第5話 守る側しか知らない
「私が獲ってくる」
朝一番、リゼはそう言った。
昨日採った木の実と根は、ほとんど残っていない。
三人で分ければ当然だ。
「一人では行かせない」
「お前たちを連れていくほうが危険だ」
「一人で全部背負うのも危険だ」
俺が言うと、リゼは面倒そうに眉を寄せた。
「植物だけじゃ腹は満たせない。水辺なら、小さな魚か獲物がいるかもしれない。私が捕ってくるのが早い」
「捕まえる技術があるのは認める。でも、それが食べられるか分かるのか?」
「……そこはファステに見せる」
「だったら最初から三人で行くことになるだろ」
一本取った。
そう思ったのだが、リゼの顔は険しいままだ。
「何かあったとき、二人を守りながらでは動きにくい」
「何かあったら帰る」
「簡単に言うな」
「簡単じゃない。俺たちの目的は食料だ。獲物を倒すことじゃない」
倒して手に入れるのが食料では、という正論は今だけ聞かない。
「持ち帰れないなら成功じゃない。危険なら撤退。これで行く」
「勝手に決めるな」
「じゃあリゼが一人で倒れた場合、俺たちが助けに行く方法を教えてくれ」
リゼが黙る。
「ないだろ?」
「……口だけは回るな」
「戦えない人間の重要技能だ」
交渉で勝てなければ、俺には枝しか残らない。
◇
出発前から、ファステがリゼを見ていた。
「リゼさん。昨夜は、どのくらいお休みになりましたか?」
「十分だ」
「具体的には?」
「必要なだけだ」
答えになっていない。
「出口の近くで、ずっと起きてただろ」
俺が言うと、リゼが睨んできた。
「敵が入ってこない保証はない」
「今のところ、《淫獄》へ勝手に入ってきた奴はいない」
「今まで来なかったから、これからも来ないとは限らない」
「それはそうだけど、三人しかいないのに一人が徹夜してたら長続きしない」
「私が眠ったあとに何かあったらどうする」
「ここでは、俺が異常を感じ取れる可能性が一番高い。少なくとも交代にはできる」
確実とは言えない。
だから、できると断言もしない。
「休まずに倒れてしまえば、その後は誰も守れません」
ファステが静かに言った。
「お前まで説教するのか」
「申し訳ありません。ただ……休んでよいと言われることが、怖い場合もあると知っていますので」
リゼがファステを見る。
「お前と一緒にするな」
「はい。ですが、少しだけ似ているように思います」
「似てない」
そう言う声には、普段ほど力がなかった。
◇
結局、三人で食料を探すことになった。
リゼが先頭で危険を確認する。
ファステが食べられる植物を選ぶ。
俺が運ぶ。
「やっぱり俺の役割だけ単純じゃないか?」
「なら、あそこに何が通ったか答えてみろ」
リゼが地面を指す。
「……何か」
「見れば分かる」
「種類までは分からない」
「だから荷物を持て」
反論できなかった。
ファステは昨日と同じ根や野草を少量見つけた。
水場へ近づくと、リゼがしゃがみ込む。
「動くな」
俺たちは足を止めた。
リゼは水辺をじっと見つめたあと、素早く手を動かした。
跳ねる音。
次の瞬間、彼女の手には小さな水辺の生物が捕らえられていた。
「すごいな」
「騒ぐな。逃げる」
何匹か確保したところで、ファステが慎重に状態を確認する。
「私が知るものと、よく似ています。十分に火を通せば食べられると思います」
「断言はできないのか?」
「似てはいますが、まったく同じとは限りません」
当然だ。
ファステはこの外界の住人だが、リゼは別の場所から呼ばれた。俺に至っては日本から来たばかりだ。
分からないものを、分かったことにはできない。
「少量をよく加熱する。異変があったら、次からは食べない」
