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このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第三章 「気づけば家になっていた」

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第23話 選ばなかった俺と、選ばせようとする女



『結局、夜斗くんはどっちの味方なの?』


........................。

.................。


 まだ日本にいて、《淫獄》なんて言葉も知らなかった頃。


 高校の放課後、教室でそんなことを聞かれた。


 窓から差し込む夕日と、机の間に立つ何人かの影。


 顔も声も思い出せるはずなのに、そこだけ薄い膜がかかったように曖昧だった。


 たぶん、思い出したくないだけだ。


『別に、どっちでもいいだろ』


 俺はそう答えた。


 どちらかを選べば、選ばなかった方が傷つく。


 何も選ばず、誰の側にも立たなければ公平だと思った。


 それが一番、誰も傷つけない答えだと本気で考えていた。


『……そう』


 短い返事だった。


 それから何が起きたのかを、順番どおり思い出す必要はない。


 確かなのは、全員が同じ場所へ集まることは二度となかったということだけだ。


 誰かと深く関われば、面倒なことが増える。


 誰かを選べば、選ばれなかった誰かが傷つく。


 何も選ばなくても、それはそれで誰かを傷つける。


 だったら最初から一人でいればいい。


 そう考えるようになったのは、異世界へ転移するより、ずっと前のことだった。


 ゲームの拠点は、配置を間違えても作り直せる。


 キャラクター同士の関係も、画面の中なら壊れる理由が決まっている。


 現実より、ずっと分かりやすかった。


     ◇


『所持《淫獄石》:1,000』


『所持上限:1,000』


『次回必要《淫獄石》:1,000』


『《住民召喚》を実行できます』


 朝、目を覚まして最初に見たのは、その表示だった。


 俺は昔から、人間関係は少ない方がいいと思っていた。


 なのに今、俺の帰る場所には四人いる。


 そして目の前には、五人目を呼べる機能がある。


「……満タンなんだよな」


 今のまま《淫獄石》が生成されれば、上限を超えた分は消える。


 昨日だって、本来どれだけ出たのか分からないまま超過分が失われた。


 この状態を放置するのは合理的ではない。


 別に、新しい誰かへ会いたくて仕方がないわけではない。


 ガチャを回したくて理由を探しているわけでもない。


 資源を無駄にしないためだ。


「使わない方が損だよな」


 口に出すと、思った以上に正しい理屈に聞こえた。


     ◇


「というわけで、召喚しようと思う」


 朝の食事を終えたあと、俺は四人へ伝えた。


「昨日は、明日でいいとおっしゃっていましたね」


 ファステが確認する。


「今日がその明日だから、何も間違ってない」


「ずいぶん早く決めましたわね」


 レイナの視線が少し鋭い。


「一晩かけて合理的に考えた結果です」


「眠る前から同じことを考えておったではないか」


 千代が余計な事実を出してきた。


「考え始めた時間は結論の正しさに関係ない」


「で、本音は?」


 リゼが聞く。


「上限から溢れるのがもったいない」


 四人が一斉に黙った。


 何だ。


 これ以上なく合理的だろう。


「新しい方がいらっしゃること自体に、反対はいたしません」


 最初に答えたのはファステだった。


「ですが、その方にも事情がおありになると思います」


「分かってる。召喚されたからって、俺の命令を聞く義務が生えるわけじゃない」


「戦える奴とは限らないぞ」


 リゼが言う。


「それも分かってる」


「生活に役立つ能力があるとも限りませんわ」


「通常召喚だから、そこは完全にランダム」


「つまり、誰が来るかも分からぬのに1,000個を使うと」


 千代が腕を組む。


「だからガチャなんだよ」


「嬉しそうに申すな」


「嬉しそうじゃない。仕様を説明しただけ」


 自分でも、少しだけ声が弾んだ気はした。


 気のせいということにする。


     ◇


 四人が少し離れた位置へ移動する。


 召喚される人物が、リゼのように武器を向けてくる可能性もある。


