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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第五章 「外の世界は面倒が多い」

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第63話 安いだけじゃ、駄目ですわ

「次は、何を買う?」


 千代が共用部屋の床へ、残っている硬貨を並べた。


 前回リゼとヴィオラが街で稼ぎ、塩と補修用品を買った残りだ。


 共同資金として保管することは決めた。


 問題は、限られた硬貨を何へ使うかだった。


「塩は追加したいです」


 ファステが言う。


「今ある量だけでもお料理には使えますが、保存や下処理を試すには足りません」


「補修用品も、予備があった方がいい」


 リゼが続ける。


「針と糸も必要ですわ」


 レイナが自分の袖へ触れた。


「今ある衣服を長く使うためにも、早めに用意した方がよいと思います」


「布、保存容器、茶葉も候補じゃな」


 千代が一つずつ記録する。


「金が増えたら、欲しい物も増えたな」


「金が増えたのではない」


 千代が床の硬貨を見る。


「選択肢が増えたのじゃ」


 正確には、使える硬貨はそれほど多くない。


 全部買うことはできなかった。


     ◇


「布や針を見るのでしたら、わたくしも行った方がよいですわ」


 レイナが言った。


 最初に街へ行った時は、リゼとヴィオラが問題なく街へ入れるか確認すること自体に意味があった。


 買い物は少量の塩と補修用品だけ。


 二人はほかの品物の価格も確認したが、その品質までは詳しく判断できていない。


「安ければいいってわけじゃない?」


「安くてすぐ駄目になる物は、高い買い物ですわ」


 レイナは迷わず答えた。


「今回は、何を買うかより、何を買わないか判断できる者が必要じゃな」


 千代が頷く。


 同じ布や針でも、値段だけでなく用途に合う品質を見なければならない。


「三人に増えて目立たないか?」


「二人よりは目につく」


 リゼは正直に答えた。


「でも、三人組というだけで止められる理由はなさそうだね」


 ヴィオラが言う。


「女三人の旅人が珍しくないかは、まだ分からないけど」


 分からないことを、都合よく決めない。


 それでも、三人なら互いに役割を補える。


「何かあったら、リゼが守る相手も増えるだろ」


「わたくしを荷物のように数えないでくださる?」


 レイナに睨まれた。


「そういう意味じゃない」


「危険を感じた場合は、わたくしもリゼの判断に従いますわ。勝手に動くつもりはありません」


「なら問題ない」


 リゼが答えた。


 危険を見るリゼ。


 人と値段を見るヴィオラ。


 物の品質を見るレイナ。


 今度街へ向かうのは、この三人になった。


     ◇


 レイナは、自分で街用の服装を選んだ。


 普段の上品さを完全に消したわけではない。


 派手な装飾を外し、動きやすい靴を履く。


 衣服の裾は歩きやすい長さへまとめ、髪も普段より簡素に束ねていた。


「令嬢っぽさを隠すのか?」


「隠すのではありませんわ」


 レイナは髪の位置を確かめる。


「今から行く場所に合わせ、自分で選び直しただけです」


 誰かに命じられた格好ではない。


 閉じ込められていた頃のように、周囲から役割を押しつけられたわけでもない。


 自分で外へ出ると決め、そのために何を身につけるか自分で選んだ。


『《淫獄石》を70個獲得しました』


『所持《淫獄石》:2,055』


「あら」


 レイナが表示を見る。


「まだ出発前ですわよ?」


「俺もそう思う」


「自分で選んだ格好だからじゃない?」


 ヴィオラが当然のように分析する。


「それだけじゃないと思うけど」


 籠の中にいた令嬢が、自分で外へ出るための服を選んだ。


 たぶん、そこまで重なった結果だ。


「似合ってる」


 口にしてから、少し遅れて恥ずかしくなった。


「……ありがとうございます」


 レイナは一瞬だけ目を逸らし、それ以上は何も言わなかった。


     ◇


 共同資金は塩と補修用品を優先し、余裕があれば布や保存容器、最後に茶葉へ回す。


 ただし、順番が上だからといって、質の悪い物を無理に買う必要はない。