俺が言うと、リゼは獲物をまとめた。
「慎重なのか臆病なのか分からんな」
「両方だ」
「認めるのか」
「命に関わる場面で見栄を張っても仕方ない」
食料を得た。
植物だけだった昨日より前進だ。
今日の探索は、これで終わりにするべきだった。
◇
「片側をかばって歩いておられます」
帰り道、ファステが突然言った。
リゼの足が止まる。
「気のせいだ」
「それは、私もよく使っていた言葉です」
静かな一言だった。
リゼは振り返らない。
「この程度、怪我のうちに入らない」
「怪我じゃないなら見せられるだろ」
俺が言うと、今度はこちらを睨んだ。
「お前は黙って荷物を持ってろ」
「持ってる。そのうえで言ってる」
昨日負った傷が、完全に治っているはずはない。
しかもリゼは夜通し警戒し、今日も先頭を歩いて獲物を捕った。
「《淫獄》へ戻る」
「もう戻ってる途中だ」
「寄り道も追加の探索もなしって意味だ」
「最初からそのつもりだ」
本当かどうか怪しい。
それでも、リゼは先頭を歩き続けた。
◇
《淫獄》へ戻ると、ファステがリゼの傷を確認しようとした。
「必要ない」
「必要です」
丁寧だが、今日のファステは引かなかった。
「先ほどより出血が増えています」
「止まる」
「止まるまで待つのではなく、悪化しないようにするべきです」
リゼが俺を見る。
「何とか言え」
「ファステが正しい」
「使えない奴だな」
「期待に応えられなくて悪かったな」
リゼは渋々、外套を脱いだ。
続いて防具へ手を掛けるが、一部がうまく外れない。
戦闘の衝撃で留め具が歪んでいるのか、傷をかばって力を入れられないのか。判断はつかない。
「貸してくれ」
「お前に扱えるのか?」
「分からないから、指示してくれ。勝手には触らない」
リゼは俺の顔を見た。
「余計なところへ触ったら殴る」
「先に脅すのやめてもらえる?」
「忠告だ」
言われた場所を押さえ、指示どおりに留め具を動かす。
距離が近い。
防具の隙間からのぞく戦闘衣。そこに包まれた鍛えられた身体。
指先へ伝わる体温。
意識するなというほうが無理だった。
『《淫獄石》を5個獲得しました』
十三から十八。
俺は聞こえなかったふりをした。
「そこを押さえろ。違う、もう少し上だ」
「この辺か?」
「上と言っただろ」
「基準が分からないんだよ」
「本当に不器用だな」
「大学生に防具の解体経験を求めるな」
何とか防具が外れる。
傷の周辺は、思っていたより赤く腫れていた。
ファステが少量の水と布を使い、慎重に汚れを落とす。
「これで怪我じゃないは無理があるだろ」
「動けるなら問題ない」
「誰かが残らなきゃ、全員死んでた」
突然、リゼが言った。
元の仲間の話だと気づくまで、一瞬かかった。
「私が後ろに残れば、ほかの連中は逃げられる。なら、そうするのが当然だ」
「だからって、リゼが死んでいい理由にはならないだろ」
「現場にいなかった奴には分からない」
「ああ。分からない」
俺は、分かったふりをするつもりはなかった。
「仲間の人数も、敵が何だったかも知らない。リゼが残る以外に方法があったかどうかも分からない」
「なら黙ってろ」
「でも、今ここで無理をする必要がないことは分かる」
リゼの顔が険しくなる。
「今度は、俺とファステがいる。少なくとも、全部を一人でやる必要はない」
「戦えもしないお前に何ができる」
「荷物を持てる」
「自慢することか?」
「あと、逃げる判断が早い」
「もっと自慢することじゃない」
ファステが小さく笑った。
リゼまで、ほんの少し口元を緩める。
戦闘衣と傷。
強い口調の奥に見えた、わずかな疲労。
身体の露出より、そちらのほうが妙に気になった。
『《淫獄石》を7個獲得しました』
