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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第三章 「気づけば家になっていた」

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第25話 生きる以外の時間



「で、何して遊ぶ?」


 ヴィオラは翌朝になっても、本気だった。


「昨日のあれ、話を締めるための台詞じゃなかったの?」


「何で締める必要があるの。始める話でしょ」


 広いつばの帽子を指で持ち上げ、ヴィオラは灰色の室内を見回した。


 六人分の寝床。仮容器。小さな私物置き。備蓄量を示す小石。


 見事なまでに、生きるための物しかない。


「食料の補充が先じゃ」


 千代が当然のように言う。


「水を運ぶ容器も完成してない」


 リゼも続けた。


「だから?」


「だから遊んでいる場合ではない」


「必要なことを全部終えてから遊ぼうと思ったら、一生遊べないよ」


 ヴィオラは床に座り、コインを一枚置いた。


「必要じゃないから Finder遊びなんじゃない?」


 千代が眉をひそめる。


 俺も一瞬、反論を考えた。


 だが現代日本でゲームへ費やした時間の大半は、生存には一切必要なかった。


「……そこは否定できない」


「夜斗様が先に折れました」


 ファステの声に、わずかな笑いが混じっていた。


     ◇


 道具がなければ、ある物で作るしかない。


 ヴィオラが集めたのは、小石が十個、色の違う素材片が二つ、それから自分のコインだった。


「片手に好きな数だけ小石を隠す。相手は数を当てる。近い方が勝ち」


「それだけ?」


「それだけでいいんだよ。最初から複雑にすると、ルールを覚える方が面倒になる」


「賭け師にしては堅実だな」


「初心者から巻き上げるなら、簡単な方がいいからね」


「今、不穏な本音が出たぞ」


 今回は金も《淫獄石》も賭けない。


 勝った者は、負けた者へ質問を一つできる。


「答えたくない質問は断っていい」


 ヴィオラが付け加えた。


「勝ったのに?」


「質問する権利を得るだけ。答えを奪う権利じゃないよ」


 昨日と同じだ。


 参加するか、答えるか、途中で降りるか。


 選択肢を残したまま遊ぶ。


「それなら、私も参加いたします」


 レイナが座る。


 ファステもその隣へ控えめに腰を下ろした。


 リゼは「見ているだけだ」と言いながら近くに座り、千代は最後まで渋った末、人数が偶数の方が都合よかろうと言い訳して加わった。


     ◇


 最初は、本当に軽い質問だった。


「好きな食べ物は?」


 ファステに聞かれたリゼが、少し迷ってから「肉」と答える。


「もっと何かあるだろ」


「腹にたまればいい」


「生存基準から進歩してないね」


「お前に言われたくない」


 次にレイナが千代へ勝った。


「お休みの日は何をなさっていましたの?」


「休み?」


 千代は、未知の制度を聞いたような顔をした。


「政務の少ない日、という意味か?」


「それは仕事が少ない日ですわ」


「訓練ならしておった」


「それも休みじゃない」


 リゼまで口を挟む。


「城内の見回りも――」


「仕事です」


 ファステが優しく止めた。


「では、皆は休みの日に何をしておったのじゃ」


「休む」


「答えになっておらぬ」


「千代よりは答えになってる」


 真剣に遊んでいないと言い張る千代が、一番真剣に小石の数を読んでいた。


 ヴィオラはそれを見て、ずっと楽しそうに笑っている。


 何度か繰り返すうち、遊び方にも性格が出始めた。


 ファステは相手の裏をかこうとせず、毎回素直に数を変える。だから読みやすいかと思えば、本人にも規則がないせいで意外と当たらない。


 リゼは最初の二回、同じ数を続けた。


「同じ数は使わないと思っただろ」


「そういうところだけ妙に頭を使うな」


「だけ、は余計だ」


 レイナは手を閉じる仕草まで優雅だったが、負けると一番分かりやすく唇を尖らせた。


「今のは偶然ですわ」


「三回目の偶然だね」


「偶然は何度起きても偶然です」


 そして千代は、相手が石を選ぶ前から腕を組んで考え込む。


「まだ握ってないぞ」


「そなたが何個を選びたがるか考えておる」


「遊びで軍議みたいな顔をするなよ」


「勝負を始めた以上、手を抜く方が無礼であろう」


 必要のないことへ、全員が違うやり方で本気になっている。


 昨日までなら、その時間で水を汲むとか、素材を選り分けるとか、何か役に立つことを探していたはずだ。


 今は小石を握り、外れたと笑っている。


 役に立たない光景なのに、不思議と無駄には見えなかった。


 勝者の質問も、少しずつ相手そのものへ向くようになった。


「大切にしていた物はありますか?」


 ファステに問われたレイナは、少しだけ目を伏せた。


「以前なら、家名を示す品と答えたでしょうね。今は……自分で選んだ物ですわ」


 そう言って、髪に結んだ柔らかな色の繊維へ触れる。


 俺が選んだ物だ。


 気づかないふりをしたくなったが、ヴィオラがこちらを見て笑ったので失敗した。


「リゼは、暇なとき何してたの?」


「武器の手入れ」


「千代と同類じゃん」


「違う。あいつは暇でなくても仕事を増やす」


「そなたに言われとうない」


 反論しながら、千代は手元に残した小石を無意識に磨いている。


 ファステはそれを見て笑い、レイナもつられて口元を緩めた。


