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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第六章 「最初の一杯とそれぞれのカップ」

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第67話 茶葉を買いに行こう

「今回は買える?」


 共用部屋の床へ並べられた硬貨を見ながら、俺は千代へ尋ねた。


 前回までの街訪問で得た共同資金。


 塩や針、糸、布、補修用品を買ったため、最初より枚数は減っている。


 それでも、全部なくなったわけではない。


「塩には、まだ余裕がある」


 千代が備蓄の記録を確認する。


「補修用品も、今すぐ追加せねばならぬ状態ではない。少量の茶葉を買っても、生活を崩さぬ程度には残るじゃろう」


「じゃあ買える?」


「買うことを選べる、と言うべきじゃな」


「似たようなものじゃない?」


「違う」


 千代は硬貨を種類ごとに分けた。


「次の街訪問で仕事を得られる保証はない。茶葉を買えば、共同資金が減ることに変わりはない」


 それでも、買った瞬間に必需品が足りなくなる状態ではない。


 ファステが自分で選んだ、飲みたい紅茶。


 そのための茶葉を、ようやく購入候補へ入れられる。


「じゃあ、今回は茶葉を買いに行こう」


 言葉にすると、ファステが小さく目を見開いた。


     ◇


 今回街へ行くのも、リゼ、ヴィオラ、レイナの三人になった。


 リゼは安全と撤退判断。


 ヴィオラは値段と交渉。


 レイナは茶葉や道具の品質を見る。


 ファステ本人は同行しない。


「本人が行けた方が確実なんだけどな」


「確実さより安全を取る」


 リゼが言う。


 街と、ファステが以前暮らしていた場所の関係はまだ分からない。


 顔を知る者がいる可能性も否定できなかった。


「お願いします」


 ファステは三人へ頭を下げた。


 行けないから諦めるのではない。


 自分で選んだ希望を、三人へ預ける。


「強い香りではなく、穏やかな物をお願いします」


 ファステが選択基準を伝える。


「湯を注いだ時に、少し甘く感じる香りがあれば。葉が極端に崩れておらず、湿気た匂いがしない物がよいと思います」


「量は?」


 ヴィオラが聞く。


「一度にたくさんは必要ありません。まずは少量で十分です」


「保存状態も確認しますわ」


 レイナが答える。


「以前見た中価格帯の物を中心に、香りと葉の状態を見ます」


「値段と量は私が見る」


 ヴィオラが続く。


「危険があれば、買い物ごと止める」


 最後にリゼが言った。


 役割は決まっている。


 あとは任せるだけだ。


「ファステが欲しいって言ったやつを買ってきて」


 俺の言葉に、ファステが振り返った。


「私が、欲しいと……」


「違った?」


「いいえ」


 ファステはゆっくり首を振る。


「それで合っています」


 これまで街へ行く目的は、共同生活に必要な物が中心だった。


 塩。


 補修用品。


 針と糸。


 暮らすために必要な物。


 今回は、その中へ一人の住民が自分で選んだ嗜好品が加わった。


     ◇


 三人は前回までと同じ手順で街へ入り、尋ねられたことへ必要な範囲だけ答えた。


 問題なく街へ入ると、まず短時間で終わる仕事を探した。


 見つけたのは、荷物の仕分けと軽い運搬だった。ヴィオラが仕事量と報酬を確かめ、リゼが実際の荷物を見る。


 レイナも品物の数を確かめる仕事なら手伝える。


「受ける?」


 ヴィオラが二人へ確認する。


「ああ」


「問題ありませんわ」


 三人は仕事を引き受けた。


 大金にはならない。


 それでも、茶葉を買った後に共同資金を少し残しやすくなる。


     ◇


 仕事を終え、約束どおりの報酬を受け取った三人は、以前確認した茶葉の店へ向かった。


 店には、香りも値段も違う茶葉が並んでいる。


 最も安価な茶葉。


 中程度の価格の茶葉。


 現在の共同資金では手を出しにくい、高価な茶葉。


 店の者へ許可を取り、レイナが安価な茶葉を確認する。


「香りは弱いですわね」


 葉も細かく崩れている。


 飲めない物ではない。


 だが、ファステが希望した茶葉とは少し違う。


 高価な茶葉は、袋を開けた時点ではっきり分かるほど香りが強かった。


 状態もよい。


「こちらなら間違いない?」


 ヴィオラが聞く。


「品質はよいと思います。でも、ファステが望んでいた穏やかな香りとは違いますわ」


「値段も穏やかじゃないね」


 共同資金で買えなくはない。


 しかし、ほとんどを使い切ることになる。


 三人は最後に、中価格帯の茶葉を確認した。


 レイナが、袋の近くで静かに息を吸う。


「これが一番近いと思いますわ」


 強すぎない香り。


 その奥に、わずかな甘さがある。


 葉の形も比較的残り、湿気た匂いはしない。


「ファステが言っていた条件には合っている」


「値段も、予定の範囲だね」


 ヴィオラが硬貨を確認する。


 少量で売れるか。


 最低量はどれくらいか。


 以前見た時から価格が変わっていないか。


 一つずつ店の者へ尋ねる。


 無理に値切ることはしない。


 試すには足りる。


 しかし、長く備蓄できるほど多くはない。


 その程度の量を購入することにした。


「本人がいないのに、これで決めていい?」


 硬貨を渡す前に、ヴィオラが聞いた。


「本人から基準を預かっていますもの」


 レイナが答える。


