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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第三章 「気づけば家になっていた」

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第35話 家らしくなってきた



 朝、目を覚ます。


 灰色の天井ではない。


 低いが、きちんと部屋として区切られた天井。


 横を向いても、他の五人の寝姿は見えない。


 俺一人のために作られた、狭い個人空間だ。


「……最高」


 小さくつぶやく。


 誰にも聞かれない。


 起きた直後に他人と顔を合わせなくていい。


 寝癖を見られることもない。


 完全に一人になれる。


 これこそ、俺が異世界へ来る前から求めていた生活である。


 そのまま、もう一度横になる。


 共用部屋の方から、器を置く小さな音が聞こえた。


 続いて、ファステと千代の話し声。


 庭では縁が動いたのか、囲いの枝がかすかに鳴る。


 俺は目を閉じたまま、しばらく音を聞いていた。


 五分くらいで起き上がった。


 別に寂しくなったわけではない。


 朝食の時間を確認するためだ。


     ◇


「おはようございます、夜斗様」


 共用部屋へ出ると、ファステが振り返った。


 簡易調理場所には、すでに六人分の器が並んでいる。


 食料は豪華ではない。


 外で採った根と葉を加熱し、食べられると確認できた物を少しずつ分けただけだ。


 それでも以前より、準備の流れが滑らかになっていた。


 水を使う場所。


 食材を分ける場所。


 加熱する場所。


 使用済みの器を置く場所。


 狭い中でも作業がぶつからないよう、ファステが配置を変え続けた結果だ。


「これ、運べばいい?」


「お願いいたします。熱くはありませんが、傾けないようお気をつけください」


「俺の運搬能力への信用が低い」


「昨日、水を少しこぼされましたので」


「昨日の失敗を今日まで持ち越さないでほしい」


「改善されるまで持ち越します」


 ファステが微笑む。


 以前のように、全部を一人で終わらせようとはしない。


 俺へ器を渡し、レイナには水を頼み、ヴィオラには全員を呼んでくるよう頼んでいる。


「私も何かするか?」


 リゼが土間から顔を出した。


「装備を整えていてください。外へ出る際に必要ですから」


「それでいいのか?」


「はい。皆様が同じ作業をする必要はありません」


 ファステ自身が、役割を分けるようになった。


 働かなくなったわけではない。


 誰かへ任せても、自分の価値がなくならないと少しずつ分かってきたのだと思う。


     ◇


 朝食後、リゼは土間へ戻った。


 武器を布で拭き、防具の留め具を一つずつ確認する。


 以前は共用の床の端で行っていた作業だ。


 今は土間の一角が、ほとんどリゼの装備置きになっている。


 外から戻った装備を家の奥へ持ち込まずに済む。


 次に使う順番で並べられる。


「ここ、完全にリゼの場所になったな」


「共用だ」


「でも他の誰も武器を置かない」


「必要なら使え」


「使える武器がない」


「枝があるだろ」


「俺の主武装を枝に固定するな」


 リゼは笑いながら、武器を壁際へ戻した。


 戦場から来たときと同じ装備。


 だが今は、戦い続けるためではなく、帰ってきた後に手入れする場所がある。


 その姿が、少しだけ穏やかに見えた。


     ◇


 レイナの個人空間へは、入らない。


 声をかけ、返事を待つ。


 第28話で決めたルールだ。


「レイナ、いる?」


「おりますわ」


「入っていい?」


「少々お待ちください」


 布の向こうで、小物を動かす音がする。


「どうぞ」


 許可を得てから入口を開けた。


 狭い空間だ。


 寝床と、小さな私物置き。


 それでもレイナの選んだ物が並んでいる。


 俺が選んだ髪飾り。


 第29話で持ち帰った白い花は、乾き始めても捨てずに置かれている。


