第60話 街へ行く準備って、そういうもの?
地下へ入るための装備と、街へ入るための装備。
どちらも外へ出る準備なのだから、似たようなものだと思っていた。
「武器を減らす」
土間で装備を広げたリゼが言った。
「大丈夫なのか?」
「全部なくすとは言っていない」
リゼは普段腰に提げている武器のうち、最も目立つ一本を残した。
予備の武器は上着に隠れる位置へ移し、防具も外から分かりにくいよう調整する。
髪は邪魔にならないよう後ろでまとめているが、地下探索時ほど固く結んではいない。
荷物も、護衛任務というより旅人のものに見える量へ減らしていた。
「地下では、動きやすくて守れることを優先した」
「街では違う?」
「戦えるが、戦いに来たようには見えない方がいい」
「武器を隠しすぎても危ないし、出しすぎても怪しいのか」
「そういうことだ」
調整を終えたリゼが立ち上がる。
地下へ入った時と大きく違う格好ではない。
袖と裾をまとめ、髪を固定し、すぐに動けるようにしている。
それでも意味は違った。
今回は俺を守るためについてくるのではない。
俺の代わりに外へ出る。
街を見て、危険を判断し、無事に戻ってくるための姿だ。
『《淫獄石》を120個獲得しました』
『所持《淫獄石》:980』
「また出た」
ヴィオラが表示を覗き込む。
「地下用とそんなに変わらないのに」
「役割が違うからではないか?」
リゼ本人が首を傾げる。
「本人に分析されるの嫌だな」
「私も、お前の性癖へ詳しくなりたいわけではない」
「それならお互い忘れよう」
「無理だと思うよ」
ヴィオラだけが楽しそうだった。
◇
「次は私だね」
ヴィオラの旅装は、普段とほとんど変わらない。
動きやすい細身のズボン。
日に焼けた肌。
必要最低限の荷物を収める小袋。
指先で弄ぶ一枚のコイン。
以前、この格好を整えても石は増えなかった。
「普段と同じじゃないか?」
「服はね」
ヴィオラは上着の襟を少し整える。
武器は目立たない位置へ移し、荷物もあえて少なくしていた。
「怖そうな護衛の横に、話しやすそうな私」
「役割分担が露骨だな」
「分かりやすい方がいいでしょ」
いつものような軽い笑み。
けれど、ただ面白がっているだけではない。
街へ入った時、自分が誰へ話しかけ、何を尋ね、相手のどこを見るのか。
それを理解したうえで、話しかけやすい旅人を演じようとしている。
『《淫獄石》を160個獲得しました』
『所持《淫獄石》:1,140』
「今度は出た」
ヴィオラが満足そうに頷いた。
「前は同じ格好で出なかったのに」
「前とは意味が違うんじゃない?」
「リゼと同じこと言うな」
「じゃあ、夜斗の性癖が私たちにも理解され始めた?」
「それはもっと嫌だ」
◇
準備を終えた二人が並ぶ。
リゼは護衛役。
危険を見つけ、撤退を判断し、二人で戻ることを優先する。
ヴィオラは交渉役。
相手の表情を見て、必要な情報を拾い、不自然な誘導や嘘を警戒する。
「どう?」
ヴィオラが両手を軽く広げた。
「……ちゃんと役割分担してるように見える」
俺がいない場所へ、この二人が一組で行く。
昨日までは計画上の話だった。
今、街へ向かう姿になった二人を並べて見ると、それが急に現実味を帯びた。
『《淫獄石》を210個獲得しました』
『所持《淫獄石》:1,350』
「二人並んだだけで増えた」
「並んだだけじゃないんだろうな」
リゼとヴィオラ。
性格も、得意なことも、外界を見る方法も違う。
その二人が、自分の役割を理解したうえで同じ目的のために並んでいる。
たぶん、そこまで含めて刺さった。
「二人組も性癖?」
「その聞き方やめろ」
◇
「服装が整ったなら、次は口じゃ」
千代が共用部屋の中央へ座った。
「口?」
「街の入口で尋ねられる問いへの答えじゃ」
模擬問答をするらしい。
なぜか俺が門番役に選ばれた。
「人と話すのが一番苦手な俺が?」
「苦手だからこそ、余計な質問を思いつくかもしれぬ」
「褒められてないよな」
まずはリゼが俺の前に立った。
「名前は?」
「リゼ・アルノール」
「来訪目的は?」