 リゼはすぐ動ける場所。


 ファステとレイナは、その後ろ。


 千代は横から全体を見られる位置へ立った。


 俺は表示を開く。


『通常《住民召喚》』


『召喚対象:成人女性』


『必要《淫獄石》:1,000』


『所持《淫獄石》:1,000』


 本当に使うのか。


 一瞬だけ、指が止まる。


 人が一人増えれば、関係も一つ増えるだけでは済まない。


 俺と新しい住民。


 ファステと新しい住民。


 リゼ、レイナ、千代とも、それぞれ新しい関係が生まれる。


 増えるのは一人でも、組み合わせは一気に増える。


 昔の俺なら、それだけで閉じていたかもしれない。


 だが、今さら四人との関係をなかったことにはできない。


 それに――満タンのまま置いておく方が損だ。


「実行する」


『1,000《淫獄石》を消費します』


『通常《住民召喚》を実行します』


 床に光が広がった。


     ◇


 乾いた音がした。


 何か硬い物が床へ落ち、何度か跳ねる。


 光の中から伸びた指が、それを拾い上げた。


 コインだった。


「……これ、私が賭けに勝った結果?」


 女の声。


 光が消える。


 そこにいたのは、見慣れない格好の成人女性だった。


 つばの広い帽子。


 旅の埃が残る短い上着と、身体へ沿うベスト。


 腰には革のベルトが巻かれ、細身の脚を覆う実用的な服と長いブーツが続いている。


 露出が多いわけではない。


 それでも、荒野を歩いてきたような少し日に焼けた肌と、気だるく立つ姿には妙な色気があった。


 長い茶色の髪は少し乱れ、鋭い目だけが楽しそうに周囲を見ている。


 彼女は拾ったコインを親指で弾いた。


 回転したそれを手の甲で受け止める。


「酒場じゃない。あの連中もいない。勝負が決まる前に場所が変わった、と」


 混乱していないわけではない。


 だが、怯えるより先に状況を観察している。


 リゼがいつでも動けるよう重心を落とした。


 女はそれを見て、口元だけで笑う。


「安心して。今すぐやり合う気はないよ。そっちが先に張らないならね」


 その前へ、召喚結果が表示された。


『通常《住民召喚》結果』


『N《場末の賭け師》ヴィオラ・ベル』


 N。


 千代のSSRを見たあとだからか、その一文字へ目が止まった。


 ほんの一瞬だった。


「ハズレを引いたと思った?」


 ヴィオラと表示された女が、俺を見ていた。


「いや」


「今、止まった」


「レアリティを確認しただけ」


「同じ意味じゃない?」


「違う。レアリティは能力の希少度で、人間の価値じゃない」


 言いながら、自分にも言い聞かせる。


 彼女は俺の顔を数秒見たあと、楽しそうに目を細めた。


「なるほど。半分は本気で、半分は自分への言い訳か」


「初対面で人の内心を決めつけないでくれる?」


「決めつけてない。賭けただけ」


 面倒そうな人が来た。


 ファステは警戒しながらも、いつでも水を渡せるよう器を用意している。


 リゼは武器へ手を伸ばしてはいないが、ヴィオラの指先から目を離さない。


 レイナは旅装と立ち居振る舞いを観察し、千代は俺とヴィオラの間に何が起きるか見定めようとしていた。


 新しい人間が一人増えただけで、四人の役割と距離が少しずつ変わる。


 昔なら、その変化を面倒だと思ったはずだ。


 今も面倒ではある。


 ただ、嫌だとは思わなかった。


     ◇


『所持《淫獄石》:0』


『次回必要《淫獄石》:3,000』


『ヴィオラ・ベルを《住民》として登録しました』


「先に説明する」


 俺は表示を閉じ、ヴィオラへ向き直った。


「ここは《淫獄》っていう異空間。俺の能力で呼び出されたらしい。システム上はもう住民として登録されてる」


「ずいぶん物騒な名前だね」


「俺がつけた名前じゃない。それだけは信じてほしい」


「名前より、住民ってところが気になるかな」


「登録されたからって、俺への忠誠とか好意とか、命令を聞く義務がつくわけじゃない。そこは別」


「へえ」


 ヴィオラは俺ではなく、後ろにいる四人を見た。


 ファステ。


 リゼ。


 レイナ。


 千代。


 順番に表情を読み、また俺へ戻る。


「それは本当みたいだ」


「何で分かる?」


「全員、あんたを見る目が違うから」


 背後の空気がわずかに動いた。


 俺は振り返らないことにした。