 衣服も、誰かに決められた順番ではなく、本人が使いたいように整えられていた。


「何か御用ですの?」


「ヴィオラが全員を呼んでる」


「また勝負ではありませんでしょうね」


「たぶん遊び」


「ヴィオラさんの場合、その二つに違いがありますの?」


「ないかもしれない」


 レイナはため息をつきながら、髪飾りを自分で選んで身につけた。


 個人空間は狭い。


 だが、ここでは彼女の物を彼女自身が選べる。


     ◇


 千代は物置にいた。


 食料。


 水を運ぶための道具。


 火起こし用の素材。


 予備の布と縄。


 縁へ与える餌。


 小石を使い、前日から何が減ったか確認している。


「餌の減りは予定どおり?」


「今のところはな」


 千代は一つの小石を動かした。


「されど、この量を毎日使い続ければ、採取できぬ日が重なった際に困る」


「縁の分だけ別に探す必要があるか」


「我らと同じ物だけを食わせ続けてよいかも分からぬ。候補を増やすべきじゃろう」


 管理対象と言いながら、縁の健康まで考えている。


「何じゃ」


「別に」


「言いたいことがあるなら言え」


「縁のこと、かなり気にしてるなと思って」


「管理しておるだけじゃ」


「寝床の風向きも?」


「必要な管理じゃ」


「餌の種類も?」


「当然じゃ」


 千代は俺を物置から追い出した。


 女城主は、小動物への愛着を認める予定がないらしい。


     ◇


 共用部屋では、ヴィオラが小石を円形に並べていた。


「今度は何?」


「六人でできる遊び」


「性癖クリティカル選手権はしばらく禁止」


「今日は石を増やす遊びじゃないよ」


「結果的に増える可能性は?」


「高いんじゃない?」


 否定しなかった。


 ルールは単純だった。


 円の中央へ目印の石を置き、それぞれが一つずつ小石を投げる。


 中央へ最も近い者が勝ち。


「これなら道具もいらない。誰でも参加できる」


「千代が距離を測り始めそう」


「測るのは禁止にしよう」


「レイナが負けると何度も続けそう」


「回数を先に決める」


「リゼが力加減を間違えて壁を壊すかも」


「壊さない程度と決める」


「俺が一度も勝てない可能性は?」


「それはルールでは解決できないね」


 ヴィオラは、六人それぞれがどう動くかを考えて遊びを作っていた。


 退屈を嫌う賭け師が、今はこの家で全員が退屈しない方法を考えている。


 それも、彼女なりの役割になり始めていた。


     ◇


 午前の作業が一段落したあと、俺は個人空間へ戻った。


 誰にも話しかけられない。


 好きな姿勢で横になれる。


 目を閉じれば、一人だ。


 以前なら、そのまま何時間でも過ごせた。


 今も一人の時間は好きだ。


 嫌いになる理由はない。


 それなのに、共用部屋から小石のぶつかる音が聞こえると、少し気になった。


「今のはわたくしの方が近いですわ!」


「線を越えておる。やり直しじゃ」


「投げた後に言うなよ!」


「リゼ、声が大きいです」


「夜斗は?」


 ヴィオラの声まで聞こえた。


 別に呼ばれたわけではない。


 参加する義務もない。


 俺は静かな個人空間を楽しむ権利を持っている。


 三分後、共用部屋へ戻った。


「遅いよ」


「ルールを確認しに来ただけ」


「参加するんだね」


「確認した結果による」


 ヴィオラが笑う。


 結局、俺は最下位だった。


     ◇


 午後、縁を試験飼育区画から出してみることになった。


 正式に飼うと決めたわけではない。


 ずっと囲いへ入れたままでは、動き方も、どこへ行きたがるかも分からないためだ。


「庭の外へ出る道は塞ぐ」


 リゼが家と庭の境目を確認する。


「時間は短くする。様子が変ならすぐ戻すぞ」


 千代が小石を一つ置き、開始の印にした。


「土間へ入った場合、足の汚れを確認します」


 ファステは布を用意している。


「追いかけてはいけませんのね」


 レイナが残念そうに尋ねる。


「追えば逃げる」


「触ろうとするのもなしだよ」


