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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第二章 「マイホームから始まる引きこもり」

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第29話 庭に植えるものを探しに



「持ち帰った物は、まず土間へ置いてください」


 出発前、ファステは俺たち三人へ念を押した。


「食べられそうに見えても、庭へすぐ植えてはいけません。土や葉に虫などがついているかもしれませんから」


「分かってる」


「夜斗様は、昨日も同じことをおっしゃっていました」


「なら信用してくれてもいいのでは?」


「昨日おっしゃったことと、今日守ってくださるかは別です」


 ファステの中で、俺の信用はどういう扱いになっているのだろう。


「採った物を庭へ全部持ち込むでないぞ」


 千代からも同じ釘を刺された。


「未知の植物を増やし、他の区画まで使えなくしては本末転倒じゃ」


「二人とも俺を何だと思ってるの?」


「庭ができたことに浮かれておる若造」


「だいたい合ってるね」


 ヴィオラが隣で笑った。


 今日外へ出るのは、俺、リゼ、ヴィオラの三人だ。


 目的は、庭へ植えられそうな種や根、土ごと移せそうな植物。それから、新しい食料候補。


「花のような物があれば、それもお願いしますわ」


 レイナが付け加える。


「食べられる物が優先」


「分かっています。ただ、見るだけなら費用はかからないでしょう?」


「持ち帰る手間がかかる」


「夜斗さんが持てばよろしいのでは?」


「俺の身体能力を知ってて言ってる?」


「だから少量で構いません」


 拒否しづらい言い方だった。


     ◇


 外界へ出る前に、リゼが今日の範囲を決めた。


「水場より少し先まで。見通しが悪くなったら進まない。獣の声が近ければ、採取途中でも戻る」


「いつもより慎重だね」


 ヴィオラが帽子をかぶり直す。


「持ち帰る物が増えれば、帰りは動きにくくなる。それに、こいつがいる」


 リゼが俺を指した。


「俺を追加の荷物みたいに扱うな」


「荷物は勝手に危険へ近づかない」


「俺も近づかない」


「かわいい物を見つけても?」


 ヴィオラが聞く。


「……状況による」


「もう信用できない返事をしたぞ」


 リゼがため息をつく。


 昨日のペット発言を、二人ともしっかり覚えていた。


「目的は植物と食料。動物は、いたら見るだけ」


「今の言葉、帰るまで覚えておこうか」


 ヴィオラがコインを一度弾き、すぐしまった。


     ◇


 森の入口付近は、何度か歩いたことがある。


 それでも庭へ植える物を探すつもりで見ると、景色が少し違って見えた。


 今までは、すぐ食べられるかどうかが最優先だった。


 今日は、それに加えて根が残っているか、種がついているか、土ごと運べそうかを見る。


「これは?」


 俺が幅の広い葉を指す。


「似た物は食ったことがある。だが、同じとは限らない」


 リゼは葉を裏返し、匂いを確かめた。


「少量だけ持ち帰る。ファステにも見せよう」


 根を傷つけないよう周囲の土ごと取る。


 もちろん俺ではなく、リゼが。


「俺もやるよ」


「さっき別の根を途中で折っただろ」


「失敗によって方法を学んだ」


「庭の候補を全部学習材料にする気か」


「王様は全体を見る役じゃなかった?」


 ヴィオラまで手伝わせまいとしてくる。


 俺は全体を確認するという重要な仕事へ戻った。


 決して戦力外になったわけではない。


     ◇


 その後も、いくつか候補を見つけた。


 細い種のついた草。


 揉むと強い香りがする葉。


 地面の下に小さな塊を作る根。


 それから、白に近い小さな花。


「食えそう?」


「花を見て最初に聞くことがそれですの?」


 その場にいないレイナの声が聞こえた気がした。


「レイナなら、何て言うかな」


「もっと形のいい物を選べと言いそうだ」


 リゼが答える。


「そのあと、自分で選んだなら悪くないって言うんじゃない?」


 ヴィオラも花を覗き込んだ。


