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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第五章 「外の世界は面倒が多い」

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第57話 それ、先に教えてよ



「……夜斗?」


「こんなところで何してるの?」


「それ、こっちの台詞なんだけど」


「やっぱり同じこと言うんだ」


 ヴィオラだけが楽しそうだった。


 セリナの視線が、俺たち三人の装備と記録用具、それから今まで隠れていた場所を順番に見る。


「……もしかして、この入口を調べてた?」


「ちょっとだけ」


「かなり慎重にな」


 リゼの補足によって、俺の答えが余計に怪しくなった。


「お前は?」


「街を出る前に、実物を見ておこうと思って」


 知らない入口を避けるには、入口がどんな姿をしているか知っておいた方がいい。管理標識の位置や形も、今後の旅で役に立つかもしれない。


「中へ入るつもりはないわ」


「それでここまで?」


「旅人だからね」


     ◇


「標識に『危険度』『最低』ってあった」


「うん。今は最低危険度」


「……今は?」


「そこから説明する?」


「そこからお願いします」


 ヴィオラが素直に頭を下げた。


 セリナが街で聞いた話では、地上の入口、石段、管理用の前室までは基本的に変わらないらしい。


 変わるのは、前室より奥。


「その先につながる場所自体が変わるんだって」


「道が変わるんじゃなくて、行き先そのものが?」


「そういう話だった」


 接続先が変われば、出てくる魔物も、危険度も、得られる資源も変化する。


「今はグール系が多い区画につながってるらしいわ」


「グール……」


「上位の魔物ではないみたい。今は数も極端に多くない。でも敵対的で、集まると危険。噛まれるのも衛生面も面倒だって」


 さらに、価値の高い鉱石や薬草、希少素材もほとんど期待できない。グールから取れる物も高く売れない。


「危険度は低い。稼ぎも低いって言ってた」


「俺たち、稼げない地下をあんなに慎重に調べてたの?」


「金のために入ったわけではない」


 リゼの正論が痛い。


「グールって、どんな音する?」


 ヴィオラが聞いた。


「石床を、ずるずる歩くことがあるって」


 俺たちは揃って止まった。


「……それだ」


「何が?」


 前室の奥から聞こえた、石を引きずるような規則的な音を説明する。


「じゃあ、グールだったんじゃない?」


「可能性が高くなっただけだ」


「でも、かなりそれっぽい」


 正体が分からず、俺たちは撤退した。


「正しいじゃない」


「正しいけど……それ、先に教えてよ」


「知らないわよ。そっちがこんな所を調べてるなんて」


「情報共有って大事だね」


「今それを言うな」


     ◇


「しかも、ずっとグールじゃないわよ」


「まだあるの?」


「次に接続先が変わる予測は、だいたい2か月くらい先」


 時期は早まることも遅れることもある。次に何へつながるかも、事前には分からない場合があるという。


「標識の読めなかった数字、もしかしてそれだったのか?」


「そうかもしれないし、管理番号かもしれない」


 結局、標識の数字の意味は不明のままだ。


 今度は俺たちが分かっていることを話した。


 入口直下で《淫獄》と往復できたこと。深い場所では試していないこと。巡回者を三回見て、そのうち二回は時刻や人数、行動まで記録したこと。彼らが入口だけでなく周囲の足跡も確認していること。


「……そんなに調べたの?」


「俺たちなりに慎重に」


「慎重というか、執念深いというか」


「褒め言葉だよ」


「勝手に褒められるな」


「勝手に入っていい場所かは聞かなかった?」


「そこまでは聞いてない。街で聞けば分かると思うけど」


「街に行かずに知る方法は?」


「その条件、必要?」


「かなり」


 リゼが周囲を見る。


「話すなら場所を変えるぞ。巡回者が戻るかもしれない」


 入口から十分に離れてから、俺は提案した。


「一回、《淫獄》に来る? みんなにも話す方が早い」


「寄るだけなら」


     ◇


「セリナさん!」


 ファステが真っ先に立ち上がった。


「本当に戻っていらしたのね」


「戻ったっていうより、寄っただけ」


「それでも今はいる」


 ヴィオラが口を挟む。


「まず外の話を聞かせてもらおう」


 千代に促され、全員が共用部屋へ座った。


 縁は少し離れた場所からセリナを見ていた。やがて近づき、足元の匂いを確かめる。


「覚えてる?」


 答えず、逃げもせず、確認が終わると普通に離れていった。


     ◇


「街は普通に入れた?」


「入れたわよ。名前と来た目的を少し聞かれたくらい」


 武器を持っているだけで拘束されることはなく、旅人も極端には珍しくない。食事、宿、仕事、物資もある。


「金はどうした?」


「持ってなかったから働いた」


「働いたの?」


「荷運び。時間と量と報酬は先に確認した」


 一日で大金にはならない。それでも食事、携行食、安い寝床の足しにはなる。


 千代が食料と労働の釣り合いを尋ね、セリナは自分が経験した範囲だけ答えた。


「茶葉は……ありましたか?」


 ファステが控えめに尋ねる。


「あった。買ってないけど」


「そうですか」


「最低量なら買えた。でも、旅の金を減らすほど急ぐものじゃないと思った」


「はい。それでよいと思います」


 ファステは少し残念そうだったが、本心から頷いていた。


 布、糸、針、生活用品。縄や武具の補修用品もある。


「賭け事は?」


「そこ聞く?」


「探せばありそうだった」


「よし」


「何がよしだ」


 街には、今の《淫獄》にない物が多すぎる。


「行きたくないけど、便利すぎる」


「だいぶ街に負けてるね」


「まだ行くとは言ってない」


     ◇


「あと、夜斗が気にしてた学生」


 空気が少し変わった。


「確定じゃないけど、この辺りじゃ見ない若い男女がいたって噂は聞いた。巡回や訓練に若い連中が混じってるって話も」


「……生きてるかもしれない?」


「それ以上は分からない」


 生きているなら、それでいいと思う自分がいる。


 同時に、本当にあいつらなのか確かめたい自分もいた。


「行くのか?」


 リゼが聞く。


「今日は決めない」


 知らないことが一気に減った日ほど、すぐに次を決めない方がいい。


     ◇


 話し終えるころには夕方になっていた。


「今夜はこちらで休まれますか?」


「今日はね。明日もいるとは言わないけど」


「分かってる」


 セリナは一晩だけ、以前使った場所で休んだ。


     ◇


 翌朝、ファステが無理のない量の携行食を渡した。


 セリナは旅装を整え、出口へ向かう。


「じゃあ、行ってくる」


「あ、セリナ」


 呼び止める。


「また《淫獄》へ寄りたくなったら、あの入口の辺りまで来てくれ」


「来れば入れるの?」


「俺たちが近くにいれば。いつでも迎えられるとは言えないけど」


「ずいぶん曖昧ね」


「今はこれしかない」


 帰る方法と呼ぶには、不確かすぎる。


 それでも何も決めていないよりは、少しだけましだ。


「分かった。来たくなったら来る」


 セリナは、また来るとは約束しなかった。


 俺も、戻ってこいとは言わなかった。


 ただ、戻りたくなった時の場所だけは教えた。


 約束がなくても、道があれば戻れる。


 それくらいの方が、たぶん俺たちには合っていた。

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