 俺は会話へ入らず、その輪を外から眺めていた。


 けれど、誰かが石を差し出すたび、自然に次の相手として数えられている。


 見ているだけで済む場所と、参加してもいい場所。その境目が、前よりずっと薄くなっていた。


 誰かに命じられたわけでも、今日の役割として決めたわけでもない。それでも全員が輪から離れず、次に誰と勝負するかを待っている。


 そういう時間が、この場所にも生まれるらしい。


     ◇


「三つ」


「残念。五つ」


 俺は手を開いた。


 ヴィオラの手のひらには、小石が五つ乗っていた。


「二回続けて外した」


「お前、表情で数が分かるの?」


「少し。あと、あんたは考えすぎると視線が右へ寄る」


「先に言うなよ。次から意識するだろ」


「次があるんだ?」


「言葉尻を拾うな」


 ヴィオラは小石を床へ戻した。


「じゃあ質問。この中で、一番一緒にいて楽なのは誰?」


 その場が静かになった。


「質問の温度が急に変わってない?」


「答えたくなければ断っていいよ」


 逃げ道は用意されている。


 それでも、すぐには断れなかった。


 ――結局、夜斗くんはどっちの味方なの?


 高校の教室で聞かれた声が、ほんの一瞬だけ重なる。


 あの頃の俺なら、誰でも同じだと答えた。


 誰か一人を選ばなければ、誰も傷つけずに済むと思っていた。


 今、同じ答えを口にしようとして、違和感があった。


「一番は、決められない」


「ふうん」


「でも、誰でも同じって意味じゃない」


 ファステといると安心する。


 無理に話さなくても、同じ場所へいることが苦にならない。


 リゼには、外で判断を預けられる。口は悪いが、背中を見ていれば帰れると思える。


 レイナと話すと、自分だけでは選ばなかった物や考え方が出てくる。


 千代とは意見がぶつかる。面倒だが、だからこそ曖昧なまま決めずに済む。


 ヴィオラは――。


「面倒だけど、刺激はある」


「私だけ悪口じゃない?」


「一番新しいから説明が短いだけ」


「それなら今後に期待しようかな」


 ヴィオラは怒らなかった。


 コインを指先で回しながら、俺の答えを確かめるように頷く。


「それ、選ばなかったんじゃなくて、五つ選んだんじゃない?」


「その理屈、ずるくない?」


「一つしか選んじゃいけないなんて、誰が決めたの」


 答えられなかった。


     ◇


「八方美人」


 リゼが軽く笑った。


「でも、悪くない答えですわ」


 レイナは髪へ触れながら言う。


「逃げたようで、逃げておらぬのが腹立たしい」


 千代は不満そうだ。


 ファステだけは何も言わなかった。


 ただ、少し安心したように表情を緩めている。


 質問一つで、五人の反応が全部違う。


 その違いを、誰も隠しきれていない。


 再び遊びが始まる。


 小石を握る指。勝ったときの笑顔。外したときの悔しそうな顔。普段より近い距離で、互いの答えへ耳を傾ける五人。


 誰も石を増やすためにやっていない。


 俺も、増やそうとして見ているわけではない。


 だが、五人との違う関係が同じ輪の中へ並び、その全員が俺の答えへそれぞれ違う反応を返した光景は、かなり強かった。


『《淫獄石》を36個獲得しました』


『所持《淫獄石》:60』


「遊んだだけなのに増えた?」


 表示は見えないはずなのに、俺の顔を見てヴィオラが当てる。


「だから嫌な予感がする」


「私はいい予感しかしないけど」


「お前のいい予感は信用できない」


 石が増えたと分かった途端、これを稼ぎ方として考えそうになる。


 同じ質問を繰り返す。わざと近くへ座らせる。反応が大きくなる組み合わせを探す。


 できなくはない。


 だが、それを口にしたら、今の時間は別のものになる気がした。


「もう一回やる?」


 ヴィオラが小石を拾い集める。


「石を増やすためじゃないなら」


「増えた石を気にしてる人が言っても説得力ないよ」


「気にするのと目的にするのは違う」


 ヴィオラは一度だけ目を丸くし、それから満足そうに頷いた。


「そういうことにしておこうか」


 次の組み合わせを決める。


 今度は俺とファステだった。


 彼女は両手を背中へ隠し、どちらか片方へ小石を握る。


「夜斗様。右と左、どちらになさいますか?」


 ただ数を当てるだけだったはずなのに、いつの間にかルールまで増えている。


「右」


 開かれた手は空だった。


「外れです」


 ファステが珍しく、少し得意そうに笑う。


 その顔を見られたなら、外れも悪くないと思った。


     ◇


「結局、遊びは必要なのか?」


 終わったあと、千代が小石を片づけながら尋ねた。


「必要かどうかで言えば、必要ない」


 俺が答えると、千代は眉を寄せる。


「では、なぜする」


「必要でなくても、皆様で笑える時間はあってよいと思います」


 ファステが静かに言った。


「食事や水とは違います。なくても生きてはいけます。でも……私は、今日のような時間も好きです」


 自分が好きだと、ファステが迷わず口にした。


 千代はしばらく考えたあと、片づけようとしていた小石を一つだけ手元へ残した。


「次は負けぬ」


「続ける気満々じゃないか」


「勝ち逃げを許さぬだけじゃ」


 ヴィオラが嬉しそうに笑った。


 生きるためには必要ない。


 だからこそ、たぶんこれは遊びと呼ぶのだ。


 そして《淫獄》には、その必要のない時間が少しずつ増え始めていた。

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