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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第三章 「気づけば家になっていた」

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第28話 家の使い方、決めようか



 家ができれば、生活上の問題はだいたい解決する。


 昨夜までの俺は、わりと本気でそう思っていた。


「夜斗! 入口に立つな!」


「立ってない。通ろうとしてる」


「なら、その採取物を踏むな!」


 朝一番、俺は土間の手前でリゼに止められた。


 昨日の探索で持ち帰った根、乾燥させる予定の草、補修に使えそうな枝。外で汚れた装備と、ヴィオラの長いブーツまで並んでいる。


 土間ができたことで、生活空間へ泥を持ち込まずに済むようにはなった。


 代わりに、外から持ち帰った物を全部そこへ置くようになった。


「通路が消えてるんだけど」


「昨日できたばかりなんだ。まだ置き方が決まってない」


「家になって最初の問題が渋滞か」


「王様、私のブーツ取って」


 共用部屋からヴィオラが言った。


「自分で取れ」


「そこまで行く道がない」


「お前のブーツも原因の一つだよ」


 小さな家は、灰色の拠点より暮らしやすい。


 だが、家には家の使い方が必要らしい。


     ◇


「家の使い方を決めよう」


 朝食後、俺は全員を共用部屋へ集めた。


「できたばかりなのに?」


 ヴィオラが床へ座り、コインを指の間で回している。


「できたばかりだから。昨日は全員、自分の欲しかった場所を見るので終わっただろ」


「私は入口を確認したぞ」


「リゼは最初から平常運転だった」


「備蓄場所も見た」


 千代が続く。


「千代もだな」


 この二人は家が空から降ってきても、最初に安全と備蓄を見るらしい。


「何をどこへ置くか。誰がどう使うか。か。それから、一応ルールも決めたい」


「法を定めるのか?」


「そこまで大げさにしない。六人で暮らすための約束くらい」


 千代が少し残念そうに見えた。


 放っておけば家の運用規則が六法全書くらいの厚さになりそうなので、先に止めておく。


     ◇


「まず土間」


 入口へ移動する。


 昨夜のうちに置かれた物は、まだほとんどそのままだ。


「外で使う装備と、泥のついた物。採取物は中へ入れる前に、一度ここで確認する」


 リゼが枝を端へ寄せながら言う。


「食べられる物と、正体の分からない物も分けろ。毒や虫がついてる可能性がある」


「確認するのはリゼ?」


「外から帰ったときは私が見る。ファステが分かる植物なら、あとで一緒に確認してくれ」


「はい」


 ファステが頷く。


「では、靴や装備を置く側と、採取物を置く側を分けましょう」


 床に明確な線はない。


 そこで細い素材片を置き、左右を仮に区切った。


「ヴィオラのブーツは装備側」


「私物側じゃない?」


「外の泥を持ち込む物は全部こっち」


「リゼ、家ができて少し楽しそうだな」


「どこを見たらそうなる」


 口では不満そうだが、装備を置く位置を決める手には迷いがなかった。


     ◇


 次は調理場所。


 ファステが使うようになって一日しか経っていないのに、すでに一番生活感のある区画になっていた。


 少ない食材。火起こし道具。仮容器。水を入れた不完全な器。


 すべてが、使う順番に近い位置へ並べ直されている。


「ここはファステ専用?」


 ヴィオラが尋ねる。


「いいえ。皆様がお使いになって構いません」


 ファステは即答した。


「ただ、火や刃物を使う際は、お声をかけていただけると助かります。食材の残りも分からなくなってしまいますので」


「つまりファステへ許可を取る?」


「許可ではなく、共有だな」


 俺は訂正する。


「ファステの場所だから他の人は触るな、にはしない。でも全員が勝手に使って、何がどこへ行ったか分からなくなるのも困る」


「使う前に声をかける。使った物は戻す。それでよかろう」


 千代がまとめた。


「火を消したかも確認する」


 リゼが足す。


「味見は?」


 ヴィオラが聞く。


「手伝った人の権利にしてはどうでしょう」


 ファステが少し笑った。


「それなら手伝う」


「現金だな」


 命令されて働く場所ではない。


 ファステだけへ全部を背負わせる場所でもない。


 彼女が中心にいるが、必要なら皆が入れる。


 今の俺たちには、そのくらいがちょうどよかった。


     ◇


 物置については、千代の独壇場だった。


「入口に近い側を日常用。奥を予備とする」


「狭い物置の中で分ける意味ある?」


「狭いからこそじゃ。使うたびにすべてを動かしておれば、何が残っているか分からなくなる」


 千代は小石を使い、食料、水、火起こし用品、補修素材を示す位置まで決め始めた。


