となった時、何が変わったのか、そなたはすべて確認したのか?」


「家が広くなった」


「それは見れば分かる」


「個人用の空間ができた」


「ほかは?」


「棚が増えたり、床が少し整ったり……」


「ほかは?」


「……知らない」


 千代が小さく息を吐いた。


「確認しておらぬものを、存在せぬと決めるでない」


「自分の能力なのに、一番知らないね」


「説明書がないんだよ」


 ヴィオラへ言い返しながら、俺は《淫獄》の表示を開いた。


 いつも見るのは石の数と、召喚に必要な量くらいだ。


 今の《淫獄石》は六千三百六十個。


 次の通常《住民召喚》には一万個必要なので、まだ足りない。


 そこから意識をずらし、《淫獄》そのものに関係しそうな表示を探す。


 家の状態。


 生活環境。


 住民の登録。


 そして、出入口。


 そこへ意識を向けた時、薄かった文字がゆっくり輪郭を持った。


『外界接続地点:一』


 その下に、もう一つ。


『外界接続地点:二――登録可能』


「……二つある」


 俺の声に、全員が集まってくる。


「昨日もありましたの?」


 レイナに聞かれたが、答えられない。


「分からない。こんなところまで細かく見てなかった」


「Lv.2になった時からあったのではないか?」


 リゼが表示を見る。


「それも分からない」


「前からあったとも、今生まれたとも決めるでない」


 千代の言うとおりだった。


 少なくとも、今は二つある。


 分かるのはそれだけだ。


「外界接続地点って、どこのことだ?」


 一つ目へ意識を向ける。


 地図も、地名も、座標も表示されない。


 だが、登録されている場所を思い浮かべた時、地下入口の固定前室が頭に浮かんだ。


 石段の下にある小さな空間。


 変動する地下領域との境界より手前。


 俺たちが《淫獄》への入口を開けた場所だ。


「一つ目は、地下の前室だと思う」


「最後に外から入口を開いた場所だな」


 リゼが言う。


 ヴィオラが少し首を傾げた。


「外から入口を開いた場所が、次の出口として残ってたのかも」


「でも、今までは同じ場所へ出ることが多かったよな」


「戻ったあと、別の場所へ出ようとしたことがなかったから、気づかなかったんじゃない?」


「外から開いた地点を、そのまま帰還先として使っていた可能性はある」


 リゼも仮説を足す。


「可能性の話はそこまでじゃ」


 千代が止めた。


「表示で確認できる範囲を調べよ」


 言われたとおり、一つ目の接続地点へ意識を集中させる。


 文字の下へ、新しい情報が浮かんだ。


 詳細な履歴ではない。


 だが、現在の登録地点が、外界側から《淫獄》を開いた場所と対応していることは読み取れた。


 さらに探る。


 Lv.1では、保持できる接続地点は一つ。


 外界から《淫獄》を開くと、その場所が自動的に登録される。


 別の場所から開けば、登録地点が更新される。


 そしてLv.2では、二地点まで保持できる。


 新しい地点を登録する時には、どちらの枠を使うか選べるらしい。


「自由に開けてたんじゃなくて、外で開いた場所が登録されてたのか」


「今までは、一つの枠を知らないまま更新してた?」


「たぶん」


 ヴィオラの問いへ答える。


 過去にどの場所が登録されていたのかは表示されない。


 いつ、どこで更新されたのかも分からない。


 ただ、この仕組みなら今までの経験とは矛盾しない。


「でも、何で今になって二つ目が出たんだ?」


「Lv.2になった時から使えたのではありませんの?」


「Lv.2になってから、もう結構経ってるだろ」


 レイナの疑問へ返す。


 最初から使えたのに、今まで見落としていただけかもしれない。


 そうでない可能性もある。


「必要だと思ってなかったから?」


 ヴィオラが言った。


「機能って、そんな理由で出たり消えたりするのか?」


「《淫獄》が、私たちの暮らしに合わせて少しずつ変わったことはある」


 リゼが室内を見る。


 物を置くために増えた棚。


 使い方に合わせて生まれた小さな仕切り。


 歩きやすくなった段差。


 縁がよく休む場所にできた、浅い窪み。


 どれも大きな変化ではない。


 だが、必要になるより前からあった物でもなかった。


「水を運ぶ負担を減らしたいと、夜斗様が強く思われたからでしょうか」


 ファステが静かに言った。


「……俺が欲しいと思ったから?」


 誰も答えなかった。


 答えを知っている者がいない。


 《淫獄》は欲望と無関係なスキルではない。