これで二十五。
また数が違う。
何なんだ、この差は。
◇
「これでいい。私は食事の準備を――」
手当てが終わると、リゼが立ち上がろうとした。
直後、身体が傾く。
「危なっ」
俺は反射的に腕を伸ばした。
リゼの身体が胸元へ倒れ込む。
思っていたより重い。太っているという意味ではなく、鍛えられた身体と装備の重さだ。
近い。
さっきまで強気に睨んでいた顔が、すぐ目の前にある。
「リゼ?」
「……離せ」
「自分で立ってから言ってくれ」
「今のは忘れろ」
「無理して倒れたことなら忘れない」
「そっちじゃない」
「じゃあ、どっちだよ」
リゼは答えず、足へ力を戻した。
俺から離れる直前、耳元で低く言う。
「支えたくらいで、触った気になるなよ」
「誰もそんなこと言ってない!」
「顔に出てる」
「出てない!」
『《淫獄石》を14個獲得しました』
「増えすぎだろ!」
十個くらい一気に増えたうえ、そのあとのからかいでも追加されたらしい。
合計三十九個。
「何がだ?」
「俺の尊厳の減り方だよ!」
リゼは意味が分からないという顔をした。
そのままでいてくれ。
◇
今日の食事は、昨日より少しだけ食事らしかった。
リゼの火起こし道具で小さな火を作る。
上へ昇った煙は、今回も天井へ届く前に薄くなり、消えていった。
理由は分からない。
火が消えず、俺たちが煙に巻かれないなら、今はありがたく使わせてもらう。
ファステが植物と水辺で得た食材を十分に加熱する。
俺は水と食材を運び、火の近くへ並べた。
リゼも手伝おうとしたが、俺とファステで止めた。
「今日は休む担当だ」
「そんな担当があるか」
「今作った」
「勝手に役割を増やすな」
「拠点運営者の権限だ」
「さっきまで荷物持ちだった奴が偉そうに」
文句を言いながらも、リゼは座った。
ファステが焼いた食材を三人へ分ける。
「リゼさんが捕ってくださり、夜斗様が運んでくださったものです。私だけの仕事ではありません」
「私はまだ動ける」
「動けることと、休まなくていいことは別です」
ファステが言う。
たぶん、その言葉は自分自身にも向けられていた。
食事は相変わらず質素だった。
調味料もない。
保存もできない。
それでも、昨日よりは量がある。
三人で役割を分けたから、ここまで持ち帰ることができた。
「悪くない」
リゼが食材を口にして言った。
ファステが目を丸くする。
「本当ですか?」
「腹にはたまる。十分だ」
ファステはうれしそうに笑った。
◇
食事のあと、リゼは装備へ手が届く場所で横になった。
「何かあったら起こせ」
「分かった。交代の時間にも起こす」
「異常がなければ、そのままでいい」
「駄目だ。俺が寝る時間がなくなる」
「お前が見張りをするのか?」
「ここ限定ならな」
「……好きにしろ」
リゼが目を閉じる。
完全に信用したわけではない。
ただ、短い時間だけ俺たちへ任せてみる気にはなったらしい。
俺は《淫獄石》を確認した。
『所持《淫獄石》:39』
『次回必要《淫獄石》:100』
「残り六十一個……増え方が前と違う?」
同じくらい近づいた場面でも、数が違う。
肌が見えた量だけなら、第4話のファステと極端な差はなかったはずだ。
なのに、リゼが倒れ込み、俺へ身体を預けた瞬間は明らかに多かった。
強気な傭兵。
傷。
戦闘衣。
普段は他人に頼らない女が、一瞬だけ俺に支えられる。
そこまで考えて、俺は思考を止めた。
「いや、何を真面目に分析してるんだ、俺は」
「静かにしろ。寝られん」
「起きてるじゃないか」
「お前がうるさいからだ」
俺は表示を閉じた。
残り六十一個。
十三個のときより、百個がずっと近く見えた。




