第29話 庭に植えるものを探しに
「持ち帰った物は、まず土間へ置いてください」
出発前、ファステは俺たち三人へ念を押した。
「食べられそうに見えても、庭へすぐ植えてはいけません。土や葉に虫などがついているかもしれませんから」
「分かってる」
「夜斗様は、昨日も同じことをおっしゃっていました」
「なら信用してくれてもいいのでは?」
「昨日おっしゃったことと、今日守ってくださるかは別です」
ファステの中で、俺の信用はどういう扱いになっているのだろう。
「採った物を庭へ全部持ち込むでないぞ」
千代からも同じ釘を刺された。
「未知の植物を増やし、他の区画まで使えなくしては本末転倒じゃ」
「二人とも俺を何だと思ってるの?」
「庭ができたことに浮かれておる若造」
「だいたい合ってるね」
ヴィオラが隣で笑った。
今日外へ出るのは、俺、リゼ、ヴィオラの三人だ。
目的は、庭へ植えられそうな種や根、土ごと移せそうな植物。それから、新しい食料候補。
「花のような物があれば、それもお願いしますわ」
レイナが付け加える。
「食べられる物が優先」
「分かっています。ただ、見るだけなら費用はかからないでしょう?」
「持ち帰る手間がかかる」
「夜斗さんが持てばよろしいのでは?」
「俺の身体能力を知ってて言ってる?」
「だから少量で構いません」
拒否しづらい言い方だった。
◇
外界へ出る前に、リゼが今日の範囲を決めた。
「水場より少し先まで。見通しが悪くなったら進まない。獣の声が近ければ、採取途中でも戻る」
「いつもより慎重だね」
ヴィオラが帽子をかぶり直す。
「持ち帰る物が増えれば、帰りは動きにくくなる。それに、こいつがいる」
リゼが俺を指した。
「俺を追加の荷物みたいに扱うな」
「荷物は勝手に危険へ近づかない」
「俺も近づかない」
「かわいい物を見つけても?」
ヴィオラが聞く。
「……状況による」
「もう信用できない返事をしたぞ」
リゼがため息をつく。
昨日のペット発言を、二人ともしっかり覚えていた。
「目的は植物と食料。動物は、いたら見るだけ」
「今の言葉、帰るまで覚えておこうか」
ヴィオラがコインを一度弾き、すぐしまった。
◇
森の入口付近は、何度か歩いたことがある。
それでも庭へ植える物を探すつもりで見ると、景色が少し違って見えた。
今までは、すぐ食べられるかどうかが最優先だった。
今日は、それに加えて根が残っているか、種がついているか、土ごと運べそうかを見る。
「これは?」
俺が幅の広い葉を指す。
「似た物は食ったことがある。だが、同じとは限らない」
リゼは葉を裏返し、匂いを確かめた。
「少量だけ持ち帰る。ファステにも見せよう」
根を傷つけないよう周囲の土ごと取る。
もちろん俺ではなく、リゼが。
「俺もやるよ」
「さっき別の根を途中で折っただろ」
「失敗によって方法を学んだ」
「庭の候補を全部学習材料にする気か」
「王様は全体を見る役じゃなかった?」
ヴィオラまで手伝わせまいとしてくる。
俺は全体を確認するという重要な仕事へ戻った。
決して戦力外になったわけではない。
◇
その後も、いくつか候補を見つけた。
細い種のついた草。
揉むと強い香りがする葉。
地面の下に小さな塊を作る根。
それから、白に近い小さな花。
「食えそう?」
「花を見て最初に聞くことがそれですの?」
その場にいないレイナの声が聞こえた気がした。
「レイナなら、何て言うかな」
「もっと形のいい物を選べと言いそうだ」
リゼが答える。
「そのあと、自分で選んだなら悪くないって言うんじゃない?」
ヴィオラも花を覗き込んだ。
「二人とも、レイナの理解が進んでるな」
「一緒に暮らしてるからね」
何でもない答えだった。
だが、昨日までいなかったヴィオラがそれを言うことに、少し不思議な感覚があった。
