第33話 命名権争奪・性癖クリティカル選手権
「せっかくだ。勝負にしようか」
昨日、ヴィオラが口にした余計な一言。
それは翌朝、正式な企画書になっていた。
正確には、平たい石の上へ細い枝で項目を並べただけだ。
「第一回、非常食一号命名権争奪――」
「タイトルが長い」
「まだ途中だよ」
「もっと長くなるの?」
ヴィオラは俺の抗議を無視し、石の前で両手を広げた。
「夜斗の《淫獄石》を一番増やせるのは誰だ選手権」
「最悪の大会名になった」
「分かりやすいだろ?」
分かりやすいことと、開催していいことは別である。
「つまり、わたくしたちを並べて比べるということですの?」
レイナの声が少し冷たい。
「人としての順位じゃないよ」
ヴィオラはすぐ答えた。
「誰が上かでも、誰が夜斗に好かれてるかでもない。どんな状況の組み合わせで石が増えるかを見るだけ」
「それでも十分問題があるだろ」
リゼが腕を組む。
「だから、先に条件を決める」
ヴィオラは石に並べた印を指した。
「参加したい者だけ。嫌になったら途中でやめていい。無理な服へ着替えない。触られたくない者には触らない。誰かが困る状況は使わない。一人一つまで」
「ずいぶん考えたの」
千代が言う。
「勝負は、始める前の条件が大事だからね」
ヴィオラはコインを弾いた。
「それで、勝った者が非常食一号の名前を決める」
庭の囲いにいる本人――いや、本獣かもしれない何かは、自分の命名権が賭けられているとも知らず、前脚を舐めていた。
◇
「俺が拒否する権利は?」
「あるよ」
ヴィオラはあっさり答えた。
「全員にある。あんたが嫌なら開催しない」
そこで押してこないのが、逆にずるい。
俺は《淫獄石》の表示を開いた。
『所持《淫獄石》:700』
『次回通常《住民召喚》必要数:3,000』
残りは2,300。
別に、今すぐ集める必要はない。
ガチャのために住民を材料にするつもりもない。
だが、全員が自分の意思で参加し、何が増加へ影響するかを確かめるなら――。
「今、合理化を始めた顔だね」
「人の思考を読むな」
「で、やるの?」
俺は他の四人を見た。
「無理に参加しなくていいからな」
「承知しております」
ファステは少し緊張しながらも頷いた。
「わたくしも、自分で参加すると決めます」
レイナはヴィオラへ答えるように言う。
「危険がないなら付き合う」
リゼはまだ呆れている。
「そなたの嗜好を調べることが、何の役に立つかは分からぬが」
千代は俺を見る。
「資源の発生条件を知ること自体には意味があろう」
全員、参加するらしい。
「……一回だけだからな」
「賭けを始める奴が好きな言葉、また出たね」
「これはガチャじゃない」
「そういうことにしておこうか」
◇
最初はファステだった。
「大げさなことは、できませんので」
彼女は共用部屋の低い台を丁寧に拭いた。
茶葉も、まともなカップもない。
代わりに水の入った器を二つ置き、将来紅茶を淹れるときの動きを試す。
袖を整える。
器の向きを合わせる。
俺が座る位置を確かめ、正面ではなく少し隣へ腰を下ろす。
「お帰りなさいませ、夜斗様」
「ずっと同じ家にいたけど」
「練習です」
少し恥ずかしそうに笑う。
「いつか紅茶を用意できたとき、このようにお迎えできればと思いまして」
家政婦として身につけた動き。
だが今は命令された仕事ではない。
自分で望んだ未来を、俺との約束に重ねている。
その違いが、かなり刺さった。
『《淫獄石》を55個獲得しました』
『所持《淫獄石》:755』
「最初から強いね」
進行役が楽しそうに記録する。
ファステは表示より、俺の反応を気にしていた。
「いつか、本当にやろう」
「はい」
その返事でもう一度増えないか、ヴィオラが表示を見た。
増えなかった。
