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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第四章 「帰る場所があっても」

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第40話 旅人は、食べられるものを知っている


「これ、毎日探してるの?」


 朝食の途中、セリナが手にした焼いた根を見て尋ねた。


「毎日ではない。少し多めに取れた日は、次の日の分まで残す」


 リゼが答える。


「乾かせる物は乾かしています。ただ、長く置ける物はまだ少なくて」


 ファステが申し訳なさそうに続けた。


「責めてるんじゃないわよ」


 セリナは根を一口かじった。


「よく知らない土地で、食べられる物をここまで見つけたなら十分。私が聞きたいのは、同じ場所へ何回行って、毎回どれくらい持って帰ってるか」


 千代が物置から、小石と素材片を並べた板を持ってきた。


 正確な帳簿ではない。


 食料、水、火、道具。それぞれの減り方と補充量を、形の違う小石で表した簡易記録だ。


「量はこれで分かる。場所は?」


「地図がないから、目印で覚えている」


 リゼが答え、採取場所を順に説明する。


 折れた太い木。二つに割れた岩。浅い水場。白い花が固まって咲いている場所。


 セリナは質問を重ねた。


「そこへ行くまでに、同じ草はあった?」


「あったが、少なかった」


「実が落ちてた場所は?」


「斜面の下だ」


「上は見た?」


「危険が増えるから、まだだ」


「正解」


 セリナは迷わず頷いた。


「食べ物を探すんじゃなくて、食べ物がある場所を覚えるの。一個見つけるたび持ち帰るより、どこに何が、いつ、どのくらいあるかを繋げた方がいい」


 俺が好きなゲームなら、資源地点へ印をつけて周回経路を作るところだ。


 現実では魔物もいるし、資源はクリック一つで復活しないけど。


「つまり採取ルートか」


「そう。安全な道があるなら、毎回違う場所を探す必要はないでしょ」


 俺、リゼ、セリナの三人で外へ出ることになった。


 ファステも同行したがったが、今回は持ち帰った物を処理する準備を頼んだ。


「これは役割分担だからな」


「……はい。お任せします」


 以前より返事までの間が短い。


 それだけでも、共同生活は少しずつ変わっている。


     ◇


 外へ出ると、セリナはまず地面へしゃがみ込んだ。


「昨日と同じ出口?」


「基本的には」


「基本的には、ね」


 何か引っかかったらしいが、深くは聞かなかった。


 土を指で触り、風の向きを確かめる。周囲の木々を見上げ、歩き出す前に戻る方向を二度振り返った。


「何してる?」


「帰り道を見てる」


「まだ出たばかりだぞ」


「出たばかりだから見るの。迷ってから探すんじゃ遅いでしょ」


 正論だった。


 先頭はリゼ。その少し後ろをセリナが歩き、俺は二人に挟まれる。


 自分が一番弱い以上、これが合理的な位置だ。


 断じて護衛されるのが楽だからではない。


「足元、そこは踏まないで」


 セリナが言った。


 一歩出しかけた足を止める。


 地面には、周囲よりわずかに色の薄い苔があった。


「危険なのか?」


「知らない」


「知らないのかよ」


「知らない。だから踏まない。毒があるかもしれないし、下が空洞かもしれない。ただ色が違うだけかもしれない」


 セリナは苔を避けて歩く。


「知ったかぶりして死ぬよりいいでしょ」


「そいつの判断は正しい」


 リゼまで頷いた。


 未知の世界では、分からないことを分からないと言えるのも能力らしい。


 既知の採取場所へ着くと、セリナはすぐ食材へ手を伸ばさなかった。


 周囲を歩き、同じ植物がどこまで続いているか確かめる。


「根を取った場所はここ?」


「そうだ」


「全部掘った?」


「必要な分だけだ」


「それも正解。全部取ったら次がないわよ」


 少し離れた木の根元には、小さな実がいくつも落ちていた。


 セリナは一つ拾い、割って匂いを嗅ぐ。


「食べられる?」


「似た物は知ってる。でも、これは知らない」


「じゃあ持ち帰らない?」


「触れた反応は今のところない。少量だけ別に包んで、観察用。食べるのは後」


 安全認定はしない。


 それでも、調べられる形では持ち帰る。


 その線引きが早い。


 既に食べた実績のある根と若芽は、群生している場所を確認して必要量だけ採った。


 香りの強い草は、ファステに見せるため先端を少量。


 水場では流れと周囲の足跡を調べ、長く留まらず水だけ確保する。


 途中、セリナが平らな岩の前で立ち止まった。


「ここ、休める」


「開けすぎてないか?」


 俺は周囲を見た。


「だから座る場所は岩の裏。道と林の両方が見える。何か来ても二方向へ逃げられる」


 リゼが位置を変えながら確認する。


「悪くない。ただし長く休む場所じゃない」


「同感」


 二人の意見が一致した。


 俺は岩の形と、そこまでの目印を頭へ入れる。


 採取場所、水場、短時間の休憩地点。


 単独ではただの点だった場所が、一つの道として繋がり始めた。


 セリナは目印にする木や岩も、片っ端から選びはしなかった。


「目立つ物なら何でもいいんじゃないのか?」


「季節や天気で見え方が変わる物は避ける。花は散るし、細い枝は折れる。水の量も変わる」


 選んだのは、幹が二股に分かれた大木と、片側だけ白く欠けた岩だった。


