第6話 これは石集めじゃなくて仕様検証だ
「これは石集めじゃない。仕様検証だ」
俺は誰に聞かれたわけでもないのに宣言した。
「誰に言い訳してる?」
防具を確認していたリゼが即座に返してくる。
「言い訳じゃない。《淫獄》を運営するなら、資源の仕組みを理解する必要がある」
「その資源は、何に使う予定なのですか?」
ファステまで核心を突いてきた。
「そこは今、重要じゃない」
「住民を召喚するためだろ」
「用途は分かってるんだよ。問題は生成条件だ」
現在の《淫獄石》は三十九個。
次の通常単召喚に必要なのは百個。
残り六十一個。
別に、次を回したくて数えているわけではない。
必要な資源の現状を把握しているだけだ。
拠点運営者として当然の仕事である。
「第2話では、ファステを少し意識しただけで一個だった」
「何を意識なさったのですか?」
「説明は省く」
「昨日は?」
リゼが面白そうに聞いてくる。
「省くと言ってるだろ」
「私に抱きつかれて、ずいぶん慌ててたな」
「倒れてきたリゼを支えただけだ!」
「私は抱きついたとは言ってないが」
「誘導尋問やめろ!」
ファステが顔を赤くして視線を下げている。
最悪だ。
だが、増加量に差があるのは事実だった。
露出だけではない。
距離だけでもない。
まだ何か条件がある。
「だから、それを調べる必要がある」
「やっぱり石集めじゃないか」
「違う。仕様検証だ」
◇
検証だけを目的に、変な状況を作るつもりはない。
そんなことをすれば、ただの最低男だ。
何より今は、水と食料のほうが重要だった。
「今日も目的は追加の水と食料。採れるものだけ取って、危険なら帰る」
俺が説明する横で、リゼが装備を身につけていく。
戦闘衣の上から防具を重ね、留め具を手慣れた動作で締める。傷があるため、前より少しだけ慎重だ。
武器の状態を確かめ、腰へ水袋を下げる。
単に露出しているわけではない。
むしろ、肌の大部分は装備で隠れている。
それなのに目が離れない。
傭兵として身についた動作。
俺たちの護衛として前へ出る準備。
リゼという人物が、一番リゼらしく見える姿だった。
『《淫獄石》を6個獲得しました』
「そういうことか?」
「今度は何だ」
「いや。何でもない」
装備を着て増える。
脱ぐだけが正解ではないらしい。
所持数、四十五個。
「夜斗様。採取物はこちらへ入れる予定です」
ファステが簡単にまとめた布を見せる。
「ありがとう。無理のない量だけ持とう」
「はい」
「リゼも、傷が痛んだら言えよ」
「問題ない」
「その言葉、もう信用されてないからな」
「余計な学習をするな」
◇
三人で外へ出る。
先頭はリゼ。
ファステが植物を見て、俺が採取物を持つ。
最初の頃より、ずっと動きやすい。
「こちらの根は、前回と同じものです」
ファステが屈み込む。
俺も隣へしゃがみ、土を払った根を受け取る。
「これ、少し増やせないかな」
「周辺に生えている分だけでは、安定した食料にはならないと思います」
「栽培できればいいんだけどな」
種や育て方どころか、《淫獄》内で植物が育つのかも分からない。
今は採れる分を持ち帰るしかない。
水辺では小さな生物の姿も確認できた。
リゼが周囲を見て、ファステが食用にできそうか確かめる。
俺は持ち帰る。
役割が自然に回り始めていた。
三人で動けば、俺が戦えなくても仕事はある。
運搬と撤退判断だけだけど。
重要だからいいのだ。
「止まれ」
リゼの声が低くなる。
俺とファステは動きを止めた。
リゼは茂みの奥を見ている。
俺には何も分からない。
「何かいるのか?」
「音が消えた」
「音?」
「小さな生き物の気配だ。近くに別の何かがいる」