花は一本だけ、根元の土と一緒に持ち帰ることにした。
庭へ植えられるかは分からない。
レイナが気に入るかも、まだ分からない。
◇
最初に気づいたのはリゼだった。
「止まれ」
低い声と同時に、俺とヴィオラも足を止める。
「何かいる」
リゼが地面を示した。
落ち葉の上に、小さな足跡が続いている。
丸い跡。その先に細い爪らしき線。
大型の獣ではない。
「小動物?」
「たぶんな」
「昨日言ってたら、今日出てきた」
ヴィオラが面白そうに笑う。
「《淫獄》が用意したわけじゃないだろ」
「それは調べてみないと分からない」
「変な仮説を増やすな」
足跡を追うかどうか。
リゼは周囲を見回し、少しだけ進むと決めた。
「深追いはしない。危険な痕跡があれば戻る」
俺たちは声を落とし、足跡の先へ進んだ。
◇
茂みが揺れた。
灰色がかった柔らかそうな毛。
身体のわりに大きな耳。
細長い尾が、枝の向こうへ消える。
「いた」
ヴィオラがささやく。
俺たちの視線の先で、小さな生き物が振り返った。
丸みのある身体。四本の脚。身軽そうな細い足。
猫に近い。
だが、耳の形も尾の長さも、俺の知る猫とは少し違う。額には毛の流れが集まったような、不思議な模様まである。
大きな目が、警戒しながらこちらを見ていた。
「かわいい」
「肉は少なそうだな」
リゼが言った。
「評価軸が真逆だね」
ヴィオラの指摘どおりだった。
「家ができたらペットだろ?」
「食料を探しに来たんじゃなかったのか?」
「ペット兼非常食」
「最悪の飼い主候補だね」
「俺が最初にかわいいって言ったのを忘れるな」
「食べる可能性も残しただろ」
小動物は、俺たちの会話を理解したわけでもないだろうに、一歩後ろへ下がった。
「ほら。嫌われた」
「ヴィオラの声も聞いてたから、誰が原因かは分からない」
言い終わる前に、小動物は茂みの奥へ飛び込んだ。
◇
「追う?」
ヴィオラが聞く。
リゼはすぐに走らなかった。
茂みの左右と、その奥の地形を見る。
「食えるかは分からない。危険がある種類かも分からない」
「でも、小さい」
「小さいから安全とは限らない」
正論だ。
毒を持っている可能性もあるし、親が近くにいる可能性もある。
「殺さずに捕まえられる?」
「深追いせず、開けた方へ追い込めれば」
リゼは俺たちの荷物を確認した。
植物を包むために持ってきた布。ヴィオラの上着。細い縄。周囲には倒れた枝がある。
「夜斗は向こうへ回れ。捕まえようとするな。逃げ道を一つ塞ぐだけでいい」
「俺だけ仕事が簡単じゃない?」
「失敗したとき被害が少ない仕事を渡してる」
「正直すぎる」
「私は?」
「動きを見ろ。どちらへ逃げたがるか教えろ」
ヴィオラは小動物が消えた茂みを観察する。
「左へ行くふりをして、右へ戻る癖があるかも」
「一回見ただけで?」
「一回見たから仮説を立てる。一回しか見てないから、外れるかもしれない」
ヴィオラが《淫獄石》の検証を持ちかけたときに聞いたような言い方だった。
◇
小動物を傷つけないよう、三人で距離を取って囲む。
俺は枝を横へ置き、広い隙間を一つ塞いだ。
ヴィオラは上着を広げ、別の方向へ立つ。
リゼがゆっくり茂みの奥へ回った。
葉が揺れる。
「右」
ヴィオラが短く告げた。
小動物が飛び出す。
予想どおり、一度左へ身体を向けてから右へ跳んだ。
そこには俺が置いた枝がある。
簡単に越えられる高さだ。
だが一瞬だけ、動きが止まった。
「今!」
ヴィオラが上着を広げる。
小動物はそちらを避け、開いた窪地へ走った。
リゼが先回りしている。
殺すための武器は抜かない。
布を投げ、小さな身体を包み込む。
甲高い声が上がった。
「暴れるぞ!」
「そりゃ捕まったからな!」
「噛まれるなよ」
「言う前に手伝え!」
俺は言われたとおり、布の端だけを押さえた。