「帰りには反対側から見ることになるから、戻る向きでも分かるか確認する」


 実際に少し進んでから振り返る。


 二股の木は分かったが、白い岩は草に隠れてほとんど見えない。


「これは目印に向かないわね」


「さっき自分で選んだだろ」


「選んだものが全部正しいなら、確認なんていらないでしょ」


 間違いを認めるのが早い。


 ヴィオラとは別の意味で、失敗を必要以上に引きずらない人物らしい。


 代わりに、岩の近くで地面から突き出した太い根を目印に加えた。


 水場へ続く区間では、獣の足跡が増えていた。


 リゼが手を上げ、全員を止める。


「昨日より新しい」


「水を飲みに来てるだけかもしれない」


 セリナが足跡の向きを見る。


「でも、こっちと帰り道が重なる。今日は水場へ近づかない方がいい」


「水は足りるか?」


「今日の分はある」


 俺が答えると、リゼは引き返す判断をした。


 安全な採取ルートは、一度決めれば永久に安全になる道ではない。


 毎回状態を見て、危険なら使わない。


 ゲームの周回ルートより面倒だが、現実なので当然だった。


「この区間は水場へ寄らない迂回路も探した方がいい」


「今日は探さない」


 セリナが言う。


「荷物があるし、知らない道を調べる準備もしてない。次の課題ね」


 できるからといって、その日に全部やらない。


 それも長く旅を続けるための判断なのだろう。


 帰路では、行きと違う方向へ逃げられる分岐も確認した。


「何か出たら倒すのか?」


 俺が聞くと、セリナは即答した。


「逃げる」


「種類による」


 リゼが続く。


「逃げた方が安全なら逃げる。追いつかれるなら迎え撃つ」


「いい護衛ね」


「お前は戦えないのか?」


「道を開けるくらいは。でも倒すまで付き合う気はないわ。放浪者の勝ちは、生きて次の場所へ着くことだから」


 戦い方まで、リゼとは違う。


 リゼは仲間を守るため前へ立つ。


 セリナは、全員が逃げられる道を先に探す。


 同じ安全を求めていても、見ている場所が違った。


     ◇


 帰ると、ファステが土間に布を広げて待っていた。


 食べた実績のある物。


 保存を試せそうな物。


 正体不明で、観察だけに留める物。


 最初から混ざらないよう分けて置く。


 ファステは持ち帰った物の量を見たあと、昨日まで残していた食料も並べた。


「一緒に調理した方がよい物と、別々に保存した方がよい物があります」


「毎回同じ料理にする必要はないわ」


 セリナは乾かしかけの根を持ち上げた。


「薄さを二種類にしてみたら? 薄い方は早く乾く。厚い方は時間がかかるけど、砕れにくいかもしれない」


「両方、少量ずつ試してみます」


 ファステはすぐ全部を切らず、試験分だけを分けた。


 以前なら、最善だと思った方法を一人で最後まで仕上げようとしたかもしれない。


 今は結果が出るまで待ち、他の者へ意見を求められる。


「味見は私が引き受けようか?」


 ヴィオラが手を挙げる。


「正体不明の実は駄目です」


「賭けとして面白いのに」


「勝っても得るものが腹痛では、割に合いませんわ」


 レイナの冷静な指摘で、ヴィオラが手を引っ込めた。


「この家、危ない勝負を止める人が多いね」


「止める必要のある人がいるからではないか?」


 千代が言うと、セリナが声を上げて笑った。


「この草は、香りづけに使えるかもしれません」


「まず少量を加熱して、匂いが変わらないか見た方がいいわ」


 セリナが言う。


「この根は薄く切れば乾きやすそうです」


 ファステが切り口を見る。


「携行食にするなら、乾かしたあとに砕れないかも確認ね」


 レイナは実と草を眺め、傷み方や質の差を分け始めた。


「同じ場所で採ったものでも、状態が違いますわ。保存する物は、こちらを優先した方がよさそうです」


 千代は小石の記録へ、場所ごとの量と再訪の目安を追加する。


「日常用をここ、予備をこちら。次に採れる見込みがあるなら、今ある物を無闇に減らす必要もない」


「印が増えすぎて分かりにくくない?」


 ヴィオラが横から覗き込んだ。


「場所ごとに石の色を変えたら? 次に行く場所を選ぶ遊びにもできる」


「遊びにする必要はあるのか」


「続けるなら、面倒なだけより楽しい方がいいでしょ」


 セリナが外で見つけた。


 リゼが危険を判断した。


 ファステが食べ方と保存を考え、レイナが品質を分け、千代が量を管理する。


 ヴィオラは続けやすい形へ変える。


 俺は、どこまでを試し、どこからを保留にするか決める。


 一人、便利な旅人が増えただけではない。


 新しい知識が、今までの役割を繋いでいた。


「数日しかいないのに、仕事増やしてない?」


 夕方、乾燥用に並べられた根を見て俺が言うと、セリナは笑った。


「逆。次から楽になるようにしてるの」


 食料が勝手に増えたわけではない。


 明日から探さなくてよくなったわけでもない。


 それでも、どこへ行けば何があり、どこで休み、どこから逃げるかが少し分かった。


 今日を食べるための探索が、次の日も使える道になった。


 それは今の《淫獄》にとって、十分に大きな改善だった。


 明日も外へ出る必要はある。


 けれど明日は、何も知らず食べ物を探し回る日ではない。今日覚えた道を確かめ、必要な分だけ持ち帰る日になる。


 その違いは、俺が思っていたより大きかった。


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