「ここへ入れた人は、対応する小石を動かす。持ち出したときも同じじゃ」


「昨日まで床でやってた管理を、そのまま物置へ移すのか」


「道具が変わろうと、目的は変わらぬ」


 正式な帳簿ではない。


 千代を物置の管理官へ任命したわけでもない。


 ただ、彼女が一番得意だから配置を考え、全員で同じやり方を使う。


「分からなくなったら千代へ聞く」


「最初から覚える努力をせよ」


「最終手段として」


「そなたの場合、最初から最終手段を使うであろう」


 よく分かっている。


     ◇


「共用部屋は?」


 レイナが尋ねた。


「食事と話し合い」


「休息も必要ではありません?」


「遊び」


 ヴィオラが間髪入れずに足した。


「そこは絶対入れるんだな」


「昨日までの拠点と家の、一番大きな違いでしょ」


 食べるためだけではなく、用事がなくても集まれる場所。


 小石遊びをしてもいい。


 話さず、誰かと同じ場所に座っているだけでもいい。


「食事、話し合い、休憩、遊び。誰か一人の専用にはしない」


「夜斗さんが寝転がったまま占領することも禁止ですわ」


 レイナが言う。


「まだ一回もしてない」


「するおつもりでしたの?」


「可能性を検討していただけ」


「では、禁止でよいな」


 リゼまで同意する。


 王なのに、家の中で寝転ぶ権利が失われた。


     ◇


 最後は個人空間だ。


 六つの小さな区画には、扉らしい扉がない。


 簡単な仕切りで、中が直接見えないようになっているだけだ。


「他の人の場所へ入る前には、本人へ声をかける」


 俺が言うと、ヴィオラが手を挙げた。


「いなかったら?」


「急ぎじゃなければ待つ。火事とか危険があるなら別」


「返事がなかったら?」


「寝てるかもしれないから、勝手に入らない」


「ノックできる扉じゃないなら、声をかければいい」


「それで」


 軽い約束だ。


 破ったら罰を与えるような法律ではない。


 ただ、自分の場所を持った以上、そこへ入るかどうかは本人が決める。


「夜斗、入っていい?」


「今決めたばかりなのに、何の用?」


 自分の空間へ戻った俺が振り返ると、ヴィオラの顔が仕切りの内側へ半分入っていた。


「もう顔入ってる」


「声はかけたよ」


「返事を待て」


「なるほど。そこまでがルールか」


「常識の範囲だよ!」


 仕切りの外から、リゼのため息が聞こえた。


「こいつ相手に常識を前提にするな」


「私、そんなに信用ない?」


「昨日来たばかりだ」


「じゃあ、これから増やせばいいね」


 何の信用を、どうやって増やすつもりなのか。


 少し不安だった。


     ◇


 使い方を決めたあとは、全員で物を動かした。


 リゼは装備を外し、袖をまくって土間の採取物を分類する。


 外では常に周囲へ向けている警戒を少し緩め、家の入口で武器を壁へ預けている。


 ファステは長い髪を邪魔にならないようまとめ、調理場所へ食材と器を並べていく。


 レイナは自分の私物を一つずつ確かめ、残したい物を小さな台へ置く。柔らかな色の髪飾りも、使わないときの定位置が決まった。


 千代は戦装束の袖をまとめ、物置と共用部屋を往復している。女城主の威厳を保ったまま、小石一つの位置へ本気で悩む姿は相変わらず妙なギャップがあった。


 ヴィオラは――。


「何で寝転がってるの?」


「共用部屋の使い方を確認してる」


 帽子と上着を外し、長い髪を床へ流してくつろいでいた。


「俺は禁止されたんだけど」


「占領しなければいいんでしょ。隣、空いてるよ」


 床を軽く叩く。


 近くでは、他の四人がそれぞれ自分の役割をこなしながら、ときどきこちらを見ている。


 俺の家で、五人の成人女性が、自分で決めた場所を使い始めている。


 誰かに命じられた同じ行動ではない。


 装備を緩めるリゼ。


 生活の中心へ立つファステ。


 自分の物を大切に並べるレイナ。


 実務へ夢中になる千代。


 そして、早くも家で気を抜いて俺を隣へ呼ぶヴィオラ。


 家でしか見えない姿と、それぞれ違う俺との距離が、一つの共用部屋へ重なっている。


『《淫獄石》を100個獲得しました』


『所持《淫獄石》:280』


「……増えたね?」


 ヴィオラが寝転んだまま聞く。


「今のは検証じゃない」


「私も何もしてないよ」


「隣へ呼んだ」


「座る場所を教えただけ」


 否定しづらい。


 少なくとも、全員が家を使い始めた光景そのものが強かったのは間違いない。


     ◇


 夕方には、朝の渋滞が嘘のように物の位置が決まっていた。


 完璧ではない。


 明日になれば不便が見つかり、置き方を変えるかもしれない。


 それでいい。


 俺が王として命令し、全員を決められた位置へ押し込んだわけではない。


 六人が実際に動き、使いづらいところを話し、自分たちで決めた。


「家は《淫獄》が作ったけど、暮らし方までは作ってくれないんだな」