「完全に同じかは、ファステ本人が確かめるまで分かりません。でも、周囲だけで勝手に決めたわけではありませんわ」


「合わなければ、次に変えればいい」


 リゼも茶葉を見る。


「一回で正解を選ぶ必要はない」


 ファステ自身も、自分の好みを探し始めたばかりだ。


 今回の茶葉が、想像した味と違う可能性もある。


 それなら次に選び直せばいい。


 買い物も、ファステの自己選択の続きだった。


     ◇


 茶葉を購入した後、三人はカップを扱う店へ向かった。


 粗い作りの日用品。


 装飾の少ない陶器。


 細かな模様の入った高価な品。


 選択肢はいくつもある。


 レイナは形と表面を確認し、シンプルなカップを二つ選んだ。


 高級品ではない。


 しかし、飲み口の形が大きく歪んでおらず、二つを並べても違いが少ない。


「二つだけ?」


 ヴィオラが尋ねる。


「最初に必要なのは二つなのでしょう?」


 レイナが答えた。


「全員分は後か」


「今は共同資金を残す方が先ですわ」


 最終的には、六人分を揃えたい。


 だが、それを一度の買い物で達成する必要はない。


 今回必要なのは、最初の一杯を飲むための二つだった。


     ◇


 帰る途中、以前と同じような噂が聞こえた。


「また、あの若い連中が訓練していたらしい」


「剣を使う男たちか?」


「魔法の娘も一緒だ」


 三人は足を止めない。


 直接見に行かない。


 誰のことか尋ね回ることもしない。


 今日の目的は、茶葉を買い、《淫獄》へ無事に持ち帰ることだった。


     ◇


 決めた時間帯。


 俺は第一帰還地点で三人を待っていた。


 前回よりは落ち着いている。


 それでも、木々の間から三人の姿が現れた時には、身体の力が少し抜けた。


「買えたよ」


 ヴィオラが小さな袋を持ち上げる。


「茶葉?」


「それと、もう一つ」


 包みの中身までは見せない。


 リゼが周囲を確認する。


「尾行なし」


 レイナも帰ってきた方向を見る。


 不自然な物音や人影はない。


 安全を確認してから、俺は《淫獄》への入口を開いた。


     ◇


「お帰りなさいませ」


 ファステが三人を迎えた。


 すぐに買った物を求めるのではなく、まず全員が無事に戻ったことを確認する。


「ありがとうございます。皆様、ご無事で何よりです」


「頼まれた物もあるよ」


 ヴィオラが茶葉の袋を差し出した。


 ファステは両手で受け取る。


 袋を開き、香りを確かめた。


 少しだけ目を閉じる。


 誰も急かさなかった。


「どう?」


 俺が尋ねる。


「……近いです」


「近い?」


「私が想像していた香りに、とても近いと思います」


 完全な正解とは言わない。


 まだ飲んでいない。


 湯を注いだ時にどう香るかも、味がどうなるかも分からない。


 それでも、ファステが自分で選んだ基準に沿う物が届いた。


「三人とも、ありがとうございます」


「ファステが選んだ条件を使っただけですわ」


 レイナが言う。


「私たちだけで決めたわけではありません」


 自分の希望を三人へ預ける。


 三人がそれぞれの役割を使って選ぶ。


 そしてファステが、自分の欲しい物として受け取る。


 一人の嗜好を、全員で生活の中へ持ち込もうとしている。


 その関係が俺の性的な好みへつながり、静かに刺さった。


『《淫獄石》を90個獲得しました』


『所持《淫獄石》:2,760』


「買い物成功で90個」


 ヴィオラが表示を見る。


「茶葉に反応したわけじゃない」


「分かってる。選び方の方でしょ?」


「最近、説明しなくても理解されるのが怖い」


     ◇


「それから、もう一つ」


 レイナが包みを開いた。


 中から、二つのカップが現れる。


 装飾はない。


 色も形も素朴だ。


 それでも、今まで使っていた簡易容器より、紅茶を飲むための器らしく見えた。


「二つ……」


 ファステが呟く。


「本当に買ってきたんだ」


「必要と言ったのは夜斗でしょう?」


 ヴィオラに言われる。


「そうだけど」


 二つのカップ。


 俺の分と、ファステの分。


 最初の一杯を一緒に飲むための物。


 今度は通知が出なかった。


 約束が実現するのは、まだ次だ。


     ◇


「じゃあ、今飲む?」


 俺が尋ねた。


 茶葉はある。


 カップも二つある。


 湯を沸かせば、今日中に飲むこともできる。


 しかしファステは、少し考えてから首を振った。


「明日にしませんか?」


「明日?」


「茶葉の量を確かめ、今ある道具でどのように淹れるか考えたいのです」


 温度を正確に測る物はない。


 茶葉を量る専用の道具もない。


 葉を濾す方法も工夫する必要がある。


「最初の一杯ですから、急ぎたくありません」


「分かった」


「ちゃんと待てるんだ」


 ヴィオラが言う。


「紅茶だからな」


「ガチャだったら?」


「今その話はしてない」


     ◇


 茶葉は、新しく増えた棚へ置かれた。


 空だった簡易容器へ、すぐ移すことはしない。


 ファステが保存に向いているかを確認してから決める。


 二つのカップも、その隣へ並べられた。


 六人分には足りない。


 本格的な紅茶の道具もない。


 まだ一杯も淹れられていない。


 それでも、空だった場所に茶葉が届いた。


 カップも二つある。


 明日。


 その言葉だけで、今日は十分だった。

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