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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第六章 「最初の一杯とそれぞれのカップ」

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第70話 同じカップじゃなくていい

 三人が街へ出る朝、共用部屋の卓には一枚の紙が置かれていた。


 書かれているのは、今回探す物と四人の希望だ。


 リゼは丈夫さ。レイナは口当たりと仕上げ。千代は倒れにくさと深い色。ヴィオラは変わった柄、できればコイン模様を望んでいる。


 最後の一文には、俺が横から線を引いていた。


 その下に、ヴィオラがもう一度書き足している。


『コインの模様も候補』


 さらに俺が、


『賭け事に関係しない物を優先』


 と追加した。


 そしてヴィオラが、


『模様に罪はない』


 と返した。


「買い物の記録で会話するな」


 千代が呆れたように言った。


「夜斗が先に消したんだよ」


「却下しただけだ」


「本人の希望を尊重する話だったのに」


「共同資金で賭博用品を増やさない話でもある」


「カップだよ?」


「お前が使うと賭博用品になりそうなんだよ」


 ヴィオラは紙を畳み、自分の小袋へ入れた。


「実際に見てから決めるよ。高かったら買わない。それでいいんでしょ?」


「うん」


 欲しい物があることと、必ず買うことは違う。


 今の共同資金には限りがある。


 今回は街で短期仕事をして、その報酬をどう分けるか決めてから買い物をする予定だった。


「茶葉を入れる容器も、お願いいたします」


 ファステが、小さな布袋に入った茶葉を確認しながら言う。保存条件は前日にレイナへ伝えてある。


「実物を確認してまいりますわ」


「縁の器は?」


 俺が尋ねると、千代が記録を見た。


「まずは水用じゃ。今の器は軽すぎる。餌用まで同時に買うかは、値段を見て決めよ」


「正式に飼うと決めてないのに、専用の器を買うんだね」


 ヴィオラが言う。


「一時保護中であっても、水は飲む」


「はいはい」


 縁は自分の話をされているとも知らず、庭へ続く入口の近くで尾を揺らしていた。


 出発するリゼが荷物を背負う。


 保存容器を優先し、残った資金でカップと縁の水入れを見る。高ければ、どれも無理には買わない。


「分かりましたわ」


 レイナは少し楽しそうだった。


 自分のカップを選ぶだけではない。


 店に並ぶ物の品質を見て、全員の希望と予算を合わせる。


 それが、今の彼女の役割になっている。


 リゼが荷物を背負い、三人を送り出す。俺は周囲の安全を確かめてから《淫獄》への入口を閉じた。


     ◇


 リゼたちが街へ到着したのは、以前と大きく変わらない時間だった。


 決めていた経路を使い、周囲を確認してから人の流れへ混ざる。


 今回も三人は、最初から買い物へ向かわなかった。


 まずは短時間で終わる仕事を探す。


 持っている金だけで買うこともできる。


 しかし、共同資金を減らし続ければ、いずれ何も買えなくなる。


 外から物を持ち帰るなら、外で使える金も少しずつ増やす必要があった。


 三人が見つけたのは、荷車から店舗裏の保管場所へ商品を移す仕事だった。


 布の束。


 木製の器。


 小さな金属製品。


 乾燥させた食料。


 運ぶ距離は短いが、数が多い。


 リゼは最初に報酬を確認した。


「この量を全部運んで、この額か?」


「ああ。割った物は報酬から引く」


「終わったあとの追加は?」


「ない。増やすなら先に言う」


「分かった」


 ヴィオラが荷車の中を見る。


「壊れやすい物は?」


「箱に印がある。それは二人で運べ」


 レイナは店の裏口から保管場所までの通路を確認した。


「この布は、地面へ直接置かない方がよろしいですわね」


「汚したら困るからな」


「でしたら、先に置き場所を空けた方が早いですわ」


 三人は、すぐには荷物へ手をつけなかった。


 何をどこへ置くのか。


 どれが重く、どれが壊れやすいのか。


 先に順序を決めてから動き始める。


 リゼが重い物を運び、ヴィオラが荷物の流れを整理し、レイナが品物の状態と置き方を確認する。


 作業は予定より早く終わった。


