↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第二章 「全部を決めない王」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/105

第21話 帰る場所があるから



『所持《淫獄石》:450』


『所持上限:1,000』


『次回必要《淫獄石》:1,000』


 あと五百五十個。


「半分近い……」


 正確には、まだ半分にも届いていない。


 だが、昨日まで三百個だったものが、一度に百五十個も増えたのだ。


 理由は、おそらくファステたちとの関係が同時に見えたこと。


 なら、似た状況を意図的に作れば、もっと効率よく増やせるかもしれない。


 例えば座る位置を指定して、誰かとの約束を別の誰かの前で話して――。


「やめよう」


 自分で考え始めておいて、自分で止めた。


 検証は好きだ。


 効率化も好きだ。


 だが、人間関係を素材配置みたいに扱い始めたら、たぶん越えてはいけない線を越える。


 俺にはまだ理性がある。


 少なくとも、そういうことにしておきたい。


「夜斗様、少しよろしいでしょうか」


 ファステに呼ばれ、俺は表示を閉じた。


     ◇


 床には、小石と素材片が並べられていた。


 少し前に始めた簡易的な物資管理だ。


 食料、水、火起こし用品、容器、道具。


 使った分だけ小石を動かし、補充すれば戻す。帳簿と呼べるほど正確ではないが、感覚だけで管理するよりは分かりやすい。


 そして、分かりやすくなったせいで、分かりたくなかった現実も見えた。


「予備、増えてないな」


「はい」


 ファステが申し訳なさそうに答える。


「今日明日に困るわけではありません。ただ、このままでは余裕が増えません」


「採った分を食えば、備えにはならぬ」


 千代が食料を示す小石を動かした。


 五人で採りに行く必要はない。


 だが、五人で食べる以上、以前と同じ採取量では予備が残らない。


 保存設備がないせいで、長く置けない物も多い。


 現地で手に入るのは、以前から安全を確認している固い実や食べられる根など、原始的な食べ物ばかりだ。それでも、今は立派な生命線である。


「つまり、外へ出るしかない」


「嫌そうだな」


 リゼが言う。


「嫌だから」


「即答か」


「危険が好きな一般大学生はいない」


「一般大学生が何かは知らないが、お前が弱いのは知ってる」


「そこは否定してくれてもいいんだぞ」


「事実を曲げると判断を誤る」


 正論が痛い。


「ならば、今日は私も出よう」


 千代が立ち上がった。


「千代も?」


「報告だけでは、土地の癖までは分からぬ。備えを考えるなら、実際に見る必要がある」


 リゼは少し考え、千代の装備と足元を見た。


「知っている範囲だけだ。勝手に前へ出るな」


「誰に申しておる」


「お前」


「私は一城を預かった身ぞ」


「ここでは初めて外に出る新人だ」


 二人の視線がぶつかる。


 数秒後、千代が小さく息を吐いた。


「……承知した」


 言えるんだ、承知したって。


     ◇


 外へ出るのは、俺とリゼと千代。


 ファステとレイナには《淫獄》へ残ってもらう。


「お気をつけて」


 ファステが俺の服元を確かめる。


 何かを直す必要はなかったらしい。それでも彼女の指先は、ほんの一瞬、胸元へ触れてから離れた。


「危険だと思ったら、すぐにお戻りくださいませ」


「そこは任せて。俺の一番得意なやつだから」


「逃げることが、ですの?」


 レイナが聞く。


「戦略的撤退」


「呼び方を変えても、逃げることに違いはありませんわね」


「生還率が上がるなら呼び方は重要なんだよ」


 リゼが先に外へ出る。


 安全を確認した合図を受け、俺と千代も続いた。


 《淫獄》の灰色の床から、草と土のある外界へ。


 空気が変わっただけで、肩に力が入る。


 外は今日も、俺へ優しくなる予定がないらしい。


     ◇


 リゼが先頭。


 千代が中央。


 俺が最後尾。


 もちろん、背後まで自分で警戒できるから最後を任されたわけではない。危険が来たとき、前の二人を押しのけず《淫獄》へ逃げやすい位置というだけだ。


「足場が悪いな」


 千代が低く言った。


「根が出てる場所は特に気をつけろ。右側は土が緩い」


 リゼが振り返らず答える。


 千代は周囲を見ながら歩いた。


 水場までの距離。


 木々に遮られる視界。


 採取場所から《淫獄》の入口へ戻る経路。


 入口付近へ他人を近づけないため、どこまで先を確認すべきか。


