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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第五章 「外の世界は面倒が多い」

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第51話 地下へ入る前に

「で、いつ入る?」


 朝食を終えた直後、ヴィオラが聞いてきた。


 正直に言えば、昨日から少し気になっている。


 あの石段の先に何があるのか。あの音は何だったのか。


 入りたくない。でも、気になる。


 だからこそ、その場の勢いで行くのは嫌だった。


「その聞き方がおかしい。まず入るかどうかを決める」


「昨日よりはまともだな」


 リゼが言った。


「昨日もまともだっただろ。ちゃんと入らずに帰ってきた」


「入りたそうな顔はしてた」


「顔だけで減点されるの?」


「行動へ移さなかった分は加点してやる」


「入るか否かを決める前に、必要条件を出せ」


 千代が床へ小石を並べ始めた。


「何が分からず、何が足りず、何が起きれば戻るのか。先に決めるべきはそこじゃ」


「入る前から帰る話?」


「帰れぬ者に次の探索はない」


 慎重というより、最悪の想像が得意なだけだと思う。


 だが地下へ入る時くらいは、それが役に立つはずだ。


     ◇


「どこまで続いてるか分からない」


 俺が言うと、千代が小石を置いた。


「ほかに出口があるかも不明。崩落、空気、水、今も誰かが使っている可能性」


 リゼが続けるたび、小石が増える。


「動物や、それ以外の何かがいるかもしれませんわ」


「罠もね」


 ヴィオラがコインを弄ぶ。


「人工物なら、入ってほしくない誰かが作った可能性がある」


「逆に、入ってほしい者が作った罠かもしれぬ」


 年代も、建造者も、目的も分からない。


「地下で《淫獄》の入口を開けられるかも分からない」


 最後に俺が言うと、全員の視線が集まった。


「最後が一番大事」


「戦うより逃げる方法が先か」


「逃げられない場所で戦う方が嫌だ」


 石壁に囲まれた場所で入口が開かなければ、自分たちの足で階段まで戻るしかない。


「それを確かめず奥へ進むのはなしだ」


 リゼの言葉に、誰も反対しなかった。


     ◇


 最優先は照明だった。


 枝へ繊維を巻き、燃料になりそうな物を染み込ませる。松明らしき物は作れても、どの程度保つか分からない。


「一つ燃やして確かめましょう」


 ファステが、同じ長さの目印を用意した。


「火を使うなら煙も考えないといけません」


「地下で煙が逃げぬ可能性もある」


 千代が頷く。


 明るすぎれば燃料を早く使い、弱ければ前が見えない。持つ者の片手も塞がる。


「予備も必要だ。一つ消えてから次を探すのでは遅い」


「暗い所へ行く準備って、地味だね」


「命に関わる準備ほど地味なんだよ」


「それは正しい」


 リゼに珍しく認められた。


 縄は段差、滑落防止、救助、帰路確認へ使える。


「入口へ結んで伸ばせば迷わない?」


「一本だけに頼るな。切れれば終わりだし、引かれれば位置を知らせる」


 目印も布、形の違う石、簡単な標識を組み合わせる。正体不明の遺構へ傷をつける案は見送った。


 水と少量の食料。布、傷を洗う水、固定用の板と紐。


 ファステが応急処置用の物をまとめ、使い方まで確認する。


「大きな怪我へ対処できる物ではありません」


「大きな怪我をする前に戻る」


 そう答えると、ファステは少し安心したように頷いた。


     ◇


 行くのは昨日と同じ、俺、リゼ、ヴィオラの三人。


 人数を増やせば安心に見えるが、狭い場所では動きにくくなり、守る相手も増える。


 千代、ファステ、レイナは留守番だ。


「縁も連れていけば?」


 ヴィオラが床の端を見た。


 準備会議の途中から、縁が少しずつこちらへ近づいていた。


 俺が縄をまとめていると、手を伸ばせば届く位置まで来て、そのまま足元へ座る。


「あら」


「最近、夜斗様の近くにいることが増えましたね」


「そう?」


「気づいてなかったの?」


 手を伸ばしかけて、やめた。


 縁が自分から選んだ距離なら、こちらから詰める必要はない。


 別の縄を取るため、俺が少し姿勢を変える。


 縁は逃げなかった。


 俺の足を避けるように尻尾を丸め直し、同じ場所へ座り直しただけだった。


「以前、《淫獄》が変わる前に反応してたでしょ。地下でも何か分かるかも」


「能力があるかも分からないのに、危険な場所へ連れていく理由にはならない」


「便利そうだから連れていく、は違う」


 リゼも同意した。


 縁は会話など気にせず、前脚を舐め始めた。留守番で決定だ。


     ◇


 撤退条件の中で、特に重要なものは三つだった。


 光源を失ったら戻る。


 人の声や未知の生物の痕跡を確認しても、追わずに戻る。


 地下で《淫獄》の入口が開かなければ、入口付近から先へ進まない。


 空気、水、崩落、予定時間についても、千代が小石を動かしながら条件へ加えた。


「多くない?」


「命が一つしかないからじゃ」


 千代は最後の小石を置いた。


「そして迷った時点で戻れ。迷ったまま進むことを、勇気とは呼ばぬ」


「忘れそうだから書いた物を持っていく」


「暗くて読めなかったら?」


「その時点で光源の条件に触れてるから帰る」


「徹底してるね」


 地下で入口が開くかは、石段を降りた直後に試す。それで駄目なら奥へ進まない。


 開いたとしても、奥でも確実に開く保証にはしない。


     ◇


 午後は松明を実際に燃やした。


 明るさ、煙、熱、燃え方。同じ長さの目印と比べ、おおよその持続を確かめる。


 持ち物も並べ、帰還と応急処置に必要な物だけを残した。


 不安になった俺は、使えそうな物をさらに足そうとした。


「重すぎれば逃げられない」


 リゼが止める。


「必要になるかもしれない」


「その可能性だけで全部持てば、荷物に殺されるぞ」


「準備したら荷物が増えて、逃げにくくなるの欠陥じゃない?」


「準備の準備が必要だね」


「さらに荷物が増えそうなことを言うな」


 必要最低限まで減らした。


     ◇


 初回の目的は、攻略でも宝探しでもない。


 入口周辺の安全と、《淫獄》への帰還が可能かを確かめる。それだけだ。


「目的を増やすな」


 千代が念を押した。


「珍しい物を見つけても持ち帰らない。道が続いても進みすぎない。何か聞こえても確かめに行かない」


「入口調査だけ」


「それでいい」


 リゼが頷く。


 翌日、入口周辺だけを再調査する。


 本格的な内部探索は、まだ先だ。


     ◇


 夜。


 俺は個人空間の入口で、まとめた荷物を見た。


 未知の地下。


 少し怖い。


 同じくらい、少し気になる。


 怖くないふりをする必要はない。


 怖いから準備する。危ないと思ったら帰る。


 明日、最初に確かめることは決まっている。


 地下でも、《淫獄》へ帰れるのか。


 いつの間にか、縁が少し離れた場所で丸くなっていた。


「明日は、入口だけだからな」


 縁は返事をしない。


 耳だけが、少し動いた。


 地下へ入る準備は、だいたいできた。


 だからといって、怖くなくなったわけじゃない。


 明日確かめるのは、奥に何があるかじゃない。


 ちゃんと帰れるかどうかだ。


 今の俺には、それで十分だった。

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