↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このスキル、やばスギル。 ~ガチャ沼に堕ちたら俺の負け~  作者: 明日乃風
第一章「逃げ場所から始まる生活」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/95

第19話 全部を決めない王



「足りぬ」


 朝一番、千代は床に並べた小石を見て言った。


「何が?」


「全てじゃ」


「範囲が広すぎる」


 俺は千代の向かいへ座り、並べられた物を眺めた。


 丸い小石。


 細長い小石。


 色の薄い素材片。


 濃い素材片。


 何かの儀式にしか見えない。


「これは食料。こちらは水。その隣が火を起こすための物。さらに容れ物と道具じゃ」


「小石に役割を与えるだけで、急に管理表っぽくなったな」


「かんりひょう?」


「こっちの話。続けて」


 千代は食料を示す列から、小石をいくつか取り除いた。


「これが日々の消費。外で何も得られぬ日が続けば、この分ずつ減る」


 次に、水を表す列を短くする。


「水も同じ。今は水場へ行けるが、危険が現れれば取りに行けぬ。容器が壊れても終わる」


「今日と明日は何とかなる。でも、その次に何か起きたら困る?」


「その認識でも甘い」


「もっと厳しかった」


 千代が並べた小石は、正確な量を表しているわけではない。


 秤もないし、食料の種類ごとに傷む速さも違う。


 それでも、使えば減ることと、補充できなければ困ることは見える。


「今の《淫獄》は、今日を生きることはできる」


 千代は五人の寝床と、壁際へ分けた食料を見る。


「されど、不測の事態へ耐える備えがない」


「やっぱり全部足りないのか」


「だから、そう申した」


     ◇


 五人で小石の管理表を囲んだ。


「食事を減らす前に、使える食材を増やした方がよいと思います」


 ファステが食料の列を見る。


「今の食事も十分とは言えません。量を減らせば、外へ出る方々のお身体へ影響します」


「それより先に装備を直す物が欲しい」


 リゼは自分の防具の留め具を指で弾いた。


「今は使えるが、切れたあとで代わりを探しても遅い。外へ出られなくなれば、食料も水も増やせないぞ」


「容器と布を優先すべきですわ」


 レイナも自分の前へ小石を置く。


「水、食料、手当て、装備の補修。用途の広い物から整えれば、一つで複数の問題へ対応できます」


「まず消費を抑えよ」


 千代の答えは変わらない。


「外へ出る回数を増やせば、危険も増す。日々使う食料と水を少しずつ減らし、何かあっても耐えられる分を先に分けるべきじゃ」


 全員の意見が正しい。


 だから困る。


 ファステの言うとおり、食事を減らしすぎれば動けなくなる。


 リゼの装備が壊れれば、俺たちは安全に外へ出られない。


 レイナの容器と布も必要だ。


 千代が求める予備がなければ、危険が一度起きただけで生活が止まる。


 ゲームなら資源をクリックし、建築予約へ順番に入れればいい。


 現実では、クリックする資源が先に足りなかった。


「王ならば、命じれば済むことであろう」


 千代が俺を見る。


「誰の案を採るか、そなたが決めよ」


「俺が一番分かってないのに、俺だけで決める方が怖い」


「決めぬのか?」


「聞いてから決める」


「今までの話では足りぬと?」


「欲しい物は分かった。でも、それを後回しにしたら、何が最初に困るのかを知りたい」


 俺はファステを見る。


「食事を今のままにして、食材集めを後回しにすると?」


「数日分というほどの余裕はありません。量だけでなく、同じ物が続けば体調を崩す可能性もあります」


「リゼの装備は?」


「今日明日で全部壊れるわけじゃない。けど、この留め具は傷んでる。遠出する前には直したい」


「容器と布は?」


「水の保存は今すぐ必要です。ただ、布については清潔な物を使い分ければ、短期間なら現在ある分で対応できますわ」


 最後に千代を見る。


「備蓄を作らなかったら?」


「危険がなければ、今までどおりじゃ。何か一つ起きれば、そこから足りなくなる」


「つまり千代の案は、起きるか分からない危険へ備える案か」


「起きてから備えることはできぬ」


 それも正しい。


 でも、全員の案を同時に実行できるほど、人手も物もない。


 俺は小石を動かしながら、後回しにした時の損失を比べた。


     ◇


「食事と水の量を少し削る」


 千代は改めて提案した。


