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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第五章 「外の世界は面倒が多い」

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第61話 待つ方も、仕事だった

 リゼとヴィオラが街へ向かう朝。


 俺は昨日決めた帰還手順を、もう一度口にしかけた。


「夜斗」


 ヴィオラに止められた。


「昨日全部確認したよ」


「分かってる」


「今、同じことを確認してる」


「分かってる」


「今日は夜斗が確認しすぎない練習の日?」


「たぶんそう」


 自分でも止められなくなりそうだったので、口を閉じた。


 リゼは街用に調整した装備を身につけている。


 武器は一本を中心にして、予備は上着に隠れる位置へ収めていた。戦えるが、戦いに来たようには見えない。そのための格好だ。


 ヴィオラも、話しかけやすい旅人を意識した姿になっている。


「こちらをお持ちください」


 ファステが二人へ水と携行食を渡す。


「帰還が明日になった場合も考え、少しだけ多めにしてあります。ただし、重くなりすぎない量です」


「ありがとう」


 リゼが受け取る。


「お帰りになりましたら、すぐに食べられる物を用意しておきます」


「まだ帰る時間も決まってないよ?」


「帰ってこられた時に、何もないよりよいですから」


 ヴィオラは少し目を細め、それから携行食を自分の荷物へ入れた。


 千代が最後に記録を確認する。


「成果は不要じゃ。危険があれば何もせず戻れ」


「承知した」


「夜斗も、決めた時刻より早く迎えへ出るでないぞ」


「俺にも言うの?」


「そなたが一番守らぬ可能性がある」


 否定できなかった。


「では、行ってくる」


 リゼが言う。


「行ってらっしゃい」


 ファステとレイナが見送る。


「気をつけてな」


 俺は《淫獄》の入口を開いた。


 二人が境界の向こう側へ進む。


 リゼが周囲を確認し、ヴィオラがこちらを振り返った。


「ちゃんと待っててね」


「子供に言うみたいに言うな」


 二人の姿が外界へ消える。


 安全を確認してから入口を閉じた。


 その瞬間、二人がどこにいるのか分からなくなった。


     ◇


 リゼとヴィオラは、既知の経路を使って街の方向へ進んだ。


 足跡を残しにくい地面を選び、必要のない寄り道はしない。


 人の活動圏へ近づくにつれ、二人は警戒の見せ方も変えた。


 周囲を何度も見回せば、かえって怪しまれる。


 リゼは危険を確認しながらも、旅人が道を確かめているように振る舞う。


 ヴィオラは普段どおりの歩調を維持していた。


「夜斗、今ごろ心配してるかな」


「してるだろうな」


「予定より早く迎えに来たりして」


「千代が止める」


「千代がいなかったら?」


「ファステが止める」


「それでも出ようとしたら?」


「レイナもいる」


「ずいぶん信用がないね」


「信用しているから、止める者を残してきた」


 それが分かっているのか、ヴィオラは楽しそうに笑った。


     ◇


 《淫獄》へ残った俺は、普段どおりに過ごそうとした。


 まず、食事の片づけを手伝った。


 邪魔になった。


 次に、千代の記録を見た。


「まだ街へ着く頃でもないぞ」


「分かってる」


 庭へ出た。


 縁が囲いの近くを歩いていたので、少し眺める。


 共用部屋へ戻る。


「まだ早い」


 千代が言った。


「何も聞いてないけど」


「顔に書いてある」


 外では、何が起きているか分からない。


 道に危険なものが出たかもしれない。


 街の入口で止められたかもしれない。


 俺たちの知らない決まりがあり、その場で帰ることを選んでいるかもしれない。


 任せたのだから、今は二人の判断を信じるしかない。


 分かっている。


 分かっていても、時間が気になった。


     ◇


 街の入口には、数人の人間が並んでいた。


 荷物を積んだ者。


 徒歩の旅人。


 荷役動物を連れた者。


 リゼとヴィオラも、その後ろへ並ぶ。


 順番が来ると、入口を確認していた男が二人を見た。


「名前は?」


「リゼ・アルノール」


「ヴィオラ・ベル」


「何をしに来た?」


「補給と情報収集だ」


「滞在は?」


「必要な用が済むまで」


 ヴィオラが答える。


 男の視線がリゼの武器へ向いた。


「武器は?」


「旅の安全のためだ」


「街中で抜くな。問題を起こせば拘束する」


「分かった」


 出身地を詳しく尋ねられることはなかった。


 武器を預けるようにも言われない。


 二人を分断しようとする様子もない。


「通っていい」


 事前に決めた撤退条件には、一つも触れなかった。


 二人は並んで街へ入った。


     ◇


 縁が俺の近くまで来た。


 床へ座っていた俺の足へ身体を軽く預け、そのまま丸くなる。


 最近は、この距離を選ぶことが増えている。


 俺は触らず、縁が動きたくなるまでそのままにした。


