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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第三章 「気づけば家になっていた」

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第36話 誰の部屋に行く?



「それで、誰の部屋に行く?」


 ヴィオラが言った。


 昨夜から引き継がれた質問に、朝食後の共用部屋が静かになる。


「何で俺を見るの?」


 五人の視線が集まっていた。


「言い出したのはヴィオラだろ」


「私は誰かの部屋へ遊びに行こうと言っただけだよ」


「なら、自分で決めればいい」


「あんたが誰を選ぶか見てからでも遅くない」


「そういう言い方をするな」


 誰かを選ぶ。


 その言葉に、胸の奥が少しだけ重くなる。


 高校にいた頃、誰の味方なのかと聞かれたことを思い出した。


 どちらかを選べば、選ばなかった方を傷つける。


 そう考えて、俺はどちらも選ばなかった。


 結果的に、それでも誰かを傷つけた。


「好意の順位を決める話ではないぞ」


 千代が俺の沈黙を切った。


「誰を最初に招くかで、その後に招けなくなるわけでもあるまい」


「一人一回、短い時間にしようか」


 ヴィオラが規則を足す。


「参加したい者だけ。招く相手も本人が決める。断ってもいい。入る前に声をかけて、返事を待つ。途中で出たくなったら出る」


「また検証する気?」


「今日は部屋を見せ合う遊びだよ」


「石が増えた場合は?」


「記録はする」


 やはり検証も兼ねている。


「で、誰から?」


「あの」


 ファステが小さく手を上げた。


「よろしければ、私のところへ来ていただけますか?」


 最初の一人は、俺が選ぶ前に決まった。


     ◇


 ファステの個人空間の前で声をかける。


「入っていい?」


「はい。どうぞ」


 許可を得てから布の入口を開けた。


 中はきれいに整っている。


 寝床。


 畳んだ衣服。


 少しの私物。


 家具らしい家具はない。


 それでも、何もなかった頃の《淫獄》と比べれば、ここが誰の場所なのか分かる。


「座ってください」


「どこに?」


「こちらへ」


 寝床の端ではなく、その隣の床を示された。


 二人で座ると、かなり近い。


 個人空間は一人で使う前提の広さだから当然だ。


「それで、見せたいものって?」


「まだ、ありません」


「ないの?」


「これから置きたいものです」


 ファステは寝床の横にある、小さな空き場所を示した。


「いつか茶葉と道具が手に入り、紅茶を淹れられるようになったら。最初に使うカップを、どこへ置こうかと思いまして」


「共用の調理場所じゃなくて?」


「普段使う物は、そちらがよいと思います。ただ、最初の一杯に使う物は……私のところへ置いてみたいです」


 第2話で生まれた目標。


 第16話で交わした約束。


 それを今度は、自分の場所へ置こうとしている。


「ここなら、寝床へ当たらない。出入口からも遠すぎない」


 俺が位置を示す。


「では、そこにします」


「まだカップはないけど」


「置く場所が先に決まっていても、よいと思います」


 ファステが柔らかく笑った。


 二人しかいない狭い空間で、まだ存在しないカップの置き場所を決める。


 未来の共同生活を、自分の部屋へ少しだけ予約するような状況だった。


『《淫獄石》を110個獲得しました』


『所持《淫獄石》:1,760』


「増えましたね」


「ファステまで普通に確認するようになったな」


「夜斗様の表情で、少し分かるようになりました」


 近い距離で笑われる。


 増えなかった。


 どうやら、何でもかんでも反応するわけではないらしい。


     ◇


「次は私でいい」


 共用部屋へ戻ると、リゼが言った。


「いい、というのは?」


「来るんだろ。私のところへ」


「招き方が命令なんだよな」


「嫌なら断れ」


「行きます」


 リゼの個人空間の前でも、きちんと声をかける。


 本人が目の前にいるのに必要なのかと思ったが、規則は規則だ。


「入っていい?」


「いい」


 中は想像どおり、物が少なかった。


 寝床。


 予備の布。


 装備の一部。


 以上。


「何もないな」


「言うと思った」


 リゼの声が少し不機嫌になる。


「悪い意味じゃない。リゼらしい」


「それも褒めてないだろ」


 戦場では、持てる物しか持たなかった。


 いつ移動するか分からず、自分だけの場所も作れなかったらしい。


「ここに物を増やしたいとは、まだ思わない」


 リゼは奥へ座った。


「でも、何も置いてなくても、戻って装備を外せる場所は悪くない」


 俺へ入口側を示す。


「そこへ座れ」


「何で入口側?」


「誰か来たら、お前が先に分かる」


「それ、俺が見張るってこと?」


「今だけ役割交代だ」


 リゼは壁へ背中を預け、脚を伸ばした。


