第26話 六人で暮らすには
「王様、私のブーツ踏んだよ」
「こんなところに置くなよ」
「私物置きが小さいんだよ」
朝、寝床から立ち上がった俺の足元で、ヴィオラの長いブーツが横倒しになっていた。
六人目の寝床は急いで作った。
だが、寝る場所を増やしたからといって、空間そのものが広がるわけではない。
寝床の脇へ置いた帽子、上着、ブーツ、コインやカードを入れた小袋。それだけで通路が一段狭くなった。
「それについては同意いたしますわ」
レイナが自分の小さな私物置きを見ながら言った。
「急に連合組むな」
「必要が一致しただけです」
「二票だね」
「多数決で床は広がらないぞ」
リゼがヴィオラのブーツを拾い、本人へ投げる。
ヴィオラは片手で受け止めた。
「じゃあ王様、どうにかして」
「その呼び方で無茶振りするのやめて」
それでも、どうにかする必要はある。
五人で暮らせていた配置へ六人目を足した結果、寝床、通路、物資、私物が互いの場所へはみ出し始めていた。
◇
「困っていることを全部出そう」
俺は小石と素材片を床へ並べた。
少し前から続けている物資管理の応用だ。
正確な図面も紙もない。それでも、何が問題なのか見える形にするだけで話しやすくなる。
「まずファステ」
「私からですか?」
「生活の不便に一番気づいてるから」
ファステは灰色の床を見回した。
「火を使う場所と、皆様がお休みになる場所が近すぎると思います」
「煙は消えるけど、火の危険は残るな」
「はい。それに食材、水、調理する場所、食事をする場所もほとんど同じです。せめて調理する場所だけでも、寝床から少し離せれば」
紅茶を淹れる場所にもなる。
まだ茶葉もカップもない。それでも、ファステの中では、いつか湯を沸かす場所としてすでに形が見えているのだろう。
俺は床へ小石を置いた。
「調理場所」
◇
「次、リゼ」
「入口だな」
返事は早かった。
「外から戻ったとき、泥や濡れた装備をそのまま生活場所へ持ち込んでる。刃物も寝床の近くへ置くしかない」
「外から帰る場所と、中で暮らす場所を分けたい?」
「ああ。入口の近くに装備を置ければ、何かあったときも早い」
玄関、あるいは土間のようなものだ。
安全と生活の境界。
素材片を一つ置く。
「入口と装備置き」
「装備を乾かせるなら、なおいい」
「注文が増えた」
「聞いたのはお前だ」
正しい。
◇
「私は、もう少し物を置ける場所が欲しいですわ」
レイナは自分の繊維飾りへ触れた。
「物が増えたというより、残しておきたい物が増えましたの」
必要だから持つ物ではない。
好きだから拾った素材。俺が選んだ髪飾り。いつか紙や本が手に入れば、それも置きたいらしい。
「捨てても生きるのには困らない物か」
「だからこそ、自分の場所へ置きたいのです」
ヴィオラ加入前に作った私物置きは、床の一角を区切っただけだ。
六人で暮らし、必要でない物が増えていけば、いずれ足りなくなる。
「個人用の物置」
「できれば棚ですわ」
「技術力と相談」
◇
「備蓄は一か所へ集まりすぎておる」
千代は小石を三つに分けた。
「食料、水、火を起こす物、予備の道具。すべて同じ場所にあれば、一度の事故ですべてを失う」
「小さくても別の保管場所が欲しいと」
「何がどこにあるか分からなくなる分け方では意味がない。日常用、予備、緊急用を――」
「本格的な制度の話はまだ早い」
「早くない」
「まず物置一つから」
放っておくと城の兵站制度まで始まりそうだ。
今回は小規模物置。
正式な倉庫でも、完全な分散備蓄でもない。
その程度で止める。
◇
「ヴィオラは?」
「遊ぶ場所」
「真面目に」
「真面目だけど?」
即答だった。
「食べる場所、寝る場所、物を置く場所ばかりじゃ息が詰まる。何もしなくていい場所が一個くらいあってもいいでしょ」
「昨日も遊んだばかりだろ」
「昨日遊んだから、今日も遊べる場所が欲しくなった」
欲望に忠実だ。
だが、役に立たないという理由だけで却下するのは違う気もした。
昨日、必要のない時間があったから、ファステは自分がそれを好きだと言えた。千代も次は負けないと言った。
「共用空間、でいい?」
「賭け台も欲しい」
「共用空間」
「カードを置ける机」
「聞こえなかったことにする」
◇
「それで、そなたは?」
千代が俺を見る。
「個室」
こちらも即答だった。
「今までの話を全部無視して、自分だけ閉じこもる気か」
「違う。六人で同じ空間にずっといると、一人の時間も必要になる」
「夜斗さんらしい希望ですわね」
「今の言い方、褒めてないよな?」
自分だけの場所。
誰にも見られず、話しかけられず、何もしなくていい空間。
《淫獄》へ来たばかりの俺なら、それだけあればよかった。
だが、今欲しいのは少し違う。
一人になれる場所があり、落ち着いたら共用空間へ戻る。
全員から逃げるための部屋ではない。
「一人になったあと、また皆がいる場所へ戻れる個室」
「一言余計にしないと、不安だった?」
ヴィオラが笑う。
「誤解を防ぐための説明」
「はいはい」
◇