「三人とも、前にもこういう仕事を?」


 雇い主が尋ねる。


「似たことは何度か」


 ヴィオラが答えた。


 嘘ではない。


 街での短期仕事は、すでに初めてではなかった。


 報酬を受け取る。


 以前より大きな額ではない。


 それでも、今日の買い物へ使える分は増えた。


 人通りの少ない場所まで移動してから、三人は硬貨を分けた。


「最初に決めたとおりですわね」


 レイナが確認する。


 報酬の一部は共同資金へ。


 残りは、働いた三人がそれぞれ持つ。


 全額を共同の物にする必要はない。


 共同生活のために働いた部分と、自分で使い道を選べる部分を分ける。


「自分のカップで基準を超えた分は、ここから出せばいいんだね」


 ヴィオラが自分の取り分を小袋へ入れる。


「そこまでしてコイン柄が欲しいのか?」


「実物を見てから決めるよ」


「買う気ではいるんだな」


 三人は器を扱う店へ向かった。


     ◇


 店には、棚いっぱいに器が並んでいた。


 木製。


 素焼き。


 釉薬のかかった物。


 金属製。


 形も色もばらばらだ。


「これだけあると、逆に面倒だな」


 リゼが言った。


「選べるというのは、そういうことですわ」


 レイナは手近なカップを持ち上げ、縁の厚さを指で確かめた。


 次に表面を見る。


 底へ置き、わずかに揺らす。


「これは安定していますけれど、内側の仕上げが粗いですわね。汚れが残りやすそうです」


「飲めればいいんじゃないのか?」


「毎日洗う物ですのよ。手入れしにくければ、結局使わなくなりますわ」


「なるほど」


 リゼは素直に頷き、自分でも器を手に取った。


 持ち手へ指を通す。


 軽く力をかける。


「これは細いな」


「乱暴に扱えば割れますわ」


「普通に持っただけだ」


「あなたの普通を基準にしてはいけません」


 ヴィオラは二人から離れ、模様のある器を探していた。


「これ、丸い模様だよ」


 持ち上げたカップには、小さな輪がいくつも描かれている。


「コインではありませんわね」


「見る人によってはコインに見える」


「花ではないか?」


 リゼが言う。


「丸ければいいんだよ」


「希望が雑になっておるぞ」


 その場にいない千代の声が聞こえた気がした。


 値札を確認したヴィオラは、少し考える。


 共同資金から出す基準額より、わずかに高い。


「差額は自分で出すのですの?」


「うん。これなら高すぎないし」


「本当にそれでよろしいのですか?」


「毎日使うなら、見て面白い方がいいからね」


 ヴィオラは自分の取り分から差額を出すことにした。


 リゼが選んだのは、厚手で持ち手の大きな灰色のカップだった。


 表面には細い青色の線が一本だけ入っている。


「印もあるな」


「これで十分だ」


 共同資金の基準内。


 丈夫さも、持ちやすさも問題ない。


 レイナは時間をかけて、淡い乳白色のカップを選んだ。


 リゼの物より少し薄く、縁の部分が滑らかに仕上げられている。


 装飾は控えめだったが、表面に小さな葉の模様がある。


「これにしますわ」


「もっと高い物を見ると思ってた」


 ヴィオラが言う。


「高ければよいわけではありません。この価格で、この仕上げなら十分ですわ」


 レイナのカップも基準額に収まった。


 最後は千代の分だった。


 底が広く、倒れにくい物。


 黒か深い赤。


 三人で探した結果、深い赤色のカップが見つかった。


 装飾はほとんどなく、下へ向かうほど少し広がっている。


 卓へ置いて軽く触れても、簡単には傾かない。


「これなら記録の横へ置いても倒しにくいな」


 リゼが確認する。


「色も希望どおりですわ」


「千代、何でもいいって言いながら、意外と注文が多かったね」


「本人の前で言うなよ」


 四つのカップが決まった。


 同じ棚から選んだ物ですらない。


 大きさも色も、形も違う。


 だが、誰が使う物かは一目で分かった。


     ◇


 次に、茶葉の保存容器を探した。


 レイナはファステから預かった条件に沿って、匂い移りと手入れのしやすさを確かめる。


 完全に密閉できる物は高かった。


 そのため、三人は比較的小さな蓋付きの容器を選んだ。


 茶葉の量にも合っている。


 少なくとも、布袋のまま棚へ置くよりはいい。