 石だって、俺の性的な欲望が刺激された時に生まれる。


 だが、それと家の機能が同じ仕組みで動いているとは限らない。


「考えるのは、試してからでもよかろう」


 千代が表示を指す。


「今は二つ目が使える。それをどう使うかじゃ」


 候補はいくつもあった。


 街方面。


 採取場所。


 以前決めた第一帰還地点。


 水場の近く。


 セリナが帰ってくる可能性を考えた場所。


 何でも登録できるわけではない。


 二枠しかないのだから、何かを選べば、何かは残せない。


「一つ目は前室のままでいいと思う」


 俺は言った。


 地下攻略は保留した。


 それでも接続先が変化した後には、もう一度確認する可能性がある。


 管理標識や巡回の状況を調べる必要も残っている。


 何より、あの場所で《淫獄》を開けることは確認できている。


「妾も同意見じゃ。試すなら、空いている二枠目を使え」


 千代が頷く。


「なら、今一番必要なのは水場か」


 全員の意見も一致した。


 表示から分かる登録条件も確認しておく。


 夜斗本人が現地へ行くこと。


 外界側で《淫獄》を開くこと。


 実際に開放できた地点だけが登録されること。


 未到達の場所や、遠く離れた場所を思い浮かべるだけでは登録できない。


 保持できるのは二地点。


 入口を二つ同時に開くこともできない。


 開閉できるのは俺だけだが、一度開けば住民も通れる。


 変動接続領域では《淫獄》自体を開けなかった。


 当然、そこを登録することもできない。


「便利だけど、俺が行かないと増やせないのか」


「最初の一度くらいは働けということじゃろう」


「厳しいスキルだ」


「かなり甘い方だと思うよ」


 ヴィオラに言われ、反論できなかった。


 ◇


 水場方面へ向かったのは、俺とリゼとヴィオラの三人だった。


 今回は水を大量に持ち帰ることが目的ではない。


 接続地点として使える、安全な場所を探すことが目的だ。


 水辺のすぐ近くは、最初から候補から外した。


「ここなら近いのに」


 水音の聞こえる方向を見ながら、俺は言った。


「動物も近い」


 リゼが地面へ視線を落とす。


 大小いくつもの足跡が残っている。


「水を使うのは、俺たちだけじゃないか」


「増水した時も危ないね」


 ヴィオラが川岸の土を見る。


「それに、人が来たら入口を開くところを見られる」


「水場の近くへ行くために、水場から離れた場所を選ぶのか」


「便利さを少し捨てて、安全を買うんだよ」


 ヴィオラの言葉を聞きながら、周辺を探す。


 最終的に選んだのは、水場から少し歩いた場所だった。


 背の高い植物と木々に囲まれ、外から直接見通しにくい。


 地面は比較的硬く、容器を持って歩いても足を取られにくい。


 一方向を塞がれても、別方向へ逃げられる。


 動物の通り道らしい痕跡も少ない。


 水場の真横より不便だ。


 だが、以前の道を全部歩くよりは近い。


「周囲に人の痕跡はない」


 リゼが戻ってくる。


「今の範囲では、だが」


「試す?」


 ヴィオラが俺を見る。


「試す」


 二枠目を意識する。


 一つ目を上書きしないように。


 地下の前室を残したまま、今いる場所を新しい接続地点にする。


 《淫獄》への入口を開いた。


 何もない空間に境界が生まれ、見慣れた家の内側が現れる。


『外界接続地点:二を登録しました』


 表示が出た瞬間、胸の奥から、外へ細い何かが伸びた。


 自分の中にあったものが、この世界へ根を下ろしたような感覚。


 その直後。


 遠くのどこかで、一瞬だけ見返されたような気がした。


「……っ」


「どうした?」


 リゼがすぐ周囲を見る。


「今、誰かに見られたような……」


 俺も辺りを確認する。


 木々。


 草。


 水音。


 人影はない。


 気配も分からない。


「どっちから?」


 ヴィオラに聞かれたが、答えられなかった。


「分からない。遠くからって感じだけで、方角も何も」


「敵意は?」


「それも分からない」


 そもそも、本当に誰かがいたのか。


 接続地点を登録した時の感覚を、俺が勝手に誰かの視線だと思っただけかもしれない。


 その感覚は、もう消えていた。


「一度戻るぞ」


 リゼが言った。


「異常を感じたなら、予定どおり進める必要はない」


「でも、周囲には何も――」


「分からないから戻る」


 迷ったのは一瞬だった。


「分かった」


 俺たちは、そのまま開いている入口を通って《淫獄》へ戻った。