露骨に残念そうな顔をするな。
◇
次はリゼ。
「私は普段どおりでいい」
庭の入口で装備を外し、一つずつ状態を確かめる。
武器。
防具。
水袋。
外へ出る前後に何度も見てきた姿だ。
「これで増えるの?」
ヴィオラが聞く。
「知らん。だから試すんだろ」
点検を終えたリゼは、俺の前へ来た。
「座れ」
「命令?」
「嫌ならやめる」
「座ります」
俺が庭の端へ腰を下ろすと、リゼは背中合わせに座った。
鎧の一部を外した背中から、体温が薄く伝わる。
「何の状況?」
「休息中の護衛」
リゼは前を向いたまま答える。
「私が外を見る。お前は後ろを見ろ」
「俺に背中を預けて大丈夫?」
「判断を預けたことはある。今さらだ」
短い言葉だった。
強い女が守るだけではなく、俺へ背中を預けて休む。
リゼへ外の判断を預けた頃から積み重なった信頼まで含めて反応した。
『《淫獄石》を70個獲得しました』
『所持《淫獄石》:825』
「二人とも、関係性込みだね」
ヴィオラが記録する。
「分析は後にしろ」
リゼはすぐ立ち上がった。
耳が少し赤い気がしたが、指摘したら殴られそうなので黙っておく。
◇
三人目はレイナ。
彼女は庭へ植えるものを探しに出た日に持ち帰った白い花を手にしていた。
まだ庭へ植えてはいない。
安全かも、長く保つかも分からないため、土間で分けて観察している一本だ。
「これを、わたくしに似合う位置へ合わせてください」
「前にも似たことやらなかった?」
「以前は髪飾りでした。今回は、わたくしが自分で選んだ花です」
本人にとっては大きな違いらしい。
「触れても?」
「わたくしが頼んでいます」
確認してから、花を髪元へ近づける。
右。
少し上。
正面から見て、また位置を変える。
レイナは動かず、俺の判断を待っている。
「ここ」
耳の少し上へ合わせた。
「では、今日はここにします」
「自分で決めなくていいの?」
「あなたに選んでもらうと、わたくしが決めましたもの」
以前と同じ芯が、少し自然な言葉になっている。
花より近くにある横顔を意識した。
『《淫獄石》を65個獲得しました』
『所持《淫獄石》:890』
「リゼに五個負けましたわ」
「そこで競争心を出すの?」
「勝負なのでしょう?」
レイナは花を髪へ添えたまま、少し不満そうだった。
◇
四人目。
千代は庭へ平たい石を並べ、その上に小石と枝を置いた。
食料。
水。
物置。
試験栽培区。
飼育区画。
「また会議?」
「私の得意な形でよいのであろう」
千代は戦装束の袖をまとめ、長い髪を高い位置で結び直した。
「そなたはここへ座れ」
俺のために、自分の隣を示す。
向かいではない。
同じ配置図を見る位置だ。
「現在、庭で最も不足しておるのは広さではない。用途ごとの境である」
千代の指が小石を動かす。
「栽培と飼育を近づけすぎれば、双方へ影響が出る。されど離せば、世話の動線が長くなる」
肩が触れそうな距離で、女城主が低い声で策を説明する。
威厳はある。
だが命令はしない。
最後の一つだけ、小石を俺の前へ置いた。
「私なら、ここを空ける」
「理由は?」
「今後、我らの知らぬ用途が増えた際に備えるためじゃ」
千代はこちらを見る。
「されど、ここで決めるのはそなたじゃ。王として、何を残す?」
試す視線。
それでいて、俺の判断を聞くために待つ女城主。
まとめた髪。
露わになった首元。
作業のため上げた袖。
王として見定められ、その隣で共同体の先を決める関係。
要素が重なりすぎた。
『《淫獄石》を160個獲得しました』
『所持《淫獄石》:1,050』
「百六十!?」
思わず声が出た。
「何じゃ。私が増やしては不満か」
「逆。性癖にクリティカルで刺さりすぎた」
口にしてから、自分で何を言っているのか気づいた。
「性癖クリティカル」