「元の場所へ戻す方法は?」


 ヴィオラが聞く。


「分からない。今のところ、戻せる機能も見つかってない」


「じゃあ、あの勝負がどうなったかも分からない?」


「たぶん」


 初めて、彼女の笑みが少しだけ薄くなった。


 強がっているのかもしれない。


 だが次の瞬間には、コインを指の間で転がしていた。


「分かった。降りられない勝負なら、まず盤面を見ないとね」


「ここに残るのか?」


「他に行く場所がある?」


「外には出られる。でも危険だし、俺たちも人里へ着いてない」


「なら、今はここへ張る」


 ヴィオラは自分で決めたように言った。


 召喚されたからではない。


 システムへ住民と表示されたからでもない。


 少なくとも今は、彼女自身がここへ残る方を選んだ。


     ◇


「それで、私を呼ぶのに何を賭けたの?」


 一通り紹介を終えると、ヴィオラが聞いてきた。


「《淫獄石》を1,000個」


「それは高い?」


「最初は無料。次が100、その次が300。今回は1,000」


「回すほど上がるんだ」


「次は3,000」


「いいね」


「どこが?」


 普通なら引くところだ。


 千代は実際、表示を見たとき露骨に眉を寄せた。


 ヴィオラは逆に、楽しそうになっている。


「次を見るための賭け金が上がる。払えるか、払えないか。払う価値があるか。それを考える余地がある」


「ガチャは賭けじゃなくて、住民を増やすためのシステムだから」


「何が出るか分からないんでしょ?」


「分からない」


「当たり外れもある」


「人を当たり外れで――」


「あんた、さっき私のNで止まったよね」


 言葉に詰まった。


「能力や役割としての相性はある」


「それを当たり外れって呼ぶんじゃない?」


「表現が悪い」


「なら、期待値でもいいよ」


 ヴィオラはコインを弾き、受け止める。


「で、どうして今回は張ったの?」


「上限が1,000だったから」


「それだけ?」


「満タンのままだと、新しく増えた分が全部消える。使わない方が損だった」


 ヴィオラの笑みが深くなった。


「それ、賭けをする奴が大好きな理屈だ」


「違う」


「何が?」


「俺はガチャなんかにハマらない」


 一拍置いて、ヴィオラが笑い出した。


「何だよ」


「いや、ごめん。ずいぶん面白いところへ呼ばれたと思って」


「こいつを煽るな」


 リゼが警告する。


「まだ何も煽ってないよ」


「もう楽しそうだ」


「賭け師だからね」


 ヴィオラは悪びれない。


「N? いいじゃない。最低から始めた方が、勝った時に面白いでしょ」


 強がりなのか、本気なのか。


 俺にはまだ分からない。


 ただ、彼女が自分の表示を恥じていないことだけは分かった。


     ◇


『通常《住民召喚》回数:4』


『所持《淫獄石》:0』


『次回必要《淫獄石》:3,000』


 3,000。


 今までの三倍。


 さすがに、すぐ回せる数字ではない。


「次は3,000か」


 俺がつぶやくと、隣からヴィオラが表示を覗き込もうと顔を寄せた。


「私には見えないみたいだね」


「俺にしか見えない」


「じゃあ、あんたが数字を教えて。増える条件は?」


「それを知ってどうする?」


「決まってるでしょ。次の賭け金を、どう貯めるか考える」


「次を回すとは言ってない」


「でも、必要数はもう確認した」


 反論できなかった。


 これまでは、俺一人で理由を作っていた。


 必要だから。


 無料だから。


 ここまで貯まったから。


 上限から溢れるともったいないから。


 その理屈を、ファステたちは心配し、リゼは呆れ、レイナは疑い、千代は止めようとしてきた。


 だが、今度の住民は違う。


 俺の言い訳を聞いて、止めるどころか面白そうに頷いている。


「安心して。今すぐ全部張れなんて言わないよ」


 ヴィオラがコインを弾いた。


「勝負は、当たるか外れるかじゃない。いつ張るかだから」


 落ちてきたコインを、彼女は片手でつかむ。


「だからまず、次に張る価値があるか、一緒に考えようか」


 この出会いが何を始めるのか、そのときの俺が知るはずもない。


 ただ一つ分かったことがある。


 たぶん俺は、止める役を召喚できなかった。

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