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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第四章 「帰る場所があっても」

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第38話 その頃、俺以外の転移者たちは



「神崎、右!」


 鋭い声が飛ぶ。


 神崎蓮は考えるより先に地面を蹴った。


 直後、さっきまで彼がいた場所を、訓練用の木剣が横薙ぎに通り過ぎる。


「見えてる!」


「見えてるなら避けて!」


 訓練場の後方で、高峰美咲が片手を突き出した。


 その指先に淡い光が集まり、細い光弾となって神崎の脇を抜ける。光弾は彼へ木剣を振り抜いた兵士の足元へ着弾し、乾いた土を弾けさせた。


 兵士の体勢が崩れる。


 神崎は踏み込み、相手の胸当てへ寸止めの剣先を向けた。


「一本!」


 見届け役の兵士が声を上げる。


 だが、訓練は終わらない。


 左から、もう一人。


 神崎が振り向くより早く、薄い光の膜が彼の前へ広がった。打ち込まれた木剣が膜へ触れ、鈍い音を立てて止まる。


「蓮、前だけ見ない!」


「助かった、小川!」


「お礼は終わってから!」


 小川ひなたは返事をしながら、もう片方の手を高峰へ向けていた。高峰の足元にも同じ光が薄く広がり、魔法を放った直後の隙を狙っていた兵士の踏み込みを阻む。


 神崎が一人目を押し退け、二人目との間へ割って入る。


 高峰が小さく息を吸った。


「三つ数えたら伏せて」


「先に言ってくれ!」


「今言ったでしょ。一、二、三」


「短い!」


 文句を言いながら神崎が身を沈める。


 その頭上を、熱を帯びた風が走った。


 赤い光が扇状に広がり、二人の兵士をまとめて後退させる。直撃させず、逃げ道だけを塞ぐ正確な魔法だった。


 神崎が立ち上がる。


 左右へ一歩ずつ。


 木剣の切っ先を、一人、二人と順に胸元へ当てた。


「そこまで!」


 号令と同時に、訓練場を囲んでいた学生たちから歓声が上がった。


「また三人だけで勝ってるし」


「もう完全に勇者パーティーじゃん」


 神崎は額の汗を腕で拭い、露骨に嫌そうな顔をした。


「だから勇者じゃないって」


「剣持って魔法使いと治癒役を連れて、それは無理があるだろ」


「連れてない。勝手に一緒にいるだけだ」


「その言い方、感じ悪いんだけど」


 高峰が冷たい目を向けた。


「そういう意味じゃない」


「では、勇者殿ではなく神崎殿とお呼びしましょう」


 相手をしていた兵士が、肩についた土を払いながら笑う。


「最初からそうしてください」


「ですが、三人は一組で動かした方が安定します。そこは認めていただきたい」


「それは……まあ」


 神崎は高峰と小川を見る。


 高峰はすでに、自分が放った魔法の着弾位置を記録していた。小川は神崎の腕を取り、浅い擦り傷を見つけて眉を寄せている。


「いつの間にできたの、これ」


「今の訓練じゃないと思う。昨日かな」


「傷を作った日くらい覚えてて」


 淡い光が傷を包み、わずかな痛みが消える。


 神崎が前へ出る。


 高峰が周囲を見て、火力を通す場所を作る。


 小川が二人の隙間を塞ぐ。


 誰かがパーティーを組もうと言ったわけではない。


 訓練と、数度の実戦を重ねるうちに、自然とこの形になっていた。


     ◇


 訓練場にいる学生全員が、三人と同じように戦えているわけではなかった。


 標的へ向けて魔法を放ち、何度やっても手前の地面を焦がす者。


 手に入れた能力が、布の傷みを見分けることにしか使えないと落ち込む者。


 補助の力はあるが、自分一人では魔物へ対抗できない者。


 端では、一人の男子学生が木剣を握ったまま動けずにいた。


 実戦で初めて魔物を斬ったときの感触が、手から消えないらしい。


「神崎たちはいいよな。分かりやすく強くて」


 誰かが、悪意というより疲れた声で言った。


 神崎が振り返るより先に、小川が答えた。


「強いから楽ってわけでもないけどね」


 声は穏やかだった。


 責める響きも、自慢する響きもない。


「ごめん。そういうつもりじゃ」


「分かってる。私だって、治せる力があってよかったとは思ってる。でも、人が怪我するのに慣れたかったわけじゃないから」


 小川は自分の手を見る。


「慣れたくなかったけどね」


 誰も、すぐには返事をしなかった。


 力を得た。


 食事も寝床も与えられ、この世界で生きる方法も教わっている。


 それでも全員が、この状況を冒険だと楽しめるわけではなかった。


「帰る方法、本当に見つかるのかな」


 訓練場の隅で、別の学生が呟く。


 答えられる者はいなかった。


     ◇


「明日も訓練だってさ」


「その次はまた討伐らしい」


 宿舎へ戻る石造りの廊下で、学生たちの会話が続いていた。


「今度は参加者を増やしたいって」


「嫌なら断れるんだろ?」


「そう聞いてる」


 三浦悠斗は歩みを止めず、会話へ口を挟んだ。


「俺たち、いつの間にか戦う前提になってないか?」


「だから、嫌なら断れるって言われてるだろ」


「断れるのと、断りやすいのは別だろ」


 その言葉に、何人かが黙った。


 三浦は現地の人間を敵だと言いたいわけではなかった。


 転移した直後、混乱していた学生たちへ最初に水と食事を与えたのは彼らだ。


 着替えも、宿舎も、怪我の治療も用意された。


 この世界の言葉や危険についても教えられた。何も分からないまま外へ放り出されていれば、すでに何人かは死んでいただろう。


「親切なのは本当だと思う」


 三浦はそう前置きした。


「でも、親切なのと、俺たちを使いたくないのは別だ」