 装備を外し、俺を入口側へ置き、自分は狭い部屋の奥で力を抜く。


 普段なら絶対に逆だ。


「本当に休んで大丈夫?」


「お前がいる間くらいはな」


 目を閉じる。


 護衛する側しか知らなかった女が、自分の部屋へ俺を招き、短い時間だけ警戒を預けている。


『《淫獄石》を145個獲得しました』


『所持《淫獄石》:1,905』


「増えたか?」


 目を閉じたまま聞かれる。


「145」


「そうか」


 興味がないふりをしている。


 でも口元が少しだけ緩んでいた。


     ◇


 レイナのところへ行く。


「レイナ、入っていい?」


「少々お待ちください」


 前回と同じ返事。


 だが今日は、布の向こうから慌てて何かを隠す音はしなかった。


「どうぞ」


 中へ入ると、彼女は自分の私物置きの前へ座っていた。


 俺が選んだ髪飾り。


 乾き始めた白い花。


 自分で選んだ布の切れ端。


 役に立つとは言いにくい物が、丁寧に並べられている。


「以前は、見せる物を選ぶこともできませんでした」


 レイナが言う。


「部屋へ誰を入れるかも、置く物も、身につける物も。誰かが先に決めていましたから」


「今は?」


「今は、あなたへ見せる物をわたくしが選びました」


 乾いた白い花を手に取る。


「枯れかけてるけど、捨てないの?」


「枯れたから価値がなくなるとは限りませんわ」


「でも、ずっとは残らない」


「だから、残っている間に見せたかったのです」


 彼女が自分で選んだ花。


 俺に似合う位置を選ばせた花。


 今度は、自分の部屋へ俺を招いて見せると決めた。


「触れても?」


「花になら」


 少しだけ笑いながら渡される。


 指先が触れそうになり、互いにわずかに手を引いた。


 近い。


 意識はした。


 それなのに。


 表示は出ない。


「……あれ?」


「どうしましたの?」


「いや」


 俺は《淫獄石》の数字を確認する。


『所持《淫獄石》:1,905』


 変化なし。


「増えておりませんの?」


「うん」


 レイナが少しだけ目を丸くした。


「嫌でした?」


「逆だよ。普通に良かった」


「では、なぜ?」


「分からない」


 同じように近くても。


 意味があっても。


 必ず石になるわけではない。


「つまり、わたくしに魅力がないという意味ではありませんのね?」


「絶対違うから、その方向に考えるのやめて」


「なら結構です」


 レイナは白い花を元の場所へ戻した。


 むしろ少し機嫌が直ったように見える。


 数字が出ない時間にも、意味はあるらしい。


     ◇


 千代の個人空間には、記録用の小石と細い枝が並んでいた。


「物置でやるのと変わらなくない?」


「こちらは写しじゃ」


「写しまで作ってるの?」


「管理する者が記憶だけへ頼ってどうする」


 寝る場所にまで仕事を持ち込んでいる。


「それ、休めてる?」


「そなたに言われたくはない」


 ゲームをしていた頃、寝る直前まで拠点配置を考えていた俺には反論できない。


 千代は小石を端へ寄せ、隣を空けた。


「座れ」


 女城主の部屋へ招かれ、隣へ座る。


 とはいえ豪華な物はない。


 戦装束を脱いだ千代と、寝床と、わずかな記録だけだ。


「城主の部屋としては狭い?」


「比べるものではない」


 千代は髪を下ろしたまま答えた。


「ここは城ではない。私も今、兵へ命を下しておるわけではない」


「でも、ずっと管理してる」


「必要なことじゃ」


「ファステみたいになってない?」


 千代が黙った。


 少し効いたらしい。


「なら、今だけ記録を見ない」


 俺は小石の上へ布をかけた。


「勝手に隠すでない」


「嫌なら戻す」


「……しばらく、そのままでよい」


 二人で壁へ背を預ける。


 王としての判断も、城主としての管理も、今はしない。


 ただ狭い個人空間で、何も決めずに座る。


「そなたは、王である前は何者であった?」


「大学生」


「それは立場であろう」


「引きこもり気質のオタク」


「それは何者なのじゃ」


「説明が難しい」


 千代が小さく笑った。


「なら今は、王ではなく、その説明しづらい若者としておればよい」


 女城主から王として見定められてきた。


 その彼女の部屋で、王でなくていい時間を許される。


 下ろした髪。


 軽い服装。


 近い肩。


 何も決めなくていい静けさ。


『《淫獄石》を275個獲得しました』


『所持《淫獄石》:2,180』


「……275」


「多いのか?」


「かなり」


「そうか」


 競っていないと言っていたはずなのに、千代は少しだけ満足そうだった。


     ◇


 千代の部屋を出たあと、すぐ共用部屋へ戻る気になれなかった。


 嫌だったわけではない。


 むしろ逆だ。


 王じゃなくていい。


 そう言われただけなのに、妙に残った。


 俺は入口近くの壁へ背を預ける。


 まだ石の表示が頭に残っている。


 二百七十五。