「補給と情報収集だ」
「どこから来た?」
「遠方から」
「もっと詳しく」
「この周辺に詳しくない程度には遠方だ」
俺は少し考える。
「ちょっと怖いな」
「何がだ」
「答えてるのに、これ以上聞くなって圧を感じる」
「門番に圧をかける旅人」
ヴィオラが横から笑った。
「普通に答えたつもりだ」
「言い方を少し柔らかくした方がよいかもしれませんわ」
レイナの指摘を受け、リゼはもう一度同じ答えを口にする。
言葉はほぼ同じなのに、今度は少しだけ声が穏やかだった。
「武器を持っている理由は?」
「旅の安全のためだ」
「仲間は?」
一瞬だけ、リゼの視線が俺へ向く。
「今は二人だ」
嘘ではない。
街へ入るのは二人。
ほかにも仲間がいると、自分から伝える必要はない。
俺も、《淫獄》も、残っている三人も、縁も。
リゼはその場で答える範囲を自分で判断し、余計な情報を出さなかった。
『《淫獄石》を180個獲得しました』
『所持《淫獄石》:1,530』
「今の何が?」
「秘密を守ってくれる強い女?」
ヴィオラが即答した。
「言語化するな」
当たっていそうなのが余計に嫌だった。
◇
次はヴィオラだ。
「名前は?」
「ヴィオラ・ベル」
「どこから来た?」
「遠くから」
「どこ?」
「あなたが知ってる場所とは限らないよ」
「それで通るの?」
「今は門番役でしょ?」
「通したくなくなってきた」
「でも、嘘は言ってない」
ヴィオラは笑みを崩さない。
「滞在予定は?」
「必要な補給が終わるまで」
「何を買う?」
「まだ値段も見てないのに決められないでしょ?」
「質問してるの、俺だよな?」
「質問へ答えることと、相手へ主導権を渡すことは別だよ」
相手がなぜ尋ねているのかを考え、必要な範囲だけ答える。
嘘は増やさない。
しかし、知られたくないことまで正直に話す必要もない。
ヴィオラは賭けの途中で相手の表情を見る時のように、門番役の俺を観察していた。
普段は俺のガチャへの言い訳を見抜き、面白がっている女が、今度は俺たち全員の秘密を守るために同じ観察力を使おうとしている。
『《淫獄石》を240個獲得しました』
『所持《淫獄石》:1,770』
「模擬面接で240個」
「俺の性癖、どうなってるんだ」
「隠し事を共有する関係が好きなのかもね」
「分析を続けるな」
◇
同じ問答を繰り返しても、表示は出なかった。
「一回理解したら終わり?」
「同じ状況を繰り返して稼げるわけじゃないみたいだな」
意味まで同じなら、繰り返しても石にはならないらしい。
「石が出たからといって、答え方を変えるでないぞ」
千代が釘を刺す。
「分かってる」
街の入口で石を稼いでも意味はない。
危険を増やす答え方をさせるつもりもない。
「石のために危ない答え方をさせる気はないよ」
「当然だ」
リゼが言う。
「では、安全を優先した結果として夜斗の性癖にも刺されば得、と」
「そういうまとめ方するな」
ヴィオラはどこまでもヴィオラだった。
◇
街用の撤退条件も、最後にもう一度確認した。
身元を探られる、武器を理由なく預けさせられる、二人を分断される。そのどれかが起きれば退く。
尾行や争いを疑った場合も、成果を捨てて帰る。残りの条件は、千代の記録へまとめてある。
「何も買えなくてもいい」
「分かってる」
リゼが答える。
「何も稼げなくても?」
ヴィオラが聞く。
「いい」
「噂も?」
少しだけ迷った。
学生のことは気になる。
街の仕組みも知りたい。
でも、優先順位は決めた。
「いい。何も得られなくても、二人で帰ってくれば失敗じゃない」
「了解」
今度はヴィオラも、冗談を言わずに頷いた。
◇
午後。
俺たち三人は、第一・第二帰還地点の候補を実際に確認するため外へ出た。
街までは行かない。
人の活動が濃くなる場所にも近づかない。
これまで確認した範囲の中で、街道から外れ、周囲から見えにくい場所を選ぶ。
「ここだ」
リゼが足を止めた。
木々と低い茂みに囲まれた、小さな空間だった。
足場は比較的安定している。
逃げられる方向も一つではない。