「待つことは、お得意ではありませんか?」


 帰還後の食事を準備していたファステが尋ねる。


「何も起きない待ち時間と、何か起きてるかもしれない待ち時間は別だよ」


「そうですね」


「否定してくれない?」


「私も、少し心配ですから」


 ファステは手を止めなかった。


 食材を分け、水を確認し、二人が戻った時にすぐ食事を出せる状態へ整えている。


「まだ帰ってくるって決まってないのに」


「帰ってこられた時に、何もないよりよいです」


 朝にも聞いた言葉だ。


 帰還が明日になる可能性もある。


 何かを買えるかも分からない。


 それでも、戻ってきた時のために用意する。


 戻るという約束がなくても、戻れる場所を整える。


 セリナが旅立った時にも、似たことを考えた。


「俺も何か準備する?」


「すでに水と治療用品は用意してあります」


「じゃあ何をすればいい?」


「予定の時間まで、こちらにいてください」


 待つこと。


 それが今日の俺の役割らしい。


     ◇


 街へ入ったリゼとヴィオラは、すぐに仕事を探さなかった。


 まず人の流れと道を見る。


 食事を扱う場所。


 安宿らしい建物。


 塩や乾燥食材を並べる店。


 縄、布、容器、武具の部品。


 ヴィオラは店先の値段と客のやり取りを観察する。


 リゼは街の出入口と、警備らしい人間の配置を覚えた。


「塩は、思ったより高くないね」


「私たちが一日に稼げる額が分からない」


「だから仕事を見る」


 荷運びを募集している場所を見つけても、二人はすぐには引き受けなかった。


 運ぶ物。


 量。


 距離。


 終了条件。


 報酬。


 ヴィオラが一つずつ確認する。


 リゼは積まれた荷物を見て、自分で運べる量か判断した。


「受けるかい?」


 仕事を出している女が尋ねる。


「やる」


 リゼが答えた。


「私も?」


「お前は交渉役だろ」


「荷物を運ばない交渉役にも報酬は出る?」


「数の確認と仕分けを手伝うなら出すよ」


「先に聞いてよかった」


 二人は提示された条件で、短時間の仕事を引き受けた。


     ◇


 リゼが運び、ヴィオラが荷物の種類と数を確認する。


 乾燥食料。


 縄。


 補修用の金具。


 水袋。


 簡単な武具部品。


 仕事をしながら、周囲の会話も自然に耳へ入る。


「また入口の巡回があったらしい」


「今は最低だろ?」


「最低でも見回りは必要だ。外へ出てからじゃ遅い」


 近隣の地下入口の話だろう。


 別の者たちは、最近訓練へ参加している若者について話していた。


「この辺じゃ見ない連中だ」


「剣を使う若い男がいるって?」


「魔法の派手な女もいるらしい」


 ヴィオラの手が一瞬だけ止まった。


 リゼと視線を合わせる。


「追わない」


 リゼが低い声で言った。


「まだ何も言ってないよ」


「言う前に止めた」


 二人で決めた条件の一つ。


 学生らしい人物を見つけても、その場では追跡も接触もしない。


 そもそも、噂の人物が夜斗の知る学生かどうかも分からない。


 二人は仕事へ戻った。


     ◇


 昼を過ぎたころ、俺は外へ出たくなっていた。


 第一帰還地点で待っていた方が、少しでも早く二人を確認できる。


 予定より早く着いて困ることもないのではないか。


「迎えへ出るには早い」


 千代に止められた。


「少しくらい早くてもいいだろ」


「理由は?」


「……先に着いて待てる」


「予定より早く迎えへ出る理由にはなっておらぬ」


「でも、二人が早く戻るかもしれない」


「その場合も、決めた時間帯までは安全な場所で待つ方針であろう」


 全部、昨日決めた。


 早く迎えに行けば、俺が外で待つ時間が増える。


 危険に遭遇する可能性も上がる。


「なら待て」


「簡単に言うな」


「簡単ではないから、そなたの役割なのじゃ」


 外へ出たいわけではない。


 二人の無事を確認したい。


 そのために、自分で決めた計画を破れば意味がなかった。


「……分かった」


 俺は共用部屋へ戻った。


     ◇


 仕事が終わると、リゼとヴィオラは約束どおりの報酬を受け取った。


 大金ではない。


 それでも、夜斗たちが初めて自分たちの手で持ち帰る現地通貨になる。


「やっと買い物できるね」


「全部使うな」


「優先順位は覚えてるよ」


 まず、少量の塩。


 次に、武器や道具の補修へ使える最低限の用品。


 丈夫な縄も確認したが、今回は値段を記憶するだけにした。


 布、糸、針も同じ。


 茶葉を扱う店も見つけた。


 ヴィオラが足を止める。


「値段くらい見る?」


「ああ」


 最低量なら、今の報酬でも買えなくはない。


 しかし購入すれば、硬貨のほとんどがなくなる。


「今回は買わない」


 リゼが言った。


「ファステ、少し残念がるかな」


「急がないと言っていた」


「夜斗は買いたがりそうだけどね」


「だから私たちが判断する」


 目的は、街の様子と相場を確かめることだ。


 二人は茶葉を買わず、価格だけ覚えた。


     ◇


 予定した時間帯が近づく前に、二人は街を出た。


