第25話 生きる以外の時間
「で、何して遊ぶ?」
ヴィオラは翌朝になっても、本気だった。
「昨日のあれ、話を締めるための台詞じゃなかったの?」
「何で締める必要があるの。始める話でしょ」
広いつばの帽子を指で持ち上げ、ヴィオラは灰色の室内を見回した。
六人分の寝床。仮容器。小さな私物置き。備蓄量を示す小石。
見事なまでに、生きるための物しかない。
「食料の補充が先じゃ」
千代が当然のように言う。
「水を運ぶ容器も完成してない」
リゼも続けた。
「だから?」
「だから遊んでいる場合ではない」
「必要なことを全部終えてから遊ぼうと思ったら、一生遊べないよ」
ヴィオラは床に座り、コインを一枚置いた。
「必要じゃないから Finder遊びなんじゃない?」
千代が眉をひそめる。
俺も一瞬、反論を考えた。
だが現代日本でゲームへ費やした時間の大半は、生存には一切必要なかった。
「……そこは否定できない」
「夜斗様が先に折れました」
ファステの声に、わずかな笑いが混じっていた。
◇
道具がなければ、ある物で作るしかない。
ヴィオラが集めたのは、小石が十個、色の違う素材片が二つ、それから自分のコインだった。
「片手に好きな数だけ小石を隠す。相手は数を当てる。近い方が勝ち」
「それだけ?」
「それだけでいいんだよ。最初から複雑にすると、ルールを覚える方が面倒になる」
「賭け師にしては堅実だな」
「初心者から巻き上げるなら、簡単な方がいいからね」
「今、不穏な本音が出たぞ」
今回は金も《淫獄石》も賭けない。
勝った者は、負けた者へ質問を一つできる。
「答えたくない質問は断っていい」
ヴィオラが付け加えた。
「勝ったのに?」
「質問する権利を得るだけ。答えを奪う権利じゃないよ」
昨日と同じだ。
参加するか、答えるか、途中で降りるか。
選択肢を残したまま遊ぶ。
「それなら、私も参加いたします」
レイナが座る。
ファステもその隣へ控えめに腰を下ろした。
リゼは「見ているだけだ」と言いながら近くに座り、千代は最後まで渋った末、人数が偶数の方が都合よかろうと言い訳して加わった。
◇
最初は、本当に軽い質問だった。
「好きな食べ物は?」
ファステに聞かれたリゼが、少し迷ってから「肉」と答える。
「もっと何かあるだろ」
「腹にたまればいい」
「生存基準から進歩してないね」
「お前に言われたくない」
次にレイナが千代へ勝った。
「お休みの日は何をなさっていましたの?」
「休み?」
千代は、未知の制度を聞いたような顔をした。
「政務の少ない日、という意味か?」
「それは仕事が少ない日ですわ」
「訓練ならしておった」
「それも休みじゃない」
リゼまで口を挟む。
「城内の見回りも――」
「仕事です」
ファステが優しく止めた。
「では、皆は休みの日に何をしておったのじゃ」
「休む」
「答えになっておらぬ」
「千代よりは答えになってる」
真剣に遊んでいないと言い張る千代が、一番真剣に小石の数を読んでいた。
ヴィオラはそれを見て、ずっと楽しそうに笑っている。
何度か繰り返すうち、遊び方にも性格が出始めた。
ファステは相手の裏をかこうとせず、毎回素直に数を変える。だから読みやすいかと思えば、本人にも規則がないせいで意外と当たらない。
リゼは最初の二回、同じ数を続けた。
「同じ数は使わないと思っただろ」
「そういうところだけ妙に頭を使うな」
「だけ、は余計だ」
レイナは手を閉じる仕草まで優雅だったが、負けると一番分かりやすく唇を尖らせた。
「今のは偶然ですわ」
「三回目の偶然だね」
「偶然は何度起きても偶然です」
そして千代は、相手が石を選ぶ前から腕を組んで考え込む。
「まだ握ってないぞ」
「そなたが何個を選びたがるか考えておる」
「遊びで軍議みたいな顔をするなよ」
「勝負を始めた以上、手を抜く方が無礼であろう」
必要のないことへ、全員が違うやり方で本気になっている。
昨日までなら、その時間で水を汲むとか、素材を選り分けるとか、何か役に立つことを探していたはずだ。
今は小石を握り、外れたと笑っている。
役に立たない光景なのに、不思議と無駄には見えなかった。
勝者の質問も、少しずつ相手そのものへ向くようになった。
「大切にしていた物はありますか?」
ファステに問われたレイナは、少しだけ目を伏せた。
「以前なら、家名を示す品と答えたでしょうね。今は……自分で選んだ物ですわ」
そう言って、髪に結んだ柔らかな色の繊維へ触れる。
俺が選んだ物だ。
気づかないふりをしたくなったが、ヴィオラがこちらを見て笑ったので失敗した。
「リゼは、暇なとき何してたの?」
「武器の手入れ」
「千代と同類じゃん」
「違う。あいつは暇でなくても仕事を増やす」
「そなたに言われとうない」
反論しながら、千代は手元に残した小石を無意識に磨いている。
ファステはそれを見て笑い、レイナもつられて口元を緩めた。
俺は会話へ入らず、その輪を外から眺めていた。
けれど、誰かが石を差し出すたび、自然に次の相手として数えられている。
見ているだけで済む場所と、参加してもいい場所。その境目が、前よりずっと薄くなっていた。
誰かに命じられたわけでも、今日の役割として決めたわけでもない。それでも全員が輪から離れず、次に誰と勝負するかを待っている。
そういう時間が、この場所にも生まれるらしい。
◇
「三つ」
「残念。五つ」
俺は手を開いた。
ヴィオラの手のひらには、小石が五つ乗っていた。
「二回続けて外した」
「お前、表情で数が分かるの?」
「少し。あと、あんたは考えすぎると視線が右へ寄る」
「先に言うなよ。次から意識するだろ」
「次があるんだ?」
「言葉尻を拾うな」
ヴィオラは小石を床へ戻した。
「じゃあ質問。この中で、一番一緒にいて楽なのは誰?」
その場が静かになった。
「質問の温度が急に変わってない?」
「答えたくなければ断っていいよ」
逃げ道は用意されている。
それでも、すぐには断れなかった。
――結局、夜斗くんはどっちの味方なの?