 レイナには、品質を理由に購入を見送る権限を渡す。


 ヴィオラは、価格が相場から不自然に外れていないかを見る。


 リゼは、安全上の問題があれば買い物そのものを中止できる。


「共同資金だから、誰か一人が勝手に全部使わない」


「私を見て言ってる?」


「主にお前を見てる」


「信用されてないなあ」


「賭け事に使おうとするからだ」


「今回はしないよ」


「今回は?」


 不安が残った。


     ◇


 昨日までに決めた帰還手順を記録で確かめ、俺は三人を送り出した。


 街の入口では、リゼが名前と目的だけを答え、レイナも余計なことは話さなかった。


 三人になったことで少し視線を向けられたが、それだけだった。


 武器を預けるようにも言われない。


 身元を深く追及されることもなかった。


 三人は問題なく街へ入った。


     ◇


「一回成功したら、少しは慣れると思ってた」


 《淫獄》へ残った俺は、共用部屋で千代の記録を眺めていた。


「一度成功したから次も安全、とはならぬ」


「そういうこと言うから不安になるんだよ」


「事実を隠せば安心できるのか?」


「それは嫌だけど」


 前回ほど落ち着かないわけではない。


 リゼとヴィオラが街へ入り、仕事をして戻ってきた実績がある。


 街全体が敵ではないことも分かった。


 それでも、今回はレイナが加わっている。


 人数が増えれば、前回とは違うことも起きるかもしれない。


「予定の時間までは、まだ長いですよ」


 ファステが言う。


「分かってる」


 最近、この言葉を使う回数が増えていた。


     ◇


 街へ入った三人は、まず布を扱う店へ向かった。


 店先には、色も厚さも違う布が何種類も並んでいる。


「この安いやつでいいんじゃない?」


 ヴィオラが一枚を手に取った。


「駄目ですわ」


 レイナが即答した。


「見るの早くない?」


「触れば分かります」


 布を光へ向け、織り目を確認する。


 端を軽く引っ張る。


「織りが粗すぎますわ。力をかけると形が歪みますし、何度か洗えば傷みも早いでしょう」


「安いよ」


 店の女が声をかけてきた。


「安いだけでは意味がありませんわ」


「今日の名言」


「当然のことです」


 ただし、レイナはその布を完全に不要とは判断しなかった。


「荷物を包む用途や、汚れてもよい布としてなら使えます。衣服の補修には向きません」


「じゃあ高いのを買う?」


「何に使うかで選びます」


 雑巾や荷物包みなら、安い粗布で十分。


 衣類を補修するなら、中程度の強度が必要。


 長く使う衣服なら、少し質のよい物を選ぶ。


 装飾用の高価な布は、今は必要ない。


「元令嬢なら、一番高い物を選ぶと思ってた」


「高ければよいというものでもありませんわ」


 レイナは値段と用途を見比べる。


「限られたお金で必要な物を揃えるのでしょう? でしたら、用途に足りる品質を選ぶべきです」


 最終的に、荷物や生活道具へ使う粗布と、衣類補修へ使える布を少量ずつ選んだ。


     ◇


 次は針と糸。


 安い針を見たレイナは、先端と太さを確かめた。


「これは曲がりやすそうですわね」


「見ただけで分かる?」


「同じ箱の中でも形が揃っていませんもの」


 糸も、太さと強度が違う。


 衣服用。


 丈夫な物を縫い合わせるための物。


 ファステも使えるよう、極端に扱いづらい物は避ける。


「これなら使えますわ」


 針を必要な本数だけ。


 糸も二種類を少量。


 共同資金を全部使わない範囲で購入した。


     ◇


 補修用品は、リゼが前回買った物と比較した。


「同じ品だな」


「でも前より少し高い」


 ヴィオラが値札と残った硬貨を見る。


「値上がりしたのか、前の店が安かったのか」


「分からん」


「聞いてみようか」


 店の者へ尋ねても、仕入れによって変わるという答えしか返ってこなかった。


 同じ品物が、いつも同じ値段で買えるわけではない。


「相場も固定じゃないんだね」


「次回も同額と思わない方がいい」


 必要最低限だけ追加する。


 安い時に大量購入するほどの金も、保管場所もない。


     ◇


 塩は、前回より少し多めに買った。


 千代が記録した使用量と、ファステが保存方法を試すために必要だと考えた分。