 入口を閉じる。


 ファステたちへ登録そのものは成功したことと、直後に妙な感覚があったことを伝えた。


「誰かに見られた、というのは確かなのですの?」


 レイナが尋ねる。


「分からない。そう感じただけ」


「ならば、事実と感覚を分けておくべきじゃな」


 千代が整理する。


 確認できた事実は、二つ目の接続地点を登録できたこと。


 登録の瞬間、俺だけが異常な感覚を覚えたこと。


 誰かがいたかどうかは不明。


 敵意も、正体も、方角も分からない。


「今日はやめますか?」


 ファステが心配そうに聞く。


「往復できるかだけ、ここから試したい」


「外へ出るのか?」


 リゼが確認する。


「入口を開いて、向こうがさっきの場所かを見る。危なそうなら出ない」


 それなら予定の範囲内だと判断した。


 俺は内側から二つ目の地点を選ぶ。


 入口を開く。


 向こう側には、先ほどまで立っていた外界の景色が現れた。


 木々の位置も、地面の形も同じ。


 人影はない。


「……出られそうではある」


「今日は見るだけにしておけ」


 リゼの言葉に従い、外へは出ない。


 一度入口を閉じる。


 登録は成功している。


 内側から同じ場所へ開くこともできた。


 安全を確認できたとは言えないが、機能そのものは使えるらしい。


「ようやくLv.2らしいことをしたね」


「家が広くなっただけじゃなかった」


「使えることと、安全に使えることは別じゃ」


 千代が念を押す。


「次に使う時も、必ず周囲を確認せよ。先ほどの感覚も忘れるでない」


「分かってる」


「最近、その返事が増えたね」


「確認事項が増えたからだよ」


 水場への本格的な運用は、翌日以降に回すことになった。


 妙な感覚があった直後に、何度も出入りする必要はない。


 それでも、登録地点から持ち帰った少量の水は残っている。


 ファステがそれを用途別の容器へ移した。


 飲用には回さず、まずは洗浄用に分ける。


 容器を置いた時、その下で床がわずかに動いた。


「また?」


 俺たちが見ている前で、床の一部が平らになる。


 容器が安定して置ける程度の小さな変化。


 さらに周囲へ浅い縁が生まれ、水をこぼしても一気に広がりにくい形になる。


 空気の流れも、ほんの少し変わった気がした。


『生活環境を微細調整しました』


「そこまでやるなら、水を出してくれてもいいのに」


「欲張り」


「欲望で動くなら、欲張ってもよくない?」


 ヴィオラへ言い返したものの、自分の言葉が少し引っかかった。


 欲望で動く。


 本当に、そうなのだろうか。


 俺たちが物を置いたから、置きやすい床になった。


 水を運ぶのが大変だと思ったから、二つ目の接続地点が使えるようになった。


 偶然かもしれない。


 Lv.2になった時から使えたのに、今まで俺が見つけられなかっただけかもしれない。


 まだ、どちらとも決められなかった。


 縁が新しく運び込まれた水へ近づく。


 鼻先を動かし、容器の匂いを嗅いだ。


 知らない匂いでもしたのか、一度離れる。


 俺が床へ座ると、少しして戻ってきた。


 身体の側面を俺の足へ軽く触れさせ、そのまま座る。


 今回は、壁も床も見ていない。


 耳を立てることもない。


 ただ、いつもの場所へ戻ってきただけだった。


 俺も、毛へ触れようとはしなかった。


 近くにいるなら、それでいい。


 夜。


 俺は《淫獄》の表示をもう一度確認した。


 一つ目は、地下入口の固定前室。


 二つ目は、水場から少し離れた場所。


 地下攻略は保留したまま。


 汚水の処分方法も分からない。


 水が勝手に湧くようになったわけでもない。


 二つ目の地点を、本当に安全に使い続けられるかも分からない。


 それでも、使える可能性は増えた。


 Lv.2になって、家は広くなった。


 それだけだと思っていた。


 実際には、帰る場所を二つ覚えられるようになっていたらしい。


 どうして今になって使えるようになったのかは、分からない。


 俺たちに必要になったからなのか。


 俺が、そうしたいと強く思ったからなのか。


 登録した瞬間に感じた、遠くから見返されたような感覚も気になっている。


 ただ、今日はもう確かめようがない。


 二つ目の帰り道はできた。


 実際に使い続けるかは、明日また考える。


 今は、それで十分だった。

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