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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第三章 「気づけば家になっていた」

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第27話 拠点が、家になった



 目を覚ました瞬間、何かがおかしいと思った。


 背中ではない。


 寝床も、昨日までと同じ程度には硬い。


 違うのは、手のひらへ触れている床だった。


 冷たくない。


 灰色の石のような床ではなく、わずかに温かみがあり、木目に似た筋が走っている。


「……は?」


 身体を起こす。


 最初に見えたのは、天井だった。


 昨日までも空間の上限はあった。だが今は、はっきりと梁のような形があり、壁との境目が見える。


 壁も灰色ではない。


 窓まである。


 窓の向こうに見えるのは外界の森ではなく、淡い光に満たされた小さな空間だった。


「起きろ!」


 リゼの声が響いた。


「何か起きてる!」


「見れば分かる!」


 《淫獄》へ来た直後に聞いたような返答だった。


 俺が寝床から出ると、他の五人もそれぞれの場所から集まってきた。


 全員、眠気より驚きが勝っている。


     ◇


 《淫獄》は、家になっていた。


 豪邸ではない。


 城でもない。


 六人で暮らせば、むしろ狭いと感じる程度の小さな家だ。


 それでも、昨日までの一続きの灰色空間とは明らかに違う。


 中央には全員が集まれる共用部屋。


 その一角に、火を使えそうな簡易調理場所。


 奥には小規模な物置。


 入口付近だけ床材が違い、外から持ち帰った物や装備を置ける土間のような区画がある。


 壁際には六つの個人空間。


 完全な個室ではない。簡素な壁で視線を遮り、出入口に扉代わりの仕切りがある程度だ。


 だが昨日までの、床に寝床を並べただけの状態とは比べものにならない。


「本当に生えた……」


「家を植物のように申すな」


 千代が呆れながらも、視線は忙しく動いている。


 俺の前へ表示が開いた。


『居住者の欲望蓄積を確認しました』


『生活環境との適合を確認しました』


『《淫獄の王》の成長条件を満たしました』


『固有スキル:《淫獄の王》Lv.1 → Lv.2』


『居住形態を再構成します』


『生活領域を拡張しました』


「……上がった」


 答えはない。


 《淫獄石》は、昨日の時点で105個しかない。


 石が貯まったから上がったわけではないらしい。


 欲望の蓄積と、生活環境との適合。


 表示されたのは、その二つだった。


「欲望だけでもなく、生活してるだけでもない?」


 望んで、それが実際の暮らしになったから――なのだろうか。


 何が条件だったのか、完全には分からない。


 住民が六人になったからか。


 役割分担ができたからか。


 私物や娯楽が増えたからか。


 昨日、全員で具体的な家を思い描いたからか。


 たぶん何か一つではない。


 だが、それ以上は分からなかった。


 少lóなくとも、レベルと《淫獄石》は同じ階段を上っているわけではない。


 俺が一人で石を増やすだけでは、たぶんここまで変わらなかった。


 五人が欲しいものを口にして、それを六人の暮らしの中へ置こうとした。その積み重ねへ、《淫獄》が答えた。


 今の俺に言えるのは、その程度だった。


     ◇


「調理する場所が……」


 ファステは、新しい区画の前で立ち止まっていた。


 簡単な台と、火を扱えるらしい場所。


 水が出る設備も、立派な調理器具もない。


 それでも食材を床へ直接置かず、寝床から離れて火を使える。


「ここなら、皆様がお休みになる場所を気にせず準備できます」


 ファステが台へそっと触れる。


 いつか紅茶を淹れる場所にもなるのだろう。


「入口は悪くない」


 リゼは最初から家の内側より、出入口を確認していた。


 開閉。外へ出る位置。武器を取るまでの距離。土間から生活空間への動線。


「装備をここへ置けば、泥を奥まで持ち込まずに済む。何か来てもすぐ取れる」


「家ができて最初に見るのが防衛なんだな」


「最初に見ない奴がいるから私が見るんだよ」


 反論できない。


     ◇


「こちらは私の場所でよろしいの?」


 レイナは六つの個人空間の一つを覗いていた。


 小さな台が壁から出ている。


 棚と呼ぶには簡素だが、私物を床へ直置きせずに済む。


「昨日の希望が反映されてるなら、たぶん」


 レイナは髪飾りに使っていた柔らかな色の繊維を外し、その台へ置いた。


 たった一つ置いただけで、何もなかった空間が彼女の場所に見え始める。


「まだ足りませんけれど、最初としては悪くありませんわ」


「何様だよ」


「住民です」


 正しい。


 千代は小規模物置へ入っていた。


「広さは足りぬ。しかし日常用と予備を分けることはできよう」


「家ができても評価が厳しい」


「浮かれて備蓄が増えるなら、いくらでも浮かれよう」


「その浮かれ方は見たくない」


 口では厳しいが、千代の足取りは普段より少しだけ軽かった。


     ◇


「やっと王様の家らしくなったね」


 ヴィオラは共用部屋の中央へ立ち、満足そうに周囲を見回していた。


「城から家に格下げされたのに、褒められた気がする」


「昨日まで洞穴だったんだから、大出世でしょ」


「そこまでひどくなかった」


「床で食べて、床で寝て、床へ全部置いてたよ」


「事実を並べて殴るな」


「ここなら遊べるね」