 それでも大量ではない。


 共同備蓄を少し増やす程度だ。


「これは予定どおり」


 ヴィオラが支出を確認する。


「残りで保存容器も見られるかな」


 三人は容器を扱う店へ向かった。


 水や食材を入れられそうな品が並んでいる。


 レイナが作りを確認した。


「品質は悪くありませんわ」


「買う?」


「無理だ」


 リゼが残金を見る。


 容器を一つ買えば、ほかに使える硬貨がほとんどなくなる。


「良い物なのに?」


「良い物であることと、今買うべきことは別ですわ」


 レイナは価格と大きさを覚える。


 今回は見送る。


 買わないと判断できたことも、街へ来た成果だった。


     ◇


 最後に、茶葉を扱う店を見た。


 ファステが望んでいた物。


 いつか、最初の一杯を俺と一緒に飲みたいと言った物。


 店には複数の茶葉が並んでいる。


 比較的安い物。


 中程度。


 香りの強い、高価な物。


 レイナは店の者へ許可を取り、香りを確かめた。


「一番安い物は、かなり香りが弱いですわね」


「でも買える」


 ヴィオラが残金を指先で数える。


「優先順位は?」


 リゼが尋ねた。


 三人とも、すぐには答えなかった。


 最低量なら買える。


 だが、買えば共同資金の残りはさらに減る。


「今回はやめましょう」


 決めたのはレイナだった。


「安い物を買うことはできます。でも、ファステがどの程度の物を望んでいるのか、わたくしたちは聞いていませんわ」


「紅茶を飲めれば何でもいい、とは限らないか」


「本人が欲しい物を、周囲だけで決めるべきではありません」


 品質。


 価格帯。


 少量で購入できること。


 その情報だけを持ち帰る。


 次に来る時は、ファステ本人の希望を聞いてから選べばいい。


     ◇


 帰る前、ヴィオラが街の会話を拾った。


「剣を使う若いのが、また訓練で勝ったらしい」


「例の見慣れない連中か?」


「魔法を使う娘も一緒だろ。派手なのを撃つって話だ」


「治療が得意な娘もいるらしいぞ」


 ヴィオラがリゼを見る。


「三人」


「追わない」


「まだ何も言ってないよ」


「前にも聞いた」


 神崎蓮。


 高峰美咲。


 小川ひなた。


 夜斗から聞いた学生の名前と役割が、噂の三人へ重なって見える。


 だが、まだ確定ではない。


 事前に決めた条件にもある。


 学生らしい人物を見つけても、その場では追跡も接触もしない。


「夜斗には報告する」


「それだけだ」


 レイナも異論を挟まなかった。


     ◇


 帰路へ向かう途中、レイナは街を歩く人々を見た。


 商品を並べる者。


 食事を運ぶ者。


 子供の手を引いて歩く者。


 布を選ぶ者。


 家族らしい者たちが、店先で言葉を交わしている。


「どうしたの?」


 ヴィオラが尋ねる。


「こういう場所を歩くのは、久しぶりな気がしますわ」


「嫌?」


「いいえ」


 レイナは少しだけ笑った。


「自分で行くと決めて歩くのでしたら、悪くありません」


 誰かに連れてこられたのではない。


 閉じ込められた場所から眺めているのでもない。


 自分で外へ出ると決め、必要な物を選び、自分の足で帰る。


 三人は予定時間を守り、街を出た。


     ◇


 太陽が決めた位置へ近づくころ、俺は第一帰還地点へ向かった。


 前回よりは落ち着いている。


 それでも、三人の姿を確認するまでは安心できなかった。


 予定の範囲内に、木々の間から三人が現れる。


「お帰り」


「ただいま」


 ヴィオラが軽く手を上げる。


 リゼが尾行の有無を確認し、レイナも周囲を見る。


「問題なしだ」


 俺は《淫獄》への入口を開いた。


     ◇


 帰還後、共用部屋へ購入品が並べられた。


 追加の塩。


 針と糸。


 用途の違う少量の布。


 補修用品。


 残った硬貨。


「こっちの布の方が安いんじゃない?」


 俺は二種類の布を見る。


「それは荷物包みや汚れてもよい用途には向いています」


 レイナが粗い方を示した。


「こちらは衣服の補修用ですわ。少し高いですが、織りが揃っていて、洗っても形が崩れにくいと思います」


「全部、高い方にしなかったの?」


「必要ありませんもの」


 安い物で足りる用途には、安い物を使う。