「当然じゃ」


 千代が物置から答える。


「器を与えられただけで、よき国になるものか」


「国の話にはしてない」


「ならば、よき家になるものか」


 言い直されると、反論できなかった。


 窓の向こうには、小さな庭が見える。


 土と、まばらな草しかない空間。


 家の使い方は、とりあえず決まった。


 次は、あの狭い庭へ六人分の希望をどう詰め込むか考えなければならない。


「庭の使い方も決めようか」


 俺が言うと、五人が同時に庭を見た。


 その目が、全員違うものを見ている気がした。


     ◇


 六人で庭へ出てみると、改めて狭さが分かった。


 歩幅を大きくすれば、十数歩で反対側へ届く。


 土と、まばらな草。


 家ができた朝には広く感じたが、六人分の希望を置くには明らかに足りない。


「少しでも、ここで食べられる物を育てられればと思います」


 ファステが土へ触れながら言った。


「外へ出る回数を減らせますし、香草があれば食事にも使えます。いつか茶葉になる植物も見つかれば……」


「まずは食料じゃ」


 千代が庭の端から端まで測るように歩く。


「日常的に食べる物だけでなく、多少保存が利く物がよい。非常時にも使えねばならぬ」


「また全部備蓄へつなげる」


「生きるための庭であろう」


「暮らすための庭でもありますわ」


 レイナが反論した。


「花も少しは欲しいです。すべて食べられる物だけでは、庭というより畑でしょう?」


「畑で何が悪い」


「好きになれる景色があることも、暮らす場所には必要です」


 千代は納得していない顔をしたが、即座には否定しなかった。


「私は座れる場所が欲しい」


 ヴィオラは庭の中央へしゃがむ。


「話したり、遊んだり、何もしなかったりできる余白。全部植えたら歩く場所もなくなるよ」


「高い植物は入口の近くへ置くな」


 リゼは家の扉から庭全体を見渡していた。


「死角ができる。外とつながっていないようには見えるが、安全だと決めつけるのは早い」


「庭にまで警戒するの?」


「正体の分からない異空間だぞ」


 正論だった。


「夜斗様は、何を育てたいですか?」


 ファステに聞かれる。


「外へ出る回数を減らせるなら、食べられる物」


「千代と同じではないか」


「目的が違う。千代は備蓄。俺は引きこもり」


「胸を張るな」


 食料。香草。茶葉。花。備蓄。安全。休憩。遊び。そして引きこもり。


 小さな庭へ置きたいものとしては多すぎる。


「庭の面積より、欲望の方が広いな」


 俺の言葉に、ヴィオラが楽しそうに笑った。


「《淫獄》らしくていいんじゃない?」


     ◇


 全部を今決めるのは無理だった。


 そもそも植えられる植物も、育て方も分かっていない。


 そこで素材片と小石を土の上へ置き、仮の区画だけを作った。


 家に近い側は通路。


 日当たりらしき光が強い一角を試験栽培区。


 中央の一部は、座ったり遊んだりできる余白として空ける。


 残った端は将来用途未定。


「未定の場所が多くない?」


 ヴィオラが尋ねる。


「専門家がいないのに全部決める方が危ない。実際に育つ物を見てから変える」


「珍しく先へ張らないんだね」


「庭まで賭けにするな」


 本格的な畑ではない。


 花壇でもない。


 何を植えるかも決まっていない、ただの仮区画だ。


 それでも、六人が歩く場所と、何かを育てる場所が初めて分かれた。


「ところで」


 俺は試験栽培区を見た。


「庭を決めても、植える物なくない?」


 全員が黙った。


 庭が生えたことに満足し、一番大事なことを忘れていた。


「外で探してみましょう」


 ファステが言う。


「種や根が残っている物、土ごと移せそうな植物があるかもしれません」


「食料探しのついでなら確認できる」


 リゼが頷く。


「正体の分からない物は、すぐ庭へ植えるな。土間で分けておけ」


「小型の動物もいたら見てみたいね」


 ヴィオラが付け足した。


「動物?」


「庭があるなら、何か飼っても面白いでしょ」


 なるほど。


 家。庭。その次。


「家ができたら、次はペットだろ?」


「食料を探す話をしていたんじゃないのか?」


 リゼが呆れる。


「ペット兼非常食」


 五人の視線が一斉に冷たくなった。


「最低ですわ」


「夜斗様、それは少し……」


「飼う前から食べる話をするでない」


「最悪の飼い主候補だね」


「まだ何も飼ってないだろ!」


 庭には、土と草しかない。


 飼育区画も作っていない。


 だが次に外へ出る目的は決まった。


 植えられそうな種や根。


 新しい食料。


 そして、見つかるかも分からない小さな生き物。


 家の使い方を決めた一日は、まだ何もいない庭へ、次に連れ帰るものを探す約束で終わった。

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