言われてみれば、さっきまで聞こえていた小さな鳴き声が消えている。
俺は物音のした方向を確かめようと、一歩だけ動いた。
「勝手に動くな!」
腕を強く引かれる。
身体がリゼの側へ引き寄せられた。
直後、俺が立っていた場所の草が大きく揺れ、黒い影が駆け抜ける。
「うわっ!」
転びそうになった俺を、リゼが防具越しに支える。
顔が近い。
身体も近い。
今しがた死にかけた恐怖と、助けてくれたリゼの体温が一度に押し寄せてきた。
「助かったけど近い!」
「死にかけて最初に言うことがそれか?」
『《淫獄石》を9個獲得しました』
所持五十四個。
命の危険と欲望を同時に処理させないでほしい。
「ファステを連れて下がれ」
リゼが俺を離し、前へ出る。
茂みの向こうから、低い唸り声が聞こえた。
◇
リゼは俺たちと獣の間へ立った。
相手の詳しい姿は、草木に遮られて見えない。
「《淫獄》へ戻るか?」
「まだだ。今背を向けると追われる」
「じゃあ、どうする?」
「私が引きつける。合図したら下がれ」
まただ。
リゼは当然のように、自分だけが危険な側へ残ろうとする。
武器が動く。
茂みから飛び出した影とぶつかり、鋭い音が響いた。
リゼは正面から倒そうとしない。俺たちへ近づけないことを優先し、相手の進路をずらしている。
戦闘衣。
防具。
汗。
鋭い目。
仲間を逃がすため、最後まで残った傭兵。
今も同じように、俺とファステを逃がそうとしている。
『《淫獄石》を12個獲得しました』
所持六十六個。
そこで石を数えている自分が嫌になる。
でも、理解しかけていた。
俺はリゼの身体だけを見ているのではない。
最後まで残った彼女が、また誰かを守るために立っている。
その設定と状況ごと、俺の好みに突き刺さっている。
「リゼ、戻れる位置から離れるな!」
「お前に言われなくても分かってる!」
「一人で最後まで残るのは禁止だ!」
リゼの動きが、一瞬だけ止まった。
すぐに相手の攻撃を逸らし、距離を取る。
「生意気なことを言うようになったな!」
「死なれたら困るんだよ!」
リゼが武器を大きく振るう。
獣の影が茂みの奥へ退いた。
追わない。
リゼは俺たちへ背を向けず、相手の気配が遠ざかるまで構え続けた。
「今だ。戻るぞ」
俺はファステの手と採取物を確認する。
三人がまとまったところで、《淫獄》への帰還を念じた。
◇
《淫獄》へ入っても、リゼは平然としていた。
「食料は?」
「持っています」
ファステが答える。
「水袋は?」
「俺が持ってる」
「なら、もう一度外へ出られるな」
「今日は戻る」
「まだ探せる」
リゼが振り返る。
その直後、彼女の手が壁へついた。
ほんの一瞬だ。
すぐに身体を起こし、何事もなかったような顔をする。
でも俺には見えた。
疲れている。
傷も完全には治っていない。
「俺が怖くなった。これ以上は無理だ」
「情けないな」
「知ってる。だから今日は終わり」
「私はまだ動ける」
「俺が無理なんだよ」
リゼは俺を見つめた。
たぶん、気づいたのだと思う。
俺が自分のためではなく、彼女を休ませるために言っていることに。
それでも、俺が臆病なのは事実だ。完全な嘘ではない。
「……好きにしろ」
リゼが壁から手を離す。
一瞬だけ見えた疲れ。
いつもの強気な女傭兵が、俺にだけ弱みを見抜かれ、それを否定しきれない。
『《淫獄石》を16個獲得しました』
所持八十二個。
やはりだ。
露出はほとんど増えていない。
それなのに、今までで一番多い。
◇
「座ってください」
帰還すると同時に、ファステがリゼへ言った。
「先に食料と水を――」
「私が整理します」
「一人でできるのか?」
「夜斗様にも手伝っていただきます」
「俺の予定が勝手に決まった」