「削った分を別へ置けば、わずかでも備えになる。外へ出る回数も増やさずに済む」


「全員、同じ量を?」


「役割に応じて変える。外へ出るリゼとレイナは維持。夜斗も外へ出るなら、動ける量は残す」


「千代とファステは?」


「中へ残るなら、多少減らしても問題なかろう」


 千代は当然のように言った。


 ファステも反論しない。


 むしろ、自分の分をさらに減らせるか考え始めている顔だった。


「却下」


「なぜじゃ」


「ファステは逃げてきた直後、空腹で限界だった。今も体力が完全に戻ったとは言えない」


「私はもう大丈夫です」


「大丈夫って言う人を、そのまま信用しないことになってる」


 これはファステとリゼから学んだ。


「千代も、自分の分なら削っていいと思ってるだろ」


「王が民より多く食らう必要はない」


「ここで元城主理論を持ち出さないでくれ」


「元ではない」


「そこは訂正するんだな」


 千代の案は間違っていない。


 少しずつ分ければ備蓄は増える。


 ただ、今の俺たちには、体調を崩した人間を休ませながら十分に補う余裕がない。


「千代の案が間違いとは思わない。でも、今の俺たちには削った分を戻す余裕もない」


「では、どうする」


「備蓄は作る。ただし、誰かが倒れる量までは削らない」


「それでは増えるのが遅い」


「遅くていい。今日を壊して明日に備えるのは、順番が逆だ」


 千代は黙った。


 怒った様子はない。


 俺の言葉のどこが使えて、どこが甘いのかを測るように見ている。


「じゃあ、役割を分ける」


 俺は小石を五つ、横へ並べた。


     ◇


「千代には、何をどれだけ分けるか考えてほしい。全部を一か所へ置かない方法も」


「よかろう」


「ファステは、日々の生活に最低限必要な量を出して。食事だけじゃなく、水と火も」


「承知いたしました」


「リゼは、外へ出る人間が動ける量と、装備がどこまで保つか」


「分かった」


「レイナは、今ある容器と素材で、何を分けて置けるか確認してほしい」


「お任せくださいませ」


 四人分を決めたところで、千代が尋ねる。


「そなたは?」


「皆の意見を聞いて、何を先にするか決める」


「それだけか」


「それだけでも、今の俺には多い」


 俺が食材を探しても、ファステほど見分けられない。


 外の危険はリゼほど分からない。


 素材の状態はレイナの方が見られる。


 備えは千代の方が考えられる。


 全部へ中途半端に口を出すより、分かる人に任せた方がいい。


「今日は採取範囲を広げない」


 俺は最初の方針を決める。


「知っている近場だけで、食料を補充する。水用素材は、今ある候補へ実際に少量の水を入れて運ぶ試験だけ。遠くへは行かない」


「食料と水を同時に進めるのか?」


 リゼが聞く。


「どっちかを完成させるんじゃなくて、どっちも止めない。危険を感じたら、成果がなくても戻る」


「装備は?」


「今日は近距離。戻ったら傷んだ部分を優先して直す。使える布の判断はレイナ、直し方はリゼ」


「備蓄へ回す量は?」


「ファステと千代で案を作って。最後に俺が見る」


 千代は小石の列と俺を見比べた。


「結局、そなたが行う仕事は少ないではないか」


「王が全部やったら、この拠点は今日中に終わるぞ」


「それを誇るでない」


     ◇


 その日の作業は地味だった。


 外へ出た組は、既に食べられると分かっている根と木の実を、知っている範囲で集めた。


 新しい食材は探さない。


 大きな獲物も狙わない。


 試作素材へ入れた水は、少し漏れたが《淫獄》まで運べた。


 ただし長く置けば柔らかくなるため、保存用には使えない。


 中へ残った組は、食料と火起こし用品を日常用と小さな予備へ分けた。


 予備はまだ、備蓄と呼ぶには少ない。


 それでも、どこに何があり、使った分をどの小石で示すかは決まった。


「ここへ置いた石が減れば、補充が必要ということです」


 ファステが食料の列を指す。


「ただ、食材の種類によって必要量が違いますので、正確な数ではありません」


「今は減ったことが分かればいい」


 俺が答えると、千代もうなずいた。


「初めから完全を求めれば、何も始まらぬ」


「千代からその台詞が出るの、意外だな」


「未完成と無計画は違う」


 床へ膝をついた千代が、ずれた小石を並べ直す。


 戦装束の袖が邪魔になったのか、布を取り、片腕ずつまとめ始めた。


 長い髪も手早く結び直す。


 城主として命令を出していた姿しか知らない俺の前で、千代は床へ膝をつき、自分の手で小さな石を動かしている。