 長く使う物には、それに必要な品質を選ぶ。


 自分では分からないことを任せた結果、レイナは予算の中で用途を分けて持ち帰ってくれた。


 令嬢だから高級品を選んだのではない。


 物を見る知識を、今の暮らしへ合わせて使った。


『《淫獄石》を95個獲得しました』


『所持《淫獄石》:2,150』


「また増えましたわね」


「俺が分からないことを任せて、ちゃんと選んで帰ってきてくれたから……だと思う」


「役に立てたのでしたら、何よりですわ」


「その言い方も少し刺さるから待って」


 だが、今度は表示が出なかった。


 一度理解した刺激が、そのまま繰り返されるわけではないらしい。


     ◇


「茶葉は三種類ほど確認しましたわ」


 レイナがファステへ報告する。


 ファステが目を見開いた。


「見てくださったのですか?」


「ええ。一番安い物は香りが弱く、中程度の物は少量でも売っていただけそうでした。高価な物は、今の共同資金では難しいですわね」


「買わなかった」


 リゼが補足する。


「次に行く前に、ファステ本人がどの程度の物を望んでいるのか聞いた方がよいと思いましたの」


 ファステは茶葉がないことを残念がるより、三人が自分のために確認してきたことへ驚いているようだった。


「……はい。ありがとうございます」


「今度、香りや使い方について教えてくださいな。わたくしだけでは、紅茶としてどれがよいかまでは判断できませんもの」


「喜んで」


 茶葉はまだない。


 それでも、次に選ぶための情報は増えた。


     ◇


 千代が、共同資金から使った額を記録した。


 何へ、どれだけ使ったのか。


 残りはいくらか。


 正確な貨幣名も単位も分からないため、硬貨の種類と枚数で記す。


「これ、家計っぽくなってきたな」


「王国の国家予算?」


「数枚の硬貨で国家を名乗るな」


「最初はみんな小さいんじゃない?」


「だからって、この金額で国を始めたくない」


 家計の仕組みが完成したわけではない。


 それでも今回は、共同資金を使う目的を先に決め、現地で品質と価格を見て、必要のない物を買わずに帰ってきた。


 初めての計画的な支出だった。


     ◇


 学生らしき噂も共有された。


 剣を使う若い男。


 目立つ魔法を使う若い女。


 治療が得意な若い女。


「三人か」


「神崎たちと特徴は重なる」


 リゼが答える。


「でも、本人たちかは確認してないんだよな」


「ああ」


 名前はまだ出ていない。


 直接見てもいない。


 噂が少し具体的になっただけだ。


「今回はそれでいい」


 会いたくないわけではない。


 むしろ、本当に無事なら確認したい。


 それでも、せっかく街へ来たからと予定を変えて追いかける必要はなかった。


     ◇


 夜。


 共用部屋には、今日持ち帰った布、針、糸が並んでいた。


 ファステが布を触り、レイナから用途の違いを聞いている。


 リゼは追加した補修用品を整理する。


 ヴィオラと千代は、使った硬貨と残った硬貨を確認していた。


 前までは、ここにある物でどう暮らすかを考えていた。


 今は違う。


 外から何を選び、何を持ち込むかを考えている。


 外の物が増えれば便利になる。


 でも、何でも持ち込めばいいわけではない。


 金には限りがある。


 必要な物も、人によって違う。


 だから選ぶ。


 俺一人では分からないことを、分かる奴に任せる。


 そうやって選んだ物が、また少しずつ、この家の形を変えていく。


あとがき


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


と思ったら


作品下にある★から、作品の応援お願いいたします。


《pt》をいただけると、大変励みになります。


反応があると嬉しいので


面白くても、つまらなくても、

正直に感じた気持ちを《コメント》していただけると、ありがたいです。



《レビュー》などいただけると、すごく喜びます。



また誤字脱字ありましたら、教えていただけると大変ありがたいです。


《ブックマーク》もいただけると本当にうれしいです。


何卒よろしくお願いいたします。 (*'▽')

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