「嫌でしょうか?」
「嫌じゃないけど」
「では、決まりです」
ファステも少しずつ強くなっている。
少なくとも、相手の希望だけを優先して引き下がることは減ってきた。
俺は水と食材を壁際へ運び、ファステは種類ごとにまとめる。
リゼは休むよう言われても、装備を外そうとしない。
「手当てするから外せ」
「必要ない」
「昨日と同じやり取りをするのか?」
「昨日より軽い」
「なら、昨日より簡単に確認できるな」
「口だけは達者になったな」
リゼは諦めたように外套を脱いだ。
防具の留め具へ手を伸ばすが、疲労のためか動きが鈍い。
「手伝う」
「余計なところには触るなよ」
「分かってる」
俺は指示された留め具を外す。
戦闘後の熱が、防具の内側に残っていた。
額や首筋に浮かぶ汗。
傷の近くへ張りついた戦闘衣。
普段は強気なリゼが、今は俺の手を借りて装備を外している。
しかも、俺を守った直後だ。
「手が震えてるぞ」
「傷を見るのが怖いだけだ」
「それとも別の理由か?」
「疲れてるなら黙って休め」
「図星か」
「元気じゃないか。心配して損した」
リゼが少しだけ目を細める。
「心配したのか?」
「三人しかいないのに、一人減ったら困る」
「そういうことにしておいてやる」
『《淫獄石》を18個獲得しました』
所持百個。
一気に到達した。
しかし俺はすぐに召喚画面を開かなかった。
それより先に、リゼの傷を確認し、ファステと食事の準備をする。
優先順位は間違えていない。
まだ。
◇
今日持ち帰った食材は、前回までより少し多い。
野生の根。
木の実。
野草。
水辺で確保した小さな食材。
いずれも原始的で、保存設備も調味料もない。
数日をしのげるかどうかという量だ。
安定供給にはほど遠い。
リゼの火起こし道具で火を作る。
煙は上へ昇り、今回も理由の分からないまま薄れて消えた。
「やっぱり煙が消えるな」
「便利なら使え」
「原理が分からない機能を当然のように使うの、ちょっと怖いんだけど」
「異世界へ来て、今さら何を言ってる」
正論だった。
ファステが食材を加熱し、俺が火と水を見て、リゼが座ったまま食べられない部分を教える。
三人で得たものを、三人で食べられる状態にする。
「味は……すごく野生だな」
「またその言い方か」
リゼが呆れる。
「食べられるだけ、本当にありがたい」
「次は、もう少し美味しくできるように考えてみます」
ファステが火の向こうで微笑む。
「次を考えられるなら、今日は成功だ」
「はい」
昨日まで、水すらなかった。
今日は三人で食料を取り、火を囲んでいる。
豪華ではない。
安全な食生活とも言えない。
それでも《淫獄》は、確実に暮らす場所へ変わっていた。
◇
食事のあと、俺は《淫獄石》の推移を思い返した。
ファステが身体を整えた場面。
食事を作る姿。
リゼの戦闘衣。
装備を身につける姿。
俺を引き寄せた瞬間。
戦う姿。
強い彼女が、一瞬だけ疲れを見せた場面。
「同じくらい見えてたのに、増え方が違う」
思わず口へ出た。
「何が見えていたのでしょうか」
ファステが不思議そうに尋ねる。
「いや、そこは重要じゃない」
「詳しく聞いてやろうか?」
リゼが笑っている。
「純粋なシステム研究だ」
「目を逸らしながら言うな」
露出ではない。
ただ肌が見えれば増えるのなら、装備姿で六個も出る理由がない。
リゼに引き寄せられたとき。
彼女が俺たちを守って戦ったとき。
疲れを見せたとき。
それぞれ増え方が違った。
俺は、外見だけでキャラクターを好きになるタイプではない。
エロゲでも、設定には妙にこだわる。
強気な元傭兵。
仲間を逃がすため最後まで残った過去。
防具と戦闘衣。
他人へ頼れない性格。