「最初にそれ?」


「私の希望も入ってるか確かめないと」


 共用空間は、食事にも話し合いにも使える。


 小石の数当てや簡単なカード遊びをする余地もある。


 何もしなくていい場所。


 ヴィオラが昨日口にした希望も、確かに少しだけ形になっていた。


     ◇


 窓のような開口部の先には、もう一つ扉があった。


 開けると、淡い光が差し込む。


「土です」


 最初に外へ出たファステが、驚いた声を上げた。


 外といっても、元の森ではない。


 《淫獄》内部に続く、小さな庭だった。


 歩けばすぐ端へ着く程度の広さ。


 土と、まばらな草。


 木も作物も、水場もない。


 それでも、灰色ではない地面がある。


 足を下ろすと、土がわずかに沈んだ。


 靴底へついた茶色を見て、ここが昨日の想像を見せるだけの幻ではないとようやく実感する。


 ファステはしゃがみ、指先で土を確かめた。


「植物を育てられるでしょうか」


「分かる?」


「土について詳しいわけではありません。でも、試すことはできると思います」


「まず食用になる物じゃ」


 千代がすぐに言う。


「花も忘れないでくださいませ」


 レイナが続く。


「遊べる広さも残して」


 ヴィオラまで加わる。


「入口から見通せるようにしろ」


 リゼは安全基準だ。


「要求が多いな、この庭」


 まだ何も植わっていない。


 それなのに全員、ここを使う未来の話をしていた。


     ◇


「これ、外へ出なくてもかなり生活できるようになってない?」


 家へ戻った俺は、改めて各区画を見渡した。


「食料は外だ」


 リゼが即座に現実を突きつける。


「そこを庭で何とかしたい」


「すぐには無理じゃ」


 千代も容赦がない。


「水も出ぬ。保存設備もない。本格的な調理器具もない」


「これから作ればいい」


「早速引きこもる気か」


「家ができたのに外へ出る理由ある?」


「今、食料だと言っただろうが」


 聞こえなかったことにしたい。


 新しい生活の始まりにふさわしく、俺の引きこもり生活は着実に前進していた。


     ◇


 自分の個人空間へ入る。


 広くはない。


 寝床を置けば、残る場所はわずかだ。


 ゲーム機も、本も、机もない。


 それでも仕切りの向こうに誰もいない。


 視線がない。


 話しかけられない。


「……最高」


 久しぶりの完全な一人時間だった。


 寝床へ横になる。


 静かだ。


 これなら何時間でも過ごせる。


 そう思っていたのに、しばらくすると共用部屋から声が聞こえた。


「それはこっちへ置け」


「何であんたが私の帽子の場所を決めるの」


「入口に置けば邪魔だと言ってる!」


 リゼとヴィオラだ。


「こちらの台は、食材用にした方がよろしいでしょうか」


 ファステの声。


「日常用と予備を混ぜるでない」


 千代が答える。


「私の場所へ置く物も探さなくてはなりませんわね」


 レイナもいる。


 うるさい。


 一人にしてほしい。


 そう思いながら、俺は身体を起こした。


「帽子はヴィオラの場所へ置けばいいだろ」


 仕切りを開け、共用部屋へ戻る。


「もう出てきたの?」


 ヴィオラが笑った。


「腹が減っただけ」


 本当かどうかは、自分でも考えないことにした。


     ◇


 新しい調理場所で作られた最初の食事は、豪華ではなかった。


 火で温めた根と、木の実と野草。少量の小魚らしき物。


 味つけもほとんどない。


 昨日までと同じ、原始的な食事だ。


 それでも床へ直接器を並べるのではなく、共用空間の低い台を囲める。


 ファステは調理場所から料理を運ぶ。


 リゼと千代は入口で装備を緩めている。


 レイナは自分の場所へ髪飾りを置き、少しだけくつろいだ姿で座った。


 ヴィオラは帽子を外し、長い髪を肩へ流したままコインを弄んでいる。


 五人が、それぞれ昨日までと少し違う姿で家の中にいる。


 ファステの生活感。


 リゼの強さを緩めた姿。


 レイナが自分の場所を持った満足そうな顔。


 千代の威厳と、備蓄へ細かく口を出す家庭的な落差。


 ヴィオラが早くも家へ馴染み、帽子を外してくつろいでいる距離感。


 ここは俺の家で、五人の家でもある。


 六人が暮らすために作られた場所で、全員が同じ食事を囲んでいる。


『《淫獄石》を75個獲得しました』


『所持《淫獄石》:180』


「今度はいくつ?」


 ヴィオラがすぐに聞く。


「教えない」


「増えたことは否定しないんだ」


「食事中まで検証するな」


「私は食べてるだけだよ」


 確かに、今回は誰も何も仕掛けていない。


 家で暮らしているだけで増えた。


 それが一番まずい気がした。


     ◇


「家ができたなら、次はここで何をして遊ぶかだね」


 ヴィオラが言う。


「まず備蓄じゃ」


 千代は譲らない。


「お庭も使えるか確認したいですね」


 ファステは窓の向こうを見る。


「棚も欲しいですわ」


 レイナは自分の小さな台に不満らしい。


「入口の安全確認が先だ」


 リゼは最後までリゼだった。


「俺は寝たい」


「さっき寝てただろ」


「新しい家では何度寝てもいいんだよ」


 根拠はない。


 それでも、全員が次にしたいことを話している。


 誰も、ここをすぐ離れる前提ではなかった。


 俺が欲しかったのは、一人で引きこもれる場所だったはずだ。


 なのに出来上がったマイホームは、最初から六人用だった。

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