 ヴィオラが付け加えた。


 全員で距離を取り、囲いの小さな出入口を開ける。


 縁はすぐには出なかった。


 匂いを嗅ぐ。


 前脚を一本出す。


 引っ込める。


 また出す。


「誰かに似て慎重だな」


「夜斗だね」


「俺はもっと合理的に引きこもる」


 やがて縁は庭へ出た。


 身体を低くし、いつでも戻れるよう囲いの近くを歩く。


 試験栽培区の手前で匂いを嗅ぐが、中には入らない。


 ヴィオラが置いたコインを見つけ、前脚で触れようとする。


「置くな」


「来るかと思って」


「飲み込んだらどうする」


 リゼが即座に回収した。


 縁は庭を半周すると、土間の入口へ近づいた。


 一歩だけ家へ入る。


 外へ戻る。


 また入る。


 俺たち六人が毎日行き来している境目を、何度も確かめているようだった。


「家の中へ来ましたわ」


 レイナは嬉しそうだが、約束どおり動かない。


 縁は共用部屋までは入らず、土間の匂いだけを嗅いだ。


 その後、自分から庭へ戻り、試験飼育区画の寝床へ入った。


「戻りましたね」


 ファステが安堵する。


「あそこを自分の場所とは認識しておるようじゃ」


 千代が時間を記録した。


「家から逃げたいわけではないのかもね」


 ヴィオラが言う。


 まだ何も決まってはいない。


 それでも縁は、囲いを閉じ込められる場所ではなく、戻る場所として使い始めていた。


     ◇


 夜。


 ファステは簡易調理場所を片付け、袖を下ろしている。


 リゼは装備を土間へ置き、軽い服装で共用部屋の壁へ背を預けている。


 レイナは自分で選んだ髪飾りを外し、個人空間へ戻す前に布で拭いていた。


 千代は髪を下ろし、物置の記録を最後に確認している。


 ヴィオラは床へ寝転がり、新しい小石遊びの規則を考えている。


 庭では、縁が寝床で丸くなっていた。


 朝から夜まで、大きな事件は何もなかった。


 食料問題は解決していない。


 水用の恒久容器もない。


 縁の正体も分からない。


 それでも全員に使う場所があり、戻る場所があり、自分だけの物がある。


 外では見せない姿で過ごし、誰かが個人空間へ入れば、やがて共用部屋へ戻ってくる。


 この家でしか見られない成人女性五人の生活が、もう特別なイベントではなくなり始めている。


 日常になったから弱くなるどころか。


 積み上がった関係や、それぞれがここを自分の場所として使っている意味まで重なり、以前より強く刺さった。


『《淫獄石》を370個獲得しました』


『所持《淫獄石》:1,650』


「三百七十」


 ヴィオラが表示を覗き込む。


「何もしてない一日なのに、ずいぶん増えたね」


「何もしてなくはないだろ。全員それぞれ働いてた」


「そういう意味じゃないよ。昨日みたいな異変も、選手権もなかった」


 ヴィオラは共用部屋を見回した。


「家って、あんたの性癖に強いんだね」


「そんな分類されたくない」


「外見や衣装より、ここで暮らしてる関係が積み重なる方が強くなる。重要な検証結果じゃない?」


「日常生活を検証結果として見るな」


 否定はした。


 だが、表示された370個が反論を難しくしていた。


     ◇


 眠る時間になり、一人ずつ個人空間へ戻る。


 ファステが明日の朝食について考えながら立つ。


 リゼは最後に土間の装備を確認する。


 レイナは髪飾りを持ち、千代は記録用の小石を片付けた。


「ねえ」


 ヴィオラが言う。


「今日はみんな共用部屋に集まったし、次は誰かの部屋へ遊びに行かない?」


「狭いぞ」


「だから面白いんじゃないか」


「本人の許可が必要です」


 ファステがすぐ指摘する。


「分かってる。声をかけて、返事を待つ」


 第28話の規則を、ヴィオラは一応覚えていた。


「それで、誰の部屋に行く?」


 全員の視線が動く。


 家らしくなったと思った直後。


 今度は、その家の中にある誰かの場所へ入る話が始まった。

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