街からも地下入口からも距離があり、《淫獄》への入口を開いても、すぐには見つかりにくそうだった。
風と周囲の音を確認してから、俺は《淫獄》への入口を開く。
見慣れた空間へ続く境界が現れた。
「ここなら迎えられる」
「第一帰還地点はここでよさそうだな」
リゼが周囲の特徴を記憶する。
目印は残しすぎない。
俺たちにだけ分かる地形の特徴をいくつか共有し、入口を閉じた。
◇
第二帰還地点は、第一地点より少し遠かった。
人目はさらに少ない。
しかし俺が迎えに来る距離は増え、暗くなれば移動の危険も高まる。
「第二地点は、本当に予備だ」
「こっちへ来る時点で、何かあったと思った方がいいな」
「ああ。第一地点を使えない理由があったということだ」
正確な時計がないため、待ち合わせ時刻は太陽の位置で決める。
千代が作った簡単な目安を使い、日没前の一定時間帯に幅を持たせた。
「三時集合、みたいにできないの不便だな」
「三時って何?」
「こっちの話」
ヴィオラが聞き返したが、説明すると長くなりそうなので流した。
◇
俺が迎えに出る範囲も、実際に歩いて確認した。
第一帰還地点までは行く。
時間内に二人が来なければ、事前に決めた周辺だけを見る。
その後、定めた経路を使って第二地点へ向かう。
ただし、途中に引かれた目印より先へ、一人では進まない。
「私たちが遅れても、この線を越えるな」
リゼが足元を示した。
「分かってる」
「本当に分かっているか?」
「分かってるけど、嫌だなとは思ってる」
二人が帰ってこない。
何が起きたか分からない。
それでも俺は、この場所で止まらなければならない。
「嫌でも越えるな」
「……分かってる」
自分で街へ行くより、待つ方が難しいかもしれない。
◇
最後に、模擬帰還を試した。
リゼとヴィオラが一度離れ、別の方向から第一帰還地点へ戻ってくる。
俺は予定された場所で待ち、二人だけでなく周囲も確認する。
「尾行なし」
リゼが言う。
「たぶんね」
「たぶん?」
「冗談。見える範囲には誰もいない」
「心臓に悪いからやめろ」
十分に確認してから《淫獄》を開く。
三人で中へ戻った。
模擬帰還は成功。
ただし、本番では街からここまで二人だけで戻ることになる。
◇
「第一帰還地点、使用可能」
《淫獄》へ戻り、千代たちへ報告する。
「第二地点も予備としては使える。ただ、暗くなる前じゃないと俺が危ない」
「迎えに出る範囲は?」
「決めた。そこから先へは一人で行かない」
千代が一つずつ確認し、記録へ加える。
ファステとレイナも、帰還後の役割を記録どおりに整えた。
現地でしか分からないことは、まだ多い。
それでも、出発前に確認できることは一通り確認した。
「これ以上準備を増やしても、現地でしか分からぬことは残る」
千代が記録を閉じた。
「……じゃあ、明日」
口にした瞬間、共用部屋の空気が変わった。
計画ではなく、予定になった。
明日。
リゼとヴィオラが二人で街へ向かう。
「無理するな」
俺は二人を見る。
「分かってる」
リゼが答える。
「任せて」
ヴィオラが笑う。
本当に、自分の代わりに二人が外へ行く。
俺はここに残り、待つ。
装備を整えた姿よりも。
秘密を守る答え方よりも。
二人へ任せると決めた、その事実が強く胸へ刺さった。
『《淫獄石》を130個獲得しました』
『所持《淫獄石》:1,900』
「……最後にそれ?」
「任せるの、性癖だった?」
「絶対そういう意味じゃない」
だが、今日増えた石は合計1,040個。
街へ行く前日の準備だけで、1,000個以上増えていた。
「街って便利だね」
「まだ行ってすらない」
◇
夜。
リゼとヴィオラの荷物が、土間へ並べて置かれている。
明日、本当に二人だけで外へ行く。
俺は行かない。
縁が俺の足元まで来て座る。
今日はそれ以上近づかず、前脚を身体の下へ入れて目を閉じた。
俺も、無理に触ろうとはしない。
街へ行くのは、俺じゃない。
でも、何をするか。
どこで戻るか。
何があれば帰るか。
そこまでは一緒に決めた。
あとは任せる。
たぶん、それが一番難しい準備だった。