「最初にこれを確保できたなら、残りはどうする?」


 リゼが手元の硬貨を確認する。


 四人分のカップと保存容器。


 共同資金には、まだ少し余裕がある。


「縁の器を見ましょう」


 レイナが言った。


「水用だけだな」


 三人は、浅く底の広い器を探した。


 倒れにくく、縁が顔を入れても深すぎない物。


 候補は見つかった。


 しかし、手に取ったレイナが眉を寄せる。


「内側に小さなひびがありますわ」


「水が漏れる?」


「今は漏れなくても、長くは使えないかもしれません」


 ほかの物は値段が高いか、深すぎる。


「今日は見送る?」


 ヴィオラが尋ねる。


「ああ」


 リゼが即答した。


「今の器も、動きやすいだけで使えないわけじゃない。悪い物を急いで買う必要はない」


「賛成ですわ」


 縁用の器は買わなかった。


 餌用も含め、次回以降へ持ち越す。


 必要な物をすべて買えたわけではない。


 それでも三人の荷物には、四つのカップと茶葉の保存容器が入った。


 帰る前に追跡の有無を確認し、予定していた経路を使って街を離れる。


 余計な噂は追わない。


 知らない若者を見かけても近づかない。


 今日の目的は、生活用品を選び、無事に持ち帰ることだった。


     ◇


 第一帰還地点で三人を迎えた時、最初に目へ入ったのは、リゼが抱えている包みだった。


「買えた?」


「一部はな」


「一部?」


「縁の器は見送った。条件に合う物がなかった」


「なるほど」


 全部買えなかったことより、合わない物を買わずに戻ったことへ安心した。


「カップは?」


 俺が尋ねると、ヴィオラが自分の荷物を軽く叩く。


「四つともあるよ」


 周囲に人がいないことを確認してから、《淫獄》への入口を開く。


 三人が中へ入り、俺も続いた。


 家へ戻ると、ファステと千代が共用部屋で待っていた。


 縁も、入口の開く気配に反応したのか庭から顔を出す。


「お帰りなさいませ」


「ただいま」


 包みを卓上へ置く。


 最初に取り出されたのは、茶葉の保存容器だった。


 ファステが蓋を開け、内側の匂いを確認する。


 指で表面をなぞり、布で拭きやすいか確かめる。


「これなら、今よりずっとよいと思います」


「完全には閉じないけどね」


「今ある茶葉の量でしたら、十分です。ありがとうございます」


 ファステはすぐに茶葉を移さなかった。


 一度容器を洗い、完全に乾かしてから使うらしい。


 次に、四つのカップが並べられた。


 灰色に青い線。


 淡い乳白色に、小さな葉。


 深い赤。


 丸い模様。


 本当に、全部違う。


「これはリゼだな」


「なぜ分かる?」


「一番頑丈そうだから」


「正解だ」


「こっちはレイナ」


「もちろんですわ」


「赤いのが千代」


 千代は手に取り、底を確かめた。


 卓へ置く。


 軽く触れてみても、ほとんど揺れない。


「悪くない」


「気に入った?」


「実用に足ると言っておる」


 気に入ったらしい。


「じゃあ、残りがヴィオラ」


「見て。コイン柄」


「花だろ、これ」


「私がコインだと思えばコインだよ」


「急に本人の解釈が強くなったな」


「自分のお金で差額を払ったからね」


 ヴィオラは得意そうにカップを持ち上げる。


「差額?」


 俺が尋ねると、レイナが今日の報酬の分け方を説明した。


 一部を共同資金へ。


 残りを三人の取り分へ。


 共同資金の基準を超えた分は、欲しい本人が負担した。


「もう運用してきたんだ」


「先に決めた考え方を、そのまま使っただけですわ」


「問題あった?」


「ありませんでした」


 レイナは自分のカップを撫でる。


「基準額の範囲でも、十分に良い物は選べましたから」


 自分たちで働き。


 報酬を分け。


 共同生活に必要な物と、自分の希望へ使う物を区別する。


 そして、買わない方がよい物は持ち帰らない。


 俺が街へ行かなくても、その判断は進んでいた。


「縁の器は?」


 千代が尋ねる。


「よい物がなかった」


 リゼが答えた。


「ひびのある物を急いで買うより、今の器を使い続けた方がいい」


「うむ。それでよい」


 千代も異論なく頷いた。


 縁は自分の器が買われなかったことなど知らず、俺の足元まで来て座る。