「聞くのと見るのとでは違うものじゃな」


「だから俺は外に出たくない」


「なぜ最後はそこへ戻る」


「現場を見た感想」


「見ぬままでは決められぬこともあろう」


「だから嫌でも来てる」


 口にしてから、以前ならそこで終わっていたと思う。


 嫌だから出ない。


 危険だから隠れる。


 それで済むなら、今でもそうしたい。


 だが、今は俺一人の空腹だけを我慢すればいいわけではなかった。


     ◇


 いつもの採取地点で、固い実と食べられる根を集める。


 量は多くない。


 同じ場所から採りすぎないよう、使える物だけを選ぶ。


「ここだけに頼るのは危うい」


 千代が言った。


「採れなくなったら終わるから?」


「それもある。何者かに先を越されることも、獣の縄張りが変わることもあろう。同じ物が別の場所にもあるなら、今のうちに知っておくべきじゃ」


「どこまで探す?」


 俺はリゼを見る。


「東側の斜面手前までだ。それ以上は今日は行かない」


「じゃあ、そこを限界にする」


 リゼの判断を確認し、俺が方針を決める。


 千代は何も言わなかったが、反対もしなかった。


 少し方向を変えて探すと、低い木々の陰に、見覚えのある実がまとまって生っていた。


 根の方も、少し離れた湿った地面に生えている。


「同じ物で間違いない?」


 俺は念のため尋ねた。


 リゼが形と匂いを確かめる。


「同じだ。ただし、ここも量は多くない」


「十分じゃ。二つに分かれておれば、一方が使えぬときにも残る」


 第二採取地点、確保。


 言葉にすると立派だが、実態は数日分の食料を少し増やせる場所だ。


 食料問題が解決したわけではない。


 それでも、昨日よりはましになった。


     ◇


「止まれ」


 帰路へ入ろうとしたとき、リゼが低く命じた。


 俺と千代が同時に足を止める。


 リゼは地面へしゃがみ、折れた枝へ触れた。


「獣か?」


「違う。切ってる」


 断面は荒いが、自然に折れた形ではない。


 少し先には、土の上へ浅い足跡が残っていた。


 一人分ではない。


 さらに進んだ場所には、黒くなった土と灰がある。焚き火を消した跡らしかった。


 以前見つけた紙片より、ずっと新しい。


「大学の連中か?」


「まだ決めつけるな」


 リゼがすぐに返す。


「分かってる。可能性があるだけ」


 以前なら、期待か不安のどちらかで先走っていたかもしれない。


 だが、この世界で人間らしい痕跡があることと、それが安全であることは別だ。


 同じ大学の学生だったとしても、今どんな状態なのか分からない。


 そもそも、別の誰かかもしれない。


「跡は新しいのか?」


 千代が尋ねる。


「古くはない。追うなら、まだ辿れる」


 リゼの答えを聞き、千代が俺を見た。


「王としてはどうする」


「その聞き方、毎回プレッシャーなんだけど」


「決めるのはそなたであろう」


 否定できない。


 俺はリゼへ聞いた。


「危険度は?」


「追うだけなら行ける。ただし、誰がいるかまでは分からない」


「逃げ道は?」


「今なら確保できてる。深追いすれば保証しない」


 会いたい気持ちはある。


 日本から一緒に飛ばされた人間がどうなったのか、知りたくないわけがない。


 同時に、知らない方が安全かもしれないとも思う。


「少しだけ追う。人影が見えそうなら、接触する前に一度止まる」


「了解」


 リゼが先へ進んだ。


     ◇


 足跡は木々の間を抜け、緩い下りへ続いていた。


 俺たちは声を抑え、足音を立てないように歩く。


 しばらくして、リゼが片手を上げた。


 止まれの合図。


 耳を澄ます。


 最初は、風が葉を揺らす音しか聞こえなかった。


 やがて、その向こうから何かが届く。


「――水……」


 遠い。


 途切れている。


 だが、今のは。


「……日本語だ」


 もう一つ、別の声が重なった。


「――戻る……待て――」


 姿は見えない。


 声の主が何人なのかも分からない。


 それでも、紙に残った文字とは違う。


 今、この近くに日本語を話す誰かがいる。


 胸が速くなる。


「もう少し行けば見えるか?」


「可能性はある」


 リゼが答えた直後、横手の茂みが大きく揺れた。


 人の動きではない。


 低く、重い息遣いのような音が混じる。


 リゼの表情が変わった。


「追うなら危険が上がる」


 声は近い。


 あと少し進めば、誰かの姿を見られるかもしれない。


 だが、そのあと少しが安全だという保証はない。


「会いたいのであろう?」