 数字が大きかったから気になっているわけではない。


 たぶん。


「夜斗?」


 ファステに呼ばれ、ようやく顔を上げた。


「何でもない。ちょっと休んでただけ」


 今は、それ以上考えないことにした。


     ◇


「最後はヴィオラか」


 共用部屋へ戻った俺が言う。


「私の部屋へ来る?」


「その流れだっただろ」


「気が変わった」


 ヴィオラは俺の個人空間を指した。


「あんたの部屋へ行きたい」


「何で?」


「全員の部屋を見たのはあんただけだろ。なら最後は、あんたが誰かを入れる番だ」


 自分の場所へ誰かを入れる。


 他人の部屋を訪ねるのとは違う抵抗があった。


 俺の個人空間は、俺一人になるための場所だ。


 誰にも見られず、話しかけられずに済む。


「嫌なら断っていいよ」


 ヴィオラは急かさなかった。


 だから、自分で決めるしかない。


「……来てもいい」


「返事を待つ規則は?」


「今、返事しただろ」


「入口でもう一度聞く」


 こういうところだけ律儀だった。


     ◇


 俺が先に個人空間へ入る。


 入口の外から、ヴィオラが声をかけた。


「入っていい?」


 一瞬だけ迷う。


「いいよ」


 布が開く。


 ヴィオラが入ると、ただでさえ狭い空間が急に小さくなった。


「本当に何もないね」


「悪かったな」


「褒めてる。あんたが一人になるためだけの部屋だ」


 寝床の端へ俺が座り、ヴィオラはすぐ隣の床へ座る。


 膝が触れそうな距離。


 逃げ場がないわけではない。


 どちらかが出たいと言えば、すぐ出られる。


 それでも共用部屋より、互いの呼吸が近く感じる。


「落ち着かない?」


「少し」


「私がいるから?」


「一人用の場所に二人いるから」


「同じことじゃない?」


「違う」


 たぶん。


 ヴィオラは壁へ背を預け、俺の部屋を見回した。


「昔のあんたなら、誰かを入れた?」


「入れない」


「今は入れた」


「企画だから」


「参加は自由だった」


「検証にもなる」


「それ、賭けをする奴が好きな理屈だ」


 第23話と同じ言葉で返された。


「一人になるための場所へ、自分で誰かを入れた」


 ヴィオラは俺を見る。


「誰も入れないことと、入れる相手を自分で選べることは違う」


 俺は黙る。


「今のあんたが欲しかったのは、たぶん後者なんじゃない?」


 近い距離で、俺自身も言葉にしていなかった変化を見抜かれる。


 この女は、やはり危険だ。


 欲望も、言い訳も、その奥にあるものまで見つけてしまう。


『《淫獄石》を370個獲得しました』


『所持《淫獄石》:2,550』


「……370」


「私が一位?」


「一位とか言うな」


「千代より増えたね」


「だから順位にするな」


 ヴィオラは笑う。


「でも面白い。外からあんたの関係を見るより、あんた自身の場所へ入った方が強く出た」


「人の部屋で分析を始めるな」


「次の検証項目ができた」


「もう出ていい?」


「部屋の持ち主が先に出てどうするの」


 狭い場所でヴィオラが笑った。


     ◇


 五人との短い訪問が終わった。


 所持《淫獄石》は2,550。


 次の召喚まで、残り450。


 一日で九百増えた。


 それでも、五人全員で増えたわけではない。


 近ければいいわけでもない。


 好意があれば増える、という単純な話でもなさそうだ。


「一日でずいぶん近づいたね」


 ヴィオラは石の数を見て言う。


「召喚へ、だろ」


「それも」


 余計な含みを持たせる。


 誰の部屋へ行くか。


 最初に聞いたとき、俺は選ぶことを少し怖いと思った。


 ファステの部屋へ行った。


 そのあとリゼの部屋にも行った。


 レイナにも招かれ、千代とも座った。


 最後には、自分の部屋へヴィオラを入れた。


 誰かを選んだからといって、必ず誰かを捨てることになるわけじゃない。


 ……たぶん。


 少なくとも、今日はそうだった。


 高校の時のことまで、それで全部説明できるとは思わない。


 あの時と今では、状況も違う。


 それでも。


 選ぶことそのものを避けなくてもいい場合がある。


 そのくらいなら、覚えておいてもいい気がした。


「それで」


 ヴィオラがまた聞いた。


「次は誰の部屋に行く?」


「今日はもう終わり」


「じゃあ、明日」


「検証は一回だけと言っただろ」


「これはガチャじゃないんだろ?」


 自分の言葉を使われた。


 俺は答えず、個人空間へ戻る。


 入口の布を閉める前に、共用部屋を見る。


 五人はそれぞれ話しながら、自分の場所へ戻る準備をしていた。


 一人になるのは、やはり好きだ。


 でも今は、ここから出た後に誰がいるかも知っている。


 そして。


 声をかけて。


 相手がいいと言ってくれれば。


 訪ねられる場所が五つある。


 それで十分だった。

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