「疑いすぎじゃないか?」


「そうかもしれない。だから見てる」


 決めつけないために見ている。


 感謝しているからこそ、すべてを善意として受け取らない。


 それが今の三浦の立場だった。


 少し前を歩いていた神崎は、口を挟まなかった。


 反論できなかったからではない。


 三浦の警戒にも、自分が戦う理由にも、それぞれ筋があると思っていた。


     ◇


 夕食時、翌日の予定を確認するため、参加できる学生の人数が数えられた。


 そこで、空いた席の一つを見た誰かが言った。


「そういえば、黒瀬ってまだ見つかってないんだよな」


 食堂の空気が、ほんの少しだけ変わった。


 黒瀬夜斗。


 同じ講義室から転移したはずなのに、混乱の直後には姿が見えなくなっていた学生。


 現地の兵士たちは周辺を捜したという。


 学生側からも何人かが捜索へ参加した。


 けれど、痕跡すら見つからなかった。


「もう無理なんじゃないか」


「死んだって決まったわけじゃないだろ」


「でも、これだけ経ってるぞ」


「黒瀬なら、戦えないと思ったら逃げると思う」


 水野葵が、硬いパンをスープへ浸しながら言った。


 何人かの視線が集まる。


「それ、褒めてる?」


「全然」


 水野は即答した。


「私だって、あいつと特別仲がよかったわけじゃないし。授業で何回か話したくらい。でも、危ないのに格好つけて前へ出るタイプでもないでしょ」


「まあ、目立つタイプではなかったな」


「案外、どっか安全な場所を見つけて、私たちより普通に暮らしてるかもよ」


 数人が笑った。


 張っていた空気をほどくような、小さな笑いだった。


「黒瀬が?」


「想像できるような、できないような」


 神崎だけは笑わなかった。


 悲観した顔もしなかった。


「生きてるなら、それが一番いい」


 それだけ言って、食事へ戻った。


 黒瀬を捜すことを諦めたわけではない。


 けれど、見つからない一人のために、ここにいる全員の時間を止めることもできなかった。


     ◇


 夜、神崎たちを含む学生数名が、小さな会議室へ呼ばれた。


 机の向こうにいた現地の担当者は、最初に深く頭を下げた。


「近隣で魔物による被害が増えています。皆様には、現地兵に同行し、状況の調査と護衛へ協力していただきたいのです」


 机上の地図には、宿舎から少し離れた場所が示されていた。


 神崎たちがこれまで経験した街道沿いの小型魔物討伐や、村近辺の護衛より、移動距離が長い。


「先に申し上げます。これは命令ではありません」


 担当者は学生たちを順に見た。


「参加を拒否しても、皆様への待遇が変わることはありません。危険がある以上、望まない方へ強いるべきではないと考えています」


 三浦は、担当者の顔と周囲の兵士たちを見る。


 言葉に嘘があるようには見えなかった。


 少なくとも、今すぐ脅して従わせるつもりはないらしい。


 ただし、期待されていることも明らかだった。


「俺は行きます」


 神崎が最初に答えた。


「助けてもらっている以上、俺たちもできることをしないと。それに、力があるなら、やれることはやるべきだと思います」


 担当者が安堵したように頭を下げる。


「神崎一人なら余計危ないから、私も行きます」


 高峰が続いた。


「一人で行くとは言ってないだろ」


「放っておくと一人でも行くでしょ」


「それは……状況による」


「ほら」


 小川がため息をつく。


「じゃあ、私は行かない選択肢ないじゃん」


「嫌なら残っていいぞ」


「そういう意味じゃない」


 昼間とよく似たやり取りに、緊張していた学生の何人かが笑った。


 そのあと、さらに数名が参加を申し出た。


 三浦は手を挙げなかった。


 戦う力に自信がないことも理由の一つだった。


 もう一つは、誰が参加し、誰が残り、現地側がその選択をどう扱うのか見ていたかったからだ。


 担当者は、不参加を選んだ学生にも態度を変えなかった。


 少なくとも、その夜は。


     ◇


 宿舎へ戻ると、神崎は借り受けた剣を布で拭き始めた。


 高峰は机へ魔法の記録を広げ、今日の訓練で生じた光弾のずれを書き込む。


 小川は治療道具を並べ、不足がないか一つずつ確認していた。


「それ、明日だけで使い切らないよな?」


 神崎が尋ねる。


「使い切るような怪我をしないで」


「善処する」


「善処じゃ困る。約束して」


「無茶はしない」


「信用がない」


「右って言ったら避けてくれれば、治療道具も減らないけど」


 高峰が記録から顔を上げずに言う。


「だから、見えてたって」


「見えてるなら避けて」


 同じやり取りが繰り返される。


 三人の前には、剣と、魔法の記録と、治療道具があった。


 異世界へ来る前には、一つも触れたことのなかった物ばかりだった。


 それが今は、明日へ備えるための日用品になり始めていた。


     ◇


「黒瀬、本当に生きてると思う?」


 消灯前。


 宿舎の窓辺で、女子学生の一人が水野へ尋ねた。


 外には、日本では見慣れなかった星空が広がっている。


「知らない」


 水野は答えた。


 慰めのために、生きていると言い切ることはしなかった。


 少しだけ間を置いてから、窓枠へ頬杖をつく。


「でも、あいつが魔物と正面から戦ってる姿より、どっかに引きこもってる姿の方が想像できる」


「それ、生存予想としてどうなんだよ」


「異世界では案外強いかもよ。引きこもり」


 水野は冗談めかして笑った。


 黒瀬夜斗が今どこにいるのか。


 その夜、学生たちの中に答えを知る者は一人もいなかった。

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