戦ってはいない。
それでも三人で動き、一匹を傷つけずに捕まえた。
◇
布の隙間から、大きな耳が出ている。
小動物はまだ警戒し、低い声で鳴いていた。
「食えるかは、持ち帰ってからだ」
リゼは冷静だった。
「食べるの?」
「お前が非常食と言ったんだろ」
「可能性の話」
「もう情が移ってるね」
ヴィオラが俺の顔を覗き込んだ。
「まだ出会って十分も経ってない」
「時間じゃなくて、顔に出てる」
小動物を布ごと抱えているのはリゼだ。
戦うための腕で、小さな身体を傷つけないよう力を調整している。
その横では、上着を一枚失ったヴィオラがシャツ姿で歩き、何度も布の中を覗いている。
二人とも外では頼れる。
なのに今は、正体不明の小動物をどう持ち帰るか本気で考えている。
戦士と賭け師と、ペットかもしれない非常食候補。
組み合わせがひどい。
そして、かなり刺さる。
『《淫獄石》を70個獲得しました』
『所持《淫獄石》:350』
「増えた?」
「歩きながらこっちを見るな。危ない」
ヴィオラの質問を無視した。
◇
《淫獄》へ戻ると、最初にファステが駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ。お怪我は――」
無事を確かめようとした視線が、リゼの腕の中で止まる。
「……その子は?」
「食料候補」
リゼが答えた。
「ペット候補」
俺が訂正する。
「両方らしいよ」
ヴィオラが余計な説明を加えた。
レイナと千代も土間へ来る。
布を少し開くと、灰色の毛と大きな耳が見えた。
「まあ……」
レイナの表情が一瞬で柔らかくなる。
「触れてもよろしい?」
「まだ駄目だ。病気や虫がいるかもしれない」
リゼが止める。
「餌と水はどうするのじゃ」
千代は可愛さより維持費を見た。
「正体も、何を食べるかも分からない」
「なぜ、それで持ち帰った」
「夜斗がかわいいと言ったから」
「リゼも殺さず捕まえてくれたけど」
「食用にできる可能性を残しただけだ」
言いながら、抱え方はかなり慎重だった。
ファステが少量の水を器へ入れ、少し離れた場所へ置く。
レイナは触れずにしゃがみ込み、ヴィオラは帽子も上着もない姿でその隣へ座った。
千代は餌、逃走、汚れの問題を数え始める。
五人の成人女性が、一匹の小さな生き物を囲んでいる。
警戒する者。世話をする者。撫でたがる者。費用を考える者。面白がる者。
全員の反応が違う。
その中心に、小さな毛玉がいる。
家へ新しい何かを連れ帰ったという状況まで含めて、さっきより強く意識してしまった。
『《淫獄石》を60個獲得しました』
『所持《淫獄石》:410』
「今度は絶対増えましたわね」
レイナにまで見抜かれた。
「全員、俺の顔を見るのやめてくれる?」
◇
持ち帰った植物は、約束どおり土間へ置いた。
食べられそうな根。
種のついた草。
香りの強い葉。
白い小さな花。
どれも正体は分からない。
すぐ庭へ植えず、一つずつ状態を確認することになった。
そして最大の問題は、植物ではない。
「で、この子はどこへ置きますの?」
レイナが尋ねる。
土間に置き続ければ、外出の邪魔になる。
共用部屋へ放せば、逃げるかもしれない。
物置は食料と道具があるため論外。
庭には、試験栽培区と通路と休憩用の余白しかない。
「飼育区画は作らなかったね」
ヴィオラが楽しそうに言う。
「昨日の時点では、何も飼ってなかったからな」
俺は布の中からこちらを警戒している、大きな目を見た。
食用かもしれない。
ペットかもしれない。
そもそも安全な生き物かも分からない。
それでも、外へ戻して終わりにする気にはならなかった。
「……作るか」
家ができた翌日に決めた庭の区画は、一匹の正体不明な居候によって、早くも作り直されることになった。