「もう少し見たかったな」


「予定どおり帰る」


「分かってる」


 街から第一帰還地点へ直接向かわない。


 一度別の方向へ進み、周囲の視線と足跡を確認する。


 誰かが追っている様子はない。


 それでも経路を変え、時間をかけて帰還地点へ近づいた。


 準備したことを、本番でも省略しない。


     ◇


 太陽の位置が、決めていた範囲へ入った。


「行ってくる」


 俺は《淫獄》の入口を開き、外へ出た。


「決めた範囲を越えるでないぞ」


「分かってる」


「無理に探さないでください」


「それも分かってる」


 入口を閉じ、第一帰還地点へ向かう。


 昨日歩いた道だ。


 距離も分かっている。


 危険なものは見当たらない。


 それでも、一人で外を歩くと普段より遠く感じた。


 第一帰還地点へ着く。


 二人はまだいない。


 周囲を確認する。


 物音なし。


 人影なし。


 太陽を見る。


 まだ予定の範囲内だ。


「遅くない」


 自分へ言い聞かせる。


 待つ。


 風が木々を揺らす。


 遠くで鳥が鳴く。


 もう一度太陽を見る。


 まだ待てる。


 それでも、頭の中では悪い可能性ばかりが増えていく。


 街へ入れなかった。


 仕事中に問題が起きた。


 尾行された。


 帰り道で何かに遭遇した。


 第二帰還地点へ向かっている。


 確認したくても、俺は決めた範囲から出られない。


 その時、茂みの向こうから音がした。


 足音。


 俺は身構える。


「夜斗」


 リゼの声だった。


 二人が、木々の間から姿を現す。


「遅い」


「予定の範囲内だ」


「心配してた?」


 ヴィオラが笑う。


「してない」


「即答が早すぎるね」


「とにかく、無事ならいい」


     ◇


 すぐには《淫獄》を開かない。リゼとヴィオラが手分けして周囲を確かめる。


「尾行なし」


「今度は本当」


「前の冗談、まだ覚えてるからな」


「意外と根に持つね」


 追ってくる人影も、不自然な音もない。


 俺は《淫獄》への入口を開く。


 三人で境界を越えた。


     ◇


「お帰りなさいませ」


 ファステの声を聞いて、ようやく肩の力が抜けた。


 千代とレイナも共用部屋で待っていた。


 縁が少し離れたところから二人を見る。


 リゼとヴィオラが荷物を下ろした。


 少量の塩。


 補修用品。


 残った硬貨。


 どれも小さなものだ。


 それでも、俺たちが初めて街から持ち帰った品だった。


「塩ですか?」


 ファステの表情が明るくなる。


「ああ。少量だが」


「十分です。ありがとうございます」


 レイナは補修用品の作りを確認する。


 千代は、仕事の条件、得た報酬、物価、街の入口で尋ねられたことを記録していった。


「茶葉もあったよ」


 ヴィオラがファステへ言う。


「今回は値段を見ただけだ」


「はい。それで十分です」


 ファステは残念そうな顔をしなかった。


 茶葉が本当にある。


 値段も分かった。


 今すぐではなくても、いずれ買える。


 それだけで約束はまた少し現実へ近づいた。


「学生らしい若者の噂も聞いた」


 空気が変わる。


「この辺りでは見ない若い連中が訓練しているらしい。剣を使う男と、目立つ魔法を使う女の話があった」


「本人たちか?」


「分からん」


 リゼははっきり答えた。


「確認にも行っていない。約束どおりだ」


「それでいい」


 気にならないわけではない。


 それでも今回は、それでいい。


     ◇


「結局、かなり持って帰ってきたな」


 塩、補修用品、硬貨、相場、仕事、街の地理、学生らしき噂。


 何も得られなくても成功だと決めていた。


 結果として、二人は多くのものを持ち帰った。


「無理はしていない」


 リゼが言う。


「賭け事もしてない」


「そこは褒めない」


「少しくらい褒めてもよくない?」


 二人は自分で判断し、予定どおり帰ってきた。


 俺の代わりに外へ出て。


 俺の見えない場所で、決めた条件を守って。


 秘密を持ち出すこともなく、無事に戻った。


『《淫獄石》を85個獲得しました』


『所持《淫獄石》:1,985』


「帰ってきただけで出た?」


 ヴィオラが表示を見る。


「だけ、じゃないんだろ」


 任せた。


 待った。


 約束どおり帰ってきた。


 その全部に、俺が反応した結果なのだと思う。


     ◇


 夜。


 街から持ち帰った塩と硬貨が、共用部屋に置かれていた。


 外の世界の物が、初めてこの家へ入ってきた。


 俺は街へ行かなかった。


 それでも、街の塩がここにある。


 街の硬貨がここにある。


 街で起きたことを、俺は二人から聞いている。


 自分が行かなくても、物事は進む。


 でも、自分が何もしなくても進むわけではない。


 目的を決める。


 任せる。


 待つ。


 迎えに出る。


 帰ってきたものを受け取る。


 そこまで含めて、たぶん俺の仕事だった。

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