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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第五章 「外の世界は面倒が多い」

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第55話 地下より、入口の外が面倒



「今日は地下へ入らないぞ」


 朝、装備を確かめていた俺へ、リゼが先に言った。


「分かってる」


「その返事、最近多いね」


 ヴィオラがコインを指先で転がす。


「地下へ入らないのに、その格好をする必要ある?」


「何かあった時に走れるようにだ」


 今日は地下の調査ではない。


 入口を管理しているらしい巡回者が、いつ、何人で来て、何を見て、どれくらい滞在するのか。それを離れた場所から観察する。


「一度見ただけでは、巡回の規則など分からぬ」


 千代が念を押した。


「今日は一回分の記録だけ取る」


「前回の目撃も忘れるな」


「分かってる。まともに時間を記録するのが今日初めてってこと」


 同じ人数が同じ時間に現れても、二回だけで周期とは決めない。


     ◇


 前回隠れた場所は使わなかった。


 同じ所へ繰り返し人が入れば、草や地面に痕跡が残る。相手が入口の周囲まで確認するなら、隠れ場所そのものを見つけられるかもしれない。


 リゼとヴィオラが、少し離れた位置を探した。


 入口が直接見えすぎない。逃げ道がある。風下を避け、足跡が残りにくい地面を選ぶ。《淫獄》へ退避できる場所からも遠すぎない。


「見るだけなのに準備が多い」


「見つからないための準備だ」


「地下へ入るより面倒じゃない?」


「今のところはな」


 その答えは聞きたくなかった。


     ◇


 観察を始めても、何も起きなかった。


 鳥が鳴く。風が葉を揺らす。虫が腕へ止まり、追い払ってもまた近くを飛ぶ。


 地下入口は静かなままだ。


「地下探索より暇だね」


「暇な方が安全なんだろ」


「そう思えるなら成長したな」


 リゼに褒められた気がしない。


 声を抑え、姿勢を変える回数も減らす。


 時間だけが過ぎていく。


「動くな」


 姿勢を変えようとした俺の肩を、リゼが押さえた。


 反対側では、ヴィオラが声を潜めるために顔を寄せてくる。


「見つからないための準備、大変だね」


 耳元へ息が触れた。


 片側には、身体へ沿うように装備を締めたリゼ。


 反対側には、身軽な旅装のヴィオラ。


 狭い。近い。


 今はそういうことを意識している場合ではない。


『《淫獄石》を35個獲得しました』


『所持《淫獄石》:860』


「……最悪のタイミングだ」


「何か出た?」


「声を出すな」


 リゼに叱られたので黙った。


 待つという行為は、何もしないことに似ている。だが実際には、勝手に動かないことを選び続けなければならない。


 俺には地下を歩くより向いているはずなのに、妙に疲れた。


     ◇


「来た」


 リゼの声で、身体を低くする。


 二人。その少し後ろに、もう一人。


 前回と同じ三人かは分からない。距離があり、顔も細部も見えなかった。


 似た形式の実用装備。武器。一人は記録板か冊子のような物を持っている。


 動きには慣れがあった。


 一人が周囲を警戒し、残りが標識と入口を確認する。


 標識の表面を拭き、表示を手元の記録と照らし合わせる。石段の上から暗い内部を見て、音か匂いを確かめるようにしばらく止まった。


 それでも地下へは入らない。


「やっぱり、中には入らないんだ」


「入る必要がないのか、今日は入らないだけなのか」


「前回も入らなかったよ」


「二回で結論を出すな」


 リゼの声は小さいが厳しい。


 巡回者の一人が、入口脇から周囲の地面へ視線を移した。


 屈み、草の根元を見る。


「あれ、足跡見てない?」


「見てる」


 喉が乾いた。


 こちらへ向かってくる様子はない。だが入口だけでなく、その周辺を人が通った痕跡まで確かめている。


 何かを記録し、三人は来た方向へ戻っていった。


 十分に離れるまで、俺たちは動かなかった。


     ◇


「時間だけ分かっても、足跡でばれるかもしれないね」


 ヴィオラが言った。


「出入りするなら痕跡対策も必要だ」


「地下に行く前にやること増えてない?」


「増えてる」


 否定してほしかった。


 千代から渡された簡易記録へ、来た時間帯、人数、滞在時間、行動を書き込む。


 標識を見た。入口を見た。周囲の足跡も確かめた。地下へは入らなかった。


「前回と似てるね」


「まともに時間を記録したのは今日の一回だけだ。前と似てても、同じ周期だとは決めない」


「慎重だね」


「十個も撤退条件を作った後だからな」


 ヴィオラは去った巡回者の方向を見る。


「少し離れて、どこへ帰るか追ってみる?」


 拠点か街の方向が分かるかもしれない。


 知りたい。


 だが尾行が見つかれば、ただ観察しているより話が大きくなる。相手が本当に三人だけかも分からない。


「追わない」


「知りたくない?」


「知りたい。でも今日はそれを調べに来てない」


「最近、その止まり方が上手くなったね」


「褒められてる?」


「半分くらい」


     ◇


 入口付近で《淫獄》を開くことも避けた。


 地下では入口直下が緊急帰還地点になる。だが地上で開く瞬間を巡回者に見られれば、《淫獄》そのものを知られる。


 地下入口から十分に離れ、巡回者が去った方向とも違う場所まで移動する。


 周囲を確認してから《淫獄》を開いた。


     ◇


「今日も何もしてないのに疲れた」


 帰還して荷物を下ろすと、縁が足元へ寄ってきた。


 俺がゆっくりしゃがむ。


 縁は逃げなかった。


 手は伸ばさない。その距離のまま、近くへ座る。


「外で待ってただけなんだけどな」


 縁は答えず、尻尾を身体へ寄せた。


 共用部屋では、千代が報告を待っていた。


 今回も巡回者は二人か三人。標識、入口、周囲の痕跡を確認し、一定時間滞在して去った。地下へは入っていない。


「巡回の時刻より、見ている範囲が分かったことの方が大きい」


 千代が記録を読む。


「入口だけじゃなく、周りまで見てる」


「痕跡を残せば、いずれ気づかれる」


 リゼが言った。


 そこで、今まで避けていた問題に気づいた。


「……そもそも、あそこって勝手に入っていい場所なのか?」


 誰も答えなかった。


 許可が必要なのか。登録がいるのか。最低危険度なら自由に入れるのか。管理者への申告が必要なのか。


 何も知らない。


「分からぬ規則を、存在せぬものとして扱うわけにはいかぬ」


 千代が小石を一つ追加した。


「地下の危険。巡回者に見つかる危険。それから、知らぬまま規則を破る危険か」


「地下より、入口の外が面倒になってない?」


「順調だね」


「何が?」


     ◇


 結論は、数日分の観察記録を取ることだった。


 毎日同じ時間には行かない。同じ場所も使わない。日を空け、朝、昼、夕方で分ける。


 その間、地下へは入らない。


「地下探索の前に、巡回表を作ることになるとは思わなかった」


「攻略対象が人間になってきたね」


「攻略しない。見つからないようにするだけ」


 夜、千代の簡易図へ「巡回確認」と書き足した。


 地下の奥には、正体の分からない音がある。


 入口の外には、誰かがいる。


 そして俺たちは、そのどちらにも見つからず動こうとしていた。


 地下へ入るために、地下へ入らない日が増えていく。


 少し前なら、遠回りだと思ったかもしれない。


 でも、見つかってから後悔するよりはいい。


 俺が欲しいのは、先へ進むことじゃない。


 いつでも自分で戻れることだった。

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