「この位置でよいか」


 千代が俺を呼ぶ。


 横へ座り、肩が触れそうな距離から配置を見る。


 まとめた袖から伸びる腕。


 結び直した髪の下に見える首筋。


 真剣な横顔は女城主のままなのに、やっていることは五人分の木の実と水の管理だ。


 威厳と生活感の組み合わせ。


 偉い立場の大人の女性が実務へ降りてくる姿。


 俺の細かい嗜好へ、また新しい項目が追加された。


『《淫獄石》を28個獲得しました』


『所持《淫獄石》:253』


「……俺の好み、守備範囲が広すぎないか?」


「何の話じゃ」


「こっちの問題」


「ならば手を止めるな。結果を確かめるのであろう」


 はい。


 任せた以上、確認は必要だった。


     ◇


 作業を終えたあと、千代が俺を呼び止めた。


 ほかの三人は食事の準備と装備の補修を続けている。


「一つ聞く」


「答えられる範囲で」


「なぜ、私の案をそのまま採らなかった」


「食事を削る案?」


「私の判断を信用しておらぬのなら、備蓄の管理を任せるのは矛盾しておろう」


 千代の目は鋭い。


 責めているのではなく、理由を確かめようとしている。


「信用してないわけじゃない。千代は、最悪のことを考えるのが一番うまいと思ってる」


「ならば――」


「でも、その最悪を避けるためなら、自分まで削るだろ」


 千代が口を閉じる。


「ファステも同じことをする。リゼも、誰かを守る時は自分を後回しにする」


「上に立つ者が負担を引き受けるのは当然じゃ」


「任せるのと、全部背負わせるのは違うだろ」


「そなたは、王のくせに人へ背負わせることを恐れるのか」


「怖いよ」


 俺は即答した。


「俺の判断で誰かが倒れるのは嫌だ。間違えた時に、全部その人のせいになる形も嫌だ」


「それでは、王が全てを背負うと申すか」


「無理。俺はそんなに強くない」


「……そなたは」


「俺が背負えないから、分けるんだよ。最後に決めた責任くらいは俺が持つ」


 立派な覚悟ではない。


 皆を守り抜く力もない。


 俺ができるのは、分かる人へ任せ、意見を聞き、最後にどの案で動くか決めることくらいだ。


 失敗したら、次を考える。


 その程度しかできない。


「そなたは、私の知る王とは随分違う」


 千代が言った。


「悪い意味で?」


「少なくとも、今はまだ決めぬ」


「評価保留か」


「見定める価値はある、ということじゃ」


 千代の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


 忠誠を誓う臣下の顔ではない。


 俺を王と認めきった顔でもない。


 かつて城を治めていた成人女性が、同じ王という言葉を持つ俺を、自分の意思で見定めようとしている。


 その視線に、俺は思った以上に強く惹かれた。


 袖をまとめ、髪を結び、実務を終えたあとの柔らかな姿。


 それでも消えない女城主の威厳。


 王として評価されるという関係性まで、俺の面倒な趣味にまとめて刺さった。


『《淫獄石》を47個獲得しました』


『所持《淫獄石》:300』


「三百……」


「何じゃ」


「見定められるだけで、俺の内面までかなり見透かされた気分になった」


「実際、分かりやすいからの」


「そんなところまで見定めなくていい」


 千代は小さく笑った。


     ◇


 夜になる前に、俺は千代が作った小石の列をもう一度確認した。


 食料。


 水。


 火。


 容器。


 道具。


 正確な数字ではない。


 正式な帳簿でもない。


 それでも、減った物と補うべき物は、昨日より分かりやすくなった。


 食料の予備は、まだほんの少し。


 水用の素材は、短距離を運ぶだけで少し傷んだ。


 恒久的な容器も、保存設備もない。


 安定した生活には遠い。


『所持《淫獄石》:300』


『所持上限:1,000』


『次回必要《淫獄石》:1,000』


 あと七百個。


 少しずつ近づいている。


 でも、今日は石を増やすために話し合ったわけではない。


 五人で明日も暮らすために、足りない物の順番を決めただけだ。


 千代は少し離れた場所から、小石と俺を見ている。


 その目から、最初に会った頃の露骨な疑いは少し減っていた。


 俺は全部を決められる王にはなれない。


 だからせめて、誰に何を任せるかだけは、間違えないように決めようと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。