床の上へ、簡単な間取りを作る。
入口にはリゼの装備置き。
そこから共用空間へ入り、寝床と調理場所は少し離す。
物置は一か所へ集めすぎず、個人用の場所も確保する。
個室は六人分。
完全に壁で閉じる必要はない。今より少しだけ他人の視線を避けられればいい。
「共用部屋から全員の場所へ行きやすくした方がいい。調理場所は物置に近く、入口から泥を持ち込まない動線を――」
「なぜ急に楽しそうなのじゃ」
千代に言われ、手が止まった。
「そう見える?」
「見える」
全員が頷いていた。
「拠点作りは好きなんだよ」
サンドボックス系ゲームでは、敵を倒すことより、壁、倉庫、作業台、移動経路を考える方が好きだった。
誰がどこを使い、何をどこへ置けば無駄がないか。
今は画面の中ではない。
それでも六人の希望を一つの形へ並べる作業は、妙に楽しかった。
もちろん、希望を全部そのまま置けばいいわけではない。
「調理場所は、もっと私どもの寝床から離した方が安全ではありませんか?」
ファステが素材片を動かす。
「離しすぎれば、入口で何か起きたときに守りにくい」
リゼが戻す。
「ならば物置を壁代わりに挟めばよい」
千代が別の小石を置いた。
「私の場所が物置の隣では、落ち着きませんわ」
レイナが自分を示す色つきの素材を遠ざける。
「じゃあ私がそこ。夜にカードを数えても誰にも迷惑かけないし」
「音がする前提なのかよ」
一度まとまった形が、別の希望で崩れる。
六人分の生活を考えるというのは、正解の形を探すことではないらしい。
誰かの便利は、別の誰かの不便になる。
だから少しずつ譲り、代わりに別の場所を取る。
俺は動かされた小石を見て、共用空間を中央へ寄せた。
「ここを全員が通る場所にすれば、どの個人空間も完全には孤立しない。調理場所と入口の間も遠すぎない」
「王様の場所は?」
「一番奥」
「結局、一番逃げやすいところを取ってる」
「一人になるための場所だと言っただろ」
「でも戻る場所は真ん中に作った」
ヴィオラに指摘され、俺は返事をしなかった。
たぶん無意識だった。
自分の場所から出たとき、最初に誰かがいる場所へ着く。そんな間取りを、俺自身が選んでいた。
ファステが中央の小石を少し整える。
「皆様でお食事をする場所にもなりますね」
「会議にも使う」
「遊びにもね」
同じ場所なのに、三人が思い浮かべた使い方は違う。その全部を受け入れられる余白が、共用ということなのかもしれない。
◇
「もし、土のある場所があれば」
床の間取りを見ながら、ファステがつぶやいた。
「少し植物を育てることもできるのでしょうか」
「庭?」
「はい。食べられる物や香草が育てられれば、外へ出る回数を減らせるかもしれません」
「茶葉になる植物も?」
「見つかれば、いつかは」
ファステが嬉しそうに笑う。
「外で遊べるね」
ヴィオラが言う。
「まず食用じゃ」
千代が即座に訂正する。
「花があってもよろしいでしょう?」
レイナも加わった。
「敵が隠れられない広さならいい」
リゼだけ基準が物騒だ。
食料。香草。茶葉。花。遊び場所。安全。
庭一つへ、六人の違う希望が重なる。
俺の希望だけがないように見えて、考えてみれば一番分かりやすかった。
庭で何か育てられれば、外へ出る回数が減る。
つまり引きこもれる。
「今、ろくでもない理由で庭へ賛成しただろ」
リゼが疑いの目を向ける。
「食料生産に期待してるだけ」
「目を逸らさず言え」
それでも、反対する者はいなかった。
何を植えるかも、そもそも植物が育つのかも分からない。
まだ存在すらしない庭について、六人で場所の取り合いをしている。
そのこと自体が、ここで先まで暮らすつもりだという意思表示に思えた。
調理場所に立つファステ。
入口で装備を外すリゼ。
自分の棚へ好きな物を置くレイナ。
物置の備蓄を確認する千代。
共用空間でコインを弾くヴィオラ。
個室へ引きこもり、しばらくしたら五人のいる場所へ戻る俺。
その外側には、小さな庭。
昨日まで五人で想像していた家へ、ヴィオラが自然に加わっている。
六人用の暮らしが、かなり具体的に見えた。
『《淫獄石》を45個獲得しました』
『所持《淫獄石》:105』
「増えた?」
またヴィオラに見抜かれた。
「今は検証じゃない」
「別に何も言ってないよ」
「顔が言ってる」
「少しだけね」
◇
俺は表示が消えたあとも、少し待った。
「何を待っておる」
「いや……たまに《淫獄》が勝手に変わるから」
最初の住民が登録されたとき。
生活環境を整えたとき。
条件は分からないが、《淫獄》が反応することがある。
これだけ具体的に家を考えたのだから、何か起きてもよさそうな気がした。
だが、通知は出ない。
灰色の床も、壁も、そのままだ。
「何か起きると思った?」
「ちょっとだけ」
「なら、今日は外れだね」
「賭けてない」
「でも期待はした」
否定できない。
床には、六人で作った簡易間取りが残っている。
まだ家ではない。
壁も、扉も、庭もない。
でも、家にしたい場所にはなっていた。




