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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第四章 「帰る場所があっても」

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第39話 召喚したのに、出ていくらしい



『所持《淫獄石》:3,000』


『所持上限:3,000』


『《住民召喚》を実行できます』


 朝から目の前に浮かべる表示としては、あまりにも心臓に悪い。


 いや、違う。


 昨日の時点で同じ表示を見ている。そこで俺はちゃんと「今日は引かない」と決めた。


 つまり一晩待った。


 一晩考えた。


 これは衝動ではない。熟慮の末の決断である。


「朝からガチャの顔してるね」


「ガチャの顔って何だよ」


 共用部屋へ入ってきたヴィオラが、寝起きとは思えない楽しそうな顔で笑った。


「使う理由を頭の中で並べてる顔」


「……違う」


「じゃあ、使わない?」


「それは今から相談する」


「ほら、ガチャの顔だ」


 反論できないのが腹立たしい。


 朝食のあと、俺は全員へ表示を見せた。


「次の住民を召喚しようと思う」


 最初に反応したのは千代だった。


「食料と水は?」


「今すぐ一人増えても、数日は対応できる。ずっととなると改善が必要だけど」


「寝床は、空いている場所を整えれば用意できます」


 ファステが言い、レイナが共用部屋と個人空間を見回す。


「私物を置く場所も、少し詰めれば確保できますわ」


「戦える奴とは限らないぞ」


 リゼは土間の壁へ背を預けたまま言った。


「そこは分かってる。今必要なのは戦力だけじゃない」


「そうじゃない」


 リゼが俺を見る。


「召喚された奴が、ここへ残るとは限らんだろ」


 言われた瞬間、返事が止まった。


 ファステは自分で残ることを選んだ。


 リゼも、レイナも、千代も、ヴィオラも、それぞれの意思で今ここにいる。


 分かっていたはずなのに。


 ガチャで出た住民は、今まで全員残っている。


 俺はいつの間にか、次もそうなると思い込んでいたらしい。


「それ、ガチャに慣れてきた奴の危ない思い込みだよ」


 ヴィオラが面白そうに追い打ちをかけた。


「分かってる」


「今、分かった顔だね」


「……今、改めて分かった」


 召喚された時点で、システム上は住民になる。


 だからといって、俺に忠誠を誓うわけでも、ここで暮らすことを望むわけでもない。


「それでも、回すのじゃな?」


 千代の問いに、俺は頷いた。


「回す。誰が来ても、まず本人に聞く」


「ならばよい」


 全員が少し距離を取る。


 縁だけは何が始まるか分からないまま、庭へ続く戸口の近くで長い尾を揺らしていた。


 俺は表示へ指を伸ばす。


「第5回通常《住民召喚》を実行する」


『3,000《淫獄石》を消費します』


『実行しますか?』


「実行する」


 光が弾けた。


『所持《淫獄石》:0』


『通常《住民召喚》回数:5』


『次回必要《淫獄石》:10,000』


「一万……」


 思わず声が漏れた。


 3,000を使った直後に見せる数字じゃない。


「もう次を見てる」


「見せられたから確認しただけだ」


「はいはい」


 ヴィオラの声を無視して、光の中心を見る。


 そこには一人の女性が立っていた。


 年齢は二十代半ばくらいだろうか。


 使い込まれた上着に、動きやすそうな服。丈夫そうな靴は土と細かな傷にまみれている。背負っている荷物は、長旅をしてきた者とは思えないほど小さい。


 腰には短い刃物と、丸めた細い縄。


 首から下げた古びた方位磁針は、針が一方向を示さず、小刻みに震えていた。


『SR《気ままな放浪者》セリナ・ウェルズ』


『《住民》として登録しました』


 セリナは怯えるより先に、部屋を一周見回した。


 窓。扉。俺たちの位置。土間に置かれたリゼの装備。庭へ続く出口。


 最後に俺を見た。


「あんたが王?」


「一応」


「強い?」


「弱い」


「戦える?」


「ほぼ無理」


 セリナは数秒、俺の顔を見つめた。


 それから吹き出した。


「正直ね」


「嘘をついても、たぶんすぐばれるし」


「そうね。立ち方からして戦う人じゃないもの」


 召喚された直後の相手にも一瞬で見抜かれた。


 異世界に来てから、俺の戦闘力に対する評価だけは誰からもぶれない。


「まず状況を説明する」


 俺は《淫獄》と《住民召喚》について、分かっている範囲だけを話した。


 セリナは途中で口を挟まず、時々、短く問いを返す。


「ここは外とは別の場所?」


「そうらしい」


「外には出られる?」


「出られる」


「自由に?」


「危険だから、出る場所や時間は相談してほしい。でも、閉じ込めるつもりはない」


「戻らなくても?」


 その質問だけ、少し重かった。


 使ったばかりの3,000という数字が頭をよぎる。


 次は10,000だ。


 ここで「戻れ」と言えば、俺は住民を得るために石を払った王になれるのかもしれない。


 でも、それは俺が作りたい場所とは違う。


「……いいよ」


「いいの?」


「システム上は住民として表示されてる。でも、それを理由に命令するつもりはない。どこにいるかは、自分で決めていい」


 セリナは、今度は笑わなかった。


 確かめるように俺を見る。


「じゃあ、私は出る」


「え?」