「二人とも、レイナの理解が進んでるな」


「一緒に暮らしてるからね」


 何でもない答えだった。


 だが、昨日までいなかったヴィオラがそれを言うことに、少し不思議な感覚があった。


 花は一本だけ、根元の土と一緒に持ち帰ることにした。


 庭へ植えられるかは分からない。


 レイナが気に入るかも、まだ分からない。


     ◇


 最初に気づいたのはリゼだった。


「止まれ」


 低い声と同時に、俺とヴィオラも足を止める。


「何かいる」


 リゼが地面を示した。


 落ち葉の上に、小さな足跡が続いている。


 丸い跡。その先に細い爪らしき線。


 大型の獣ではない。


「小動物?」


「たぶんな」


「昨日言ってたら、今日出てきた」


 ヴィオラが面白そうに笑う。


「《淫獄》が用意したわけじゃないだろ」


「それは調べてみないと分からない」


「変な仮説を増やすな」


 足跡を追うかどうか。


 リゼは周囲を見回し、少しだけ進むと決めた。


「深追いはしない。危険な痕跡があれば戻る」


 俺たちは声を落とし、足跡の先へ進んだ。


     ◇


 茂みが揺れた。


 灰色がかった柔らかそうな毛。


 身体のわりに大きな耳。


 細長い尾が、枝の向こうへ消える。


「いた」


 ヴィオラがささやく。


 俺たちの視線の先で、小さな生き物が振り返った。


 丸みのある身体。四本の脚。身軽そうな細い足。


 猫に近い。


 だが、耳の形も尾の長さも、俺の知る猫とは少し違う。額には毛の流れが集まったような、不思議な模様まである。


 大きな目が、警戒しながらこちらを見ていた。


「かわいい」


「肉は少なそうだな」


 リゼが言った。


「評価軸が真逆だね」


 ヴィオラの指摘どおりだった。


「家ができたらペットだろ?」


「食料を探しに来たんじゃなかったのか?」


「ペット兼非常食」


「最悪の飼い主候補だね」


「俺が最初にかわいいって言ったのを忘れるな」


「食べる可能性も残しただろ」


 小動物は、俺たちの会話を理解したわけでもないだろうに、一歩後ろへ下がった。


「ほら。嫌われた」


「ヴィオラの声も聞いてたから、誰が原因かは分からない」


 言い終わる前に、小動物は茂みの奥へ飛び込んだ。


     ◇


「追う?」


 ヴィオラが聞く。


 リゼはすぐに走らなかった。


 茂みの左右と、その奥の地形を見る。


「食えるかは分からない。危険がある種類かも分からない」


「でも、小さい」


「小さいから安全とは限らない」


 正論だ。


 毒を持っている可能性もあるし、親が近くにいる可能性もある。


「殺さずに捕まえられる?」


「深追いせず、開けた方へ追い込めれば」


 リゼは俺たちの荷物を確認した。


 植物を包むために持ってきた布。ヴィオラの上着。細い縄。周囲には倒れた枝がある。


「夜斗は向こうへ回れ。捕まえようとするな。逃げ道を一つ塞ぐだけでいい」


「俺だけ仕事が簡単じゃない?」


「失敗したとき被害が少ない仕事を渡してる」


「正直すぎる」


「私は?」


「動きを見ろ。どちらへ逃げたがるか教えろ」


 ヴィオラは小動物が消えた茂みを観察する。


「左へ行くふりをして、右へ戻る癖があるかも」


「一回見ただけで?」


「一回見たから仮説を立てる。一回しか見てないから、外れるかもしれない」


 ヴィオラが《淫獄石》の検証を持ちかけたときに聞いたような言い方だった。


     ◇


 小動物を傷つけないよう、三人で距離を取って囲む。


 俺は枝を横へ置き、広い隙間を一つ塞いだ。


 ヴィオラは上着を広げ、別の方向へ立つ。


 リゼがゆっくり茂みの奥へ回った。


 葉が揺れる。


「右」


 ヴィオラが短く告げた。


 小動物が飛び出す。


 予想どおり、一度左へ身体を向けてから右へ跳んだ。


 そこには俺が置いた枝がある。


 簡単に越えられる高さだ。


 だが一瞬だけ、動きが止まった。


「今!」


 ヴィオラが上着を広げる。


 小動物はそちらを避け、開いた窪地へ走った。


 リゼが先回りしている。


 殺すための武器は抜かない。


 布を投げ、小さな身体を包み込む。


 甲高い声が上がった。


「暴れるぞ!」


「そりゃ捕まったからな!」


