第54話 探索装備って、そういうもの?
「次に入る前に、服から見直す」
朝食後、リゼが言った。
「服まで?」
「装備は武器だけじゃない。服も含めて装備だ」
前回の地下探索では、松明で片手が塞がり、歩くたび荷物が揺れた。袖や裾も、狭い場所では引っかかるかもしれない。
湿気、冷気、汚れ。転べば石床だ。
「むしろ地下へ行くなら重要ですわ」
レイナにも当然のように言われた。
「新しい装備を買う金はないけど」
「今ある物で直せばいい」
布、古着、紐、革片、留め具の代用品。床へ並べると、頼りない材料でも工夫の余地はあるらしい。
◇
最初はリゼだった。
長い髪を普段より強くまとめ、袖と裾を締める。腰の小物を身体へ寄せ、武器の位置も狭い場所で抜きやすい角度へ変えた。
「これなら引っかかりにくい」
上着を締め直したことで、普段より身体の線がはっきりする。
合理的だ。
地下で俺を守るための準備だと思うと、別の意味でも目が離れなくなった。
『《淫獄石》を70個獲得しました』
『所持《淫獄石》:355』
「……今?」
「今だね」
ヴィオラが楽しそうに表示を覗く。
「増えたけど、思ったより少ないな」
「見慣れた?」
「そういう言い方するな」
リゼの実戦姿は何度も見ている。同じではないが、近い刺激へ慣れてきた可能性はありそうだった。
◇
「じゃあ次は私」
ヴィオラは細身のズボンへ小袋を固定し、コインを取り出しやすく、落としにくい位置へ移した。
身軽な旅装。逃げるにも走るにも向いている。
「どう? 逃げ足は速そう?」
軽く回り、こちらを見る。
全員が表示を待った。
何も起きない。
「……出ないね」
「お前、その格好、普段とあんまり変わらないからじゃないか?」
「見慣れた?」
「だからその言い方やめろ」
「衣装を変えれば出るわけじゃない、と」
ヴィオラは残念がるより、結果を面白がっていた。
◇
「留守番でも、装備の確認は必要じゃ」
次に千代が立った。
長い黒髪を高い位置でまとめ、袖を締める。帯も動きを妨げない形へ整えた。
女城主としての威厳は残っている。だが、城内で指示を出す姿ではなく、自分で現場へ降りる者の格好だった。
千代は数歩動き、俺の前で止まる。
「これなら動けるか?」
「俺に聞かれても――」
『《淫獄石》を110個獲得しました』
『所持《淫獄石》:465』
「これは出るんだ」
「俺にも分からない」
「石は答えたよ」
「黙ってろ」
◇
「服装の問題でしたら、わたくしも確認しておきますわ」
地下へ行かないレイナまで参加した。
裾を動きやすい長さへまとめ、髪を束ねる。上着を身体へ留め、汚れを避けるための手袋も試した。
上品さは消えていない。
むしろ、令嬢らしさを残したまま実用を選んだことが新鮮だった。
「誰かに着ろと言われたわけではありませんわ。必要なら、わたくし自身が選びます」
「似合ってる」
『《淫獄石》を150個獲得しました』
『所持《淫獄石》:615』
レイナが瞬いた。
「……今、普通に褒めました?」
「石のせいにしていい?」
「よろしくありません」
◇
ファステは自分の服を試さなかった。
代わりに俺の腰の小袋を見て、眉を寄せる。
「夜斗様、それでは歩くたびに揺れてしまいます」
「さっき結んだんだけど」
「少し失礼します」
ファステが近づいた。
腰紐をほどき、身体へ沿うように結び直す。背中側へ回った手が肩紐を引き、荷物の位置を確かめた。
本人は完全に実務だ。
だから余計に、近い。
「一度、歩いていただけますか?」
言われたとおり数歩動く。
小袋はほとんど揺れなかった。
ファステは結び目をもう一度確かめ、安心したように笑った。
「これなら、走っても邪魔にならないと思います。戻る時にも問題ありません」
俺が無事に戻ることを前提に、真剣に考えてくれている。
その距離と、今まで積み重なった生活が一緒に刺さった。
『《淫獄石》を210個獲得しました』
『所持《淫獄石》:825』
「……一番増えた」
「服じゃなかったね」
ヴィオラの指摘へ反論できなかった。
◇
その後も全員で留め方を調整したが、表示は二度と出なかった。
「最初の一回だけ?」
「同じ刺激じゃ飽きる?」
「俺の性癖を研究対象にするな」
服だけではないのだろう。
初めて見る姿。その人らしさとのギャップ。本人が何のために選んだのか。俺との関係。
同じ格好を何度見ても、同じだけ出るとは思えない。
「じゃあ次は、全員もっと夜斗好みにしたら早く貯まるんじゃない?」
「やらない」
即答した。
「石のために服を選ばせるのは違う。本人が必要だから選ぶ。その結果、俺に刺さったら出る。それくらいでいい」
「当然ですわ。わたくしの服は、わたくしが決めます」
「石が出ようが出まいが、必要なら整える」
千代も頷く。
「夜斗様が安全に戻れる方が大切です」
ファステの言葉に、また表示が出ないか一瞬身構えた。
何も起きなかった。
少し安心した。
◇
最終的に、探索班三人の荷物は身体へ固定された。
袖と裾をまとめ、髪を邪魔にならない形にする。防寒布、予備光源、応急処置用品の位置も決めた。
撤退時に捨てていい荷と、絶対に持ち帰る物も分ける。
「装備が整ったからといって、すぐ行くわけではないぞ」
千代が釘を刺した。
巡回者がどれくらいの頻度で来るのか。誰が管理しているのか。まだ分からない。
「分かってる。地下の前に、外を見ないとな」
準備が終わるころ、縁が俺の足元へ来て座った。
「お前は装備いらないな」
反応はない。
石も出ない。
それでいい。
地下探索の準備をしていただけなのに、《淫獄石》は540個増えた。
正確には、地下が増やしたわけではない。
同じ服でも、同じ相手でも、同じだけ増えるわけではない。
服より、その服を誰が、何のために選んだか。
たぶん俺は、そういうものまでまとめて見ている。
探索装備とは、そういうものではないはずなのだが。