 理解するまで、一拍かかった。


「今?」


「今すぐじゃないわよ」


 セリナが呆れたように肩をすくめる。


「放浪者と自殺志願者は違うわよ。外の地形も、危険な生き物も、水場も、人里の場所も知らない。そんな状態で飛び出すほど馬鹿じゃない」


「じゃあ……」


「二、三日泊めて。その間に、ここがどういう場所か、外がどうなってるか知りたい」


 壊れた方位磁針を指先で持ち上げる。


「旅に出る前に、どこから出るのかくらい知っておきたいじゃない」


 残るか迷うためではない。


 出ることは、もう決めている。


 そのうえで、安全に出る準備をするために滞在する。


 俺にはない決断の速さだった。


「外へ出る前に、もう少し聞いていい?」


「分かることなら」


「出口は毎回同じ場所に繋がる?」


「今のところは。ただ、俺が出入口を開く必要がある」


「外から一人で戻れる?」


 答えに詰まった。


 ファステたちは俺と一緒に出入りしている。離れた住民が単独で《淫獄》へ戻れるかは、まだ確かめていない。


「分からない」


「じゃあ、戻りたくなっても戻れないかもしれないのね」


「そうなる」


 セリナは不安がるのではなく、その事実を覚えるように一度頷いた。


「戻る方法が分からないなら、出るのをやめるか?」


「やめない。でも、帰り道がないかもしれない前提で準備する」


 迷わない。


 ただし危険を無視するわけでもない。


「危険な生き物は?」


「いる。俺は声を聞いただけで逃げる」


「それは聞かなくても分かった」


「何でだよ」


「弱いって言った時、悔しそうじゃなかったから」


 それは褒められているのだろうか。


 少なくとも、命を懸けてまで見栄を張る気がないのは事実だった。


「水場と採取場所は何か所かある」


 リゼが会話へ加わる。


「だが安全が保証された道じゃない。私たちも見ていない場所の方が多い」


「十分。知らない場所が多いって分かっただけでも情報よ」


「武器は?」


「逃げ道を作る程度なら」


 セリナは腰の刃物を軽く叩いた。


「勝てない相手を倒すためには使わない」


「なら、少なくとも自分の力量は分かっているらしいな」


「放浪者と自殺志願者は違うって言ったでしょ」


 二人の間に、戦える者同士だけが分かる確認が成立したようだった。


 俺は完全に外側である。


 別に寂しくはない。安全になるなら何でもいい。


「寝床を整えますね」


 ファステが言った。


「短い間でも、休む場所は必要ですから」


「ありがとう。あなた、ここの宿の人?」


「宿ではありませんが……生活のことを主に担当しています」


「私はリゼだ。外へ出るなら、勝手に先行するな」


「戦う人ね」


「護衛だ」


「レイナ・クロフォードですわ。必要な物があるなら、先に確認した方がよろしくてよ」


「荷物は少ないから大丈夫」


「少ないことと、足りていることは別ですわ」


「冬月千代じゃ。食料を持ち出すなら量を申告せよ」


「話が早くて助かるわ」


「ヴィオラ。旅立つ前に一勝負どう?」


「道に迷うかどうかを賭けるなら嫌よ」


「まだ何も言ってないのに」


 一通りの顔合わせが終わったところで、縁がセリナの靴へ近づいた。


 大きな耳を動かし、匂いを嗅ぐ。


「これ何?」


「分からない」


「飼ってる?」


「観察中じゃ」


 千代が真顔で答える。


 セリナは縁と、庭の寝床と、餌の器を順番に見た。


「ずいぶん手厚い観察ね」


「全員そう言う」


 俺が答えると、縁は興味を失ったように庭へ戻った。


 その日の夜。


 新しく整えた簡易寝床のそばで、セリナは荷物を解いていた。


 本当に少ない。


 着替えと水袋、小さな火起こし道具、縄、刃物。あとは壊れた方位磁針くらいだ。


「こんなに壁のある場所で寝るの、久しぶり」


 セリナは寝床へ腰を下ろし、天井を見た。


「落ち着かない?」


「少し。でも嫌いじゃない。雨の音を気にしなくていいし、起きた時に荷物が濡れてない」


「なら――」


 残ればいい、と言いかけて止める。


 快適だと思うことと、留まることは別だと、さっき教えられたばかりだ。


「何?」


「いや。二、三日はゆっくり寝られるなって」


「そうね。出る前に休めるなら休んでおく」


 ファステや千代なら、休むことにも理由が必要になる。


 セリナは必要だと思えば働き、必要だと思えば迷わず休む。


 同じ家に入ってきても、暮らし方は全員違った。


「本当に出るんだな」


「出るよ」


「ここが嫌だから?」


「まさか」


 セリナは家の中へ視線を巡らせた。


 共用部屋ではファステが明日の準備をし、リゼが装備を確認している。レイナと千代は物置の整理について話し、ヴィオラは縁の前でコインを左右へ動かしていた。


「いい場所だと思う」


「じゃあ、残れば?」


 口にしてから、引き止めるつもりに聞こえたかもしれないと思った。


 けれどセリナは気を悪くしなかった。


「好きな場所と、今いたい場所は別よ」


 そう言って、壊れた方位磁針を胸元へ戻した。


 3,000個使って召喚した住民は、二、三日後には出ていくらしい。


 ガチャとして考えれば、かなり想定外だ。


 ただ、本人がそう決めたのなら。


 俺が決めるべきなのは、引き止める理由ではなく、無事に出ていける方法なのだと思った。


 少なくとも、勢いだけで家を出る人物ではない。それだけは信じてもよさそうだった。

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