 千代が静かに言った。


「会いたいから死んだら意味ない」


 俺は茂みと、声がした方角を交互に見た。


「今日は戻る。帰る場所もあるし」


 言ってから、自分の言葉に引っかかった。


 帰る場所。


 《淫獄》を、俺は今そう呼んだ。


 逃げ場所でも、隠れ場所でも、便利な拠点でもない。


「撤退するぞ」


 リゼの声で我に返る。


「分かってる。戦略的撤退な」


「今は好きに呼べ」


 俺たちは来た道を引き返した。


     ◇


 《淫獄》へ戻った瞬間、張り詰めていた肩から力が抜けた。


 灰色の床。


 灰色の壁。


 家具らしい家具もなく、完成した設備もほとんどない。


 それでも、外の森よりずっと息がしやすい。


「お帰りなさいませ」


 ファステが迎えてくれた。


「随分遅かったですわね」


 レイナもこちらへ歩いてくる。


 責める口調ではない。俺たち三人の姿を確かめ、怪我がないと分かると、彼女の表情が少し緩んだ。


「ただいま」


 その一言が、思っていたより自然に出た。


 リゼは装備を外し、持ち帰った食料を床へ置く。


 ファステが俺たちへ水を渡す。


 レイナは採取物を見て、傷んでいる物がないか確認し始めた。


 千代は周囲を見回したあと、戦装束の襟元をわずかに緩める。


 外では一度も見せなかった動きだった。


「そなた、外では随分と周囲を見るのだな」


 水を飲みながら、千代が言った。


「怖いから」


「戻った途端に気が抜けた」


「ここなら、何かあってもリゼがいるし、ファステもレイナもいるし、千代もいる」


 言い終えてから、全員の名前を挙げたことに気づく。


 《淫獄》が安全だからだけではない。


 ここに戻れば、皆がいる。


 その光景へ安堵した俺の目は、外から戻って装備を緩めたリゼや千代、水を差し出すファステ、髪飾りを揺らして採取物を調べるレイナを、必要以上に意識してしまった。


 安全な場所で、それぞれが自分の役割へ戻っていく。


 外で張り詰めていた分だけ、その差が妙に刺さる。


『《淫獄石》を170個獲得しました』


『所持《淫獄石》:620』


「……また大きいな」


「何のお話ですか?」


 ファステが首を傾げる。


「帰ってきたら、俺の面倒な欲望が元気になった話」


「外では静かだったのか?」


 リゼが呆れた顔をする。


「生存本能が勝ってた」


「ずっと外に置いておくか」


「やめて。帰る場所の大切さを理解した直後に追放しないで」


     ◇


 夜になり、今日分かったことを五人で共有した。


 第二採取地点。


 新しい人工的な痕跡。


 遠くから聞こえた、日本語らしい声。


 接触できなかったこと。


 大型の何かが近くにいたため、撤退したこと。


「同じ大学の方々なのでしょうか」


 ファステが尋ねる。


「まだ分からない。日本語を話してたのは、ほぼ間違いないと思う」


「次はどうなさいますの?」


 レイナが言う。


「痕跡が残ってるうちに確認はしたい。ただ、人数も正体も分からない。入口へ繋がる道も見られたくないから、すぐ接触はしない」


「まずは周囲を見るべきじゃな」


 千代が頷いた。


「今日の撤退判断は間違ってない」


 リゼが短く言う。


 その言葉だけで、少し安心した。


 話し合いが終わっても、誰もすぐには寝床へ移らなかった。


 ファステは残った水を確かめる。


 レイナは髪飾りを外し、自分の私物置きへ丁寧に収める。


 リゼは装備の汚れを落としながら、俺の近くに座っている。


 千代は小石を動かし、今日持ち帰った食料を管理へ加えた。


 ついさっきまで、見知らぬ誰かと大型生物の危険について話していた。


 それなのに、話が終われば普通の日常へ戻る。


 明日食べる物を数え、道具を片づけ、同じ場所で眠る準備をする。


 危険な話のあとだからこそ、その何でもなさが心地よかった。


 そして、四人がそれぞれ違う距離で俺のそばにいる光景を意識した瞬間、再び表示が開く。


『《淫獄石》を100個獲得しました』


『所持《淫獄石》:720』


『所持上限:1,000』


『次回必要《淫獄石》:1,000』


 あと二百八十個。


 一気に近づいた。


 だが、数字より先に考えたのは、今日は全員が無事にここへ戻れたということだった。


 外へ出るのが好きになったわけじゃない。


 危険は嫌いだし、できるなら明日も引きこもっていたい。


 ただ、帰る場所があるなら、少しくらい外へ出てもいいと思えるようにはなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。