「噛まれるなよ」


「言う前に手伝え!」


 俺は言われたとおり、布の端だけを押さえた。


 戦ってはいない。


 それでも三人で動き、一匹を傷つけずに捕まえた。


     ◇


 布の隙間から、大きな耳が出ている。


 小動物はまだ警戒し、低い声で鳴いていた。


「食えるかは、持ち帰ってからだ」


 リゼは冷静だった。


「食べるの?」


「お前が非常食と言ったんだろ」


「可能性の話」


「もう情が移ってるね」


 ヴィオラが俺の顔を覗き込んだ。


「まだ出会って十分も経ってない」


「時間じゃなくて、顔に出てる」


 小動物を布ごと抱えているのはリゼだ。


 戦うための腕で、小さな身体を傷つけないよう力を調整している。


 その横では、上着を一枚失ったヴィオラがシャツ姿で歩き、何度も布の中を覗いている。


 二人とも外では頼れる。


 なのに今は、正体不明の小動物をどう持ち帰るか本気で考えている。


 戦士と賭け師と、ペットかもしれない非常食候補。


 組み合わせがひどい。


 そして、かなり刺さる。


『《淫獄石》を70個獲得しました』


『所持《淫獄石》:350』


「増えた?」


「歩きながらこっちを見るな。危ない」


 ヴィオラの質問を無視した。


     ◇


 《淫獄》へ戻ると、最初にファステが駆け寄ってきた。


「お帰りなさいませ。お怪我は――」


 無事を確かめようとした視線が、リゼの腕の中で止まる。


「……その子は?」


「食料候補」


 リゼが答えた。


「ペット候補」


 俺が訂正する。


「両方らしいよ」


 ヴィオラが余計な説明を加えた。


 レイナと千代も土間へ来る。


 布を少し開くと、灰色の毛と大きな耳が見えた。


「まあ……」


 レイナの表情が一瞬で柔らかくなる。


「触れてもよろしい?」


「まだ駄目だ。病気や虫がいるかもしれない」


 リゼが止める。


「餌と水はどうするのじゃ」


 千代は可愛さより維持費を見た。


「正体も、何を食べるかも分からない」


「なぜ、それで持ち帰った」


「夜斗がかわいいと言ったから」


「リゼも殺さず捕まえてくれたけど」


「食用にできる可能性を残しただけだ」


 言いながら、抱え方はかなり慎重だった。


 ファステが少量の水を器へ入れ、少し離れた場所へ置く。


 レイナは触れずにしゃがみ込み、ヴィオラは帽子も上着もない姿でその隣へ座った。


 千代は餌、逃走、汚れの問題を数え始める。


 五人の成人女性が、一匹の小さな生き物を囲んでいる。


 警戒する者。世話をする者。撫でたがる者。費用を考える者。面白がる者。


 全員の反応が違う。


 その中心に、小さな毛玉がいる。


 家へ新しい何かを連れ帰ったという状況まで含めて、さっきより強く意識してしまった。


『《淫獄石》を60個獲得しました』


『所持《淫獄石》:410』


「今度は絶対増えましたわね」


 レイナにまで見抜かれた。


「全員、俺の顔を見るのやめてくれる?」


     ◇


 持ち帰った植物は、約束どおり土間へ置いた。


 食べられそうな根。


 種のついた草。


 香りの強い葉。


 白い小さな花。


 どれも正体は分からない。


 すぐ庭へ植えず、一つずつ状態を確認することになった。


 そして最大の問題は、植物ではない。


「で、この子はどこへ置きますの?」


 レイナが尋ねる。


 土間に置き続ければ、外出の邪魔になる。


 共用部屋へ放せば、逃げるかもしれない。


 物置は食料と道具があるため論外。


 庭には、試験栽培区と通路と休憩用の余白しかない。


「飼育区画は作らなかったね」


 ヴィオラが楽しそうに言う。


「昨日の時点では、何も飼ってなかったからな」


 俺は布の中からこちらを警戒している、大きな目を見た。


 食用かもしれない。


 ペットかもしれない。


 そもそも安全な生き物かも分からない。


 それでも、外へ戻して終わりにする気にはならなかった。


「……作るか」


 家ができた翌日に決めた庭の区画は、一匹の正体不明な居候によって、早くも作り直されることになった。

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