ヴィオラがすぐ拾う。
「いい名前じゃないか」
「今のは忘れろ」
「検証結果の正式名称にしよう」
「システムの正式名称みたいに言うな」
千代は意味を完全には理解していないらしく、怪訝な顔をしていた。
それでも現時点の首位である。
◇
「最後は私だね」
ヴィオラは記録に使った石を置き、俺の隣へ来た。
「進行役も参加するの?」
「参加しちゃいけない規則は作ってない」
「胴元が賭けにも参加してる」
「不正はしてないよ」
ヴィオラは俺の肩越しに表示を覗く。
距離が近い。
日に焼けた肌と、楽しそうに細められた目。
指先ではコインが回っている。
「今ので、千代がどう刺さるか分かった」
耳元へ声が落ちる。
「あんたは見た目だけじゃない。役割と過去と、今の関係が重なったときに大きく増える」
「近い」
「嫌なら離れるよ」
すぐ聞かれた。
「……続けていい」
自分で答えた途端、ヴィオラの笑みが深くなる。
「欲望を持つことと、それを無理に誰かへ押しつけることは別だ」
コインが止まる。
「あんたが欲しい。相手もやっていいと言う。なら、隠して無駄にするより、条件を決めて使った方がいい」
「石の話だよな?」
「どっちだと思う?」
賭け師に欲望の合理化を囁かれる。
しかも本人が、俺の反応を観察して楽しんでいる。
危険すぎる組み合わせだった。
『《淫獄石》を95個獲得しました』
『所持《淫獄石》:1,145』
「負けたか」
ヴィオラは残念そうではなかった。
「でも、面白い結果は取れたね」
勝負より検証を優先している時点で、十分に共犯者だった。
◇
結果は決まった。
一位、千代。160個。
二位、ヴィオラ。95個。
三位、リゼ。70個。
四位、レイナ。65個。
五位、ファステ。55個。
「数字で並べられると、やっぱりすごく嫌な感じがする」
「人の順位ではないと最初に決めたであろう」
優勝者の千代が言う。
「状況ごとの結果じゃ。別の形なら、また変わる」
「千代に慰められてる?」
「事実を述べたまでじゃ」
ファステもレイナも、順位そのものに傷ついた様子はない。
リゼは早く終われという顔をしている。
ヴィオラだけは、すでに次の組み合わせを考えていそうだった。
「では、命名権は千代へ」
ヴィオラが宣言する。
全員で試験飼育区画へ移動した。
非常食一号は寝床の前へ座り、六人を見上げている。
「変な名前はやめろよ」
「そなたにだけは言われたくない」
千代はしばらく小動物を見つめた。
「この者が来てから、我らは同じ問題を考え、庭を作り直し、役目を分けた」
大きな耳が、千代の声へ向く。
「食料として出会いながら、今は食わぬと決めた。それも一つの巡り合わせであろう」
千代は囲いの外へしゃがんだ。
「縁――というのはどうじゃ」
「えにし?」
「人と人、物事を結ぶ巡り合わせを指す言葉じゃ」
性別が分からなくても使える。
呼びにくくもない。
何より、非常食一号より圧倒的にまともだ。
「俺は賛成」
「私も、素敵だと思います」
ファステが頷く。
レイナも気に入ったらしい。
リゼは呼びやすければいいと言い、ヴィオラは「賭けで勝ち取った名前らしくはないね」と笑った。
囲いの中へ向かって、千代がもう一度呼ぶ。
「縁」
小動物は返事をしなかった。
ただ、大きな耳だけが千代の方へ動いた。
「本人も異論なし、かな」
「都合よく解釈するな」
それでも、誰も別の名前を出さなかった。
こうして非常食一号は、ひとまず縁と呼ばれることになった。
食用判定も、正式に飼うかも、まだ保留のまま。
名前だけが、関係より一歩遅れて追いついた。
そして俺たちは、石が大きく増える状況へ、最低なようで妙に分かりやすい呼び方を一つ手に入れてしまった。
性癖クリティカル。
できれば、流行らないでほしい。