高校の教室で聞かれた声が、ほんの一瞬だけ重なる。
あの頃の俺なら、誰でも同じだと答えた。
誰か一人を選ばなければ、誰も傷つけずに済むと思っていた。
今、同じ答えを口にしようとして、違和感があった。
「一番は、決められない」
「ふうん」
「でも、誰でも同じって意味じゃない」
ファステといると安心する。
無理に話さなくても、同じ場所へいることが苦にならない。
リゼには、外で判断を預けられる。口は悪いが、背中を見ていれば帰れると思える。
レイナと話すと、自分だけでは選ばなかった物や考え方が出てくる。
千代とは意見がぶつかる。面倒だが、だからこそ曖昧なまま決めずに済む。
ヴィオラは――。
「面倒だけど、刺激はある」
「私だけ悪口じゃない?」
「一番新しいから説明が短いだけ」
「それなら今後に期待しようかな」
ヴィオラは怒らなかった。
コインを指先で回しながら、俺の答えを確かめるように頷く。
「それ、選ばなかったんじゃなくて、五つ選んだんじゃない?」
「その理屈、ずるくない?」
「一つしか選んじゃいけないなんて、誰が決めたの」
答えられなかった。
◇
「八方美人」
リゼが軽く笑った。
「でも、悪くない答えですわ」
レイナは髪へ触れながら言う。
「逃げたようで、逃げておらぬのが腹立たしい」
千代は不満そうだ。
ファステだけは何も言わなかった。
ただ、少し安心したように表情を緩めている。
質問一つで、五人の反応が全部違う。
その違いを、誰も隠しきれていない。
再び遊びが始まる。
小石を握る指。勝ったときの笑顔。外したときの悔しそうな顔。普段より近い距離で、互いの答えへ耳を傾ける五人。
誰も石を増やすためにやっていない。
俺も、増やそうとして見ているわけではない。
だが、五人との違う関係が同じ輪の中へ並び、その全員が俺の答えへそれぞれ違う反応を返した光景は、かなり強かった。
『《淫獄石》を36個獲得しました』
『所持《淫獄石》:60』
「遊んだだけなのに増えた?」
表示は見えないはずなのに、俺の顔を見てヴィオラが当てる。
「だから嫌な予感がする」
「私はいい予感しかしないけど」
「お前のいい予感は信用できない」
石が増えたと分かった途端、これを稼ぎ方として考えそうになる。
同じ質問を繰り返す。わざと近くへ座らせる。反応が大きくなる組み合わせを探す。
できなくはない。
だが、それを口にしたら、今の時間は別のものになる気がした。
「もう一回やる?」
ヴィオラが小石を拾い集める。
「石を増やすためじゃないなら」
「増えた石を気にしてる人が言っても説得力ないよ」
「気にするのと目的にするのは違う」
ヴィオラは一度だけ目を丸くし、それから満足そうに頷いた。
「そういうことにしておこうか」
次の組み合わせを決める。
今度は俺とファステだった。
彼女は両手を背中へ隠し、どちらか片方へ小石を握る。
「夜斗様。右と左、どちらになさいますか?」
ただ数を当てるだけだったはずなのに、いつの間にかルールまで増えている。
「右」
開かれた手は空だった。
「外れです」
ファステが珍しく、少し得意そうに笑う。
その顔を見られたなら、外れも悪くないと思った。
◇
「結局、遊びは必要なのか?」
終わったあと、千代が小石を片づけながら尋ねた。
「必要かどうかで言えば、必要ない」
俺が答えると、千代は眉を寄せる。
「では、なぜする」
「必要でなくても、皆様で笑える時間はあってよいと思います」
ファステが静かに言った。
「食事や水とは違います。なくても生きてはいけます。でも……私は、今日のような時間も好きです」
自分が好きだと、ファステが迷わず口にした。
千代はしばらく考えたあと、片づけようとしていた小石を一つだけ手元へ残した。
「次は負けぬ」
「続ける気満々じゃないか」
「勝ち逃げを許さぬだけじゃ」
ヴィオラが嬉しそうに笑った。
生きるためには必要ない。
だからこそ、たぶんこれは遊びと呼ぶのだ。
そして《淫獄》には、その必要のない時間が少しずつ増え始めていた。