「お前のは次だって」


 声をかけると、耳だけがこちらへ向いた。


「本人は不満なさそうだね」


「話が分かってないだけだろ」


「正式に飼うと決めていないのに、次の買い物が決まったね」


「必要な物を検討しているだけじゃ」


 千代の返答は前と同じだった。


     ◇


 その日の午後、ファステが新しいカップを洗った。


 買ったばかりの器を、いきなり全員で使う。


 茶葉はまだ保存容器へ移していない。


 容器を乾かす間、残っている茶葉で紅茶を淹れた。


 俺とファステのカップ。


 リゼの灰色。


 レイナの乳白色。


 千代の深い赤。


 ヴィオラの丸い模様。


 六つが卓上へ並ぶ。


 色も形も揃っていない。


 同じ家で使う食器としては、統一感がない。


 それなのに、前よりずっと、この家に合っているように見えた。


「持ちやすいな」


 リゼが自分のカップを確かめる。


「こちらは口当たりも問題ありませんわ」


 レイナは一口飲み、満足そうに頷いた。


「倒れにくい」


 千代はカップの隣で記録を開いている。


「やっぱりコインに見えるよね?」


 ヴィオラが俺へ模様を向ける。


「花だよ」


「夜斗は想像力がないなあ」


「賭け事に寄りすぎなんだよ」


 ファステは、六人のカップを順番に見た。


「皆様、違うのですね」


「同じ物を選ばなかったからな」


「はい」


 彼女は自分のカップへ両手を添える。


「ですが、とてもよいと思います」


 全員が違う物を使っている。


 それぞれが、自分の欲しい条件を考えた。


 街へ行かなかった者の希望も、行った三人が持っていった。


 選ぶ者と、選択を預けた者。


 買った者と、それを待っていた者。


 一人ひとりの違いが、六つ並んだことで一つの光景になっている。


 その関係と、カップを手にした五人の姿が重なり、俺の性的な好みへ静かにつながった。


『《淫獄石》を350個獲得しました』


『所持《淫獄石》:4,610』


「出たね」


 ヴィオラがすぐに反応する。


「今回は服じゃないぞ」


「知ってるよ。カップを持った女が好きなんでしょ?」


「そういう単純な話にするな」


「では、何がよかったのじゃ?」


 千代に聞かれ、俺は卓上を見る。


「全員、違うところ?」


「説明が足りぬ」


「俺にもよく分からないんだよ」


 ただ、同じ物を持たせたかったわけではない。


 皆が自分で選んだ物を、この家の中で使っている。


 その光景が思った以上に刺さった。


「夜斗様」


 ファステが穏やかに笑う。


「次は、縁の器ですね」


「まだ増やすの?」


 ヴィオラが尋ねる。


「必要な物ですから」


「正式に飼ってないのに?」


「一時保護中でも、毎日使います」


 ファステまで千代と同じ答えになっていた。


 足元では、縁が昨日までと同じ軽い器から水を飲んでいる。


 飲むたびに、器が少しずつ動く。


「次は、ちゃんとしたのを探そうな」


 俺が言うと、縁は水から顔を上げた。


 返事はない。


 それでも、逃げることなく俺の足へ身体を寄せ、そのまま座った。


 棚には、六つのカップが並んだ。


 同じ物は一つもない。


 誰の物か、見ればすぐに分かる。


 家の中へ物が増えるというのは、ただ便利になることではないらしい。


 そこに暮らす誰かの違いが、目に見える形で残っていく。


 揃っていない。


 だからこそ。


 六つ並んだその棚は、前より少しだけ俺たちの家らしく見えた。


あとがき


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


と思ったら


作品下にある★から、作品の応援お願いいたします。


《pt》をいただけると、大変励みになります。


反応があると嬉しいので


面白くても、つまらなくても、

正直に感じた気持ちを《コメント》していただけると、ありがたいです。



《レビュー》などいただけると、すごく喜びます。



また誤字脱字ありましたら、教えていただけると大変ありがたいです。


《ブックマーク》もいただけると本当にうれしいです。


何卒よろしくお願いいたします。 (*'▽')

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