普段は弱みを見せない女が、戦闘後だけ一瞬こちらへ身体を預ける。
しかも、俺を守った直後。
「キャラ単体じゃない。設定とシチュエーションまで刺さると強いのか……?」
「意味は分からないが、失礼なことを考えてないか?」
「学術的な分析だ」
「何の学問だ」
「《淫獄》運営学」
「今作っただろ」
作った。
だが、仮説としては間違っていない気がする。
《淫獄石》の数を決めるのは露出ではない。
俺自身の性的欲望が、どれほど強く刺激されたか。
その強さは、本人の個性や背景、服装、振る舞い、状況、俺との関係、そして俺自身の好みに左右される。
つまり――効率化できる可能性がある。
そこまで考え、俺は首を振った。
「違う。効率よく石を集めたいわけじゃない」
「だから、誰も聞いていない」
「仕様を理解しておく必要があるだけだ」
これは石集めではない。
仕様検証だ。
◇
水袋、食材、装備、火を使う場所、三人の休息位置。
物が増れたことで、《淫獄》内部は前より使いにくくなっていた。
俺は空間全体へ意識を広げる。
「出口の近くに装備。壁際へ水と食料。中央は作業場所。奥を休息場所にする」
床の配置を頭の中で組み立てる。
休息場所は、外から見えにくくしたい。
完全な個室はまだ無理でも、せめて簡単な仕切りが欲しい。
灰色の床が震えた。
出口付近の壁が少し遠ざかる。
奥側では壁の一部が短く張り出し、休息場所を直接見えにくくした。
立派な部屋ではない。
扉も家具もない。
それでも、間違いなく俺の意思へ反応している。
『共同生活基盤の発展を確認』
『《淫獄》内部配置の微細調整が可能になりました』
「できた……!」
「ずいぶん小さい壁だな」
「最初から城が生えるわけないだろ。こういうのは一段ずつ育てるのが楽しいんだ」
「夜斗様らしいですね」
ファステは短い仕切りの向こうをのぞき、うれしそうに笑った。
「私たちが暮らす場所、ですね」
「そう。ようやく、ただの箱から拠点になり始めた」
「浮かれる前に、食料の保存方法を考えろ」
リゼの一言が現実を連れ戻す。
「分かってる。水を入れる容器も必要だし、寝床も必要だし、調理器具も足りない」
問題は山ほどある。
でも、それは拠点を育てる理由でもある。
◇
最後に、俺は《住民召喚》の画面を開いた。
『所持《淫獄石》:100』
『通常単召喚』
『次回必要《淫獄石》:100』
回せる。
二回目のガチャを、今すぐ。
「これは、たまたま百個になっただけだ」
「ずっと残りを数えてただろ」
リゼが言う。
「仕様を確認していただけだ」
「召喚なさるのですか?」
ファステが画面と俺を交互に見る。
「まだ回さない」
俺は即答した。
誰が出るか分からない。
新しく来た相手が協力してくれる保証もない。
リゼのように、元いた場所へ戻せと言われる可能性もある。
食料だって十分ではない。
住民を増やせば、必要な水と食料も増える。
合理的に考えれば、今すぐ回すべきではない。
「ただ……」
百という数字が、妙に輝いて見える。
「ここまで貯まったなら、回さないほうがもったいない気もする」
口へ出してから、俺は固まった。
無料だから。
必要だったから。
仕様を確認するためだから。
そして次は、ここまで貯めたから。
理由が一つ増えている。
「画面を閉じないのか?」
リゼに言われ、俺は答えられなかった。
俺はガチャなんかにハマっていない。
まだ二回目すら回していないのだから、間違いない。
ただ、必要な石がちょうど貯まっているだけだ。
使わなければ、百個の石は何の役にも立たない。
だからこれは、ガチャを回したいという話ではない。
資源を有効活用すべきではないかという、極めて合理的な話である。
たぶん。




