第57話 それ、先に教えてよ
「……夜斗?」
「こんなところで何してるの?」
「それ、こっちの台詞なんだけど」
「やっぱり同じこと言うんだ」
ヴィオラだけが楽しそうだった。
セリナの視線が、俺たち三人の装備と記録用具、それから今まで隠れていた場所を順番に見る。
「……もしかして、この入口を調べてた?」
「ちょっとだけ」
「かなり慎重にな」
リゼの補足によって、俺の答えが余計に怪しくなった。
「お前は?」
「街を出る前に、実物を見ておこうと思って」
知らない入口を避けるには、入口がどんな姿をしているか知っておいた方がいい。管理標識の位置や形も、今後の旅で役に立つかもしれない。
「中へ入るつもりはないわ」
「それでここまで?」
「旅人だからね」
◇
「標識に『危険度』『最低』ってあった」
「うん。今は最低危険度」
「……今は?」
「そこから説明する?」
「そこからお願いします」
ヴィオラが素直に頭を下げた。
セリナが街で聞いた話では、地上の入口、石段、管理用の前室までは基本的に変わらないらしい。
変わるのは、前室より奥。
「その先につながる場所自体が変わるんだって」
「道が変わるんじゃなくて、行き先そのものが?」
「そういう話だった」
接続先が変われば、出てくる魔物も、危険度も、得られる資源も変化する。
「今はグール系が多い区画につながってるらしいわ」
「グール……」
「上位の魔物ではないみたい。今は数も極端に多くない。でも敵対的で、集まると危険。噛まれるのも衛生面も面倒だって」
さらに、価値の高い鉱石や薬草、希少素材もほとんど期待できない。グールから取れる物も高く売れない。
「危険度は低い。稼ぎも低いって言ってた」
「俺たち、稼げない地下をあんなに慎重に調べてたの?」
「金のために入ったわけではない」
リゼの正論が痛い。
「グールって、どんな音する?」
ヴィオラが聞いた。
「石床を、ずるずる歩くことがあるって」
俺たちは揃って止まった。
「……それだ」
「何が?」
前室の奥から聞こえた、石を引きずるような規則的な音を説明する。
「じゃあ、グールだったんじゃない?」
「可能性が高くなっただけだ」
「でも、かなりそれっぽい」
正体が分からず、俺たちは撤退した。
「正しいじゃない」
「正しいけど……それ、先に教えてよ」
「知らないわよ。そっちがこんな所を調べてるなんて」
「情報共有って大事だね」
「今それを言うな」
◇
「しかも、ずっとグールじゃないわよ」
「まだあるの?」
「次に接続先が変わる予測は、だいたい2か月くらい先」
時期は早まることも遅れることもある。次に何へつながるかも、事前には分からない場合があるという。
「標識の読めなかった数字、もしかしてそれだったのか?」
「そうかもしれないし、管理番号かもしれない」
結局、標識の数字の意味は不明のままだ。
今度は俺たちが分かっていることを話した。
入口直下で《淫獄》と往復できたこと。深い場所では試していないこと。巡回者を三回見て、そのうち二回は時刻や人数、行動まで記録したこと。彼らが入口だけでなく周囲の足跡も確認していること。
「……そんなに調べたの?」
「俺たちなりに慎重に」
「慎重というか、執念深いというか」
「褒め言葉だよ」
「勝手に褒められるな」
「勝手に入っていい場所かは聞かなかった?」
「そこまでは聞いてない。街で聞けば分かると思うけど」
「街に行かずに知る方法は?」
「その条件、必要?」
「かなり」
リゼが周囲を見る。
「話すなら場所を変えるぞ。巡回者が戻るかもしれない」
入口から十分に離れてから、俺は提案した。
「一回、《淫獄》に来る? みんなにも話す方が早い」
「寄るだけなら」
◇
「セリナさん!」
ファステが真っ先に立ち上がった。
「本当に戻っていらしたのね」
「戻ったっていうより、寄っただけ」
「それでも今はいる」
ヴィオラが口を挟む。
「まず外の話を聞かせてもらおう」
千代に促され、全員が共用部屋へ座った。
縁は少し離れた場所からセリナを見ていた。やがて近づき、足元の匂いを確かめる。
「覚えてる?」
答えず、逃げもせず、確認が終わると普通に離れていった。
◇
「街は普通に入れた?」
「入れたわよ。名前と来た目的を少し聞かれたくらい」
武器を持っているだけで拘束されることはなく、旅人も極端には珍しくない。食事、宿、仕事、物資もある。
「金はどうした?」
「持ってなかったから働いた」
「働いたの?」
「荷運び。時間と量と報酬は先に確認した」
一日で大金にはならない。それでも食事、携行食、安い寝床の足しにはなる。
千代が食料と労働の釣り合いを尋ね、セリナは自分が経験した範囲だけ答えた。
「茶葉は……ありましたか?」
ファステが控えめに尋ねる。
「あった。買ってないけど」
「そうですか」
「最低量なら買えた。でも、旅の金を減らすほど急ぐものじゃないと思った」
「はい。それでよいと思います」
ファステは少し残念そうだったが、本心から頷いていた。
布、糸、針、生活用品。縄や武具の補修用品もある。
「賭け事は?」
「そこ聞く?」
「探せばありそうだった」
「よし」
「何がよしだ」
街には、今の《淫獄》にない物が多すぎる。
「行きたくないけど、便利すぎる」
「だいぶ街に負けてるね」
「まだ行くとは言ってない」
◇
「あと、夜斗が気にしてた学生」
空気が少し変わった。
「確定じゃないけど、この辺りじゃ見ない若い男女がいたって噂は聞いた。巡回や訓練に若い連中が混じってるって話も」
「……生きてるかもしれない?」
「それ以上は分からない」
生きているなら、それでいいと思う自分がいる。
同時に、本当にあいつらなのか確かめたい自分もいた。
「行くのか?」
リゼが聞く。
「今日は決めない」
知らないことが一気に減った日ほど、すぐに次を決めない方がいい。
◇
話し終えるころには夕方になっていた。
「今夜はこちらで休まれますか?」
「今日はね。明日もいるとは言わないけど」
「分かってる」
セリナは一晩だけ、以前使った場所で休んだ。
◇
翌朝、ファステが無理のない量の携行食を渡した。
セリナは旅装を整え、出口へ向かう。
「じゃあ、行ってくる」
「あ、セリナ」
呼び止める。
「また《淫獄》へ寄りたくなったら、あの入口の辺りまで来てくれ」
「来れば入れるの?」
「俺たちが近くにいれば。いつでも迎えられるとは言えないけど」
「ずいぶん曖昧ね」
「今はこれしかない」
帰る方法と呼ぶには、不確かすぎる。
それでも何も決めていないよりは、少しだけましだ。
「分かった。来たくなったら来る」
セリナは、また来るとは約束しなかった。
俺も、戻ってこいとは言わなかった。
ただ、戻りたくなった時の場所だけは教えた。
約束がなくても、道があれば戻れる。
それくらいの方が、たぶん俺たちには合っていた。




